学位論文要旨



No 116986
著者(漢字) 小幡,敏信
著者(英字)
著者(カナ) オバタ,トシノブ
標題(和) 早期統合教育と情報保証に関する : 研究聴覚のハンディを乗り越えるために
標題(洋)
報告番号 116986
報告番号 甲16986
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5127号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

 様々なハンディをもつ人々にとっても優しく有効な環境を実現させようという観点から、車椅子を使用する人と視覚にハンディをもつ人に対しては多くの考慮がなされはじめ、環境は緩やかに改善されてきたといえる。しかし、聴覚にハンディのある人は、物理的環境改善の対象としてあまり考慮されてこなかった。

 聴覚のハンディがある人が教育や雇用や婚姻などの機会均等を得るための社会的統合を完成させるために、本論文では、著者本人の体験から、聴覚のハンディを主な対象として、問題点と解決方法を検討した。具体的には、聴覚にハンディを持つ人たちの為の優しく有効な環境はどうあるべきか、早期統合教育導入の必要性、聴覚にハンディのある人々にもない人々と対等にするために意志疎通を図る情報保証の必要性、およびそのための具体的な方策を実証的に明らかにする。

 本論文の構成は以下の通りである。

 I章は、目的を示している。

 II章は、聴覚にハンディを持つ著者の出生から高校入学までの体験をもとに、言語の獲得プロセスの特徴、早期統合教育の効果と必要性を論じている。また統合教育の現状を把握して、これからの統合教育をより普及させるためのプロセスを提起している。

 III章は、聴覚にハンディがある場合、生活行為に必要な場面において、どんなことを行う時に問題があるかについて調査した結果を示している。多くの場所や状況で、「聞こえる」ということが前提とされたデザインがなされ、聴覚にハンディがある人にとって、配慮されるべき状況がたくさんあることが確認された。また、文字表示板の有効性についても確認した。

 IV章は、統合教育実現のためにも必要な情報保証を十分に果たすための条件について、主として手話を対象として探求した。

 聴覚にハンディのある情報の受け手(ここではキーパーソンとする)は、話し手、手話通訳者、スクリーン等の全ての情報をビジュアルにより受けとっているので、それらの見えかたが重要となる。

 実験・調査によって、次のような結果が出た。

 (1)キーパーソンは、手話通訳者の表情や手の形だけではなく目を動かして、教授の口の形、情報機器で映し出される像、ホワイトボードに書かれる字なども見ていること、講義室において、教授から見て右側に座るほうが講義を受けやすいことが判明した。

 (2)講義室において、キーパーソンが教授、または手話通訳者の一方を中心視で見つめる時に、周辺視によって残る他方をどれだけの空間的広がりの中で見えるかどうかを実験した。キーパーソンが見やすい条件は、次のように示される。i)キーパーソンと教授を結んだ線上に手話通訳者が位置するとよい。ii)距離より角度を小さくすることが重要である。iii)教授と手話通訳者の間が近いほうが教室全体でみやすい。

 (3)東京大学大学院の計18回の講義の観察調査をおこなった。実際に行われた講義において、(2)で示された条件が有効であるかを検証してみた。重要なことは、キーパーソンが、教授の顔、手話通訳者の手話、スクリーンの像の3カ所をいつも同時に見る必要があることを示している。3カ所が同時に見えるための条件として、角度が小さいことと、教授の動き全てについてまたスクリーンの像について、キーパーソンがそれらを同時に見えるような全てを満足するような手話通訳者の位置を設定する必要がある。その位置を考慮した建築計画や家具配置計画が重要である。

 このような調査・実験は、前例がなく、統合教育を更に進めるに当たって価値がある。

 終章は、提言として「心身にハンディのある人々のニーズについて、解決することを最優先の原則とすることが、全ての人々に優しく有効な環境論に繋がる」ことを述べている。

 健常者中心の発想ではなく、人間それぞれのライフスタイルを尊重していく発想への展開が必要である。全ての人間が1つの基準に基づくのではなく、人間それぞれの基準があり、お互いに尊重しながら、それぞれのニーズに対してもきめ細かく対応するような、多様性のあるスタイルを包括することが求められる。それは、完全なる統合教育がなされてはじめて、できるようになる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、心身にハンディをもつ人々が教育、雇用、婚姻などすべての生活環境において機会均等を得るための社会的統合を完成させることを目的とし、聴覚にハンディをもつ論文提出者本人の体験をもとに、聴覚のハンディを主な対象としてその問題点と解決方法を検討したものである。

 具体的には、聴覚にハンディを持つ人たちのための優しく有効な環境はどうあるべきか、早期統合教育導入の必要性、聴覚にハンディのある人々にもない人々と対等にするために意志疎通を図る情報保証の必要性、およびそのための具体的な問題点と方策を実証的に明らかにすることを試みている。

 聴覚のハンディに注目した背景としては、昨今、様々なハンディをもつ人々にとっても優しく有効な環境を実現させようという観点から、車椅子を使用する人や視覚にハンディをもつ人に対しては多くの考慮がなされはじめ、環境は緩やかに改善されつつある状況にあるものの、聴覚にハンディのある人に対しては建築計画など物理的環境改善の対象としてあまり考慮されていないという実態がある。

 本論文の構成は以下の通りである。

 I章では、研究の背景と目的について述べている。

 II章では、聴覚にハンディを持つ著者の出生から高校入学までの体験をもとに、聴覚によらない言語の獲得プロセスの特徴、早期統合教育の効果と必要性を論じている。

 III章では、聴覚にハンディがある場合、生活行為に必要な場面において、どのようなことを行う時に問題があるかについて調査した結果を示している。多くの場所や状況で、「聞こえる」ということが前提とされたデザインがなされ、聴覚にハンディがある人にとって配慮されるべき状況が多くあることが確認された。また文字表示板の有効性についても確認している。

 IV章では、統合教育実現のためにも必要な情報保証を十分に果たすための条件について、主として手話を対象として探求している。

 手話を用いた場合、聴覚にハンディをもつ情報の受け手は、話し手、手話通訳者、スクリーン等の全ての情報を視覚的に受けとっているので、それらの見えかたが重要となる。

 そのあり方を解明するための実験・調査によって、次のような結果が明らかにされた。

(1)聴覚にハンディをもつ情報の受け手は、手話通訳者の表情や手の形だけではなく目を動かして、教授の口の形、情報機器で映し出される像、ホワイトボードに書かれる字なども見ている実態を明らかにした。

(2)講義室において、聴覚にハンディをもつ情報の受け手が教授、または手話通訳者の一方を中心視で見つめる時に、周辺視によって残る他方をどれだけの空間的広がりの中で見えるかどうかを実験した。聴覚にハンディをもつ情報の受け手が見やすい条件は、次のように示される。i)聴覚にハンディをもつ情報の受け手と教授を結んだ線上に手話通訳者が位置するとよい。ii)距離より角度を小さくすることが重要である。iii)教授と手話通訳者の間が近いほうが教室全体でみやすい。

 重要なことは、聴覚にハンディをもつ情報の受け手が、教授の顔、手話通訳者の手話、スクリーンの像の3カ所をいつも同時に見る必要があることが示され、3カ所が同時に見えるような手話通訳者の位置を設定する必要があり、その位置の可能性を考慮した建築計画や家具配置計画が重要であることが示された。

 このような手話等の見え方を対象とした調査・実験は前例がなく、ハンディを持つ人々のための建築計画上、また統合教育を更に進めるにあたって価値があるものと言える。

 終章では、提言として「心身にハンディのある人々のニーズについて、解決することを最優先の原則とすることが、全ての人々に優しく有効な環境論に繋がる」として、健常者中心の発想ではなく、人間それぞれのライフスタイルを尊重し、全ての人間が1つの基準に基づくのではなく、それぞれの基準があり、お互いに尊重しながらそれぞれのニーズに対してもきめ細かく対応する、多様性のあるスタイルを包括することが求められ、それは完全なる統合教育がなされてはじめてできる、としめくくった。

 以上のように本論文では、聴覚にハンディを持つ人たちのための優しく有効な環境はどうあるべきか、早期統合教育導入の必要性、意志疎通のための情報保証の必要性、およびそのための具体的な方策の一つとして手話の見え方と話し手や視覚情報機器も含めた配置等のあり方を実証的に明らかにした。本論文は心身にハンディをもつ人々も含めた全ての人々に優しく有効な環境づくりを目指すための一歩であり、まだ未解決の多くの課題を残しているといえるが、今まであまり注目されることのなかった聴覚のハンディに関して、理解を得るための重要な一歩を得た。特に言語が音声により耳から獲得されることや日常的なコミュニケーションは主として音声によるという現実、それにより聴覚にハンディを持つということが健常者の想像をはるかに超える大変重いハンディであることを再認識させるものである。その社会的意義は大きく、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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