学位論文要旨



No 116972
著者(漢字) 関本,義秀
著者(英字)
著者(カナ) セキモト,ヨシヒデ
標題(和) 多様なデータを用いた実世界変化の再構成手法に関する基礎的研究
標題(洋) A basic study on the reconstruction of dynamical change of real world integrating many kinds of data
報告番号 116972
報告番号 甲16972
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5113号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 有川,正俊
内容要旨 要旨を表示する

 ライフラインの施設の維持管理や,固定資産課税における課税客体(土地・家屋など)の異動管理などのいわゆる古典的な応用分野から,ITS(Intelligent Transport System:高度道路交通システム)における交通状況の把握やガイダンス情報の提供,マーケティング活動の支援,地震発生後の緊急対応支援などの分野へもGISの応用範囲が広がることが期待されている.こうした分野では,よりダイナミックに変動する事象を対象に情報を収集し,その現況を把握,さらに将来の動きを予想することなどが必要となる.つまり,従来からの地図や統計に比べ,より細かい時間分解能はもちろん,より高い空間分解能,あるいは詳細な属性情報が時空間データベースに必要とされると考えられる。

 一方,近年のデータ取得技術の高度化により,様々な時空間データが取得可能になってきている。非集計データでは,GPS, PHSだけではなく,ジャイロや加速度計,PEAMON(PErsonal Activity Monitor)あるいはそのような計測機器によるものだけではなく,チケット予約データ,クレジットカード情報さらに携帯電話・PHSのログ情報による位置特定は可能である。また集団の動きをとらえた集計データとして,パーソントリップ調査,国勢調査,あるいは鉄道における自動改札データや路上で通過人数(台数)をカウントするトラフィックカウンタ,あるいはコンビニエンスストア等のPOSデータやイベントデータでは年齢・性別等とセットで時空間的な位置情報が特定可能である。あるいは,監視カメラのようなものではより詳細な位置や行動モードも判別可能である。

 このように様々な時空間データが取得可能になってきているものの,それらは断片的なデータであり,様々な利用形態のニーズにぴったり対応した分解能や項目のデータが必ずしも直接得られるわけではない。計測やモニタリング作業から得られる多様なデータをつき合わせ,解釈して対象物の時間的,空間的な分布やその変化状況を推定するプロセスが必要不可欠であるといえる。いいかえると,断片的に次々得られる多種多様なデータから、地物に関する連続的(稠密)な時空間データベースを再構成するシステムをいかに構築するかが重要でありこれが本研究の目的である。

 データ編集・統合の自動化を実現しようという観点からこれまでの空間データ取得技術・統合化技術に関する研究とデータベース構築・管理に関する研究を概観すると,両者が一般的には切り離されて進められていることがわかる。すなわち,様々な「断片的」データを集めて解釈・総合化する編集過程を通じて,様々な地物等の空間的な分布や時間的な変化を表現する「編集済み」データがまず作成され,その後,データベースに入力されると,多くの場合想定されている。

 たとえば,時空間データベースに関する多くの研究も,地物などの時空間的な分布や変化を記述した「編集済み」時空間データがあるという前提にたち,そのデータを効率的にデータベース化するという観点から研究が主に行われてきた。しかしこうしたアプローチは,地物などの状況・変化の推定という立場から見た場合,地物等の状態推定プロセスが別立てになっている点や観測データがデータベース化されておらず,観測データと地物等との対応が不明確になりがちである。また地物等の状態推定を念頭においてGISデータベースがデザインされていないために,観測データ以外の推定に必要な情報がデータベースから欠落する可能性がある。

 以上のような問題点を克服するためには,データ取得・統合化プロセスとデータベース構築・更新プロセスを一体化し,観測データと地物データ等も含めて推定過程に必要なデータを管理する「拡大」時空間データベースを構築することが必要となる。そのためにはさらに,地物等の時空間変化や観測データを表現する概念モデルの開発から,それに基づいたデータベースの実装,多様なデータを用いた地物等の状況・変化の推定モデル・手法まで様々な課題が解決されねばならない。

 本研究では前者の地物の変化や観測データを表現する概念モデルとして,実世界の変化する様子を地物(Feature)とイベント(Event)と観測(Observation)の3種類のオブジェクトで表現するFEOモデルを提案し(図1),また,後者の推定アルゴリズムについても以下のような流れを提案した(図2)。

 もちろんいくつかの分野では対象となる地物等や観測手段の特性に応じて,多様な観測データから地物等の状況を推定するシステムや手法の検討が進められている。たとえば交通工学,土地利用ではそのような研究が散見されるものの,それらの検討も比較的近年始められたものであり,他の分野に波及する例はまだ少ない。上記の表現モデルに代表されるような,より一般性の高い概念レベルの検討をすることで,個別の文脈で検討・開発されてきた統合手法,データベース化手法など相互の位置付けを明らかにすることが出来,新たな分野への展開や手法の一層の深化を図ることができると期待される。

