学位論文要旨



No 116969
著者(漢字) ヤズダニ,マフムド
著者(英字) Yazdani,Mahmoud
著者(カナ) ヤズダニ,マフムド
標題(和) コンクリートアーチダムのアバットメント部における亀裂性基礎岩盤の地震時せん断破壊安全性評価
標題(洋) Seismic Safety Evaluation of Concrete Arch Dam Based on Shear Failure of Jointed Rock Mass at Abutment
報告番号 116969
報告番号 甲16969
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5110号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 大地震に対するダムの安全性評価は、既存のダムの場合でも新規にダムを設計する場合でも地震多発地域にある国々にとって重大な問題である。この問題の重要性は、イランではSefidrudダムの破壊を引き起こした1990年のManjil地震の後に、日本でも1995年の阪神淡路地震の後で深く理解されるようになった。地震安全性評価プロセスの第一段階は大地震の発生によってダム崩壊を引き起こす極限状態の判別である。コンクリートアーチダムでは、大地震に対して考慮されている極限状態は、コンクリートダム本体のせん断や引張によるクラックの形成や伝播と、ダム基礎岩盤に存在していた亀裂に沿ったせん断破壊である。本研究ではコンクリートアーチダムの基礎岩盤のせん断破壊に焦点が置かれている。コンクリートアーチダムのサイト選定では亀裂や断層がより少ない硬岩がある場所を選んでいる。しかしながら、亀裂がまったくない岩盤を見つけるの困難であり、基礎岩盤はしばしば広がりを持った亀裂を含んでいる。日本のようなたくさんの亀裂が形成されている岩盤が多い場所で、基礎岩盤は一組もしくは二組の亀裂群を含んだ岩盤として扱われる。

 大地震が発生している間、アーチダムのアバットメント部の亀裂性岩盤はダム本体からの直応力とモーメントの増加を受ける。既存亀裂のせん断破壊はもっとも危険な場所から進行し、ダム本体からの力の増加によって拡大する。亀裂の破壊は応力状態だけでなく亀裂の配置や強度にも依存する。亀裂の破壊の進行は別々の方向をもった亀裂群が関連して起こる。亀裂のせん断すべりは違った方向性をもっているが関連している亀裂群の開口を引き起こす。そのような複雑な挙動はコンクリートアーチダムの安全性を支配していると考えられる。ダムは、亀裂の破壊が岩盤を貫通して表面に到達する前でも進行が止まらないならば崩壊する。コンクリートアーチダムの安全性を評価するためにはこのような複雑な挙動を再現できる数値解析手法が必要である。

 本研究では、地震動の動的負荷がかかっているときのこのような破壊挙動を分析するために数値解析手法を使う。この手法では、ダムと亀裂を含まない基礎岩盤モデルの三次元動的解析の結果は、アブットメント部危険領域の水平方向2次元断面の局所解析に使われる。この二次元解析は亀裂モデルを含む。この方法ではもちろん、三次元解析の基礎岩盤亀裂の非線形効果は無視される。局所解析のために、亀裂のモデル要素を含む詳細メッシュが作成される。そして3次元動的解析から抽出された時刻歴節点力が入力される。ダムと基礎岩盤の境界の節点数は二次元詳細モデルと三次元モデルとでは一致しない場合がある。そこで3次元モデルの節点の間にある2次元詳細モデルの節点には、補間により求められた値を使う。

Fig.1-aとFig.1-bは各々ダムと基礎岩盤の3次元モデルとアバットメント部左側の危険高度における2次元詳細モデルを示す。これらがこの論文で使われる。2次元詳細モデルにおける亀裂モデル要素では、せん断構成側は完全弾塑性体と仮定しインターフェイス要素として扱う。この要素を平行でない二つの方向を一組として格子状に並べる。違う方向では大きさを変えられる。塑性領域において亀裂のせん断応力と直応力の関係はMohr-Coulombの基準に従うと仮定する。インターフェイス要素は非線形性が強いので、収束を得るために非常に小さな負荷増分で2次元モデルの増分分析を行う必要がある。この難しい収束問題を解決するために、地震荷重の各増分における時間間隔を1.0-4秒にし、修正Newton-Raphson法という繰り返し計算法を使った。地震動による二方向群の亀裂の開口と滑り量は時間の関数として得られる。Fig.2は地震荷重時のある時刻における2次元詳細モデルの変形図を表す。

 アバットメント部のせん断破壊に対するコンクリートアーチダムの安全性を評価するためにそれぞれの方向群の滑り量を基に二つの破壊指標を導入する。1つ目の指標は2次元領域のすべての点における各亀裂群の平均滑り量である。2つ目の指標はある限界滑り量を超えた領域面積の破壊面積比である。

 Fig.3はPGA876galの地震荷重下におけるθ=-25°方向でC=0.5MPa、φ=50°とした亀裂群の破壊指標の時間変化を表す。ここで限界滑り量は10-12とした。

 最大地動加速度の値をいくつか変えてアバットメント部の2次元詳細モデルを動的解析することで地震マグニチュードもしくは最大地動加速度に対する最大破壊指標の時間変化が得られる。この結果を使うことで特定のマグニチュードに対するコンクリートアーチダムの地震安全性評価ができる。Fig.4はθ=-25°の亀裂群における最大地動加速度に対する最大破壊指標の変化を表す。

 加えて、亀裂群の配置や物性を変えることで破壊指標がどう変化するか示すことができる。この結果を比較することで、エンジニアはダムサイトを選定する際により信頼できる条件を持ったサイトを選ぶことできるようになる。

