学位論文要旨



No 116966
著者(漢字) 児玉,昌美
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,マサミ
標題(和) 抗原受容体遺伝子多様化の分子機構
標題(洋)
報告番号 116966
報告番号 甲16966
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4229号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 大坪,栄一
 国立感染症研究所 部長 竹森,利忠
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 抗体遺伝子は、分断されたVエクソンのセグメントをV(D)J結合によって持ち寄りcombinatorial diversityを獲得しているのみならず、その組換え結合部にヌクレオチドの挿入、欠失を生じさせることによりjunctional diversityを生み出している。抗体遺伝子は更に、高頻度突然変異を導入することによって、affinity maturationという抗原結合能の微調整をも行なっている。本研究では、これら抗体遺伝子に体細胞変化をもたらす分子機構について解析した。

 まず、V(D)J組換えに関しては、2つの組換えシグナル配列(RSS : recombination signal sequences)が対合したRAG(recombination activating genes)タンパク質との高次複合体を単離し、そのフットプリントパターンを検討した。その結果、RAG/RSS一次複合体では見られなかった切断点周辺の強い相互作用が検出された。これらの解析により、RAG/RSS高次複合体における12/23組み換えルールの分子構造学的基礎や、切断反応時の組み換え酵素と基質DNAとの位置関係に重要な示唆が与えられた。

 本研究ではまた、V(D)J組み換えの素過程の解明に大きな進展が見られた。RAG/RSS高次複合体では、RSSが切断されてcoding end(CE)とsignal end(SE)が生成するが、本研究により、CE DNAの3'末端がRAG/RSS複合体中でprocessされてリン酸基が生じ、これがSEの3'末端に転移されることが明らかとなった。このRAGによる3'プロセシング反応の発見は、junctional diversityの理解に極めて重要である。更に、これに続いて生じる3'−リン酸基の転移反応は、CE末端のligationに不可欠であるのみならず、SE末端のtranspositionの抑制にも重要な役割を果たしていることが示唆された。

 本研究ではまた、体細胞高頻度突然変異の導入機構をトランスジェニックマウスを用いて解析した。3'エンハンサー内のPU.1/NF-EM5結合配列に変異を持つ1gkトランスジーンでは、変異導入の頻度が低下するのみならず、変異を受ける塩基がA/Tに偏る事が明らかとなった。これらの結果は、高頻度突然変異導入に影饗を与えると言われてきた3'エンハンサーのコア領域の内、PU.1/NF-EM5結合配列がそのシスエレメントであることを特定し、更には、従来一つだと考えられていた突然変異の導入機構が、A/T biasedとG/C biasedの2つからなることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、抗体遺伝子を多様化する2つのメカニズム、(1)V(D)J組み換えと(2)体細胞高頻度突然変異について論じている。

(1)V(D)J組み換えの研究では、組み換え複合体を世界に先駆けて単離しフットプリント法により解析した。抗体遺伝子では、分断された遺伝子セグメントをDNA組み換えによってつなぎ合わせ、組み合わせによる多様化を行っている。更に、その組み換え結合部にヌクレオチドの挿入及び欠失を生じさせることにより更なる多様性を生み出している。本研究では先ず、V(D)J組み換えの為の2組のシグナル配列(recombinational signal sequences : RSS)と、組み換え活性化遺伝子(recombinational activating genes)によってコードされるRAGタンパク質との高次複合体を単離し、そのフットプリントパターンを検討した。その結果、これまで解析されているRAG/RSSの一次複合体とは異なり、DNA切断点周辺に強い相互作用が検出された。この一連の解析により、12/23組み換えルールの分子構造学的基礎や、組み換え酵素と基質DNAとの位置関係に関して重要な知見が得られた事は高く評価される。

 V(D)J組み換えにおいては、RAG/RSS高次複合体が形成された後、RSSを含む基質DNAが切断されてコーディング末端(CE)とシグナル末端(SE)が生じる。本研究では、RSS切断後SEの3'OH末端にリン酸基が転移する反応を新たに見出し、リン酸基のドナーと転移反応の分子機構を解析した。その結果、CEの3'末端が多様化の為に欠失を受け、その末端に残った3'リン酸基がSEの3'OH末端に転移する事が示唆された。ここで発見された3'−リン酸基の転移反応は、CE末端がつなぎ合わされてV(D)J構造が形成されるのに不可欠であるのみならず、細胞にとって有害となるSE末端の染色体への再挿入を抑制するという意味でも極めて重要である。

(2)体細胞高頻度突然変異の研究では、変異導入のメカニズムについて新しい知見が得られた。抗体遺伝子は、高頻度突然変異を導入することによって、affinity maturationという抗原結合能の微調整を行っている。本研究では、体細胞高頻度突然変異の導入機構をトランスジェニックマウスを用いて解析した。3'エンハンサー内のPU.1/NF-EM5結合配列に変異を持つIgkトランスジーンでは、変異の導入頻度が低下するのみならず、変異を受ける塩基がA/Tに偏る事が明らかとなった。これらの結果は、高頻度突然変異導入に影響を与えると言われてきた3'エンハンサーのコア領域の内、PU.1/NF-EM5結合配列がそのシスエレメントであることを特定し、更には、従来1つだと考えられていた突然変異の導入機構が、A/T biasedとG/C biasedの2つからなることを示した点重要である。

 本研究では、V(D)J組み換えと、高頻度突然変異、それぞれについて、幾つかの重要な発見がなされている。これらはいずれも、抗体遺伝子多様化の分子機構について、これまで重要とされながらも手つかずであった部分に新しい手掛かりを与えるものとして高く評価できる。なお、本論文第1章に記述された内容は、名川、石黒、西原、坂野、また第2章は、林、西住、名川、竹森、坂野各博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク