No | 116962 | |
著者(漢字) | 宮城島,進也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤギシマ,シンヤ | |
標題(和) | 葉緑体の分裂装置の構造と分子構築に関する研究 | |
標題(洋) | Analyses of the structure and the molecular architecture of the chloroplast division apparatus | |
報告番号 | 116962 | |
報告番号 | 甲16962 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4225号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 葉緑体とミトコンドリアは,それぞれシアノバクテリアとαプロテオバクテリアの細胞内共生によって生じたと考えられている.なかでも葉緑体は光合成の場であり,すべての植物に葉緑体が存在し,光合成が行われているのは,約17億年前に誕生した葉緑体が今日まで増殖し続けてきたことによる.このことから葉緑体がどの様に成立し,どのように分裂しているのかということは,植物細胞を理解するうえで,非常に重要な課題である.原核細胞を祖先とする葉緑体は,原核細胞と同様に分裂によってのみ増殖することがわかっているが,その分子レベルでの機構は全く明らかでなかった.これまでに,電子顕微鏡により,葉緑体の分裂面に,内外二重または三重ののごく微小なリング状構造(色素体分裂リング)が見つかっており(Mita et al., 1986; Hashimoto et al., 1986; Miyagishima et al., 1998a).また,バクテリアの分裂においてリング状の装置(Zリング)を形成するFtsZが植物細胞の細胞核にコードされており,葉緑体の分裂に関与することが示唆されている(Strepp et al., 1998; Osteryoung et al., 1998). 色素体分裂リングに着目して,葉緑体の分裂制御機構を解明するために,本研究では,色素体分裂リングが明瞭に観察できる,単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolaeを用いて,高度なオルガネラの同調分裂系を開発した.この系を用いて,まず色素体分裂リングの分裂周期を通じた挙動を明らかにした(Miyagishima et al., 1998a-c, 1999a,b, 2001b).さらに色素体分裂リングを保持した葉緑体を単離し(Miyagishima et al., 1999c),外側の色素体分裂リングを分画することに成功した.その結果このリングは新規の線維状構造からなることが明らかとなり,祖先であるシアノバクテリアに由来するものではなく,細胞内共生後,宿主細胞核が新たに造り出した構造であると考えられた(Miyagishima et al., 2001a).一方,ごく最近,植物細胞のFtsZが葉緑体の分裂面にリングを形成することが判明した(Osteryoung et al., 2001; Mori et al., 2001; Miyagishima et al., 2001c).Zリングと三重の色素体分裂リングの関係を調べた結果,これらは別の独立した構造であるものの,直接結合して複合体を形成していることが判明し,葉緑体の分裂は共生したシアノバクテリアの持ち込んだ機構と,宿主真核細胞が新たに造り出した機構が複合して行われていることが明らかとなった(Miyagishima et al., 2001c).さらに色素体分裂リングの外側のリングを単離することに成功し,その構成タンパク質の候補を得た. 今後,色素体分裂リングの構成タンパク質の同定により,葉緑体の分裂機構が分子レベルで理解されるとともに,宿主真核細胞がバクテリアの細胞内共生体の分裂を制御し,オルガネラへと変換していった過程についての知見も得られると期待される.またZリングと色素体分裂リングがどの様に連携して葉緑体を分裂させるのかということも,大変興味深い問題である.シアニディオシゾンのミトコンドリアに,色素体分裂リングに類似の構造,ミトコンドリア分裂リングが発見されており,ミトコンドリア分裂リングが色素体分裂リングと同様の挙動を示すことを明らかにしている(Miyagishima et al., 1998a-c, 1999a,b, 2001b).このことから,葉緑体の分裂機構の解明は,ミトコンドリアの分裂機構の解明にも繋がると期待される. | |
