学位論文要旨



No 116979
著者(漢字) 金子,岳夫
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,タケオ
標題(和) 大深度トンネルに対する支保設計手法の提案と試設計
標題(洋) Proposal of Tunnel Design Method in Deep Underground and Trial Design
報告番号 116979
報告番号 甲16979
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5120号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 講師 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

 現在,諸外国も含めて,高レベル放射性廃棄物処分の手法として最も有力視されているのは地層処分であり,我が国においてもH12.10に実施主体として原子力発電環境整備機構が設立され,2030年〜2040年代を操業開始の目途とした計画が立てられ,現在候補地選定に向けた準備作業が進んでいる.地層処分は,安定な大深度地下の地層に長期間放射性廃棄物を閉じ込めておくという概念に基づき,人工バリアと天然バリアを組み合わせて用いる.人工バリアは,ガラス固化した廃棄物体,オーバーパック,ベントナイト緩衝材など人工的な製作物を使用することで埋設後1000年程度の期間核種の漏出を防ぐことを目的としている.一方,天然バリアは地下数百mより深い地層に処分することにより,核種の地表面への移行を防ぐことを目的としている.このように複数のバリアシステム(多重バリアシステム)により,安全性を確保することを想定し,各分野での研究が進められている.

 放射性廃棄物の地層処分における技術的な課題の一つとして,大深度地下におけるトンネルの支保設計が挙げられる.地層処分の対象となるのは.軟岩地山の場合300〜500m,硬岩地山の場合1000m程度であり,このような大深度地下におけるトンネルは,これまで施工実績が山岳トンネルにおいて何件か存在するのみである.

 そのため,既往の実績に基づいて支保仕様を決定し,等方弾性あるいは等方弾塑性を仮定した解析で支保の安全性を確認するという支保設計手法を,そのまま大深度地下における支保設計手法として適用することの是非には検討が必要である.施工実績の無い条件下のトンネルに対して支保設計を行うためには,支保設計において支配的な現象を再現し得る解析手法を用いることが必要である.

 高レベル放射性廃棄物処分事業は,法律整備が行われ,概要調査地区選定の段階を迎えようとしているが,現時点では設計法の整備は十分とは言えない.地点・地質が決まっていない状態では,地質条件に対する依存性が高い設計法を準備することはできないという意見もあるが,考え得る地質条件に対して必要となる設計手法を整備し,パラメトリックスタディを行うことが,将来に備えて現時点で行うべきことであると考えられる.

そこで,本研究では硬岩地山と軟岩地山に対して,トンネル掘削時の地山の挙動を予測・再現し得える解析手法を用いて,想定される限界状態に対する設計手法を提案し,様々な地質・応力条件に対して試設計を行うことを目的としている.

 第1章では,研究の背景,目的,現行の設計手法と問題点を示す.

 第2章では,硬岩地山における設計法を示している.硬岩地山については,「硬岩中に含まれる不連続面が掘削時の応力解放に伴い変形(せん断すべり,開口)し,やがてトンネル全体の変状に至る状態」を限界状態として考える.そのため,応力解放に伴い不連続面がせん断すべり,開口を生じるという硬岩盤の掘削時挙動を表現できる解析手法として,マイクロメカニクスに基づく連続体モデル(MBCモデル,Micromechanics-based Continuumモデル)を用いる.さらに本論文では,既存トンネルの掘削解析を行い,解析結果と実績を比較することにより岩盤内の最大せん断ひずみの許容値を決定し,大深度地下におけるトンネルに対して適用可能な支保設計手法を提案する.本論文中でのひずみの許容値は,従来の設計で用いられる岩盤の基質部分のひずみの許容値と異なり,岩盤内の節理など不連続面を含む平均的なひずみに着目した許容値であることに特長がある.また,提案した設計手法を用いて,大深度における地下構造物の試設計を行った.

 硬岩地山について,深度500〜1000mの条件での支保厚試算を行った結果,深度が深く,不連続面の多い条件では岩盤のひずみから必要支保厚が決まり,逆に深度浅く節理の少ない良好な岩盤の場合は支保に発生する応力から必要支保厚が決定する傾向が得られた.ただし,剛な支保を採用した場合には,岩盤の変形が抑制されて,支保に発生する応力から支保厚が決まる傾向が強くなる傾向が見られた.また,同条件を用いて併設空洞の影響についての検討を行い,1.0D程度の離隔があれば岩盤内のひずみについては問題ないが,節理のせん断変形による影響を考えた場合,ピラー部の節理変形が押さえられるように離隔距離を2.0D程度とる必要があることを示した.

 第3章では,軟岩地山に対する設計法を示した.軟岩地山については,「掘削に伴う応力解放に伴い,トンネル周辺岩盤がせん断破壊し,その後,破壊面の進展が生じてトンネルの安定性を損なうような変形に至る状態」を終局限界状態として考える.もちろん,破壊基準に達することなく,設計・施工が行われることが望ましいが,軟岩地山かつ大深度という条件ではトンネル壁面近傍における局所的なせん断破壊を許容する設計も必要になる可能性が考えられる.

 そこで,最初にせん断破壊に至る深度について整理した上で,トンネル壁面近傍において地山の局所的なせん断破壊を許容する設計について考察を行った.また,現象を把握するため,人工軟岩を用いて平面ひずみ状態でのトンネル模型実験を実施した.得られたひずみ場から設計で取り扱うべき終局限界状態としてくさび型の破壊領域を特定した.そこで,せん断破壊面の進展によりくさび型の破壊領域が形成される問題を考え,破壊面を取り扱う解析手法として,インターフェイス要素を使用した二次元有限要素解析を用いた設計手法の提案を行った.従来の設計では,せん断破壊領域を考えることで設計を行ってきたが,本論文では,空洞周辺岩盤のせん断破壊を許容しない場合,空洞周辺岩盤のせん断破壊を一部許容するが空洞の安定性を確保することを条件とする場合,それぞれについてのトンネル掘削限界深度を明らかにする設計方針を示した.せん断破壊を一部許容する設計を行った結果,掘削可能な深度を大きくすることができた.また,限界掘削深度は支保の導入時期に強い影響を受けることがわかった.必要支保厚はコンクリート支保に発生する応力から決定され,掘削限界深度は支保導入時の地圧解放率から決定される.

 第4章では,二次元掘削解析の重要なパラメータである支保導入時の地圧解放率についての考察を行った.本論文中の硬岩地山,軟岩地山それぞれについての設計は,二次元平面ひずみ解析を用いて行うが,その際使用する支保導入時の地圧解放率について三次元軸対称解析結果を用いた検討を行った.TBM(Tunnel Boring Machine)の施工状況を三次元軸対称解析で表現し,それぞれの解析において使用する地圧の解放率について考察した.

 その結果,支保導入時の地圧解放率には,覆工応力による算定法を用いる必要があり,変位により算定した場合,覆工に発生する応力は現実と異なった値になることを示した.また,通常TBMは機械本体長が長いために,支保導入時には地圧が解放されてしまい,支保効果が小さい.そこで,コンクリート支保施工時にプレストレスを導入することで,初期地圧の解放率を制御し,トンネル掘削の限界深度を大きくする手法の提案を行った.

 本論文は,大深度トンネルに対する支保設計手法の提案と試設計を行い,軟岩地山,硬岩地山それぞれについての設計手法をとりまとめたものである.これは,高レベル放射性廃棄物の地層処分施設に対する設計支援を行うだけでなく,土被りの大きな山岳トンネル,あるいは大深度地下利用法で注目を集める都市部の大深度地下構造物の設計に対しても適用可能な設計手法であり,幅広い工学的意義が認められるものである.

図1 硬岩地山設計

図2 硬岩地山試設計結果

図3 軟岩地山設計

図4 人工軟岩トンネル模型実験結果

図5 軟岩地山試設計結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、高レベル放射性廃棄物処分施設を念頭に、大深度地下におけるトンネルの支保設計方法を提案するものである。

 放射性廃棄物の地層処分における技術的な課題の一つとして、大深度地下におけるトンネルの支保設計が挙げられる。地層処分の対象となるのは、軟岩地盤の場合300〜500m、硬岩地盤の場合1000m程度であり、このような大深度地下におけるトンネルについては、これまで施工実績がほとんど存在しない。そのため、既往の実績に基づいて支保仕様を決定し、等方弾性あるいは等方弾塑性を仮定した解析で支保の安全性を確認するという既存の支保設計手法を、そのまま大深度地下における支保設計手法として適用することの是非には検討が必要である。施工実績の無い条件下のトンネルに対して支保設計を行うためには、支保設計において支配的な現象を再現し得る解析手法を用いることが必要である。

