学位論文要旨



No 116981
著者(漢字) カンデルワル,プラヴィーン
著者(英字)
著者(カナ) カンデルワル,プラヴィーン
標題(和) 鋼構造ラーメン骨組の簡略化耐震性能評価プロセス
標題(洋) A Simplified Seismic Performance Evaluation Procedure for Steel Moment Resisting Framed Structures
報告番号 116981
報告番号 甲16981
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5122号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 壁谷澤,寿梅
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

 近年、都市部の地震被害が多発し、新しい被害状況を露呈するとともに、従来の耐震設計基準の見直しにまで影響を及ぼしてきている。耐震分野の専門家に留まらず、あらゆるジャンルの人々が耐震設計に関心を示し、耐震工学の分野はまさに大きな岐路に立たされている状況とも言えよう。そのような変革期の中、建物の構造設計規準が「強度型」から「性能型」に移行してきている。とりわけ最近10年間、大被災の経験と反省から、地震工学専門家の努力により耐震設計・耐震性能評価に関する研究は大きな飛躍を遂げ、最低限の耐震性能は確保されるようになった。しかし実際の構造設計となると、さらに多様な性能要求があるのが実情である。マクロな視点でみれば未解決の分野も多く残されており、建物の耐震性能に致命的な影響を与えるような地震応答挙動に関わる検証法の開発は急務である。

 そこで本研究では、変形能力がある程度確保されている鉄骨ラーメン骨組の耐震性能評価手法の開発に焦点を合わせ、実用的でかつ即戦力となる解析手法の開発を目標としている。規模にして中層ならびに高層建物を対象とし、建物の水平耐震機構を主に取り扱う。特に、鉄骨ラーメン骨組に対する終局地震荷重効果を動的解析によって評価する手法を、グローバルな視点で大幅に簡略化する手法について提案する。そこでは、荷重効果は大局的な応答変位履歴ないし各崩壊機構形の塑性変形履歴の形で与えられるが、この荷重効果に対して、骨組の性能が受容できるかどうかの判定を行う手法を示し、鋼構造ラーメン部材の耐力劣化に関連した性能判定を、統一的に表現する手法についても提案する。

 本論文で提案する非線形動的解析(NDP)の簡略化手法は、鉄骨ラーメン骨組の安全領域を凸降伏多面体モデルで表現し、振動方程式を古典規準振動モード座標で解く簡略化応答解析手法である。骨組が多層になると膨大な崩壊モードの数え上げが必要となり、全ての崩壊モードを考慮する場合、設計者の計算負荷が大きくなる。そこで、考慮すべき重要な崩壊モードを、ランダム複合モード載荷下での近似信頼性解析に基づく確率極限解析を予め実行しておくことにより、崩壊モード数を適切な数に低減しておくことが出来る。この予備解析手法は、多層骨組の静的弾塑性増分解析(NSP)において、高次振動を適切に考慮した荷重パターンを設定するためにも用いことができる。また、降伏凸多面体を構成する複数の対になった崩壊面は、それぞれ骨組のある崩壊モード形に対応しており、骨組全体のマクロな耐力性能をヴィジュアルに把握できる点でも優れている。同手法を用いることで、解析手順を大幅に簡略化することができるとともに、複雑で詳細な地震応答解析結果を、工学的に満足できる精度で追跡でき、設計者は地震応答解析時の建物挙動を把握することが可能となる。加えて、非常に短時間で膨大な解析ケースを試行することが可能である。もちろん、実用規模の構造物への適用性も十分にあり、本研究成果は構造技術者が果たすべき責務を大いに助けることになると信じる。

本論文は、以下の5つの章より構成されている。

 Chapter 1"Introduction and Review of Seismic Design Practice(序論と耐震設計手法の概観)"では、本論文の目的・背景を記述し、既往の耐震性能評価手法を概観している。既往の耐震性能評価手法を、線形静的解析(LSP)、線形動的解析(LDP)、非線形静的解析(NSP)ならびに非線形動的解析(NDP)に分類して各解析手法の概略を示し、本論文の研究目的は、非線形動的解析(NDP)の簡略化に焦点を絞ること、また、その必要性、有用性ならびに今後の展望を論じている。

 Chapter 2"Seismic Demand Evaluation of Two-dimensional Frames(平面骨組の地震荷重効果評価)"では、多層骨組の終局耐震要求性能を評価するための簡易解析手法を提案し、同手法の具体的な手順を説明している。構造物の耐力性能を複数の崩壊面からなる凸多面体モデルで表現し、簡略化した降伏凸多面体モデルを用いた解析手法を提案する。ランダム複合モード載荷下での近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、発生しやすい重要な崩壊モードのみを抽出して降伏凸多面体モデルを構成する。この予備解析は、静的弾塑性増分解析における荷重パターンの選定にも役立てることが出来る。すなわち、骨組に発生しやすい崩壊メカニズムに応じて、その崩壊メカニズムが発生するとすれば最も局所的な確率密度の高くなる荷重パターンをFORMにおける設計点として評価することが出来る。また同予備解析において、確率ネットワーク評価手法(PNET法)により、互いに大きな相関のある崩壊モード群を、最も小さな信頼性指標値となる崩壊モードで代表する。応答解析においては、降伏凸多面体の内部では骨組は弾性挙動するものと仮定し、また各崩壊面における塑性変位増分については、法線則(Flow Rule)に従うものとして、骨組復元力を追跡する。本手法を用いることで、鉄骨ラーメン骨組の地震応答解析を大幅に簡略化することが可能となり、また塑性崩壊に対する安全領域を重要な崩壊モードのみに制限した崩壊面の集合体のモデルで表現しているため、骨組全体の大局的な地震時挙動を把握するのに優れている。

 本章では2層骨組の例題を通して提案手法を具体的に説明し、同手法の適用性を示している。さらに実用規模の6層骨組に適用した例題を示し、その結果を従来の部材レベルによる詳細な弾塑性地震応答解析結果と比較し、そのグローバルな弾塑性応答を追跡できることを示している。また、従来の手法では困難であった様々な問題点を大幅に改善しているため、解析者は非常に容易かつ短時間で膨大な解析ケースを試行することが可能である。およそ実用的な3000ケースの動的解析の例題を通して実証している。

 Chapter 3"Damage Simulation and Acceptance Evaluation(損傷シミュレーションと受容性評価)"では、前章で提案された終局地震荷重効果に対して、骨組の受容性判定を簡便に行う解析手法を提案している。まず、前章の方法で骨組の地震応答解析を行うと、複数の崩壊メカニズム毎に、塑性変形履歴が算定されるが、その塑性変形履歴から、適合式により崩壊メカニズムに属する塑性ヒンジの塑性回転角履歴を求める。簡略化応答解析の結果と塑性ヒンジ法による部材レベルの弾塑性応答解析結果とを比較して、簡略化応答解析で概ね安全側に評価できることを示している。

 また、簡略化応答解析では、一般化された完全弾塑性挙動が仮定されているので、耐力劣化が顕著でない範囲の応答予測結果が得られる。その応答解析結果を、耐力劣化現象も含むスケルトン移動型履歴モデルに適用して、耐力劣化に関わる受容判定を簡便に行う手法を提案している。スケルトン移動型履歴モデルは歪硬化、局部座屈・横座屈等の不安定現象による耐力劣化など、塑性抵抗力の変化を含む履歴モデルである。なお、単調載荷曲線に適合するようにスケルトン曲線を定め、適切な塑性移動量の倍数(移動係数)を仮定すると、耐力劣化の生じる鉄骨ラーメン部材の履歴曲線や地震応答性状を追跡することが出来る。スケルトン履歴型モデルを用いて部材レベルの応答解析を行えば、要求性能と性能の受容判定を同時に行えるが、本研究では要求性能については完全弾塑性モデル、受容判定にのみスケルトン移動型モデルを用いている。スケルトン移動型履歴モデルでは、塑性抵抗力の変化は各方向のスケルトン曲線上で経験する塑性変形の総和(スケルトン累積塑性変形)に依存することになるので、耐力劣化に関わる性能判定は、スケルトン累積塑性変形を参照する。また、塑性変位一定振幅の繰り返し載荷実験結果から、スケルトン移動の程度を表す移動係数を同定することを提案し、過去の部材実験結果から移動係数の範囲を例示している。本方法によれば、部材耐力劣化に関わる骨組の受容判定を簡便に行うことができることを示している。

Chapter 4"Seismic Demand Evaluation of Three-dimensional Frames(立体骨組の地震荷重効果評価)"では、3次元ラーメン骨組の耐震性能評価手法を示している。崩壊モード同定のための解析手法として、確率コンパクト・プロセジャ(SCP)が提案されている。同手法は非常に簡単な計算規則に従う手法で、不規則な外力を受ける複雑な骨組構造物の設計荷重支持能力の解析と設計崩壊メカニズムを簡便に算定することができる。同時に、骨組の崩壊メカニズムを全て数え上げなくても近似的な解析結果を得ることができ、また部材耐力の相関関係も考慮することが可能である。最も刺激される振動モード(通常は1次モード)に比例した荷重分布形による静的塑性解析(コンパクト・プロシジャ)を行い、崩壊状態に至るまでの釣合式改定プロセス中、釣合式の係数に順次現れる崩壊メカニズム形に着目して、ランダム複合モード荷重を受けた場合の信頼性指標を随時記録していく。信頼性指標の小さな崩壊メカニズム群については、ランダム複合モード荷重に基づく設計荷重パターンを用いて静的塑性解析を再度行い、崩壊面としての要件を満足するか確認している。以上で得られた崩壊モード群に基づいて応答解析用降伏凸多面体モデルを構成し、簡略化地震応答解析を行う。本章では立体1層骨組の例題を通して具体的な解析手法を示している。また5層立体骨組に対して同手法を適用し、部材レベルでの詳細な弾塑性地震応答解析の結果と比較して、提案する手法の適用性ならびに有用性を示している。また5層立体骨組に対して同手法を適用し、部材レベルでの詳細な弾塑性地震応答解析の結果と比較して、提案する手法の適用性ならびに有用性を示している。

Chapter 5"Conclusion and Future Research(結論および将来の研究)"では、以上の各章で得られた成果を要約し、今後の研究課題を展望している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、A Simplified Seismic Performance Evaluation Procedure for Steel Moment Resisting Framed Structures(鋼構造ラーメン骨組の簡略化耐震性能評価プロセス)と題する英文の論文であり、鋼構造ラーメン骨組に対する終局地震荷重効果を動的地震応答解析によって評価する設計計算手法を、大局的な骨組応答を把握するという観点から大幅に簡略化する手法について提案することを目的としている。本論文は、本文5章ならびに図表から構成されている。

 Chapter 1"Introduction and Review of Seismic Design Practice(序論と耐震設計手法の概観)"では、本論文の目的・背景を記述し、既往の耐震性能評価手法を概観している。既往の耐震性能評価手法を、線形静的解析(LSP)、線形動的解析(LDP)、非線形静的解析(NSP)ならびに非線形動的解析(NDP)に分類して各解析手法の概略を示し、本論文の研究目的を非線形動的解析(NDP)の簡略化に焦点をおくこと、また、その必要性と有用性を論じている。

 Chapter 2"Seismic Demand Evaluation of Two-dimensional Frames(平面骨組の地震荷重効果評価)"では、多層骨組の終局耐震要求性能を評価するための簡易解析手法を提案し、同手法の具体的な手順を説明している。構造物の耐力性能を複数の崩壊面からなる凸多面体モデルで表現し、簡略化した降伏凸多面体モデルを用いた解析手法を提案する。ランダム複合モード載荷下での近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、発生しやすい重要な崩壊モードのみを抽出して降伏凸多面体モデルを構成している。応答解析においては、降伏凸多面体の内部では骨組は弾性挙動するものと仮定し、また各崩壊面における塑性変位増分については、法線則に従うものとして、骨組復元力を追跡している。塑性崩壊に対する安全領域を重要な崩壊モードのみに制限した崩壊面の集合体のモデルで表現しているため、骨組全体の大局的な地震時挙動を把握するのに適したモデル化を採用している点が評価できる。また提案した解析手法を実用規模の6層骨組に適用した例題を示し、その結果を従来の部材レベルによる詳細な弾塑性地震応答解析結果と比較し、その大局的な弾塑性応答を追跡できることを示している。

 Chapter 3"Damage Simulation and Acceptance Evaluation(損傷シミュレーションと受容性評価)"では、前章で提案された終局地震荷重効果に対して、骨組の受容性判定を簡便に行う解析手法を提案している。まず、前章の方法で骨組の地震応答解析を行うと、複数の崩壊メカニズム毎に、塑性変形履歴が算定されるが、その塑性変形履歴から、適合式により崩壊メカニズムに属する塑性ヒンジの塑性回転角履歴を求める手法を提案している。また、簡略化応答解析で得られた応答予測結果を、耐力劣化現象も含むスケルトン移動型履歴モデルに適用して、耐力劣化に関わる受容判定を簡便に行う手法を提案している。スケルトン移動型履歴モデルは歪硬化、局部座屈・横座屈等の不安定現象による耐力劣化など、塑性抵抗力の変化を含む履歴モデルである。また、塑性変位一定振幅の繰り返し載荷実験結果から、スケルトン移動の程度を表す移動係数を同定することを提案し、過去の部材実験結果から移動係数の範囲を例示している。

Chapter 4"Seismic Demand Evaluation of Three-dimensional Frames(立体骨組の地震荷重効果評価)"では、3次元ラーメン骨組の耐震性能評価手法を示している。崩壊モード同定のための解析手法として、確率コンパクト・プロセジャ法(SCP法)の利用を提案している。同手法は不規則な外力を受ける骨組構造物の設計荷重支持能力と設計崩壊メカニズムとを組織的に算定する手法であるが、改定釣合式の係数に順次現れる崩壊メカニズム形に着目して、ランダム複合モード荷重を受けた場合の信頼性指標を随時記録し、重要な崩壊モードを抽出する目的で応用している。立体1層骨組の例題を通して具体的な解析手法を示し、5層立体骨組に対して同手法を適用し、部材レベルでの詳細な弾塑性地震応答解析の結果と比較している。

Chapter 5"Conclusion and Future Research(結論および将来の研究)"では、以上の各章で得られた成果を要約し、今後の研究課題を展望している。

 以上のように、本論文においては、従来の部材レベルの弾塑性挙動モデルに基づく弾塑性骨組地震応答解析を、大局的な骨組応答に注目するという観点から大幅に簡素化する方法が提案されている。この設計計算手法は、鋼構造建築物の今後の性能設計法の展開において、新しい有用な設計検証ツールを提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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