学位論文要旨



No 116973
著者(漢字) 塚原,絵万
著者(英字)
著者(カナ) ツカハラ,エマ
標題(和) マクロ的アプローチによるひび割れを有するコンクリートの物質移動評価
標題(洋) A Macroscopic Approach for Evaluation of Mass Transport Properties in Cracked Concrete
報告番号 116973
報告番号 甲16973
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5114号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚木,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物は,適切に設計・施工がなされた場合,極めて耐久性に富む構造形式となっている。しかし,近年,既存コンクリート構造物の安全神話を覆す事柄が多発しており,この様な現状から,既設構造物の維持管理が適切に遂行されることが強く求められている。さらに新設構造物についても,構造設計に加えて耐久性設計を行うことにより,構造物の各種性能低下を定量的に予測することが緊急の課題となっている。ここで,コンクリート構造物の劣化原因として最も重視すべき問題がコンクリート中の鉄筋腐食である。特に,塩害環境のようにコンクリート中の鉄筋腐食の進行・加速が懸念される環境におけるコンクリート構造物では,鉄筋腐食の進行を予測することは極めて重要となる。ここで,ひび割れが早期段階でかぶりコンクリートに存在する場合,腐食因子が鉄筋まで容易に侵入することとなり,またマクロセル腐食の原因となる著しい不均一性が生じるため,鉄筋腐食が供用初期段階において加速される。平成11年版コンクリート標準示方書[施工編]においては,コンクリートにひび割れが生じている場合,許容ひび割れ幅以下であればコンクリートの塩化物イオン拡散係数を1.5倍とすることで照査可能という記述がある。これは,ひび割れ等欠陥が構造物の耐久性能を低下させる危険な因子であることを示していると考えられるが,現状ではこの値に物理・化学的意味はない。これは,ひび割れを有するコンクリートの物質移動特性が未だ解明されておらず,また定量的な検討が不足しているためである。本研究では,ひび割れが物質移動特性に及ぼす影響を把握し,物質移動評価におけるひび割れの表現方法を提案することを目的とした。ここで,上記示方書等で認識されているひび割れは表面ひび割れであるが,表面観察から把握不可能な欠陥(内部ひび割れ,遷移帯)についてもその移動性状について検討を行った。

 物質移動性状に関しては塩化物イオンの拡散現象が対象であるが,内部ひび割れおよび遷移帯の場合は透気性状の把握を目的とした。これは,コンクリート中の塩化物イオンの移動現象は濃度拡散や固定化現象等の現象を含むものであり,欠陥と移動性状の関係を検討するために両要因が不確定となる状態を避けたことによる。透気試験の結果,セメント比0.50のモルタルにおいて,ある細骨材量以上の場合に生じるモルタル中セメントペーストの透気係数の増加は遷移帯の連結の影響であることが分かった。また,引張応力の付与により内部ひび割れが発生するためにモルタルの透気係数は増加し,それは試験体の塑性変形分に依存することが考えられる。そして,内部ひび割れが見掛けの透気係数に与える影響程度はモルタルの配合要因により異なる。2次元透気解析により確認した結果,これは,遷移帯の様に組織が粗な領域よりも,組織が密な領域であるセメントペーストにひび割れが発生する方がひび割れが見かけの透気係数に与える影響は大きいことに起因すると考えられる。また,内部ひび割れを有するモルタルの透気流量はひび割れ幅に支配されることが考えられ,内部ひび割れ幅の3乗と見かけの透気係数比は線形関係で表すことができる。実験値と解析値双方利用の結果,本研究の範囲内では,内部ひび割れ幅は0.010〜0.015mmと算出された。

 表面ひび割れを有するコンクリート中の物質移動評価としては,ひび割れ中の塩化物イオンの移動,およびひび割れを有するコンクリート中の塩化物イオン分布を把握することを第1の目的とした。3.0%NaCl水溶液への浸漬試験および乾湿繰り返し試験の結果,コンクリートひび割れ部付近の塩化物イオン濃度は,開放面が最も高く,ひび割れ深さが深くなるにつれて低くなった。この現象はひび割れ幅の変化如何によらず生じるものであり,これよりひび割れ内部において濃度勾配が生じていることが考えられた。実際に,コンクリート割裂試験体と鋼製スリット試験体を用いた拡散セル試験により,ひび割れ中の塩化物イオン拡散係数を測定したところ,ひび割れ幅が大きいほどひび割れ中の拡散係数は大きいことが把握された。また,両者から得た拡散係数はほぼ同程度であった。

 以上の実験結果より,本研究では環境の塩化物イオン濃度,コンクリート表面部の塩化物イオン濃度(表面塩分量)の経時変化,コンクリート内奥方向の塩化物イオン濃度分布の実測値に基づき,塩化物イオン移動現象のモデル化を試みた。対象とする塩化物は全塩化物であり,モデル化の対象は(1)健全部における移動,(2)ひび割れ部における移動の2つである。健全部の移動に関しては,表面塩分量の経時変化を境界条件とし,コンクリート全体に対して濃度拡散により表現した。表−1に示す本モデルで用いるパラメータと実現象との対応から明らかであるように,本モデルは極めて簡便なモデルである。ひび割れに関しては,ひび割れ内の塩化物イオンの濃度拡散現象を考慮し,健全部におけるモデル化を拡張して表現した。この時,ひび割れ中の塩化物イオン濃度,コンクリートひび割れ部の塩化物イオン濃度,および塩化物イオン量に対する質量保存則を考慮することにより,濃度拡散と擬似吸着現象をモデル化した。コンクリートひび割れ部で生じている現象へのアプローチは実現象と異なるが,影響する要因を全て考慮しているため,本モデルから得られる結果は実現象とほぼ等しくなる。

 提案するモデルを実験結果に適用した結果,浸漬および乾湿繰り返し環境下におけるひび割れを有するコンクリートの塩化物イオン浸透性状を概ね再現することができた(図−1,2)。これより,提案するモデルは,対象とするコンクリートに対して,少なくともひび割れ幅・表面塩分量の経時変化・コンクリートの塩化物イオン分布が把握されていれば,各海洋環境下におけるひび割れを有する既存構造物の塩化物イオン浸透性状の推定・予測に適用可能であると考えられる。

 次に,解析によりひび割れ幅がコンクリートひび割れ部の塩化物イオン量に及ぼす影響について検討した結果,コンクリートへの塩化物イオン供給量を決定するひび割れ幅と,塩化物イオン消費量を決定するコンクリート自体の拡散性状のバランスにより,コンクリートひび割れ部の塩化物イオン量は決定され,【塩化物イオンの供給量<塩化物イオンの消費量】の条件下において,ひび割れ幅がコンクリートひび割れ部塩化物イオン量の支配要因となることが明らかとなった。本研究では,水セメント比0.55,ひび割れ幅0.050mm以下においてこの条件を満足した。

 本研究で提案するモデルは,実現象を忠実に表現したモデルと比較して,物質移動の影響因子であるコンクリートの品質と環境条件を濃度拡散(見かけの拡散係数)と表面塩分量の定式化に包含しているため汎用性は低い。この点に関しては,コンクリートの配合条件および環境条件と境界条件となる表面塩分量の経時変化式,および見かけの拡散係数の関係を詳細に検討し,定式化することが必要不可欠である。つまり,ひび割れ部においても,表面塩分量の経時変化式,および見かけの拡散係数の定式化がなされれば,結果として汎用性のあるモデルとすることが可能となり,ひび割れ等の欠陥を有するコンクリートの物質移動評価が可能となることが考えられる。

表−1 実現象と本モデルで用いたパラメータの関係

図−1 解析モデルの検証(浸漬13週)

審査要旨 要旨を表示する

 近年,既存コンクリート構造物の安全神話を覆す事柄が多発しており,既存構造物の維持管理が適切に遂行されることが強く求められている。さらに新設構造物についても,構造設計に加えて耐久性設計を行うことにより,構造物の各種性能低下を定量的に予測することが緊急の課題となっている。特に,塩害環境のようにコンクリート中の鉄筋腐食の進行・加速が懸念される環境におけるコンクリート構造物では,鉄筋腐食の進行を予測することは極めて重要となる。ここで,ひび割れが早期段階でかぶりコンクリートに存在する場合,腐食因子が鉄筋まで容易に侵入することとなり,またマクロセル腐食の原因となる著しい不均一性が生じるため,鉄筋腐食が供用初期段階において加速される。しかし,ひび割れを有するコンクリートの物質移動特性は未だ解明されておらず,また定量的な検討が不足しているのが現状である。このような現状を踏まえ,本論文では鉄筋コンクリートのひび割れが物質移動特性に及ぼす影響を把握し,物質移動評価におけるひび割れの表現方法を提案することを目的としている。

 第1章は序論であり,本論文の背景および目的が述べられている。

 第2章では,ひび割れ等欠陥を有するコンクリートの物質移動特性に関する研究,コンクリート中の塩化物イオン移動性状に関する研究およびひび欠陥を有するコンクリート中の塩化物イオン移動性状のモデル化,また,ひび割れを有するコンクリート中の鉄筋腐食に関する研究について,既往の研究をまとめ整理をしている。

 第3章では,表面観察から把握不可能な欠陥(不均一性)の代表として骨材界面に存在する遷移帯,および内部ひび割れの有無を要因として透気試験を行い,その影響度および欠陥の評価方法について検討を行っている。ここでは劣化に対する抵抗性のポテンシャルを基礎的に評価するという意味で,内部ひび割れや遷移帯が透気性状に及ぼす影響について把握を試みている。また,遷移帯および内部ひび割れを有するモルタルの透気性状について解析を行い,配合要因・欠陥程度および内部ひび割れ幅が透気性状に及ぼす影響について考察している。

 第4章では,湿潤環境下における表面ひび割れを有するコンクリートの塩化物イオン移動性状だけでなく,ひび割れ中の塩化物イオン移動性状についても実験を行っている。この結果を利用し,ひび割れからコンクリートへの塩化物イオンの浸透現象をモデル化し,ひび割れを有するコンクリートにおける塩化物イオン移動モデルの構築を行っている。ここで,ひび割れを有するコンクリート中の塩化物イオン移動現象を,従来使用されている見かけの拡散と整合するように表現し合理的に取り扱っている。ここで提案されている評価方法は実際にコンクリート中に生じている現象とは厳密には異なるが,実現象を表現するために影響する要因を全て考慮し,より単純化してモデル中に取り入れることを重視している。また,乾湿繰返し環境下における塩化物イオン移動性状についても同様の検討を行っている。

 第5章では,表面ひび割れを有するコンクリート中の鉄筋腐食性状について実験的に把握するとともに,第4章で構築した塩化物イオン移動モデルを利用した鉄筋腐食解析により,ひび割れ幅・ひび割れ間隔などひび割れに関する条件を要因とし,ひび割れが腐食性状に及ぼす影響について検討を行っている。

 第6章では,第3章から第5章までに得られた結果を総括して述べるとともに,今後の課題を挙げ本論文の結論としている。

 以上,本論文を要約すると,ひび割れを有する鉄筋コンクリートの塩化物イオンによる鉄筋腐食メカニズムを解明するとともに,工学的に有用な腐食予測解析方法を構築し,塩分環境下に設けられた鉄筋コンクリートの劣化予測および評価手法確立に大きく貢献するものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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