No | 116970 | |
著者(漢字) | 藏重,勲 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クラシゲ,イサオ | |
標題(和) | 硫酸によるコンクリート劣化のメカニズムと予測手法 | |
標題(洋) | Mechanism and Prediction Method for Deterioration of Concrete Due to Sulfuric Acid Attack | |
報告番号 | 116970 | |
報告番号 | 甲16970 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5111号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 従来,コンクリートは十分耐久的な材料であると考えられていたにもかかわらず,炭酸ガスによる中性化や塩分による鉄筋腐食,ならびにアルカリ骨材反応や凍害といった劣化事例が,高度経済成長期に建設された構造物を中心に徐々に顕在化してきている。このような現状から,コンクリート構造物の維持管理やライフサイクルコストマネジメントの考え方が浸透し,コンクリートの耐久性が重要視されるようになってきた。この流れを受け,耐久性照査型設計手法の導入が進み,合理的,経済的な耐久性設計法の確立に向け,コンクリートの性能評価技術ならびに劣化予測技術の向上が求められている。 このような中,下水道関連施設おけるコンクリート構造物が供用2,30年を満たない間に硫酸によって劣化し,補修,建て替えが必要になるといった問題が深刻化している。中には,供用10年を待たずして補修を行った例もある。平成12年に改訂されたコンクリート標準示方書では,炭酸ガスによる中性化や塩分浸透による鉄筋腐食などに関しては,これまでの精力的な研究調査の成果から具体的な劣化予測手法が示されている。しかしながら,硫酸による劣化を含めコンクリートの化学的劣化に関しては,有用な知見が乏しいことからその提案が見送られ,現状では,化学的環境におけるコンクリート構造物に対して,合理的,経済的な劣化対策が適切に行われているとは言い切れない。 以上の背景から,硫酸腐食環境におけるコンクリート構造物の合理的設計手法の確立に寄与することを最終的な目標と位置づけ,本研究の骨子を,硫酸作用を受けるコンクリートの劣化メカニズムの解明,およびメカニズムに立脚した劣化予測手法の提案とした。 硫酸によるコンクリートの劣化に関する既往の研究や報告は数多くあるものの,実環境への暴露実験では,影響要因の多様性から劣化形態が複雑化し,機構の解明および知見や情報の比較,転用が難しい。また,室内試験に関する研究においても定性的な検討は比較的多いものの,劣化予測に有用な定量的な情報が不足している。このような背景から,劣化予測手法の確立およびそれを支援する劣化機構の解明には,硫酸によるコンクリートの劣化に関して基礎的,定量的情報が必要であると考え,各種供試体の硫酸浸漬試験を実施した。 硫酸によるコンクリート構造物の劣化は,硫酸が硬化体内部へと浸透しセメント水和物と反応することに起因し,それにより侵食や中性化が引き起こされる。侵食はかぶり厚さを減じて,硫酸の浸透境界位置をより内部へと変化させることから,中性化やそれ自身の進行を促進することになる。本実験での評価項目を侵食深さおよび中性化深さとして,硫酸溶液のpHの変化(pH=0.5〜3.0)や水セメント比の相違(W/C=30〜70%)などの影響を調べた。 図1に示すように侵食深さは直線的に増加し,中性化深さに関しても侵食が進行する供試体では,同じく直線的に増加することが明らかとなった。ここで,注目すべき新しい知見は,水セメント比が小さいほど侵食深さおよび中性化深さが大きくなることである。水セメント比が小さい硬化体は緻密であり,強度や耐久性に優れることは周知の事実とされてきた。しかしながら,硫酸による硬化体の劣化においては異なり,全く逆の傾向を示した。この傾向は低熱あるいは耐硫酸塩ポルトランドセメントを使用した場合やフライアッシュを混合した場合にも確認できた。 このような水セメント比が小さいほど侵食速度が大きくなるといった事実を初めとした種々の実験結果を,統一的に説明しうる劣化機構を本研究において解明した。 硫酸によるコンクリートの劣化はセメント水和物と硫酸の反応に起因し,この反応では二水石膏が生成される。二水石膏は水および硫酸溶液に対する溶解度が0.2g/100gと低く,浸漬環境では容易に析出する。この時,水酸化カルシウムと硫酸の反応では,化学反応式から算定すれば固体体積が約2.24倍に増加することになる。固体体積の増加によって硬化体内部に膨張圧が働き,これが硫酸腐食部の破壊強度を上回った場合に表面から剥落が生じ,硬化体が侵食される。 侵食速度は,潜在的な固体体積の増加量を決定する水酸化カルシウム量と,体積増加を空間的に受容する硬化体中の細孔空隙量の関係から説明でき,侵食速度は水酸化カルシウム量が多いほど,また総細孔量が少ないほど大きくなることになる(図2)。以上のメカニズムから,図3のように水セメント比が硬化体の侵食に与える影響を説明することができる。 本研究では劣化メカニズムの比較のために,塩酸による硬化体の劣化に関しても検討した。塩酸は硫酸による劣化の傾向とは異なり,水セメント比が大きいほど侵食が大きくなった。これは塩酸との反応で生成される塩化カルシウムの溶解度が75g/100gと高く,溶液中へ容易に溶け出すことによる。このような実験結果から,酸による硬化体の侵食は酸の濃度に加えて,生成される物質の性質も支配的要因となっていることを明らかにした。 以上の検討によって明らかになった劣化メカニズムに基づいて,硫酸作用を受けるセメント硬化体に関して劣化予測手法の構築を図った。予測手法として,汎用的な工学的回帰手法および拡張性の高い解析的手法について検討した。工学的手法はその簡便性,汎用性から設計者と発注者の相互理解などを容易にすることを目的にしたもので,コンクリート標準示方書における推定式にとって有用と考えられる。また,コンピュータを利用する解析的手法は劣化現象の詳細な説明や他の解析手法との連携を可能にする,拡張性の高い劣化予測手法と言える。 工学的手法の一つとして,明らかとなったメカニズムから新たに定義した指標を用いた侵食速度の推定式を提案した。この指標とは硬化体中の水酸化カルシウム量を総細孔量で除した値であり,硫酸侵食性指数Eと定義した。これは侵食速度が水酸化カルシウム量および総細孔量と直線関係にあり,水酸化カルシウム量が増加するほど,また総細孔量が減少するほど上昇する事実から導いたものである(図4,5)。このE値が大きいほど,侵食抵抗性が低いセメント硬化体と言える。E値と侵食速度は直線関係にあり,その傾きと切片は硫酸溶液の水素イオン濃度の影響を受ける(図6)。以上から,E値と水素イオン濃度を説明変数として侵食速度を推定する式を提案した。この推定式から計算した侵食速度の予測値は実験結果とよく一致しており,有効な予測手法となる可能性を示した。本手法は説明変数をE値とすることで,セメント種類や混和材置換の影響を統一的に考慮できるものである。 解析的予測手法の検討では図7に示すような硫酸の拡散浸透・反応消費モデル,水酸化カルシウム消費・中性化モデル,石膏生成・腐食部脱離モデルからなるシミュレーションシステムを構築した。この解析手法を用いれば,硬化体中の硫酸濃度,水酸化カルシウム濃度,二水石膏濃度の場所的,時間的変化を表現することができる。また,侵食速度の推定では水セメント比の影響,pHの影響,結合材種類の影響について現時点では定性的ではあるが実験結果の傾向を良く表しており,,現象の詳細な記述として将来的な有効性を示した。 このように本研究では,コンクリートの硫酸による劣化に関し,そのメカニズムを解明し,機構に基づいたいくつかの劣化予測手法を提案することができた。耐久性照査型設計には劣化予測技術と共に性能評価技術の向上が要求される。よって,合理的かつ簡便な耐硫酸性試験を提案,確立することが,劣化予測技術の向上ともに大きな課題としてあげられる。 図1 水セメント比と侵食深さおよび中性化深さの関係 図2 硬化体の特性が硫酸による侵食や中性化に及ぼす影響 図3 水セメント比が侵食に及ぼす影響の概念図 図4 水酸化カルシウム量と侵食速度の関係 図5 総細孔量と侵食速度の関係 図6 硫酸侵食性指数Eと侵食速度の関係 図7 劣化シミュレーションシステム | |
審査要旨 | コンクリート構造物の維持管理やライフサイクルマネジメントに関する技術向上の気運が高まるにつれ,コンクリート構造物の耐久性が最重要視されるようになってきた。従来,十分耐久的であると考えられてきたコンクリートも炭酸ガスによる中性化や塩分による鉄筋腐食,またアルカリ骨材反応等の劣化事例が高度経済成長期に建設された構造物を中心に顕在化してきている。しかしながら,近年の下水道施設における硫酸によるコンクリートの早期劣化問題を中心にコンクリートの化学的劣化については,劣化機構や予測手法に関する知見が不足し,耐久的,経済的な構造物の設計,建設が必ずしも行われていない実状がある。本論文は,硫酸環境におけるコンクリート構造物の合理的な設計システムの確立に貢献することを目的とし,硫酸作用を受けるコンクリートの劣化予測手法の提案を図ったもので,目的の達成手段として,コンクリートの劣化機構を解明するとともに,劣化機構に立脚したモデルの作成およびシミュレーションシステムを構築するといった検討を行っている。 第1章は序論であり,硫酸によるコンクリートの劣化に関する研究の必要性をライフサイクルマネジメントの思想や維持管理の技術向上といった社会的要求から説明し,本論文の背景および目的を明確化している。 第2章は硫酸によるコンクリートの劣化について,問題となる環境や既往の研究成果について概説している。また,設計体系の変遷について説明を加え,劣化予測手法の開発,およびそれを可能にする劣化機構解明の必要性に触れ,本論文の特徴及び方向性を定めている。 第3章は劣化機構の解明に有用な基礎的,定量的情報を得るための実験的検討を行っている。硫酸による硬化体の劣化において,侵食や中性化を把握する必要性をまず述べ,硫酸環境,使用材料,配合などの各種要因がそれら劣化の進行に及ぼす影響を,種々の供試体の浸漬試験によって詳細に調べている。注目すべき実験結果として,セメント硬化体の水セメント比が小さいほど侵食速度が大きくなるといった過去に例を見ない知見を示し,劣化メカニズムの解明に大きく寄与している。また,セメント種類や混和材の混合により,劣化速度は大きく異なり,硬化体の性質を物理的,化学的に捉えることの必要性を示唆している。 第4章は実験から得られた基礎的,定量的な情報をもとに,硫酸による硬化体劣化のメカニズムを解明を図っている。セメント水和物は硫酸との反応により難溶である二水石膏を生成しその際に固体体積の増加を生じるが,固体体積増加に対して空間的受容能力が比較的低い,つまり細孔空隙量の少ない硬化体ほど侵食が進行することを示している。また同時に,各種セメント水和物量は固体体積の増加量の決定要因として侵食の進行に影響を及ぼすことを明らかにし,特に水酸化カルシウム量の影響が大きいことを示している。中性化の進行については,侵食の進行特性に大きく依存し,侵食速度によって直線的に増加する場合と,塩化物イオンの浸透などと同様に√t則に従うような増加傾向を示す場合があることを示している。このように本章では,劣化予測手法の合理的な構築を可能にする劣化メカニズムについて論説しており,劣化に及ぼす硬化体の物理的,化学的性質の影響を明確化している。 第5章では,第4章で明らかとなった劣化機構および第3章における硬化体劣化の定量的情報を元に劣化予測手法を提案している。ここでは,汎用的予測手法および拡張性を考慮した解析的手法について検討を行っている。前者では侵食速度をセメント種類,水セメント比,硫酸溶液の水素イオン濃度を説明変数とした重回帰分析による定式化,ならびに水酸化カルシウム量と総細孔量の比である硫酸侵食性指数を考案し,硫酸溶液のpHとともに説明変数として推定式の作成を行っている。解析的手法では,硫酸による硬化体の侵食や中性化を,硫酸の拡散浸透・反応消費モデル,セメント水和物消費・中性化モデル,硬化体腐食部脱離モデルの3つのモデルから構成される連成解析システムによって,シミュレートする方法について検討しており,今後の活用および発展が十分に期待できる。 第6章では,構造物の早期劣化を引き起こすひび割れの影響について実験的検討を行っている。硫酸がひび割れ内部を進入し,中性化ならびに酸性化が鉄筋位置まで進行すれば,鉄筋は腐食するが硫酸が鉄筋に供給され続ければ,鉄筋が溶解することにもなる。このようなひび割れへの硫酸進入特性を,ひび割れを導入したコンクリート供試体の浸漬試験から調べ,炭酸ガスや塩化物イオンと比較して硫酸の進入深さは小さいのは硫酸とセメント水和物の反応における固体体積の増加に起因することを説明している。 第7章は本論文の総括であり,本論文の成果をとりまとめている。 以上,本論文を要約すると,硫酸によるコンクリート劣化のメカニズムを解明するとともに,工学的および解析的な劣化予測手法を構築し,硫酸作用を受けるコンクリートの定量的劣化予測手法確立に大きく貢献するものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |