学位論文要旨



No 116985
著者(漢字) 李,在錫
著者(英字)
著者(カナ) イ,ジェソク
標題(和) 建築プロジェクト実施方式の多様化に関する研究
標題(洋)
報告番号 116985
報告番号 甲16985
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5126号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

 個人の技や業の範疇を超えた分業と協同によって建築生産の仕組みとやりくりを「建築プロジェクト実施方式」とした。それは、自然界と人間系に分散して存在する彫形性、空間性、安全性など建造物に関する知識メカニズム(POP)と、社会性、経済性など建設経営情報に係わる知識メカニズム(PMP)の調和的統合からなる知識運用システムと理解し、また人間の歴史とともに生成・存続・発展または淘汰してきた複雑な有機体として考えた。

 システムというのは「要素の集合とその相互関係の全体」のことであり、建築プロジェクト実施方式は、建築物をつくる行為に参加する人間のみならず、各種ルールなどもろもろの営みを含んだ総体をいう包括性・多義性のある実体であるため、プロジェクトレベルの生産組織構成要素である発注者、設計者、施工者などの「諸主体」と、各主体間のやり取りや責任と権限など「関係内容と方法」を動態的に考察した。

 この研究の目的は建築行為の遂行過程でのやりようの問題点を改善することにより、プロジェクト運営をより明確で安定的にし、関係主体の満足度をあげることを目的としている。そのためには、建築生産に係わる社会・環境の変化と各主体の意思と能力の変化を最大限反映し、プロジェクトの目的価値と参加者の存在価値を最大限にするプロジェクト・マネジメント方式を考案することである。しかし、多様な生産環境・多様な建造物・多様な主体が間違いなく満足できる絶対善の方法はありえないので、プロジェクト実施方式を多様にし、条件に応じて適切な実施方式を選択できるように考えた。そしていくつかの典型を比較し、その類型の導出を例にあげた。最終的には条件と帰結の形式で、実施方式の詳細デザインにおける考え方をチェックリスト形式で考察した。すなわち、生産環境の変化の中で、プロジェクト実施方式の可能性としてどのような典型的なオールタナティブがあり、それぞれの得失や既存社会の構造への適応性の違いがどのようなものであるかを明らかにした上で、プロジェクト毎に操作可能な部分のデザインの方法を提示した。きわめて選択肢の少なかった既存の状況から考えると、このような考え方は社会の構造改革に近いものであり、特に多数の利害主体がかかわる建築生産においては社文化や価値観と関係が深く、それらを踏まえた考察が必要であるため、現状認識を調査しその背後を歴史的・社会文化的観点で考察した。

1章、序論では研究の背景・目的・構成と方法、用語、既往の関連研究などを紹介した。

2章、研究の枠組みでは研究範囲の一般事項として建築生産組織とマネジメントの一般特性(2-1)、建築生産環境の変化(2-2)、複雑なシステムとその発展にかかわる理論を述べた後、本研究のフレームであるPMPおよびPOPを考察し、本研究における枠組みを定めた。前半である一般事項は必ず述べる必要はなかったかも知れないが、本研究においてはこのような根本的なことの現状及び状況の変化と密接な関係があり、あえて再考察した。PMPとPOPを区分して考えることは本研究の特色であり、本研究における解決すべき課題の切り口として重要であると考えたからである。

 建築生産環境の変化は、「基本的な(Fundamental)、根本的な(Radical)で劇的(Dramatic)であるといえる。そして、これからのとプロジェクト・マネジメントの方針としては、「サブシステムの自治」と「相互作用の促進」を想定した。そして、その結果又は前提的な組織形態としては「可能な限りフラットな組織」であり、その組織の運用は「透明で客観性のあるマネジメント」であると想定された。なぜなら、どのレベルの建築生産システムを想定しても、既往のプロジェクト実施方式、とりわけ総額一式請負方式ができあがってうまく機能した時期とその内外の環境が厳しく変化しているからである。時代的要求には凡産業のマクロ的な変化を必要とするでありながら、それぞれの実施方式または生産主体に共通的に与えられた課題でもある。これはまた、発注者及び貢献主体の満足要素であり、それを変える引き金でもある。すなわち、プロジェクトレベルでの実施方式の選択や組織化の前提条件である。ある時期のある生産環境・要求内容の下でうまく機能した仕組みが、変わった環境・変わった要求形態でも常にうまく行くとは言い切れない。つまり、時間と伴い状況が変化し、同じ実施方式でもパフォーマンスが変わる。そのため、建築生産システムと主体の生成と存続に関する研究が必要であり、このような包括的な現象の輪郭を描くパラダイムとして生物学から出発した「進化論」や「自己組織化」など複雑な生産システムの発展に関わる理論に対して2-3で考察した。

 接近方法としては、建築プロジェクト実施方式を内部構造などを静的に捕らえるのみならず、プロジェクトプロセスとして動的に捕らえ、PMP(Project Management Process)とPOP(Project Product Oriented Process)の考え方を2-4で強調した。

3章、生産主体・組織化過程及び実施方式の分類と比較では、まず実施方式を構成するサブシステムである参加主体(3-1)および主体間関係の形成手法(3-2)に関する再考察と、本研究の主な対象であるプロジェクト実施方式を述べた。主体や組織化の一般論は4章の日本の特殊性を導き出すための導入として、そして普段あまり考えないところの意味を確かめるためである。実施方式は世界各国で一般化されている典型的なものであり、類型は一般化されてないものを含める。典型及び類型の考察は建築プロジェクト実施方式の多様化を考える際のモデルタイプとして有効であると考えたからである。

4章では、4-1では現在の日本における建築生産システムの特徴と歴史・文化的背景を考察した。すなわち、建築生産システムの歴史的連続性の側面で、それらが確立された経緯を歴史・文化的に考察した。これらは特殊性、とりわけ長所と短所を把握することはもとより、これからの生産システムを考える時、何を変えるべきか、どれぐらい変わる可能性があるかなどを判断するためである。また、解決すべき方向をも見つけ出すためである。4-2では日本における専門工事業者のプロジェクト参加の現状を調査に基づいて考察した。専門工事業者に対して実証調査を行った理由は、総合建設業者の高い外注率という生産に寄与する量的重要性のみならず、設計など川上に対する貢献、組織関係と生産プロセスにおける川下の主体として感じる問題点を把握するためであった。現状や歴史的長所は発展的に継承し、弱所は改善すべきであるが、長所と弱所は同一物の両面で片面のみを生かすことは難しい。社会・文化学では歴史的な根拠が深い特徴ほどなかなか変わらないと思われている。しかし、何とか進歩していかないといけないのも事実である、そのために2-3で発展理論をこうさつした。上記のような4章までの結果から、以下の二つの今後の組織化の方針が得られた。

1、提案される建築プロジェクト実施方式の組織の形態は「できるだけタテの階層が少ないフラットな組織」であることである。これは同じ性質の要素から成り立っている組織でも、階層数など形態によって性質は変わるからである。これは「サブ・システムの自治」と関係が深い。日本社会は極端的なタテ中心の重層構造をしており、現時点での建設関係者社会内の問題のみならず建設産業に対する不満はこの側面から発するものが多い。しかし、タテ関係がまったく不用である意味ではなく適切な範囲と水準にする必要性を感じるからである。

2、生産組織の運用すなわちプロジェクト・マネジメントの側面では、「参加主体全てに対して公明正大で、特に発注者から透明な満足が得られる組織」である必要がある。これは「客観性のあるマネジメント」と「論理的な相互作用の促進」のためである。マネジメントの非明示性を解決することは問題解決の根本的要素ではあるが、具体的プロジェクトでは発注者の恣意の部分でもある。しかし、プロジェクトにおける参加主体の責任と権限を明確にし、その活動の内訳を表に出すという要求の方向は、これからのプロジェクトマネジメントのあり方として強力なコンセプトである。

5章では建築プロジェクト実施方式の多様化の方案を具体的に考えた。まず、ケーススタディーとして欧米各国のプロジェクト組織の結成における詳細過程を紹介した。これは組織化のさまざまな原理がどのように適用されているかを見るためであった。そして、4章までの考察を踏まえて、日本におけるプロジェクト実施方式の多様化の手法を論理仮定的に模索した。このような将来を準備する研究はOR的アプローチにも限界があるため、本研究では「発見的探索方法heuristics」を適用した。発見的探索方法は問題解決のため経験的な定石やさまざまな発見的方策を使う方法で、通常最適解が得られる保証はないが、最適に近い近似解が効率良く求められる。ORなど解析的方法では解が得られない場合や、得られても計算の時間がかかり過ぎて現実的ではない場合に用いられる。

本研究は、上記のような建築プロジェクト実施方式と参加主体及び主体間関係形成に関するものである。それぞれのレベルでの自己超越を通じて発展を成しとける方法を探るものである。現在から未来に履行する論理は組織デザインと自己組織化など理論をベースにしながら、プロセス指向的考え方を借りて、生産環境のパターンを取り上げ、シナリオ的に考察・検定した。

「意識が存在を変える」こともあれば、「存在が意識を変える」こともある。多様な生産システムが存在することにより、生産に関わる各主体の意識と知識活動が、もっと自由に・開放的に・積極的に変わることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「建築プロジェクト実施方式の多様化に関する研究」は、建築生産に係わる社会・環境の変化と各主体の意思と能力の変化を最大限に反映し、プロジェクトの目的達成度と参加者の能力の発揮を最大化できるように、多様なプロジェクト実施方式を比較し、個々のプロジェクトに相応しい適切な選択を行う方法を提示した論文であり、全7章からなっている。

 第1章「序論」では、研究の背景、目的、方法、構成等を明らかにした上で、既往の関連研究について述べ、本研究の位置付けを明らかにしている。

 第2章「建築プロジェクト実施方式がおかれた新しい状況」では、研究の前提条件としての建築生産環境の変化を明らかにしている。具体的には、建築生産の目的と手段の複雑化、情報化・国際化による各主体の活動範囲の拡大、価値判断の基準の変化に伴う新しい建築生産主体の生起を、建築生産環境の大きな変化傾向として指摘し、従来支配的であった総額一式請負方式が十分有効に機能しなくなること、望まれるのが可能な限りフラットな組織の透明で客観性のあるマネジメントであること、更にはそうした特性を有する多様な建築プロジェクト実施方式の採用が必要であることを論じている。

 第3章「建築プロジェクト実施方式の構成要素」では、先ず、第2章の成果に基づき、建築プロジェクト実施方式の静的な内部構造のみならず、動的なプロセスをも捉えることの必要性を強調し、本研究独自の着目点としてPMP(Project Management Process)とPOP(Project Product Oriented Process)の考え方を新たに提案している。そして、その両面から重要になる事項として、建築プロジェクト実施方式を構成するサブ・システムとしてのプロジェクト参加主体および主体間関係の組織化の過程を取り上げ、それぞれの事項に関する多様な選択肢のあり方を論じている。

 第4章「多様な建築プロジェクト実施方式の典型とその比較」では、PMPとPOPの両側面から、現段階で考え得るプロジェクト実施方式の類型を導出している。具体的には、世界各国で行われた実績のある多様な建築プロジェクト実施方式を網羅的に取り上げ、参加主体と各々の役割、相互の関係からそれぞれの特徴、得失を明確化している。これは多様な実施方式の比較、選択方法の提案という本研究の目的を達成するための第一段階の実用的な成果として位置付けられる。

 第5章「日本における建築生産システムの特徴」では、先ず、日本における建築プロジェクト実施方式を構想する上での前提として、その特徴と歴史・文化的背景を文献調査等から明らかにしている。次いで、日本における専門工事業者のプロジェクト参加形態の実態と新たなプロジェクト実施方式についての意向を、複数の業種に対するアンケート調査に基づいて明らかにしている。その中で、日本における建築プロジェクト実施方式の多様化の必要性とそれに対応する専門工事業者の能力の存在を確認している。

 第6章「欧米各国の建築プロジェクト実施方式の詳細と日本の多様化手法」では、欧米各国での新しいプロジェクト実施方式の普及の過程を詳細に分析した後、日本において、建築プロジェクト実施方式を多様な選択肢の中から適切に選択できるようにする方法を提案している。具体的には、プロジェクトの与条件を類型的に捉え、それぞれに相応しい実施方式のあり方を抽出することで、「IF〜THEN」形式のシナリオの提示を行っている。更に、論理的に記述することの難しい詳細な組織デザインに関しては組織デザインのための要件を整理し、チェック・リストの形で提案している。

 第7章「本論文の成果と今後の課題」では、前6章で明らかにした建築プロジェクト実施方式の多様化に関する各種の考察及び実証的研究の成果と、それに基づく日本でのプロジェクト実施方式多様化のあり方とを確認、整理し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、これまで明らかにされていなかった建築プロジェクト実施方式の多様化の可能性を、詳細な実態把握と論理的な吟味に基づいて明らかにし、更に日本においてそれを実践段階に移すための要件と方法を適用可能な形で提示した論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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