学位論文要旨



No 116976
著者(漢字) アブド モハメド アブデルーバセット
著者(英字)
著者(カナ) アブド モハメド アブデルーバセット
標題(和) 動的特性変化を利用した構造物のヘルスモニタリング
標題(洋) STRUCTURAL HEALTH MONITORING USING CHANGES IN DYNAMIC CHARACTERISTICS
報告番号 116976
報告番号 甲16976
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5117号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 講師 松本,高志
 東京大学 講師 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は構造物のヘルスモニタリングを念頭とした損傷同定方法を提案するものである.ヘルスモニタリングは構造工学分野での近年の重要課題である.手法の提案にあたって,構造物の動的特性の変化を利用した損傷同定理論を構築し,局所的な損傷も含む損傷同定方法を提案する.構造部材モデルを対象とした理論解析.板モデルを用いた数値シミュレーションを行い,損傷同定方法の妥当性の検証を行う.さらに1/3スケール鉄筋コンクリート構造モデルを用いた震動台実験の結果に同定方法の適用を図る.

 最初に既存の損傷同定手法を整理する.損傷同定には種々の方法があるが,計測をベースにした同定方法は構造物の動的特性の変化を用いることが多い.動的特性の中で,共振周波数と共振モードは損傷同定のパラメータとして頻繁に使われる.共振周波数の低下や共振モードの変化は構造物の剛性低下を示し,構造物全体に影響を与えるような大規模な損傷の同定には有効である.しかし,損傷の程度や構造の中での損傷の位置を知ることは難しい.また,計測が容易な低次のモードは損傷に敏感ではない場合がある.より有効な損傷同定パラメータとしてMACやCOMAC(この指標は相関をとることで実測データから種々のモードを区別するために使われている)が提案されている.しかし,板部材に対してこのパラメータを用いた損傷同定の数値シミュレーションを行ったところ,局所的な損傷を見つけるには必ずしも有効ではないことが分かった.

 本論文は,動的特性として,共振モードの空間微分を損傷同定パラメータとして利用することを検討した.空間微分はひずみや曲率に対応する.損傷により剛性が低下する場合,損傷箇所においても部材力が連続しなければならないため,共振モードの空間微分に強い不連続性が生じることになる.実際,局所的に剛性が低下する箇所では,共振モードの空間微分は健全部と損傷部で不連続になり,不連続の量は剛性低下量の逆数に比例して大きくなる.本論文で構築された損傷同定理論は,損傷箇所で共振モードの空間微分が有する不連続性に基づいている.

 棒材と梁材に対し,ひずみと曲率を用いた理論解析によって損傷同定理論の基本的な妥当性を検証した.ついで,種々の境界条件・損傷状態のシナリオを考えた板材に対して,曲率を用いた損傷同定の数値シミュレーションを行い,同定方法の妥当性を検討した.損傷の発生検知や損傷程度の推定に有効であることが示された.特に計測が容易な低次のモードに対しても,空間微分をとることで損傷の位置をピンポイントで見つけうることを示した.なお,共振モードの空間微分を得るためには,グリッド状に変位モードを計測し差分によって微分を近似的に計算する方法と,回転や曲率を直接計測するディバイスを利用する方法の二つがある.前者に比べ,精度の点で後者が有効であり,レーザードップラーを用いた回転計測が期待されることを示した.実用的には容易な前者に対しては,必要とされるグリッド間隔を計算し,グリッド変位モード測定の目安を検討した.

 共振モードの空間微分の中で,応力と関連しているひずみが構造物損傷には最適と思われる.そこで,種々の状態を考慮し,ひずみモードを用いた損傷同定方法を検討した.板材の数値シミュレーションでは,2階微分である曲率を用いた同定よりも,損傷に対する感度や位置同定の精度の点で有効であることが示された.低次モードのひずみは,損傷に敏感であることも確認された.ひずみを用いた損傷同定の実用性を検証するため,計測を考慮したシミュレーションを行った.最初にノイズの影響を調べた.一般に共振モードはノイズに強いとされているが,空間微分をとってもこの性質は変わらず,損傷の位置や程度の同定が可能であることが示された.共振周波数の変化が増加するにつれ,対応したひずみモードは損傷により敏感になり,ノイズに鈍感になる傾向が確認された.ついで計測位置の影響を調べた.予想されるように,損傷から計測点が離れるにつれて同定精度は低下する.精度と距離の定量的関係を得た.

 損傷同定手法を震動台実験に適用を試みた.この実験は1/3スケールの鉄筋コンクリート構造物モデルを対象としたものである.通常のひずみゲージなどのセンサでは,密に配置しない限り,局所的な損傷を同定することは容易ではない.多数の部材からなる複雑な構造物については,面的に共振モードやその空間微分を計測できる最新のセンサが望まれる.これは,レーザードップラー計やオプティカルファイバ(メンブレン)センサである.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,構造物のヘルスモニタリングを念頭とした損傷同定方法を提案するものである.この方法は,損傷による構造物の動的特性の変化を利用し,局所的な損傷の同定も可能とするものである.構造部材モデルを対象とした理論解析と,板モデルを用いた数値シミュレーションを行い,同定方法の妥当性を検討し,さらに,1/3スケール鉄筋コンクリート構造モデルを用いた震動台実験の結果に同定方法の適用を図る.

 本論文に関する審査会の評価は,論文の質に関しては十分博士論文のレベルに達している,というものであった.特に,「共振モードやその空間微分から損傷が同定できるか」という必ずしも明確な決着が付いていない課題に対し,本論文の理論解析によって合理的な回答が導かれたことは評価された.この回答の主要なものは,共振モードは局所的に発生した損傷に鈍感であること,しかし,その空間微分は損傷に対応した箇所でスパイク状の変化をもつこと,スパイクの高さは損傷発生前の空間微分の大きさに比例するためモードによってはスパイクの高さが小さくなってしまうこと,の3点である.また,本論文の一部が,既にヘルスモニタリングや構造物動的特性の分野の国際雑誌に掲載が決定されていることも評価された.

 論文の審議は,主に次の2項目に関して行われた.

1) 共振モードの空間微分の有効性

 共振モードではなく,その空間微分が局所的な損傷同定に有効であるメカニズムが議論された.これは,損傷によって局所的な剛性が低下する場合,その箇所での断面力や断面モーメントが連続するという条件から,剛性の低下分を補うべくひずみや曲率が局所的に増加することが理由である.前述のように,このひずみや曲率の増加は,モードの空間微分のスパイク状の変化として現れる.この点が理論解析の結果を交えて詳しく説明された.

 2次元板モデルを用いた数値解析でも,共振モードの空間微分の有効性が示されたことも説明された.板端部の境界条件によってはひずみや曲率が元々0に近い値をとる場合がある.この場合でも,テンソル量であるひずみや曲率の不変量を用いることで局所的なスパイクが得られることが,種々の損傷のシナリオに対して示された.

2) 鉄筋コンクリート構造モデル

 震動台実験が行われた鉄筋コンクリート構造モデルに対する損傷同定結果が,さまざまな角度から議論された.入力された震動の特性,1/3スケールの構造モデルの特徴,実験の手順,種々のセンサを用いた測定方法に関して,詳しい説明がなされた.また,実験に試行的に用いられた安価な加速度センサの測定結果も紹介された.

 地震動による各階の動的応答には,構造の剛性等に応じた相関があるが,この動的応答の相関を与える伝達関数は測定データから計算することができる.したがって,伝達関数の変化を用いることで損傷の同定が可能であることが考えられている.伝達関数をフーリエ変換することで得られる動的特性の位相差が議論となった.一自由度系モデルに基づく従来の知見との対比が説明された.

 以上の2点に関しても,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された.

 提案された損傷同定方法を用いて局所的な損傷を確実に同定するためには,現時点で利用できるセンサの高精度化・低廉化が必要とされる.したがって,直ちに損傷同定方法が実用される訳ではない.この点は議論の対象となったものの,容易かつ確実なヘルスモニタリングを実現するため,従来よりも洗練された形で動的特性を利用する損傷同定方法の有効性は高く評価されることは確認された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク