学位論文要旨



No 116968
著者(漢字) メトワリー マホムッド メトワリー
著者(英字) Metwally Mahmoud Metwally
著者(カナ) メトワリー マホムッド メトワリー
標題(和) 吊橋の常時微動解析と動特性に及ぼす空力的影響
標題(洋) A Time Domain Analysis of Ambient Vibration of a Suspension Bridge and the Effect of the Aerodynamic Forces on the Dynamic Parameters
報告番号 116968
報告番号 甲16968
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5109号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 近年の情報機器ならびに構造診断技術の発展により,構造物をオンラインで統一的に可能な限り自動で診断する新たな技術の開発が着目されている.構造物中に複数のセンサーが配置されている場合を考えると,これらのデータが構造内部の情報を精緻に反映している場合には,対象構造物を適切に診断できる可能性を有している.こられのデータを効率的に処理することで,可能な限り人為的な手間を省略し,構造診断を行える可能性がある.

 実物大の構造物で載荷実験を行うことは,構造物の数学的モデルを構築する上で用いた仮定の信頼性を評価する方法の1つである.また,実構造物での実験から,固有振動数,モード形および減衰比など構造物の動的な性質を把握する場合においても有用なデータを得ることができる.

 環境振動を計測したデータは。構造物の健全性を評価あるいはモニターする上で非常に有用な材料となる.具体的な手法は,構造物に設置された加速度計から振動データを記録し,動特性を同定するという手順で行う.これら動特性の時間的な変動は,構造物の変化(部材の劣化,ダメージ)および環境的の変化(風速,温度,湿度)により影響を受ける.

 本研究では,実構造物で計測された環境振動データを用いて構造診断を行うための解析システムを構築することである.本解析システムは,主として時間領域での評価手法を用い,構造物の固有振動数,モード形,減衰比,位相などの動特性を同定するためのものである.

 まず,"Random Decrement Signature technique"を利用して計測データからノイズの除去を行っている.次に"Ibrahim Time Domain method"を用いて白鳥大橋の鉛直およびねじれに関する動特性を同定する.ここでは,高周波成分を除去する手法ならびに"time shift method"を用いて高次モードまでの同定を行っている.これらの手法により,同定した結果と有限要素法による解析結果を比較したところ,どちらの手法を用いた場合にも有限要素解と一致した結果が得られた.上述した両手法では,どちらも定性的には似通った結果を得ることができるが,"the time shift method"が実際の適用においては,効率的であることがわかった.

 次に空気力が,構造物の動特性に与える影響について検討した.その結果,鉛直応答のうち,特に低次モードに対応した固有振動数が,空気力の増加により減少することがわかった.このような固有振動数の減少は,風洞実験で得られている既往の結果と比較すると全く逆の現象であり,橋梁に設置されている支承の剛性の影響であると予測される.一方,風速が増加すると,減衰比が減少する傾向がみられ,このことは風洞実験で得られている結果と一致している.ねじれ変形については,風速の増加に対し,固有振動数は概ね一定値を示し,減衰比は減少する傾向を示した.また,モード形については,風速の増加に対し,鉛直モードについてタワー周辺において,ねじれモードについてスパン中央部において特に著しい変化を示した.特に反対象モードは,対象モード形と比較して風速の変化に対する感度が大きいことがわかった.モードの位相については,風速がある一定値に増加するまでは,ねじれ,鉛直モードともに遅れが生じることがわかった.

 最後に橋梁全体を非比例減衰系のモデルによりモデル化し,上部構造の動特性に影響する量の変動を,回転・並進運動について剛性および減衰を付加して逆解析により同定している.その結果,風速の変化により回転剛性は増加し,並進の剛性および減衰はともに減少する傾向がみられた.一方,空力剛性および空力減衰については,風速の増加に従い,ともに増加する傾向にあることがわかった.

 以上より,環境振動を計測し,そのデータを解析することで.構造物の動特性を精度よく同定できることがわかった.このことは,本研究で提案した手法が信頼性の高い構造診断に適用できる可能性を示している.

審査要旨 要旨を表示する

インフラストラクチャのストックが増大し,またその経年劣化が進んでおり,それに起因する事故の報告の例も増えている.効率的な維持管理は国家的に見ても重要な課題であり,そのための客観的な検査計測手法の確立は急務の課題といえる.その一つの手法として振動モニタリングがある.

近年,有限要素法などの数値解析手法の進展により,一般的には構造解析の精度が極めて向上したが,実際の構造物の振る舞いは不連続部の存在などの影響を受け,極めて複雑であり,維持管理・補修に際しては,現実の構造物の振る舞いを反映した,現実性のあるモデルが必要になるが,振動モニタリングからの情報はそのための強力な手段となりうる.

これまで振動モニタリングの研究は数多く行われてきたが,シミュレーションによる手法的な研究や模型構造物を対象とした実験的研究が多く,実際の構造物を対象にした例は極めて少ない.1998年に実際の吊橋(白鳥大橋,室蘭市)において高密度連続振動モニタリングが行われた.これまで,吊橋の分野ではゴールデンゲート橋の常時微動記録から固有振動数を同定し,有限要素法の結果と比較した研究が1980年代に発表されているが,それ以外にはあまり例がない.今回の白鳥大橋の常時微動測定では加速度計を,桁を中心に40個設置し,2週間以上にわたり種々の環境条件のもとで計測を行ったものであること,また別途,加振機を使った強制振動実験も行われていることなど,もっとも質,量ともにもっとも充実したデータセットと言える.

本研究は,この白鳥大橋の常時微動モニタリングの測定結果から,吊橋の動特性を調べ,さらにその結果をベースに,空力効果を含めた構造モデルの特性を逆解析から明らかにしようとするものである.論文は6章から構成されている.

 まず,振動ヘルスモニタリング,ならびにそれに関係する常時微動の解析法とくに時間領域の解析法についての研究をレヴューし,本研究の目的を第1章で述べている.第2章では,解析に用いたRandom Decrement Signature法(RD法)について述べ,対象とした白鳥大橋の概要,常時微動計測について述べている.

 第3章では,多自由度線形系に対するIbrahim RD法を鉛直振動常時微動データに適用し,モード特性(固有振動数,モード減衰,モード形状)を求めている.その結果,従来の方法では,低次のモードまでしか動特性を同定できないことを明らかにしている.高次モードの同定のために,タイムシフト法と,今回新たに開発したハイパスフィルター法を適用し,鉛直19次モードまでの同定に成功している.この結果を強制振動実験の結果,FEMによる値と比較し,整合的であることを示している.

 次に,風速レンジ(0m/s〜16m/s, 10分割)ごとの,鉛直モード特性を調べている.風速(振幅)が増大すると,固有振動数が若干低下し,モード減衰は上昇することを明らかにしている.また,モード形状の変化についても調べている.風速レベルによって,センタースパンのタワー近くのモード形状が変化すること,モードに位相差が生じ,複素モードとなっていることを定量的に明らかにした.これらのモード特性の風速(振幅)レベルによる違いは,風洞実験の結果からは説明できず,また,タワー付近の桁モード形が振幅レベルによって,変わることから,支承の影響が大きいことが推測された.

 桁のねじれ振動を対象にし,常時微動データから第3章で用いたのと同じ方法で,モード特性を求め,9次までのモード特性の抽出を第4章で行っている.ねじれモードの場合は,固有振動数,モード減衰ともに風速(振幅)レベルによる変化は,鉛直たわみ振動に比べ小さいこと,モード形状はタワー付近では変化はみられず,スパン中央の振幅に見られることを示した.

 同定されたモード特性の結果から,作用する自励空気力の影響を含めた構造特性を逆解析により明らかにすることを5章で試みている.まず,第3章,4章のモード形状の特性から,系が非比例減衰系になっている.このことを考慮した非比例多自由度減衰系の逆解析構造パラメータ同定の手法を示している.モデルとしては,付加的に自励空気力によるバネ(空力剛性)と空力ダッシュポートと支承の摩擦を等価数形化した回転バネと回転ダッシュポートを加えた系を考え,これらのバネ,ダッシュポートの物理量をRD法により同定された固有振動数,モード減衰,モード形から同定する手法により,風速(振幅)レベルに応じた同定値を求めている.

 その結果,たわみ振動の空力剛性,減衰については,風洞実験の結果と整合的であり,支承についてはクーロン摩擦的に舞っていること,また,ねじれ振動についても風速実験により求められる自励空気力と同定されたものは,やはり整合的であることを示した.

 第六章では,本研究から得られた結論を述べている.

 本論文は,白鳥大橋において行われた高密度連続常時微動モニタリンの測定結果から,吊橋の動特性を詳細に調べ,さらにその結果をベースに,空力効果を含めた構造モデルの特性を逆解析から明らかにしようとしたもので,吊橋の構造特性,特に風の影響について有益な情報を抽出するのに成功しており,振動モニタリングの分野に大きなインパクトを与えることが予想される

 以上,本論文は工学上多大な知見を呈示していると判断される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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