学位論文要旨



No 116987
著者(漢字) 長谷川,麻子
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,アサコ
標題(和) 住宅内ホルムアルデヒド濃度およびその低減対策技術に関する研究 : 家庭用空気清浄機とパッシブ型対策品を中心として
標題(洋)
報告番号 116987
報告番号 甲16987
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5128号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

 室内におけるホルムアルデヒド(以下、HCHO)や揮発性有機化合物(以下、VOCs)による空気汚染が社会的問題となるにともない、この数年で、ガイドライン値が設定され、さまざまな測定機器や方法が用いられるようになり、数多くの実態調査がなされてきた。特にHCHOは、発がん性などの健康影響が明らかで、早急に対策を施すべき物質である。

 建築業界においては、材料、施工、設備といった各分野で、メーカーとともに有害な物質を低減する努力が続けられている。一方、居住者側は、住宅内の化学物質汚染に対する意識が高まって、自ら選択できる対策手法として空気清浄機やパッシブ型対策品の活用を求めている。

 しかしながら、さまざまな対策技術について、除去性能を示す統一された試験方法や指標がなく、適用に際して比較・検討が困難な状況にある。

 本研究は、住宅内HCHO濃度を低減するために、住宅供給側と居住者側が実施可能な対策技術について、性能試験方法を確立することを目的としたものであり、全7章よりなる。

<第1章 序論>

 本研究の背景および本論文で用いる用語の解説をした後、関連する既往研究の文献調査結果を述べている。

<第2章 目的>

 第1章の結果から、HCHOを対象物質として、本研究の目的を設定し、明らかにすべき項目を整理している。

<第3章 住宅内化学物質汚染に関する実態調査>

 室内HCHO濃度について、1997年6月厚生省(現 厚生労働省)は、WHO(世界保健機構)が提唱する勧告値「30分平均濃度0.08ppm(0.1mg/m3)」を推奨し、その測定方法と手順については、2000年5月「室内空気汚染にかかるガイドライン(案)」として提示した。

 2001年8月、国土交通省は住宅性能表示制度の基準を改正し、室内HCHO濃度の測定は必須となった。この基準では、HCHO濃度の測定方法および手順は厚生労働省の提案に準じて、室内空気をDNPH(2,4−ジニトロフェニルヒドラジン)サンプラーに捕集、溶媒抽出、高速液クロマトグラフによる定量分析(以下、DNPH-HPLC法)を標準測定法とし、その捕集は、30分換気後開口部を閉鎖して5時間後に開始することになっている。しかしながら、測定方法については、DNPH-HPLC法と同等の信頼性を有するか過小評価にならない方法であれば代替採用できることになっているものの、具体的にどのような測定方法が適用可能であるかは記述がなく、捕集に関する手順は、その根拠が明らかではない。

 一方、住宅内のHCHO濃度を低減するために、住宅供給側が実施可能な対策手法の基本は、低発生建材の採用と常時換気システムの設置である。

 本章では、まず、HCHO濃度の現場測定方法について、実際の住宅における室内濃度の経時変化を複数の方法を同時に用いて計測し、ポンプを用いて捕集するDNPH-HPLC法(以下、DNPH-Active法)を基準に比較・検討を行い、測定方法および手順の基準化に資する知見を得た。次に、この手順および方法により居住環境下の化学物質濃度を測定し、さらに居住者に対する化学物質過敏症の専門医による検査および問診を実施した。実測対象は築後1年前後の新築住宅20件で、10件は東京都内にある常時空調換気システムを設置した高気密・高断熱の戸建住宅で化学物質発生量の少ない建材を採用しており、10件は福島県内の集合住宅で特に建築的対策を施していない。これらの実態調査によって、建築的対策の有効性を検証した。

 本章における成果をまとめると以下のようになる。

(1)HCHO濃度の測定は、検知管法により概略値を得て捕集量を決定し、DNPH-Active法を用いて正確な値を得るべきである。また、長時間平均濃度を測定する場合は、ポンプが不要なパッシブ捕集によるDNPH-HPLC法を採用できる。

(2)捕集は、換気および開口部閉鎖後、既築住宅では換気回数に応じて2時間以上、新築住宅では20〜24時間経ってから実施すべきである。

(3)低発生建材の採用と常時換気は、新築住宅におけるHCHO濃度の低減対策として有効である。

(4)化学物質濃度と健康影響との明確な相関関係は認められない。

(5)家具や生活行為といった2次的発生源に対しては、空気清浄機やパッシブ型対策品を適用する必要がある。

(6)住宅内HCHO濃度の現場測定方法と手順を確立し、建築分野における実用的な提案として初めての研究成果となった。

(7)居住状態における化学物質濃度の実測を自ら行って、居住者に対する専門医による健康影響調査を実施したのは、国内では本研究のみである。

<第4章 家庭用空気清浄機の性能試験方法>

 居住者が実施可能なHCHO濃度の低減対策として、HCHO除去をうたった空気清浄機の利用が有効であると考えられるが、現行規格の性能試験ではHCHOが除去対象になっていない。また、実際に室内で空気清浄機を運転すると、一度処理された清浄空気が汚染空気と混合して再度処理される状態になる。このような再循環状態におけるHCHO濃度の低減効果を予測するためには、除去性能を適確にあらわすことができる指標と、それを求める試験方法が必要である。

 本章では、HCHO除去をうたう空気清浄機5機種を対象に、大型チャンバーを用いて、HCHOを濃度減衰法および定常発生法によって供給し、ワンパス試験および再循環試験の計4種の実験を行った。これらの結果から、除去原理にかかわらず空気清浄機のHCHO除去性能を明らかにすることができる試験方法と指標を提案する。

 本章における成果をまとめると以下のようになる。

(1)除去原理にかかわらず、空気清浄機のHCHO除去性能を明らかにすることができるのは定常発生法・ワンパス試験であり、本試験によって得られる除去率ηは、基本性能をあらわす指標として有用である。

(2)除去率×処理風量=相当換気量[m3/h]は、実空間における低減効果をあらわすことができる。

(3)除去原理によっては、温度や湿度を変化させた性能試験を行い、除去率との関係を把握すべきである。

(4)本試験方法は、清浄空気を供給する空調機と、排気設備を備えた恒温実験室があれば実施できるという、汎用性がある。

(5)空気清浄機の除去原理にかかわらず性能評価や比較が可能な性能試験方法および指標を提案し、さらに、除去率は、除去原理が活性炭系の場合は温度、光触媒の場合は湿度に依存することを明らかにした、唯一の研究である。

<第5章 パッシブ型対策品の簡易性能試験方法>

 第3章における実態調査の結果から、使用建材を吟味して室内化学物質濃度を抑制しても、居住者が持ち込む家具などの2次的な発生源が存在すると、居住状態での個人曝露量は低減できないことがわかった。このような2次的発生源に対するHCHO濃度の低減対策としては、家具の引出しや棚に敷くシート状、あるいは家具内部に設置する粒状などのパッシブ型対策品を利用することが考えられる。しかしながら、パッシブ型対策品のHCHO除去性能については標準的な試験方法がなく、学術的に評価している研究は非常に少ない。

 一方、前章では、大型チャンバーを用いた空気清浄機のHCHO除去性能試験について検討した。この大型チャンバーを用いれば、パッシブ型対策品についても、空気清浄機と同様に除去性能の評価指標を得ることが可能であると考えられるが、多種多様な対策品について試験を行うには多くの時間と労力を費やすことになり、実用的とはいいがたい。したがって、詳細な性能試験に供すべき製品を取捨選択するための、スクリーニング試験を行う必要がある。

 本章では、パッシブ型対策品のHCHO除去性能について、小型チャンバーを用いた試験装置を設計・製作し、簡易的な試験方法を考案したので、そのスクリーニング試験としての実用性を検討した。

 本章における成果をまとめると以下のようになる。

(1)本試験装置は、安価で入手が簡単な材料で製作できる。

(2)本試験方法は、HCHO対策品の形状にかかわらず、その有無による低減効果の一対比較が可能であり、スクリーニング試験として有用である。

(3)光音響法でモニタリングすることによって、複数(最大11種類)の対策品について、同時に試験ができる。

(4)チャンバー内に設置するHCHO発生源としては、短期間でチャンバー内が安定し、加工が容易なMDF(中密度繊維板)が適している。

(5)このスクリーニング試験で除去性能を有すると判断された対策品について、より詳細な性能試験を行うことにより、単位量あたりの除去速度[mg/h]が得られる。

<第6章 実住戸における対策技術の実施例>

 本章では、現用の対策技術の実施例として、入居後の新築集合住宅において対策前後の室内HCHO濃度を実測し、住戸レベルにおける総合的なHCHO対策について考察した。対策技術としては、この集合住宅に設置されている常時換気システム、第4章および第5章においてHCHO低減効果が明らかであった空気清浄機とパッシブ型対策品を適用した。

 本章における成果をまとめると以下のようになる。

(1)常時換気システムと空気清浄機の運転は、居室内の化学物質濃度を低減する対策技術として有効である。

(2)パッシブ型対策品の設置は、収納部内のHCHO濃度低減対策として有効であるが、その持続性についてはさらに検討する必要がある。

(3)従来よりも高気密化した住宅の住まい方について、居住者に対する啓蒙が必要である。

<第7章 本研究の成果と今後の課題>

 第3章〜第6章で得られた成果をまとめるとともに、VOCs低減対策の必要性など今後の課題を明らかにしている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「住宅内ホルムアルデヒド濃度およびその低減対策技術に関する研究 −家庭用空気清浄機とパッシブ型対策品を中心として−」と題し、近年社会問題となっているホルムアルデヒドや揮発性有機化合物による住宅内空気汚染に着目し、汚染濃度低減対策技術に関して実測、実験、理論解析から検討したものである。対象汚染物質としては、発がん性が明らかであり、対策が早急に求められているホルムアルデヒドを、汚染濃度低減対策技術としては、すでに建設された住宅にも応用可能な家庭用空気清浄機および家具の引出しや棚にしくシート状あるいは家具内部に設置する粒状などのパッシブ型対策品を中心に扱っている。論文は、以下の7章よりなる。

 第1章では、研究の背景、使用用語の解説、既往研究の概要を述べている。

 第2章では、第1章の結果から、本研究で対象とする汚染物質としてホルムアルデヒドを、対象とする汚染濃度低減対策技術として家庭用空気清浄機およびパッシブ型対策品を選定した経緯を述べるとともに、本論文で明らかにすべき項目を整理している。

 第3章では、住宅内化学物質汚染に関する実態調査の結果を整理し、まず、ホルムアルデヒド濃度の測定方法に関して、検知管法により概略値を得た上で捕集量を決定し、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンサンプラーに捕集、溶媒抽出、高速液クロマトグラフによる定量分析を行う方法で正確な値を知るべきであるというような、各種測定法の長短について整理している。また、捕集は、換気および開口部閉鎖後、既築住宅では換気回数に応じて2時間以上、新築住宅では20〜24時間経ってから実施すべきであるというような、実測における手順を明確にする知見や、居住状態の化学物質の濃度測定を自ら行い、居住者に対する専門医による健康影響調査を実施するという、国内で初めての試みを行い、化学物質濃度と健康影響の間に明確な相関関係が認められないことなどを示している。

 第4章では、空気清浄機のホルムアルデヒド除去性能を的確に表すことができる指標および試験方法について大型チャンバーを用いた実験結果から考察し、現行規格の試験方法の問題点を示した上で、定常発生法・ワンパス試験が妥当であること、この方法により求められた除去率に処理風量を掛けた相当換気量が実空間における低減効果を表すよい指標となることを述べている。さらに、除去原理が吸着によるものでは温度、光触媒によるものでは湿度が除去率に大きく影響することなどを示している。

 第5章では、極めて多くの種類のパッシブ型対策品が市販されていることから、第4章で述べた詳細な除去性能に関する実験を行う前にスクリーニング試験を行うべきであるとして、その方法について考察しており、複数の小型チャンバーを用い、ホルムアルデヒド発生源となる建材のみを入れたチャンバーと、建材+対策品を入れたチャンバー内のホルムアルデヒド濃度を一対比較する方法を提案している。また、濃度を比較するだけであることから、多点同時に連続して測定できる光音響法により効率的に実験が行えること、ホルムアルデヒドの発生源として用いる建材としては、加工が容易で、かつ発生量の安定している中密度繊維板(MDF)が適していることを示している。

 第6章では、入居後の新築住宅に第4章、第5章でホルムアルデヒド除去・低減効果が確認された空気清浄機、パッシブ型対策品を設置し、実空間での低減対策技術の効果を確認している。

 第7章では、第6章までのまとめを行うとともに、今後の課題を示している。

 以上を要約するに、本論文は、近年社会問題となっている化学汚染物質、特にホルムアルデヒドによる住宅内空気汚染に関し、汚染の実態・人体影響の調査の実施と調査方法の提案、既築住宅に対応可能な空気清浄機およびパッシブ型対策品の汚染低減効果に関する実験の実施と低減効果指標の提案、実験より低減効果が明らかになった空気清浄機およびパッシブ型対策品を実住宅へ設置しての低減効果の確認を行い、住宅におけるホルムアルデヒド問題解決に関し、多くの知見を提示しており、住宅内空気環境改善に寄与するところが大である。最近、ホルムアルデヒド問題に対する関心の高まりから、多くの研究が行われるようになってきているが、その先鞭をつけ、かつ、研究で用いられる調査・実験方法に多大な貢献をした点も高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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