審査要旨 | 本論文は三章から構成され、第一章では葉緑体の分裂周期を通じた色素体分裂リングの挙動の解析、第二章では色素体分裂リングとFtsZ(Z)リングとの相関関係、第三章では色素体分裂リングの超微細構造と構成タンパク質の同定に関する解析について述べられている。 植物は太陽エネルギーを使い光合成により人類をはじめほとんど全ての生物の生存を支えてきた。その光合成の場が「分裂増殖する葉緑体」である。光合成の仕組みが分子レベルで詳細に解明されている一方で、葉緑体の分裂増殖の分子機構は全く明らかにされていない。 これまでの知見として、電子顕微鏡により、葉緑体の分裂面にリング状の構造(色素体分裂リング)が観察されている。多くの場合、この装置は葉緑体の内外(外包膜の細胞質側表面と内包膜のストロマ側表面)に存在する二重のリングとして観察され、論文提出者により紅藻シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)においては、さらに膜間領域にもリング状の構造が観察され、色素体分裂リングが三重のリング状構造であることが明らかにされた。しかしながら、色素体分裂リングが微小な構造であることなどから、色素体分裂リングに関する解析は難しく、その挙動や構成タンパク質については明らかでなかった。 一方、分子遺伝学的な解析によりバクテリアの分裂面原形質膜直下にリング状の構造(Zリング)を形成するFtsZが植物細胞の細胞核にコードされており、葉緑体の分裂に関与することが示された。このことから葉緑体の祖先であるシアノバクテリア由来のFtsZが色素体分裂リングの主要構成タンパク質であるという説が広く受け入れられていたが、色素体分裂リングとZリングがどのような関係にあるのかは明らかでなかった。 本論文では、色素体分裂リングに着目して葉緑体の分裂機構を解析している。ほとんどの生物では、葉緑体やミトコンドリアの分裂が限られた組織細胞内で、しかも非同調的に起こるため、オルガネラの分裂・増殖に関する研究はこれまで全く進まなかった。論文提出者は、当研究室で分株した単細胞紅藻シアニディオシゾン(細胞核、葉緑体及びミトコンドリアをそれぞれ一個含む)を、オルガネラの増殖研究のモデル生物として位置づけ、先ず葉緑体やミトコンドリアが高頻度でしかも大量に分裂する同調培養系の開発に成功した。これによりこれまで全く不明であったオルガネラの分裂・増殖における分裂装置の動態や役割を明らかにした。さらに分裂装置を持った葉緑体や葉緑体分裂装置を単離するなど画期的な成果を収め、葉緑体の分裂・増殖機構の生化学、分子生物学的研究への道を切り開いた。 第一章ではシアニディオシゾンの同調培養系と電子顕微鏡法を用いて、これまで不明であった、三重の色素体分裂リングの挙動を詳細に解析している。色素体分裂リングを構成する三つのリングの挙動が異なることが示されており、それぞれの機能と構成タンパク質が異なることが示唆された。さらに、外側のリングの形成後に分裂面が収縮することと、外側のリングのみが分裂完了時まで存在していたことから、収縮の力の発生に、三つのリングのうち、外側のリングが深く関与していることが示唆されている。 第二章では、葉緑体の祖先であるシアノバクテリアの細胞分裂を引き起こす、FtsZリング(Zリング)と色素体分裂リングの関係を解析した。分裂リングを保持した分裂中の無傷葉緑体の単離という画期的な方法を開発し、生化学的な実験と電子顕微鏡による観察を組み合わせ、Zリングが色素体分裂リングとは切り離すことのできる別の構造であることが示された。この結果は、これまで広く予想されていたことを覆すものであり、その意義は非常に大きい。さらに、Zリングは内側の色素体分裂リングのストロマ側に接して存在し、Zリングの形成と消滅は色素体分裂リングに先行することが明らかにされている。これらの結果は、葉緑体の分裂装置が、その祖先であるシアノバクテリアの持ち込んだZリングと、宿主真核細胞によって加えられた三重の色素体分裂リングの少なくとも四重のリングの複合装置であることを示しており、葉緑体の起源ひいては植物の起源を明らかにする意味でも色素体分裂リングの構成タンパク質の同定が重要であることが示されている。 第三章では、色素体分裂リングのなかで、特に第一章の結果から力の発生と関係が深いと考えられた外側のリングの超微細構造と構成タンパク質について解析している。その結果、色素体分裂リングの外側のリングが直径5nmの新規と考えられる線維の束からなっていることが示されている。さらに、外側のリングの単離に成功し、主要構成タンパク質の有力な候補が得られている。 今後、色素体分裂リングの構成タンパク質の同定により、葉緑体の分裂機構が分子レベルで理解されるとともに、宿主真核細胞がバクテリアの細胞内共生体の分裂を制御し、オルガネラへと変換していった過程についての知見も得られると期待される。シアニディオシゾンのミトコンドリアに、色素体分裂リングに類似の構造、ミトコンドリア分裂リングが発見されており、論文提出者はミトコンドリア分裂リングが色素体分裂リングと同様の挙動を示すことも明らかにしている。このことから、葉緑体の分裂機構の解明は、ミトコンドリアの分裂機構の解明にも繋がると期待される。また本論文の成果の一部は世界で最も広く読まれている教科書「Molecular Biology of the Cell 4th Edition」に引用されており、9報の論文として国際誌に掲載されている。以上のことから、本論文は葉緑体の分裂機構ならびに、その起源を考察した先導的な論文であると結論できる。 尚、本論文第一章は、黒岩晴子博士、黒岩常祥教授との、第二章は高原学博士、森稔幸氏、黒岩晴子博士、東山哲也博士、黒岩常祥教授との、第三章は高原学博士、黒岩常祥教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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