 実際にシミュレーション実験により,図3のように地物そのものの状況(この場合は人間の時空間位置)を表す非集計的な観測データが十分ではない場合(ここでは3分おきに3つしかGPSデータがない)でも,図4のように,他の断片的な観測データや地物そのものに関する知識からある程度地物の1分おきの状況を再現することができた。

図1:FEOモデル

図2:再構成アルゴリズム

図3:真の軌跡と観測データ

図4:真の軌跡と再現した軌跡の比較

審査要旨 要旨を表示する

 GISの利用範囲が拡大し、古典的な地図情報の分野から交通や環境、マーケティングにおける人の流動など時間的・空間的によりダイナミックに変化する事象を対象とする分野に広がるにつれ、得られるデータと必要な情報との間のギャップが広がり始めている。すなわち、地図に収録されるような一般的な地物は航空写真や現地調査により明確に捕捉できるものであり、またそれほど急激には変化しないことが多いことから、調査・測量データから地物を直接的、網羅的に表現することができた。しかし、道路の渋滞状況のように空間に広がり、かつ刻一刻と変化する地物や現象に関しては、空間的・時間的に絶えずもれなく測定することはほとんど不可能である。実際には首都高速道路などでも固定監視カメラやトラフィックカウンタなどのセンサが多数設置されているものの、高速道路全体から見ればごく限られた地点であり、現実の渋滞情報はそうした断片的・点的な情報から「推定」されているのが現状である。しかし実際の利用者が必要とする情報は任意の場所・時刻の渋滞状況であり、両者をいかに埋めるかが大きな問題となることが予想される。このギャップを埋めるために指向されているのがより多数の多様なセンサを利用するという方向である。これはセンサの低価格化や小型化、さらに個別の車両などにセンサを装備しそこからの情報をネットワーク経由でリアルタイムに収集できる技術が次第に成熟しつつあることを考えると自然な方向であると言える。しかしこれまでこうした渋滞状況は経験者が各地点からのデータをにらみながら総合的に判断し、経験に基づいて推定するというプロセスで行われてきており、そのプロセスをそのままにしてセンサの種類や数を増やすことには大きな限界がある。そこで本論文では、多数のセンサが存在するという状況の下で時間的にも空間的にもダイナミックに変化する実世界の現象を自動的に推定する、すなわち再構築する手法を開発することを目的としている。本論文の構成は以下の通りである。

 第1章は論文の構成、すなわち背景、目的を述べている。第2章では、従来の調査・測量データから地物の状況をそのまま網羅的に記述できる従来のGISを確定型GISとよび、得られたデータから地物の状況を再構成するGIS(推論型GIS)と対比しながら、推論型GISの枠組みを整理している。第3章は観測や調査により得られる情報を表現する概念モデル(観測モデル)と、実世界における地物のダイナミックな変化を記述する概念モデルを区別し、さらに地物の変化を記述するモデルを、地物そのものを表現するモデル(フィーチャモデル)とその変化を引き起こす外乱要因を表すモデル(イベントモデル)に分けることを提案している。これをFE0モデル(Feature-Event-Observation)と呼んでいる。第4章は、観測データから地物を再構成する手法の基本的な枠組みを最適問題として定式化し、それを解くアルゴリズムを提案している。しかしながら大規模な問題に対して計算効率や再構成制度上の問題があることが指摘されている。そこで、第5章では精度・効率の向上のために再構成の対象となる地物の振る舞いや変化に関する知識情報を制約として取り込んだり、目的関数に入れることにより精度や効率向上を達成できることを示した。第6章はFE0モデルに基づいた地物などを表現し、さらに地物の動きを再構築するシステムの開発を行った。より実問題に近い数値実験を通じて、再構成手法の適用可能性や課題などの分析・抽出を行った。第7章は全体のまとめであり、結論と今後の課題を述べている。

 本論文の特徴は空間情報の利用について、得られる観測データと利用者にとり必要な情報の間にギャップがあることを指摘し、それを地物の空間的・時間的変化を観測データから再構成するというアイディアを、一般的な枠組みの中で実現したことにある。特にこれまで意識せずに利用されていた観測データと地物の実際の変化を表すデータ、さらに外乱であるイベントデータをそれぞれ表現できる概念モデル(FE0モデル)を組み立てた上で、再構成手法を提案している。これによりさまざまな利用場面において構造化されることなくただ蓄積されてきた観測データなどを、きちんとしたデータベースとして管理できるようになった。またそれらの観測データを利用して地物を再構築するための一般的な手法と手続きを示した。その意味で本論文は着眼点、手法とも大変斬新であると同時に、今後の空間情報の利用において、重要な概念フレームを提示するものであり、実社会への貢献も大変大きいと期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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