学位論文要旨



No 116984
著者(漢字) 黄,宝羅
著者(英字)
著者(カナ) ファン,ボラ
標題(和) 生活行為からみた廊下空間の建築計画に関する研究 : 医療・福祉施設におけるケーススタディ
標題(洋)
報告番号 116984
報告番号 甲16984
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5125号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲淵,英邦
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は医療・福祉施設における廊下空間を施設利用者の生活空間の一つとして考えることで、移動を支える依存的・付随的空間として扱われてきた廊下空間の建築計画における新しい意味づけを行うことを目的とする。

 第1章では、近代建築の機能主義を病院建築における廊下空間の発端と考え、病院建築における廊下空間の発生とその位置付けを考察した。つまり、産業革命からの社会背景に変化、建築材料・技術の発達に伴って機能主義・機械主義のもと、建物は巨大化・高層化を成し遂げてきたが、このような動きはあまり躊躇することもなく病院建築に取り入れられ、利用者あるいは一般のプライバシーへの要望から病室の小割化が進展し各病室を繋ぐ移動空間として廊下が発生した。当然ながら廊下機能は移動のみに焦点をあてられ、そこには生活空間としての配慮は皆無に近かった。またこの章では既往研究の流れと医療・福祉施設に関わる現行の関連法規での廊下の扱われ方を考察した。

 第2章では、本論文における廊下に関する見解を述べた。まず、廊下空間の包括性である。廊下空間は移動の機能のみに焦点が当てられてきたが、室の繋がりはむしろ各空間の関係性、行為の関係性、時間の経過に伴う行為のスムーズな移行を助けるものとして、廊下空間はこれら行為を受け入れ、さらに誘発する包括性を持っている。また、施設における利用者の生活空間をその生活様相から縮小された「まち」と捉えると、廊下空間を「みち」空間と見なすことができる。「まち」では地域のコミュニケーションを含む様々な行為が行われており、「みち」には移動と停留が共存する。この「みち」には人為的に設けたアルコーブと家具やモノによる小空間が存在しており、利用者の行為と場の関係を考察することでこのような小空間の利用、計画に有効な提言が得られると考えた。これは医療・福祉施設における利用者のアメニティのあり方を考える上でも廊下空間における利用者の生活行為を認め、支える空間として廊下空間を考えることは重要であると認識した。

 第3章で、本研究における医療・福祉施設と廊下の意味を明らかにし、調査の対象と目的並びに方法を説明した。一口に医療・福祉施設と言っても、その利用者の属性や施設の特性は様々である。これを踏まえた上で、本研究ではそれらの施設を何らかのハンディを持った利用者が医療・介助サービスを受けながら生活を送る場所とし、その中での廊下空間は移動を支える通路と移動の周りの小空間を含む空間すべてと定義した。調査としては、7つの施設で実測調査を14人の利用者を対象に一日の生活の追跡観察調査を行った。

 第4章では廊下の空間構成について施設内各部との繋がりとしてスタッフステーション、共用スペース、各居室との接合関係を中心に述べた。

 まず、スタッフステーション周りについては動線主体・動線量によってモノの分布、特に医療用ワゴン類などがおかれることが多く観察された。これによりスタッフステーション周辺の廊下空間に関する利用者の認識は変化し、利用行動にも影響が現れる。従来の機能に加えて、スタッフステーションの周辺廊下の利用及びスタッフステーションの廊下的利用を考える必要がある。

 次に、共用スペースについては廊下に向かってオープンでかつ奥行きを持った空間であり、移動の流れから距離を置くことができる性格がある。移動からの距離・設えの組み合わせによって場と行為の選択が行われ、席の選択によって情報の出入りも調節が可能である。開口部付近は廊下に向かって視線が広がること、孤立していないことが必要である。

 また、居室との接合については、各室の開口部付近は移動と停留行為が混在しており、モノの配置も多い。モノには場が固定的なモノとスタッフのワゴン・利用者の介助具のような流動的なモノがあり、占有によって場の形は変動し、通路と停留の関係を変化させる。開口部では利用者の居室の広がりとしての利用のみならず、居室利用者との関係によって他利用者の廊下の広がりとしての利用も観察され、各利用者によって異なる廊下空間形態とクッション空間へのニーズがうかがえる。また、スタッフの作業停留も観察された。

 次に、施設全体との接合部である廊下の端部であるが、廊下の端部は使用頻度・利用主体によって場の使われ方が異なる。入口としての端部が複数存在する場合、利用主体によって分化され、それに接合する廊下の性格にも影響を与える。また、普段使われていない端部は、移動の近くにありながら動線の流れがほとんどなく、可動式介助具のオープン収納に使われることが多い。これらより収納場所の不足だけでなく、収納形態に関するニーズも読みとることができる。その他、付属空間についても考察を行った。

 第5章ではケーススタディを通して、利用者の空間再構築過程を明らかにした。場は空間とモノによって機能が分化され、モノは利用者が環境特性を把握するにあたって間接情報の一つとしての役割を果たす。また、「関係:場、利用者同士、スタッフとの関係」によって施設内利用範囲が大きく変化する。環境の再構築過程を経て利用者一人一人にとって異なる個別化された廊下空間が形成される。

 利用者の生活行為を一日を通してみると、利用者はモノ・環境的優位な幾つかの拠点(Anchor Spot)を中心にある程度パターン化された行為を繰り返し、個別化された廊下空間のなかで行動範囲を広げている。

 第6章では廊下における諸生活行為の多様性について考察した。まず、各行為を廊下空間の特徴とも言える移動の流れと停留行為に分類し、流れの中の場の占有について分析した。施設廊下における流れの構造は移動スピードによって廊下の中心から外側に向かって流れは緩くなっていく。スピードが速く、移動が激しいスタッフ動線が物品ワゴンと共に中央部を使用し、外に行くにつれ車椅子→独歩→手すり利用のような分布を見ることができる。移動の最も外側に停留空間が存在する。停留の際、利用者は外側に外れ、家具やモノによるアルコーブ状の空間移動したり介助具等のモノを利用し停留状況を維持しようとする。

 モノの性格によっては停留を引き起こすモノ−停留エレメントが存在する。停留エレメント周辺では立ち止まり、休憩、滞在などの場の占有行為が観察され、モノの性格を考慮した配置が要求されると同時に、モノの配置による場の調節が可能であると思われる。

 次に、廊下における諸生活行為を個人空間形成に影響を及ぼす要因である「関係」を軸に考察した。諸行為を利用者のコミュニケーションへの参加形態によって積極的参加、消極的参加、不参加に分類した。消極的参加には偶発的コミュニケーションを期待するきっかけ探索と観察的行為と言える間接参加行為が挙げられる。コミュニケーション行為における場の選択はコミュニケーショングループの形成と大きく関係しており、流れからの距離、施設の動きへの視覚的情報、場の設えを構成する要素との関係が明らかになった。またコミュニケーション行為の際には行為を保ちかつコミュニケーションを円滑に運ぶため自己防衛ツールとコミュニケーション媒介が用いられることが判明した。

 その他、無為や共用スペースの匿名性を利用したプライベートな行為も観察され、また子ども病院に限定される行為ではあるが遊び行為を挙げることができる。廊下の形態や柔軟さの存在で空間の転用が見られた。場に対する柔軟で素直な行為をみなす事ができる子どもの生活としての遊び行為は以下のようなものである。

 モノの分布から管理上の理由を含めてプレイルームに遊具が集中しており、遊具の前には密度の高い遊び集団ができるため、動きを伴う遊びの場合外側にはじき出され、開口部のつくりによっては廊下にまで拡散する。経時的考察において調査施設はいずれもプレイルームが食堂を兼ねており、院内プログラムによって生活が行われている子ども病院においては特に食事時間前後は遊び密度が極めて高い。利用者の集中時には遊びの発生頻度も高く、廊下空間はプレイルームの延長として利用される。また場の利用の集中は移動の集中をも意味し動線としての廊下の利用においても考慮を必要とする。

 また移動のための場に停留を引き起こすようなモノが置かれた場合、子どもがそこで停留を起こし、場の機能と相互障害を来す場合がある。

 本論文は廊下空間に対する従来からの認識の狭さに対して、広範な使用現状調査を通して考察することにより廊下空間に関する新しい意味づけを試みたものである。移動空間としての通路だけでなくまわりに存在する停留空間も廊下空間として定義し、廊下空間を利用者の生活空間として位置付けることでそこでの行為の多様性を認め、空間を繋ぐ付属的空間というよりはむしろ生活を支える主要空間として意味づけることができた。

 利用者はモノやそれらの関係性から情報を入手し、自分だけの廊下空間を再構築する。個別化された空間のなかの優位な場所に拠点を置き、移動と停留の繰り返しにより生活を広げる様相を明らかにした。換言すれば、本研究では廊下空間における諸行為の多様性に関する認識を深め、利用者の場の占有、多様な行為の観察を通して廊下の外側に存在する小空間の利用と形成に必要な要素が明らかにし、室の分化によって失われたモノの中で視覚情報へのニーズを読みとることができた。

 本研究は、ハンディキャップを持った人たちの、医療と生活が共存する場を対象とした研究ではあるが、将来的には医療・福祉施設以外の場所でも充分役立つことを望むものである。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、医療・福祉施設における廊下空間を施設利用者の生活空間の一つとして位置付け、これまで単に移動のための付随的空間として扱われてきた廊下空間に対して建築計画における新しい意味づけを行うことを目的としている。

 本論文は6章から構成される。

 第1章では、近代建築における廊下空間の発生とその位置付けと既往研究の流れ、そして医療・福祉施設に関わる現行の関連法規に関しての廊下の扱われ方を考察している。

 第2章では、本論文における廊下空間に対する視点を述べている。まず、従来の廊下空間の性格が移動機能のみに着目されてきたのに対して、各室空間や行為同士の関係性、また時間の経過に沿った行為の移行を助けるものとしての、包括性を論じている。次に施設の生活空間を利用者にとって「まち」の縮小と見たときに、廊下空間を「みち」と捉えることで、そこで発生するコミュニケーションを含む様々な行為に対する「みち」空間の特性について論じている。さらに廊下空間での利用者の生活行為を再認識することは利用者のアメニティ向上に繋がると言う見解を述べている。

 第3章では、調査の対象・目的・方法を述べている。さまざまな利用者や建物自体の相違をもつ医療・福祉施設を何らかのハンディを持った利用者が医療・介助サービスを受けつつ生活を送る場所、その中での廊下空間は通路と移動に関わる小空間を含む空間と定義して、7つの施設での実測調査と14人の利用者を対象にして行われた一日の生活追跡観察調査の概要を述べている。

 第4章では、調査結果について廊下の空間構成、特にスタッフステーション周り、共用スペース、居室との接合部分、そして他部門との接合部である廊下の端部に関して考察している。

 第5章では、ケーススタディを通して、利用者の空間再構築過程を明らかにしている。場は空間とモノによって機能が分化され、モノは利用者が環境特性を把握するにあたって間接情報の一つとしての役割を果たすことに注目して、利用者の一日の生活行為観察から、モノ・環境的に優位な幾つかの拠点(Anchor Spot)を中心にある程度パターン化された行為を繰り返していることを発見している。

 第6章では、廊下における諸生活行為の多様性について考察している。まず廊下空間での行為を移動の流れと停留に分類し、それらの場の占有について考察している。次に、廊下における諸生活行為を利用者のコミュニケーションへの参加形態によって積極的参加、消極的参加、不参加に分類し、個人空間形成に影響を及ぼす要因である「関係」を軸に考察している。その他、無為や共用スペースの匿名性を利用したプライベートな行為、また子ども病院に限定される行為ではあるが遊び行為が廊下空間の柔軟を利用して展開されている観察事実の分析を行っている。

 本論文では、廊下空間を移動空間としての通路だけでなく、まわりに存在する停留空間を含めて捉えなおし、廊下空間を利用者の生活空間として位置付けることでそこにおける行為の多様性を発見して、各室空間を繋ぐ付随的空間というよりはむしろ生活を支える積極的な空間として意味づけている。そして、利用者がモノやその関係性から情報を入手し、自分にとっての廊下空間を再構築し、個別化された空間のなかの優位な場所に自己の拠点を置き、移動と停留の繰り返しにより生活を広げている様相を明らかにしている。言い換えれば、廊下空間における諸行為の多様性に関する認識を深め、利用者の場の占有、多様な行為の観察を通して廊下の外側に存在する小空間の利用と形成に必要な要素が明らかにし、室の分化によって失われたモノの中で視覚情報へのニーズを改めて発見しているのである。

 以上のように、本論文は医療福祉施設における廊下空間に対する従来からの認識の狭さに対して、広範な使用現状調査を通した考察から重要な指摘を行い、廊下空間に関する新しい意味づけを試みたものである。ハンディキャップを持った人たちの、医療と生活が共存する場を対象とした研究ではあるが、将来的には医療・福祉施設以外の場所でも充分役立つ内容を包含している。高齢社会を迎えたわが国でますます重要視されてきた医療福祉施設における今後のケア環境の在り方について基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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