学位論文要旨



No 116988
著者(漢字) 横田,考俊
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,タカトシ
標題(和) 室内における音響拡散・反射体の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 116988
報告番号 甲16988
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5129号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 講師 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、室内、とくにコンサートホール等においてしばしば用いられる、音響拡散体および不連続音響反射板(浮雲)の設計指針を得ることを目的として、その音響特性を把握し、物理的/聴感的効果を明らかにすることに主眼をおいて検討を行った結果をまとめたものである。

 まず序章において、優れたホールを創るためには音響拡散・反射体の設計指針(試料)が不可欠であることを示した。また実際の設計において、過去の研究成果があまり有効に活用されていない現状を示し、拡散・反射体の設計指針の提案においては、意匠設計者を納得させられるだけの音響効果の裏付けを伴ったものであり、また意匠設計の自由をある程度許すものであることが重要であることを示した。そのことを踏まえ本論文においては、次に示す3つの検討を行うことにより、直感的に理解しやすく、物理的/聴感的にその効果を保証した設計指針を提案することを最終目的とした。

 (1) まず拡散・反射体による音波散乱・反射現象を可視化・可聴化することにより、形状の変化とそれに起因した音響現象の変化を一対一で結びつける。

 (2) 音響現象を十分把握した上で、その物理特性および効果について定量的評価を行う。

 (3) 最後に拡散・反射体について聴感的評価を行う。

 第1章では、本論文の全ての章において用いた数値解析手法である、時間領域差分法の定式化について概説した。この手法は、音場内における音波伝搬の過程を時々刻々追うことができる点が特徴であり、この手法を用いることで、室の形状や壁面の形状等、音場を構成する要素が変化した場合に、それに伴って変化する音波の伝搬の様子を直接的に捉えることができる。また室内音響の分野において最も重要とされるインパルス応答を直接求められる点も特徴である。

 第2章では、基本的な室形状について、その音響特性を把握することを目的として検討を行った。基本的な室形状について、時間領域差分法による解析結果をもとに、音波伝搬の様子を可視化し、受音点におけるインパルス応答を可聴化した。音波伝搬の様子を可視化することにより、それぞれの室形状に起因した音響的特徴を直感的に理解することができた。また、室内の各点における累積エネルギーの空間分布を可視化し、その時間変化を見ることで、音場内においてエネルギーが集中する位置およびその時刻を確かめることができた。インパルス応答の可聴化からは、室形状によって異なる音波伝搬特性に起因した室形状ごとのインパルス応答の聴感的な違いを明瞭に確認することが出来た。

 また、これらの検討を通して音場の可視化・可聴化が、形状とそれに伴う音響現象を直接的に結びつける有効な手段となり得ることが確認された。

 第3章では、音響拡散体の物理特性について検討を行った。まず、拡散体の効果を直感的に理解するために、拡散体による音波散乱の様子を可視化した。この可視化により、拡散体による音波散乱現象を直感的に理解することができた。また、音響効果の優れたホールの1つとして有名なウィーンのムジークフェラインスザールの側壁に沿って並べられた女神像について、その音響効果(拡散効果)を確かめることができた。

 つぎに拡散体単体による音波散乱特性について検討を行った。検討の結果、拡散体の音波散乱特性は、拡散体形状、構成寸法、音波の入射角度、入射波の波長によって変化することが確認された。このことを踏まえ、拡散体の音波散乱特性を直感的に理解できる表示方法を示すとともに、拡散体の設計資料として種々の拡散体形状について音波散乱特性をデータベースとして蓄えることが重要性であることを示した。その後、拡散体による音波散乱効果について定量的評価を行い、音波の入射角度ごとに散乱効果の高い拡散体形状を示すとともに、各形状について散乱効果の高い構成寸法を示した。

 最後に、室内に拡散体を設置した場合の効果について検討を行った。その結果、拡散体形状によって室内音場の拡散性を高める効果が異なることが確認された。また同じ形状の拡散体であっても、室形状によってその効果が異なることが確認された。これは室形状および音源位置によって、壁面への音波入射角度が異なるためと考えられ、音波の入射角度に応じて、その入射角度に対して散乱効果の高い拡散体を用いることで、音場の拡散性を高める効果が得られることが確認された。この結果は、ある特定の入射角に対して散乱効果を示すような形状であっても、音波の入射角度を考慮することで、いわゆる優れた拡散体などと同程度の効果が得られることを示しており、今後の拡散体設計における形状デザインの自由度が増したことを意味している。

 第4章では、浮雲の反射特性について物理的検討を行った。まず浮雲による音波反射の様子を可視化し、反射板形状および配置の違いによって音波反射の様子が異なることを確認した。また、浮雲からの反射音の周波数特性はピークディップをもつ乱れた特性になることを示し、その理由について、可視化された反射波の伝搬性状から考察を行い、ピークディップの生じるメカニズムを明らかにした。

 つぎに平面的に配列された浮雲の反射特性について、Fresnel-Kirchhoffの近似回折理論を用いて検討を行った。その結果、受音点における反射特性は、各反射板の形状にはあまり影響されず、各反射板の配置に大きく影響されることが確認された。また、各反射板の配置については、規則性を持たせて配置した場合には、反射音の周波数特性が乱れた特性となり、ランダムに配置することで周波数特性の乱れを改善することができることを示した。

 第5章では、音響拡散体および浮雲の聴感的効果について検討を行った。検討に先立ち、聴感実験に用いた4ch (6ch)数値音場シミュレーションシステムについて概説し、そのシステムの基本的な音場の再現精度について示した。

 音響拡散体の聴感的な効果については、室内に拡散体を設置した場合のフラッターエコーの低減効果について検討を行った。検討の結果、拡散体の形状および寸法の違いによってフラッターエコー低減効果が異なることが確認された。また同じ拡散体であっても室形状によって、その効果が異なることが確認された。フラッターエコーの低減効果に関しては、拡散体による音波散乱効果と対応が見られ、拡散体による散乱効果の小さい条件においては、フラッターエコーが確認された。

 最後に、浮雲からの反射音について聴感実験を行った。自由音場内に反射板を設置した状態を想定し、反射板なしの状態と比べて受音点において聴感的な差異が感じられるか、また設置する反射板を変えた場合に聴感的な差異が感じられるかについて実験を行った。実験の結果には個人差が見られ、反射音の違いを聞き分けられた被験者と聞き分けられなかった被験者がいた。違いを聞き分けられた被験者について考察を行った結果、「直接音から分離して聞こえる浮雲からの反射音の音色」を聞いて違いを判断した被験者と、「直接音と反射音をトータルに聞き、その音色の変化」によって差を判断していた被験者がいたことが確認された。これまで浮雲の音響効果については、反射音のみに着目して検討を行ってきた。この被験者実験の結果は、前者については反射音のみについて検討することの有意性を指摘しており、後者は直接音と浮雲からの反射音を分離せずに検討すべきであることを示唆するものであったと考えられる。

 以上のように、本論文では室内における音響拡散・反射体の効果について物理的/聴感的検討を行った。その結果、設計方法について以下のような知見を得ることができたとともに、本論文で行ったような検討をさらに種々の拡散・反射体について行い、その音響特性について意匠設計者が参考にできる形でデータベースとしてまとめることの重要性が明らかになったと考えられる。

以下、本論文において得られた知見

 まず音響拡散・反射体が用いられる音場について、その音響特性を把握することが重要である。その上で音響拡散体については、

(1)音波の入射角度を考慮して、その入射角度に対して散乱効果が得られる形状を選択する。

(2)拡散体の寸法についても音波の入射角度を考慮して決定する。凹凸の幅は、拡散を目的とする音波の波長程度とし、音波が斜めに入射する面については、入射角度が浅くなるほど幅を狭くしても良い。凹凸の出については、幅の15%〜35%程度を目安とし、音波が斜めに入射する面ほど出を深くする必要がある。

(3)円柱などの壁面に沿って離散的に配置するものについては、配置間隔が重要であり、配置する物の寸法にもよるが、今回の円柱の様に直径が0.4m程度の場合には、音波が斜めに入射する面については、1.5m程度(最大で3.0m程度)の間隔で配置することが効果的である。

浮雲については、

(1)各反射板の形状は反射特性にあまり影響が無いことから、意匠性を重視して良い。

(2)各反射板の面積は大きいほど有効な反射エネルギーが得られる。

(3)各反射板の配置は、規則性が無いように配置することでにより、反射音の周波数特性を平坦な特性にすることができる。

以上の点について留意し、意匠性を考慮して設計することが望ましい考えられる。また、それぞれ形状を決定した段階でその都度、本論文で用いた検討手法および評価手法によって、その物理的・聴感的効果を確認することが重要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 「室内における音響拡散・反射体の効果に関する研究」と題する本論文では、コンサートホール等で用いられる音響拡散体および不連続音響反射板(浮雲)の設計指針を得ることを目的とし、それらの物理的音響特性の把握と聴感的効果について検討を行っている。

