学位論文要旨



No 116974
著者(漢字) 秦,康範
著者(英字)
著者(カナ) ハダ,ヤスノリ
標題(和) 電力供給量特性を利用した平常時から災害時までの地域評価に関する研究
標題(洋) Use of electric power supply records for regional characterization in both disaster and non-disaster times
報告番号 116974
報告番号 甲16974
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5115号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 岐阜大学 助教授 能島,暢呂
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は,電力供給量データを利用して,「平常時〜災害時〜復旧・復興時期」まで継続的かつリアルタイムに地域評価するモデルを提案するとともに,その利用可能性について検討することにある.電力は保存が困難であることから「供給と消費(需要)の同時性」という特徴を有し,そのため電力需要は地域の人々の様々な活動をリアルタイムに反映する.また,災害時の人々の活動は,その地域の災害状況に強く依存することから,電力の供給が可能な地域に限って言えば,災害時の電力供給量は,その地域の被災状況を示すことになる.すなわち,電力供給量特性により,平常時には地域特性の評価が,災害時には被害地域の特定と被災程度の把握が可能となる.更に復旧・復興過程のモニタリング指標として利用できる.このような,電力の特徴である,「供給と消費(需要)の同時性」,「継続性」,「計測の容易さ」,を活用し,電力供給量特性から地域の情報を読みとることを主眼とした本研究は,これまでの研究にないユニークな特徴を有している.

以下に,本論文の成果について要約する.

 第1章では,平常時における電力需要分析手法について,その理論的枠組みについて述べた.また,この電力需要分析手法を年代と地域を変えて適用し,都市部における電力需要分析手法として,普遍的かつ有効な手法であることを確認した.次に,配電エリアの需要を構成する4つのパターン別電力需要曲線が,各パターンの需要を構成する電力消費機器ごとの需要カーブの重ね合わせとして表現するモデルを構築した.そして住宅タイプを事例として,各電力消費構成機器の需要カーブを構築し,住宅パターンの需要カーブの再現を行った.このように一軒一軒の構成機器ごとの需要カーブから配電エリアの需要カーブを再現可能なことを示すことは,物理的な需要予測手法の構築を可能にする点で重要な成果と言える.すなわち,急激なライフスタイルの変化や,個々の電力消費構成機器の需要カーブ特性や新しい構成機器の普及程度の変化が,配電エリア単位で需要の変化にどの程度影響するのかが,時刻単位で評価できるからである.

 第3章では,首都圏における停電事例分析を行い,日常的に発生する停電の特徴について分析を行った.その結果,1件当たりの平均停電時間は90分程度であり,長くても6時間程度であることが明らかになった.このデータに基づき,本研究では日常的に発生する停電を対象とした停電影響度評価手法を提案した.すなわち,「停電の影響」を「平常時に行っている生活活動ができなくなってしまう状態」と定義し,各生活活動の重要度(価値)を評価して,「停電により妨げられた平常時ならば行っているはずの生活活動の重要度の合計」を停電影響度として評価する手法を構築した.本手法を用いることで,停電の発生時刻と継続時間を任意に取り扱い,その影響度を評価することが可能となる.停電はいつ発生し,どの程度継続するのかを事前に知ることは困難であることから,発生時刻と継続時間を任意選択してその影響度を評価できる点は,本提案手法の優れた点である.

 第4章,第5章では,電力が地域の活動状況をリアルタイムに反映する特徴を活かし,地震災害時における電力供給量の推移分析を行った.すなわち,1995年兵庫県南部地震を対象として,災害発生前後の電力供給量の変動と被災程度の関係について分析を行った.その結果,電力供給量の変動は地域の被災状況と強い相関があることが示された.本研究は,電力供給量を利用した地域の被害評価を試みた初めての研究であり,都市部における災害モニタリング情報として電力が活用しうる点を初めて示した点で重要である.次に,電力によるリアルタイム被害評価を精度高く行うためには,被災シナリオを考慮する必要がある事を示した.

 第6章では,電力供給量特性に基づく被害評価を水害災害に対して検討した.すなわち,2000年東海豪雨を事例として,電力供給量の変動を利用した,都市水害における水害被害地域の把握を試み,その有用性について検討した.その結果,電力供給量の変動を時系列的に見ることで地域状況の把握が可能であることが示された.また,電力需要の低下は床下浸水被害の発生と関連することが示された.次に,電力供給比と地域の標高データから,配電エリア内の水害被害地域の評価を行い,浸水実績図と比較検討し,概ね一致する結果を得た.最後に,防災関連機関の意思決定情報としてリアルタイム電力供給量データと地域の停電情報を利用して,遠隔地から被災地域の状況をどの程度推測できるかについて検討し,被害地域の惨状をかなりリアルにイメージ可能なことを示した.この結果は,緊急時における防災情報として,リアルタイム電力供給量データならびに停電情報が防災関連機関にとって極めて有効な情報であることを示すものである.

 第7章では,災害発生後の復旧・復興過程のモニタリング情報として,電力供給量データを利用することを提案した.兵庫県南部地震の被災地域を対象として,電力供給量特性から,地震前後の電力需要特性の変化を分析し,復旧・復興過程のモニタリングとしての電力供給量の利用可能性について検討した.

審査要旨 要旨を表示する

 電力は保存が困難であることから,供給と消費(需要)の同時性という特徴を有し,そのため電力需要は地域の人々の様々な活動をリアルタイムに反映している.平常時においては,日常的に展開される地域の活動状況から,平時の地域特性が評価され,災害時には災害状況に影響を受けた地域活動,すなわち,災害の規模と質,さらに発災後の経過時間に応じた地域活動が評価される可能性がある.そこで本研究では,リアルタイムモニタリングが可能な電力供給量データを利用して,地域特性の「平常時〜災害時〜復旧・復興時期」の連続評価モデルの提案を試みるとともに,その利用可能性について検討するものである.

 本研究は地震防災などの分野で最近盛んに研究が進められてきたリアルタイム防災対策に深く関係するものであるが,実在するリアルタイム地震防災システムでは,この種のシステムにおいて重要な意味を持つフィードバック機能を有しているものはほとんどなく,この点が問題とされている.すなわち,あらかじめ設置しておいた地震計が観測した地震動情報がある閾値を越えた場合に,あらかじめ決めておいたアクションを1回行うだけのシステムとなっている.JRのユレダス(新幹線の緊急停車システム)や東京ガスのシグナル(緊急ガス供給遮断システム)などがその例である.ユレダスやシグナルにおいては,これらがいずれも車両の緊急停止やバルブの緊急遮断システムであることから,フィードバック機能のない「ワン−アクション−システム」であっても所期の目的は達成される.しかし,一般的なリアルタイム防災システムに関して言えば,時々刻々と変化する災害状況をフィードバックさせ,次の対応に反映させる機能がなくては本来の目的を達成し得ない.ではなぜ従来の実システムにおいてフィードバック機能を持たせることが難しかったのかと言えば,その背景には,時々刻々変化する災害状況を適切に表現できるデータが何であるのかが不明であったこと,次にそのようなデータが判明した場合でも,今度はそれをうまくモニタリングしフィードバックする手法のなかったことがあげられる.

 本論文は上記のような問題点の解決を目的に,電力需要特性の変動を活用したリアルタイム防災対策システムについて研究するものである,全8章から構成されている.以下に各章の内容について要約する.

 第1章では,研究全体の目的や背景,既往の研究と本研究の構成を説明している.

 第2章では,平常時における電力需要分析手法について,その理論的枠組みについて述べている.またこの電力需要分析手法を,年代と地域を変えて適用し,これが都市部における電力需要分析手法として,普遍的かつ有効な手法であることを確認した.次に配電エリアの需要を構成する4つのパターン別電力需要曲線が,各パターンの需要を構成する電力消費機器(電化製品)ごとの需要カーブの重ね合わせとして表現するモデルを構築した.そして住宅タイプを事例として,各電力消費構成機器の需要カーブを構築し,住宅パターンの需要カーブの再現を行った.このように一軒一軒の構成機器ごとの需要カーブから配電エリア全体の需要カーブが再現可能であることを示すことは,急激なライフスタイルの変化や個々の電化製品の消費電力の変化,新しい構成機器の普及率の変化などが,配電エリア全体の電力需要の変化に与える影響を時刻単位に定量評価できる点で意味を持つ.

 第3章では,首都圏における停電事例分析を行い,大規模な地震や台風などを直接的な原因とする停電ではない日常的に発生する停電(これを平時停電と呼ぶ)の特徴について分析を行った.その結果,1件当たりの平均停電時間は90分程度であり,長くても6時間程度であることが明らかになった.このデータに基づき,本研究では平時停電を対象とした停電影響度評価手法を提案した.すなわち,「停電の影響」を「平常時に行っている生活活動ができなくなってしまう状態」と定義し,各生活活動の重要度(価値)を評価して,「停電により妨げられた平常時ならば行っているはずの生活活動の重要度の合計」を停電影響度として評価する手法を構築した.本手法を用いることで,停電の発生時刻と継続時間を任意に取り扱い,その影響度を評価することが可能となった.停電はいつ発生し,どの程度継続するのかを事前に知ることは困難であることから,発生時刻と継続時間を任意選択してその影響度を評価できる点は,本提案手法の特長である.

 第4章,第5章では,電力が地域の活動状況をリアルタイムに反映する特徴を活かし,地震災害時における電力供給量の推移分析を行った.すなわち,1995年兵庫県南部地震を対象として,災害発生前後の電力供給量の変動と被災程度の関係について分析を行った.その結果,電力供給量の変動は地域の被災状況と強い相関があることが示された.本研究は,電力供給量を利用した地域の被害評価を世界で初めて試みた研究であり,都市部における災害モニタリング情報として電力が活用しうる点を示した点で重要である.次に,電力によるリアルタイム被害評価を精度高く行うためには,被災シナリオを考慮する必要がある事を示した.

 第6章では,電力供給量特性に基づく被害評価を洪水災害に対して検討した.すなわち2000年東海豪雨を事例として,電力供給量の変動を利用した,都市水害における水害被害地域の把握を試み,その有用性について検討した.その結果,電力需要の低下は床下浸水被害の発生と関連することがわかり,電力供給量の変動を時系列的に見ることで洪水地域の把握が可能であることが示された.次に電力供給比と地域の標高データから,配電エリア内の洪水被害地域の評価を行い,これと浸水実績図とを比較検討することで,両者がよく一致することを確認した.これら一連の成果は,リアルタイム電力供給量データや停電地域の情報を利用して,遠隔地から被災地域の状況を精度高く評価できることを示すものであり,防災関連機関の意思決定情報として,降雨量データや河川水位のデータなどと合わせて利用することの有効性を示すものである.

 第7章では,災害発生後の復旧・復興過程をリアルタイムに評価する情報としての電力供給量データの可能性と利用法の提案を行っている.すなわち兵庫県南部地震の被災地域を対象として,地震前後の電力供給特性の変化を利用した復旧・復興過程のモニタリング手法を提案し,その適用性について検討した.

 最終章の第8章では論文全体のまとめと今後の研究の方向性や課題について整理している.

 以上のように,電力の特徴である,「供給と消費の同時性」,「継続性」,「計測の容易さ」,を活用し,電力供給量特性から「平常時〜災害時〜復旧・復興時期」の地域の情報を読みとることを試みた本研究は,従来にない新しい視点を与えたと言える.またその研究成果は,これまで決め手となる手法がなかった発災直後の高精度な被害評価,さらに復旧・復興活動までをリアルタイムで評価・分析できることを可能とした.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク