学位論文要旨



No 116978
著者(漢字) 井料,隆雅
著者(英字)
著者(カナ) イリョウ,タカマサ
標題(和) 出発時刻選択問題の理論的解析とその適用に関する考察
標題(洋)
報告番号 116978
報告番号 甲16978
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5119号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
内容要旨 要旨を表示する

 この研究では、出発時刻選択問題の均衡状態および非均衡状態における理論的解析を行い、特に非均衡状態における系の定性的な傾向について理論的な知見を与え、その成果をもとに、時間変動通行料金制度の適用に関する理論的解析を行った。

 深刻な交通渋滞を緩和ための方法の一つとしてTDM政策が昨今注目されはじめている。TDM政策は道路利用の需要を調整することによって渋滞を緩和させることを目指すものであり、その具体的手法には、道路の通行料金を上げる(あるいは下げる)ことにより需要を調整することを目指す混雑料金政策など、いくつかのものがある。

 このようなTDM政策を理論的にとりあつかうには、交通渋滞がなぜ発生するかを理論的に考える必要があるが、その際には「時間軸」の概念を必ず導入しなくてはならない。なぜなら、交通渋滞は需要の「時間集中」がもたらす現象であり、時間軸の概念なしには正確な取り扱いは不可能だからである。

 時間軸の概念を明示的に組み込んだ上で交通渋滞問題を取り扱っているのが出発時刻選択問題である。出発時刻選択問題とは、主に道路交通における需要の時間的集中による混雑発生について、利用者の行動メカニズムと道路の混雑発生メカニズムとの間の相互作用を明示的に取り扱うことによって、どのような状況のときにどのような混雑が発生するのかを理論的に解析するものである。道路利用者は、一般には、自分の希望する時刻に道路を利用するように行動すると考えられる。しかしある特定の時刻に需要が集中した場合には渋滞が発生するため、スケジュールにあまり制約のない一部の利用者は混雑する本来の希望時刻を避けて道路を利用するようになると考えられる。すなわち、利用者は渋滞の発生状況に従った時刻選択行動を起こすことが考えられる。一方で、この渋滞の発生状況は、利用者の行動に依存して決定する。そのため、利用者の行動と渋滞の発生状況とは互いに依存して決定することとなり、この相互作用によって実際に発生する渋滞のパターンが決まると考えられる。

 これまでの研究では、この相互作用が釣り合って静止する状態、すなわち「均衡状態」のみが取り扱われていた。しかしこの均衡状態はかならずしも安定であるとは限らず、微小のノイズによってすぐ崩壊することもかんがえられる。

 そこでこの研究では、相互作用が釣り合っていない、すなわち均衡していない状態について系の挙動がどのようになるかについて、渋滞の情報が利用者に伝播していく過程をモデル化することによって理論的解析を行った。

 その結果、今回の理論モデルの枠組みの中では、ケースによっては均衡状態が安定に存在しないことがあり、その際には渋滞の開始時刻からしばらくの時間においては均衡状態とほぼ同じ混雑状況が実現される一方、それ以降では均衡状態からある程度離れた状況になり、日によってその状況が変動していく、ということがわかった。

 また、この理論を応用して、時刻によって通行料金が変わるような料金制度に関する理論的解析を行った。このとき、混雑状況に応じて通行料金を調整していくような方法によって、渋滞を完全に解消し、系を均衡状態で安定させることが出来ることがわかった。このことは、時刻により変動する通行料金制度が、渋滞を解消させるという機能のほかに、系を均衡状態に収束させ、それによって交通状況の不確実性を排除する機能も持ち合わせている、ということを理論的に示しているといえよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、トリップの出発時刻の選択問題について理論分析と適用に関する考察を行ったものである.出発時刻選択問題は,1980年代から内外の研究者で研究が進められてきており,近年では交通需要を時間的に平滑化して渋滞軽減を試みるTDM(Travel Demand Management)施策の基礎的研究として注目されている.

 従来の研究に比べて本研究の独創的な点は2点ある.第1は,利用者一人一人の時間価値の個人差を明示的に考慮していることである.これまでの研究は,時間価値に個人差は認めておらず,現実世界との乖離を指摘されてきたところである.本研究では,ボトルネックでの待ち時間とスケジュール遅れで構成される旅行費用関数に個人差を導入し,各利用者は自分の旅行費用を最少にする出発時刻を選択する問題として定式化している.このように個人差を考慮した場合でも均衡解は存在し,それを個人の時間価値の分布と関連付けて分析することに成功している.個人差を認めた研究は,世界的にもほとんど例を見ないものであり,現実社会におけるTDM適用に際して,極めて有用な知見を与えるものである.

 第2の独創的な点は,出発時刻選択行動の均衡状態だけを考えるのではなく,均衡状態周辺の安定性と局所均衡解に関する分析を試みていることである.従来の研究は,最終的に安定な均衡状態が存在することを仮定して,その状態が施策によってどのように変化するのかに関する分析であった.これに対して,本研究では均衡状態に雑音を与え,均衡からずれた場合に状態が均衡に収斂するのかしないのかについて,利用者の出発時刻の更新方法と関連付けて明らかにしている.また,本問題は凸問題ではなく,局所解を持つが,本研究ではこの局所解についても個人差を考慮した分析を展開している.これらの均衡周辺の安定性解析および局所均衡解析は内外にほとんど前例がなく,その独創性は高く評価できる.

 また,本理論の適用として,時間的に変動する混雑料金の導入について考察を行っている.とくに,交通状態を観測しながら混雑料金を適切な値に徐々に更新していった場合には,個人差がある場合についても最適な混雑料金が求められ,その状態は安定であることを示している.

 以上のように,本研究は実務的に大変時宜を得たテーマに取り組み,これまでにない独創的な理論展開によって学術的にきわめて優れた業績をあげていると判断される.よって,論文提出者の博士課程の修了年限を2年半に短縮することは妥当であり,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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