学位論文要旨



No 116961
著者(漢字) 松尾,恵
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,メグミ
標題(和) 硬骨魚類メダカ(Oryzias latipes)MHCクラスI領域のゲノム構造解析
標題(洋) Physical Analysis of the Medaka (Oryzias latipes) MHC Class I Region
報告番号 116961
報告番号 甲16961
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4224号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 嶋,昭紘
 東京大学 教授 田嶋,文生
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 講師 上島,励
内容要旨 要旨を表示する

序論

 ヒト主要組織適合性抗原複合体(MHC;Major Histocompatibility Complex)は、100を超える遺伝子が存在している4Mbにおよぶ領域である。本領域は便宜的にクラスI、II、IIIの三亜領域に分けることができる。クラスI領域に存在するクラスIA遺伝子と、クラスII領域に存在するクラスIIA、B遺伝子は、T細胞に抗原を提示するという獲得免疫(あるいは、適応免疫)において中心的な役割を果たしている。一方、クラスIII領域には自然免疫の主要構成成分である補体系の遺伝子(例;C2、C4、Bf)を始めとして、多くの免疫関連遺伝子が存在している。MHC領域に見られる免疫系遺伝子の連鎖の進化的、あるいは生理的な意義の解明を目指して系統発生学的な解析が行われた結果、これらMHC三亜領域はヒトを含めた哺乳類の他、ニワトリ(鳥類)、ゼノパス(両生類)、サメ(軟骨魚類)でも単一の連鎖群を形成することが判明した。このうち軟骨魚類のサメは、MHC(或いは獲得免疫系)を有する最古の脊椎動物であると考えられており、クラスI、II、III亜領域の連鎖はMHCの成立当初から存在していた可能性が高い。しかしながら数種の硬骨魚類での解析によると、クラスIA遺伝子とクラスIIA、B遺伝子、補体遺伝子C4、Bfは互いに連鎖していなかった。にも関わらず、クラスIA遺伝子とその抗原提示に直接関わるいくつかの遺伝子は連鎖していることが示され、これらの遺伝子がMHCの中枢部分を形成することが示唆された。本研究ではMHCの中枢部分の遺伝子構成を明らかにする目的で、扱いが容易であり、近交系が確立され遺伝的背景が均一な系が利用可能なメダカをもちいて塩基配列レベルでの解析を行った。

結論および考察

 1.メダカMHCクラスI領域の塩基配列レベルでの解析

 南日本集団由来の近交系(Hd-rR系統)メダカのBACライブラリーをクラスIA遺伝子、PSMB9遺伝子の一部をプローブとしてスクリーニングしたところ、4つのポジティブなクローンが得られた。これらのクローンをサザンハイブリダイゼーション、制限酵素地図により解析したところ、オーバーラップしコンティグを形成した(図1A)。このうち188P8、187N22のBACクローンの全塩基配列をショットガンシークエンス法によって決定した。その結果、187N22は209,134bp、188P8は216,734bpのインサートを有し、末端のHindIIIサイト6bpのみでオーバーラップしていた。これらの配列をつなぎ合わせる事により425,862bpの連続した配列が得られたが、これは現在ヒトについで2番目に長いMHC領域の配列である。この領域のGC含量は39.4%で、全体を通じてGC含量に大きな変化は見られなかった。Genbank/EMBL/DDBJ/PDBをデータベースとしたBlast解析、およびGrailEXP、GENSCANエクソンイントロン予測プログラムを併用した解析から、本塩基配列には20個の発現していると考えられる遺伝子と、3個の一部のエクソンを欠失した偽遺伝子が同定された(図1B)。遺伝子密度は平均18.5kbに1遺伝子と計算され、16kbに1遺伝子というヒトMHCの遺伝子密度とほぼ同じであった。ただし、メダカゲノムMHC領域の偽遺伝子の割合は13%に過ぎず、43%の偽遺伝子を有するヒトMHC領域に比べると発現しうる遺伝子の密度は高かった。偽遺伝子は全てクラスIA遺伝子の近傍で見つかり、クラスIA遺伝子とPSMB8遺伝子が組になって3回縦列重複し、そのうち2つのPSMB8遺伝子と1つのクラスIA遺伝子が偽遺伝子となったことが推測された。

 Repeatmaskerによる反復配列の探索の結果(図1C)、15LINE(1.919%)、11SINE(0.937%)、17DNA転移因子(0.789%)、69マイクロサテライト(1.064%)、11トランスポゾン(7.02%)が同定された。マイクロサテライトは、454bに1つの割合で出現することになり、ヒトゲノムでの約2kbに1つの出現に比べると高い頻度で存在していた。Repeatmaskerでは既知の反復配列しか同定できず、両生類・魚類といった下等脊椎動物の反復配列はあまり知られていないことから、メダカの反復配列の予測には十分機能しない可能性が考えられた。そこで、メダカ特異的反復配列を得るため、北日本集団由来(HNI系統)の1785のBACクローンの末端配列と相同性解析を行なったところ、83にのぼる反復配列が得られ、MHC領域の3.237%を占めた。

 メダカMHCクラスI領域をゼブラフィッシュ・フグのクラスI領域、およびヒトMHC領域と比較したところ、硬骨魚類間ではMHC領域は遺伝子のメンバーおよび本領域のコンパクトなサイズの2点(約400kb)において高度に保存されていた。硬骨魚類MHCの遺伝子は、PSMB9-like、PSMB10、CIZを除く全てがヒトMHC領域に連鎖していた。PSMB9-like遺伝子は硬骨魚類でのみ同定されており、系統樹作成による比較から、有顎脊椎動物の共通祖先においてPSMB9遺伝子の重複により生じその後四足動物の系統で失われた遺伝子であることが示された(図2)。

印にて示した。

印にて示した。

2.メダカMHCクラスI領域に同定された遺伝子

 クラスIA遺伝子

 Hd-rR系統のメダカMHC領域には4つのクラスIA遺伝子と1つのクラスIA偽遺伝子が同定された(OrlacI-S1〜S4;Oryzias latipes class I from Southern popilation)。これまでにcDNAレベルで同定されたメダカHNI系統クラスIA遺伝子であるUAA、UBA、UCAとあわせて解析した。OrlacI-S1、S2、OrlaUAA、UBAは古典的クラスIA遺伝子(class Ia)に特徴的な構造として、種を越えて高度に保存されている抗原ペプチド結合に重要な9つのアミノ酸残基を保持していた。それに対し、OrlacI-S3、S4、OrlaUCAではいくつかのアミノ酸残基に置換が見られ古典的クラスIA遺伝子とは機能を異にする非古典的クラスI遺伝子(class Ib)であることが示唆された。次いでクラスIA遺伝子の系統樹作成により解析したところ(図3)、OrlacI-S1・S2はOrlaUAA・UBAと、OrlacI-S3はOrlaUCAとクラスターを形成した。以上の結果からOrlacI-S1・S2・OrlaUAA・UBAはclass Ia遺伝子、OrlacI-S3・S4・OrlaUCAはclass Ib遺伝子であると判断した。すべてのメダカクラスIA遺伝子は硬骨魚類のクラスIA遺伝子のクレードに属し、これらclass Ia遺伝子とclass Ib遺伝子との分化は硬骨魚類の系統で起きたと考えられた。哺乳類ではMHCに連鎖したclass IbとMHCに連鎖しないclass Ib遺伝子が存在し、class Ib遺伝子はclass Ia遺伝子とは異なり多様な機能をもつことが知られている。哺乳類以外からのMHCに連鎖したclass Ib遺伝子の同定は本研究が初めてでありその機能に興味がもたれる。

 CIZ遺伝子

 CIZ(Cas-interacting zinc finger protein)は、ラットで発見されたマトリックスメタロプロテアーゼの発現を上昇させる転写因子であり、8個のzinc-fingerモチーフをもっている。ヒト相同遺伝子は12番染色体(12p13.31)に存在しMHC領域には連鎖していなかった。これまでに遺伝子構成が解析されたフグ、ゼブラフィッシュのMHCからもCIZは見つかっていない。ただし、完全塩基配列のレベルで硬骨魚のMHCが精査されたのはメダカが初めてであり、CIZのMHCとの連鎖がメダカに特異的なものか、硬骨魚に共通のものかは今後明らかにされるべき課題である。

 クラスI抗原提示に直接的に関与する遺伝子群

 硬骨魚類MHC領域に特徴的な事は、ヒトMHC遺伝子のオーソローグの多くを含まないにも関わらず、クラスI抗原ペプチドのプロセッシングおよび輸送に関わる遺伝子を保持している点である。免疫プロテアソームの構成成分と考えられるPSMB8,PSMB9,PSMB9-like,PSMB10,抗原ペプチドのER内部への輸送に関わるトランスポーターであるABCB3、及びトランスポーターとクラスIA分子の橋渡しをすると考えられるTAPBPをコードする遺伝子がメダカMHC領域に連鎖していた。これらは、遺伝子及びペプチド構造上は全く無関係でありながら、クラスI抗原提示という機能の点で密接に関わっている遺伝子群である。PSMB9-like、PSMB10以外の上記の遺伝子とクラスI遺伝子の連鎖は軟骨魚類から哺乳類に至る有顎脊椎動物で保持されている。さらにメダカMHC内では、これらの遺伝子が他の遺伝子の介入無しに並んでいることから、クラスI抗原提示関連の遺伝子群がMHCの中枢部分であることが示唆された。以上の事から、MHC領域における機能は密接に関係があるものの構造上無関係な遺伝子間の連鎖は、クラスI抗原提示システムの環境に適応した変化を保証する機構であると考えられた。

(図2)PSMBのアミノ酸配列全長をclustalWによりアライメントした後作成したNJ-Tree。

今回MHC領域に同定したメダカPSMBは

(図3)クラスIAのアミノ酸配列全長をclustalWによりアライメントした後作成したNJ-Tree。

下線が付記してあるものは非古典的クラスIA遺伝子。メダカクラスIA遺伝子は

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、硬骨魚メダカゲノムMHCクラスI領域の塩基配列の決定により、本領域の遺伝子構成に関して詳細な解析を行った成果について述べている。

 近交系が確立され遺伝的背景が均一な系を利用することができ、近年実験動物としての利用基盤が加速的に整えられているメダカを、実験動物として用いている。南日本集団由来の近交系(Hd-rR系統)メダカゲノムDNAより作成されたBACライブラリーから、クラスIA、PSMB9遺伝子に相同な配列を含むクローンを同定し、そのうち二クローン(188P8、187N22)の全塩基配列の決定を行った。その結果、425,862塩基対の連続した配列が得られたが、これは現在ヒトに次いで二番目に長いMHC領域の配列である。本領域には二十個の発現すると考えられる遺伝子、三個の偽遺伝子、二個の遺伝子候補が同定されたが、中でもCIZ遺伝子は全脊椎動物を通じて初めてMHC領域に存在することが示され、特記すべき事項である。遺伝子候補のうちCLEP(c-type lectin like protein)はc-type lectin様構造を有する新規遺伝子であることが示された。反復配列、転移因子の同定も行われている。現在までに同定された配列の多くは高等脊椎動物由来であり、さらに、反復配列は種特異性が高い。よって、下等脊椎動物では多くが未解明であると考えられているが、メダカで多くの新規転移因子が同定されたことは、今後、下等脊椎動物の研究にとって価値あるものになると期待される。

 本領域の遺伝子構成を他種硬骨魚類であるゼブラフィッシュ、フグと比較したところ、これら硬骨魚類三種はゲノムサイズが大きく異なるにも関わらず、領域のサイズ及び遺伝子メンバーの二点において高度に保存されていた。メダカはゼブラフィッシュと遺伝子の転写方向も含めて酷似していたが、フグでは多くの違いが認められた。系統学的にはメダカはフグに近縁で、ゼブラフィッシュとは遠い系統であることから、三種の共通祖先における遺伝子構成はメダカ、ゼブラフィッシュのクラスI領域の様であり、フグは更にゲノム再編を経たと考察された。ところで、硬骨魚類では、ヒトMHC遺伝子が別個の染色体に散在していることが、連鎖解析等の手法により明らかにされていた。しかしながら、今回クラスI抗原ペプチドのプロセッシングおよび輸送にかかわる遺伝子群の連鎖が認められた。クラスIA遺伝子、免疫プロテアソームの構成成分をコードするPSMB遺伝子、抗原ペプチドの小胞体内部への輸送に関わるABCB3遺伝子、及びトランスポーターとクラスIA分子の橋渡しをすると考えられるTAPBP遺伝子の連鎖は、軟骨魚類から哺乳類に至る全有顎脊椎動物で保持されていた。その上、メダカMHC領域内ではこれらの遺伝子が他の遺伝子の介入無しに並んでいることから、クラスI抗原提示関連の遺伝子群がMHCの中枢部分であることが示唆された。また、MHC領域とは、クラスI抗原提示システムの環境に適応した変化を保証する機構であると考えられた。

 本論文では、個々の遺伝子についての詳細な解析もなされている。今回Hd-rR系統メダカゲノム中に同定された四個のクラスIA遺伝子、HNI系統(北日本集団由来)メダカのcDNA解析で同定されていた三個のクラスIA遺伝子の併せて七遺伝子について解析を行った。抗原ペプチドの結合に重要な九個のアミノ酸残基の解析、全アミノ酸配列を用いた系統学的解析の二手法により、古典的クラスIA遺伝子(class Ia)と非古典的クラスIA遺伝子(class Ib)とに分類した。系統樹を用いた解析により、メダカのclass Ia、class Ibの分岐は硬骨魚類内で起きたことが示された。本論文中でも述べられているように、断定する為には更に発現分布・多型の解析が必要ではあるが、哺乳類以外でMHC領域に存在するclass Ib遺伝子を同定したのは本研究が初めてである。

 本領域に存在するPSMB8、PSMB9、PSMB9-like、PSMB10遺伝子は、系統学的検討によると全て誘導型サブユニットであった。さらに、転写調節領域の精査から、硬骨魚類でも哺乳類と同様にIFNの制御を受けていると考えられた。また、PSMB9-like遺伝子はPMSB9遺伝子の重複により生じたと考えられたが、これは四足動物と硬骨魚類の共通祖先で起き、硬骨魚類の系統では残ったものの四足動物の系統で失われたことが、明確に示された。

 なお、本論文は、浅川修一・清水信義・木村博・野中勝との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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