 まず序章では、ホールの設計のためには音響拡散・反射体の設計指針が必要であること、また建築家による意匠設計に対して自由度を与えるとともに音響的効果を保証することの重要性の認識に基づいて、その手法を確立するための研究の進め方について述べている。

 第1章では、本論文で数値音場解析で用いている時間領域差分法の定式化について概説している。この手法は音場内における音波の伝搬過程を時系列上で解析する方法で、室形状や壁面の形状等に応じた音波の伝搬性状の変化を視覚的に直接捉えることができ、また室内音響で重要な室のインパルス応答も計算できるという特長を有しており、本研究における具体的な適用方法を述べている。

 第2章では、ホールの典型的な平面形状である長方形、扇形および楕円形を取り上げ、それらの基本的な音響特性を把握することを目的として行った2次元数値解析の結果をまとめている。すなわち、各形状の室内における音波の伝搬過程の可視化、音場内の受音点におけるインパルス応答の可聴化、および室内の各点における累積エネルギーの空間分布の可視化を通して各形状の音響的特徴を比較している。これらの結果は、室内音場の可視化、可聴化の有効性を見事に示している。

 第3章では、まずホール等でしばしば用いられている各種の形状の音響拡散体を対象として、その音波散乱効果を数値計算および模型実験によって可視化している。次に、基本的検討として拡散体単体による音波散乱特性について検討を行い、拡散体形状・寸法、音波の入射角度、入射波の波長の関係について調べ、それに基づいて音響拡散体の設計方法をとりまとめている。続いて、室内に拡散体を設置した場合の効果について検討を行い、拡散体形状によって室内音場の拡散性を高める効果が異なること、したがって室形状と音波の入射条件の違いによって適切な音響拡散体を設計すべきであることを述べている。

 第4章では、不連続音響反射板(浮雲)の反射特性について検討を行っている。まず浮雲による音波反射の様子を可視化し、反射板形状および配置の違いによって反射特性が異なることを確認している。また浮雲からの反射音の周波数特性はピーク・ディップをもつ乱れた特性となることを示し、その原因を明らかにしている。つぎに平面的に配列された浮雲の反射特性について、Fresnel-Kirchhoffの近似回折理論を用いて検討を行い、受音点における反射特性は各反射板の形状にはあまり影響されず、各反射板の配置に大きく影響されることを確認している。また、不連続反射板をランダムに配置するによって周波数特性の乱れが緩和されることを示している。

 第5章では、音響拡散体および浮雲の効果について行った聴感実験の結果を述べている。まず新たに開発した多チャンネル数値音場シミュレーションシステムについて概説し、そのシステムの基本的な音場再現精度を示している。この手法を用いた聴感実験として、室内に拡散体を設置した場合のフラッターエコーの低減効果、浮雲の効果について行った実験の結果を述べている。

 上記の検討結果から、ホール等で用いられる音響拡散体および不連続反射板の設計に関して、以下の知見を整理している。

 まず音響拡散体については、

(1)ホール室形と音源位置の関係から決まる壁面への音波の入射角度を考慮し、それに応じた形状を選択する必要がある.

(2)拡散体の寸法に関しては、凹凸の幅が拡散を目的とする音波の波長程度となるようにする。音波が斜めに入射する面については、入射角度が浅くなるほど幅を狭くしてもよい。凹凸の出については、幅の15〜35%程度を目安とし、音波が斜めに入射する面ほど出を大きくする必要がある。

(3)円柱形状の拡散体を壁面に沿って配置する場合は、配置間隔が重要である。直径が0.4m程度の場合には、音波が斜めに入射する面については1.5m程度(最大で3m程度)の間隔で配置することにより高い拡散効果が期待できる。

 不連続音響反射板(浮雲)については、

(1)各反射板の形状は反射特性にあまり影響せず、意匠性を重視して設計してよい。

(2)各反射板の面積が大きいほど有効な反射エネルギーが得られる。

(3)各反射板を規則性がないようにランダム配置とすることにより,反射音の周波数特性を平坦にすることができる。

 以上に述べたように,本論文ではホールの設計で最も基本的かつ建築意匠と関係が深い音響拡散体および不連続反射板の設計方法について,模型実験,数値解析および聴感評価実験によって検討を行っている。それらの結果は,建築音響学の視点から興味深いだけでなく、建築設計に対して有効な基礎資料を提示している.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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