Fig.1-a.ダムと基礎岩盤の三次元モデル;Fig.1-b.アバットメント部左側の危険高度にある水平方向断面局所領域の二次元詳細モデル

Fig.2地震荷重時のある時刻における2次元詳細モデルのX方向変位等高線図

Fig.3θ=-25°の亀裂群破壊指標時間変化、PGA=876gal

Fig.4θ=-25°の亀裂群における最大地動加速度に対する最大破壊指標の変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、コンクリートアーチダムの基礎岩盤のせん断破壊に対する耐震安全性を照査する手法を提案するものである。

 1995年の兵庫県南部地震以降、重要構造物の耐震安全性確認は大きな関心を集めている。ダムは典型的な重要構造物であり、十分な耐震安全性を保有するよう設計されているが、設計において想定された地震より大きな地震動に対してどれほどの安全性を有しているかは明らかではない。ダムが保有する耐震安全性を定量化する方法としては、想定される地震の何倍の大きさまでダムが耐えられるかを明らかにすることが考えられる。そのような仮想的な入力地震動に対して、考慮するべき終局限界状態としては、コンクリートダム堤体にクラックが発生・進展し、崩壊に至る状態と、基礎岩盤がせん断破壊し、崩壊に至る状態が考えられる。

 本論文では、条件の厳しいと考えられる、コンクリートアーチダムの基礎岩盤・アバットメント部に着目し、地震時に岩盤に含まれる不連続面が開口、せん断し、さらに破壊領域が拡大することにより終局限界状態に至る現象に対する解析手法と、耐震安全性を評価する手法を提案している。

 第1章では、研究の背景と目的が述べられている。

 第2章では、本論文で対象とするアーチダムの解析条件が記述されている。

 第3章では、アーチダムの耐震安全性の簡易評価手法が提案されている。提案されている手法では、まずアーチ堤体と基礎岩盤に対する3次元動的解析を実施する。解析結果より、基礎岩盤において最大せん断応力が発生する個所と、その点を通る照査平面を定める。照査平面は最大せん断応力の作用する面と岩盤の不連続面方向より定める。今回の解析では水平面が選ばれている。最大せん断応力が発生する個所を含む3次元要素の節点変位の時刻歴より、照査面においてその要素の境界に囲まれる部分領域境界の時刻歴変位を求め、それを入力条件として2次元部分領域動的解析を実施する。求まる応力場の時刻歴より、岩盤に内在する不連続面におけるせん断すべりに対する局所安全率を計算し、各不連続面群に対する破壊領域が時間の関数として求まることが示されている。この簡易評価手法で、破壊の開始、破壊領域の拡大が求まるが、部分領域の解析では連続体を仮定しており、不連続面の破壊に伴う応力の再配分は考慮されていない。

 第4章では、不連続面の開口・せん断を考慮したアーチダムの耐震安全性評価手法が提案されている。第3章の簡易評価手法と同様の解析手順をとるが、部分領域の解析において、不連続面の挙動を表すためにインターフェースを用いている。2セットの不連続面群を考え、それぞれの方向に応じた格子上のインターフェース要素を配置する。インターフェース要素では、引張強度はゼロとして開口を許し、与えられた粘着力と摩擦角に基づく破壊条件が満足された時にせん断変位を生ずる。簡単のために、せん断破壊後は、完全塑性条件を仮定している。

 解析の結果として、不連続面の開口・せん断変位分布が時間の関数として求まる。入力地震動の大きさが増大するに従い、最大の破壊領域が拡大する様子が明らかにされている。破壊状況を表す指標として、最大すべり、破壊面積、損傷量(すべり変位の積分値)を定義し、それぞれの指標が時間と共にどのように変化するかが示されている。それぞれの指標の最大値が不連続面の強度特性に応じてどのように変化するか、入力地震動の大きさの増大に伴い、各指標の最大値が増加する様子が明らかにされている。

 さらに、耐震安全性を評価する方法が提案されている。入力地震動を仮想的に大きくしてゆき、崩壊に至るような終局限界状態が求まったとき、その終局限界状態に対して、想定する地震動に対するダムの安全性が定量的に表される。提案する評価手法を、本論文の解析結果に適用することを試みているが、入力地震動の大きさの増加に伴い、各指標の値は比例的に増加するばかりであり、急激な増加等の終局限界状態の兆候を示しておらず、安全性を定量的に表示するには至っていない。原因については、不連続面において完全塑性を仮定したことを挙げており、軟化挙動を導入する等により、終局限界状態を解析により再現し、提案する耐震安全性評価手法を適用することは今後の課題であるとしている。

 以上のように、本論文は、コンクリートアーチダムの基礎岩盤のせん断破壊に対する耐震安全性を照査する手法を提案しており、重要構造物の耐震安全性を確認するという要請に応えるものである。耐震安全性を増すという要請があった場合には、PSアンカーの施工が必要になるが、どの位置にどれだけのPSアンカーを施工すれば、どの程度耐震安全性が増加するかということも、本論文で提案された手法により明らかにすることができ、補強の最適設計を可能となる。不連続面の特性に統計的なバラツキを与えて解析を行うことにより、より実岩盤に近い解析を行い、岩盤の保有する不確定性の影響を評価することも可能となる。不連続性岩盤の進行的なせん断破壊の解析は、岩盤力学の重要な課題であり、本論文は岩盤力学の発展にも貢献するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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