 高レベル放射性廃棄物処分事業は、事業を進めるための法律整備が行われ、事業主体が設立され、概要調査地区選定の段階を迎えようとしている。概要調査においては、地下施設の試設計が実施されることが想定されるが、現時点では設計法の整備は不十分であると言わざるを得ない。地点・地質が決まっていないために、地質条件に対する依存性の高い設計法を準備することができない、というのがよく言われる理由であるが、考えうる地質条件に対して必要となる設計手法を整備し、パラメトリックスタディを行うことが、将来に備えて現時点で行っておくべきことであると考えられる。本研究では硬岩地山と軟岩地山に対して、トンネル掘削時の地山の挙動を予測・再現し得る解析手法を開発し、想定される限界状態に対する設計手法を提案し、様々な地質・応力条件に対して試設計を行うことを目的としている。

 第1章では、研究の背景、目的、現行の設計手法と問題点が述べられている。

 第2章では、硬岩地山における設計法が提示されている。「硬岩中に含まれる不連続面が掘削時の応力解放に伴い変形(せん断すべり,開口)し,やがてトンネル全体の変状に至る状態」を限界状態として考え、応力解放に伴い不連続面がせん断すべり、開口を生じるという硬岩の掘削時挙動を表現できる解析手法として、マイクロメカニクスに基づく連続体モデル(MBCモデル,Micromechanics-based Continuumモデル)を用いている。既存トンネルの掘削解析を行い、解析結果と実績を比較することにより岩盤の最大せん断ひずみの許容値を決定し、大深度地下におけるトンネルに対して適用可能な支保設計手法を提案している。さらに、提案した設計手法を用いて、大深度における地下構造物の試設計を行っている。トンネル深度と岩盤内の不連続面密度をパラメータとし、トンネルに必要となる支保厚が示されている。

 第3章では、軟岩地山におけるトンネル支保設計法が提示されている。トンネルの周辺地山が破壊することなく、設計・施工が行われることが望ましいが,軟岩地山かつ大深度という条件ではトンネル壁面近傍における局所的なせん断破壊を許容する設計も必要になるものと考えられる。そこで、「掘削に伴う応力解放に伴い、トンネル周辺岩盤がせん断破壊し、破壊面の進展が生じてトンネルの安定性を損なうような変形に至る状態」を終局限界状態として考え、トンネル壁面近傍において局所的なせん断破壊を許容する設計について考察を行っている。まず、トンネル壁面近傍の岩盤がせん断破壊に至る深度と、支保厚の関係を整理した上で、せん断破壊後の岩盤挙動、破壊面の進展状況を明らかにするために、人工軟岩を用いて平面ひずみ状態でのトンネル模擬試験を実施している。トンネル周辺の岩盤挙動をマッチング法により観察し、得られたひずみ場から、楔形破壊領域の形成を設計で取り扱うべき終局限界状態と特定している。せん断破壊面の進展により楔形領域が形成される問題を考え、破壊面としてインターフェイス要素を使用した二次元有限要素解析を実施し、必要支保厚を算定する設計手法を提案している。

 第4章では,二次元掘削解析の重要なパラメータである支保導入時の地圧解放率についての考察を行っている。設計では、二次元平面ひずみ解析を用いて行うが、その際使用する支保導入時の地圧解放率を三次元軸対称解析結果より求めている。従来の変位に基づく算定法ではなく、本論文で提案する支保発生応力に基づいて支保導入時の地圧解放率を算定するべきであることが示されている。また、支保にプレストレスを導入することにより、限界深度を大きくすることが示されている。

 以上のように、本論文は、大深度トンネルに対する支保設計手法の提案と試設計を行い、軟岩地山、硬岩地山についての設計手法をとりまとめたものである。これは,高レベル放射性廃棄物の地層処分の地下施設設計の他にも、土被りの大きな山岳トンネル、あるいは都市部における大深度地下使用などの大深度地下構造物に対する設計に対しても適用可能な設計手法であり、重要な課題である高レベル放射性廃棄物処分事業の推進を支援するだけでなく、幅広い工学的意義が認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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