No | 116989 | |
著者(漢字) | 徐,華 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シュ,ファ | |
標題(和) | 回遊空間における経路選択並びに空間認知に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116989 | |
報告番号 | 甲16989 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5130号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 建築学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序 日常生活では、目的地が限定されず遊歩的な移動は、身近で体験されている。その行動の対象となる環境としては、経路選択の自由度が高い回遊空間がある。回遊空間とは、点在した場所を結ぶ主ルートのほかに、寄り道や回り道、近道などが用意されていて、そのルートを状況に応じて選択することができる空間である。大型遊園地、公園、広場等は、自分自身で回遊する順路を自由に選択できる屋外の回遊空間と言える。それに対して、絵画や彫刻が展示してある美術館は屋内の回遊空間と言える。現代の社会において、人々が生活の豊かさを求める傾向が強まると共に、回遊空間の重要性はますます高まると思われる。 研究の問題意識としては、例えば美術館の展示空間では、展示作品の見落としや現在の居場所の迷いと言った問題が発生している。また、経路を選択し移動すると共に空間が認知されていくという過程を重視すると、経路選択と空間認知との相互関係を議論する必要性があると考えられる。しかしながら、既往の関連する研究においては、「経路選択」か「空間認知」のどちらか一方のみを扱ったものがほとんどである。 以上のようなことを踏まえて、本研究は回遊空間において、経路選択及び空間認知の相互関係を明らかにすることを目的とする。また両者の特性をそれぞれ解明する。経路選択については、経路選択の要因、主体側による経路選択の特性を解明する。一方で、空間認知については、認知された空間と実際の空間の差異、空間のとらえ方を明らかにする。 第2章 経路選択の要因−シミュレーション実験的研究 本章は、経路選択を「空間位置選択としての経路選択」、「複数経路の選択」と2種に分類し、複数経路の選択に重点を置き、回遊空間における経路選択に影響を与える要因とそれらが経路選択へ及ぼす影響をCGによる仮想の回遊空間上のシミュレーション歩行実験によって、明らかにすることを目的とする。 具体的には、「空間位置」、「目標の視覚情報」、「床面の色」、「求心性と遠心性」という4つの経路選択の要因を抽出して、それらについて仮説を立て、「タワーの公園」と名づけた仮想の回遊空間を計画した。実験の手順としては、シミュレーション・システムの操作練習の後、被験者に経路教示をしてから、敷地を一周してもらい、スケッチマップを描いてもらった。また、「インタビュー」で歩行画面の録画ビデオを実験者・被験者ともに見ながら経路選択の全過程について詳しい口頭説明を聞き取った。被験者は大学生男女各12名計24名である。 4つの要因の仮説に関する結果としては、本実験敷地において、最初の目標の選択は必ずしも近い方からではない。目立つ目標は遠くても、選択されやすい場合がある。目標の視覚情報、床面の色は経路選択に影響を与え、それにより最初の目標を選択した場合も見られた。外から目標までの同じ色の床面は経路選択を導く傾向がある。求心性と遠心性は複数経路の選択に見られる歩行特性と言える。4つの仮説の考察、被験者の経路全体の選択方針の分析を合わせて、経路選択の要因は「環境からの影響」と「個人的歩行特性」という2グループに分けることができる。 第3章 「認知地図」の特性−シミュレーション実験的研究 本章は、前節で述べたシミュレーション歩行実験後、被験者が描画したスケッチマップの分析によって、認知地図における方向・空間要素の位置の特性、認知距離の特性、認知距離の歪みを生み出す要因等を明らかにすることを目的とする。 スケッチマップの分析の結果として、スケッチマップを目標の位置に基づいて4グループに分けた。目標間の位置が最も簡単な図式−点対称に認知されるケースが最もよく見られた。認知地図における対象空間の定位に関しては、スタートを手前にし、対象空間を前方に定位した。認知距離の歪みの最も少ないグループは、タワー間の位置関係、内壁の配置なども最も正しく描いた。初期の空間認知の歪みの持続が認知地図の歪みを発生する原因の一つである。歩行経路が空間認知へ及ぼす影響については、曲折が多く長い歩行経路の先にある目標への実距離が過大視され、長時間の歩行によって距離を正確に認知できるようになるとは限らない。 第4章 経路選択と空間認知の相互関係−美術館における実験的研究 ■研究目的 実際の回遊空間における歩行実験などによって、右図に示す経路選択及び空間認知の過程に関する暫定的図式に基づいて、経路選択と空間認知の相互関係を考察することによって、移動と環境との関わりを解明することを目的とする一方で、両者をそれぞれ検討する。 ■研究の対象と内容 前章で検討できなかった「空間位置選択としての経路選択」の対象となり、実際の回遊空間である美術館の展示空間を研究の対象とする。経路選択については主体側による経路選択の類型特性を考察し、空間認知については3次元的な観点から、具体的に、場所の定位、空間形状の認知、空間のとらえ方を考察する。 ■実験概要 国立西洋美術館の2階常設展示室を実験対象として、歩行実験を行った。歩行実験において、被験者に実験のことを意識せずに展示作品を鑑賞してもらうため、実験教示で被験者に6つの絵のカードを見せ、展示室に入って自由に展示作品を鑑賞してもらいながら、カードに示された6カ所の絵画の前で仮の課題−絵の評価をしてもらうことを求める。歩行実験後、被験者に本展示室のスケッチマップを描いてもらった上、上述の6か所の位置の記入、また天井の形状の描画を求めた。さらにこの6か所の天井高の記入を求め、最後に経路選択の理由を聞き取った。被験者は大学生男13名女10名計23名である。 ■結果と考察(1)−経路選択の類型特性 「情報抽出により、経路が選択される」という上述した図式に基づいて、考察を行った。 まず動線により被験者全員の経路選択類型を「凸空間型」、「壁伝い型」、「混合型」と分類できる。それぞれの行動単位は、「凸空間」、「連続的な壁」、「凸空間と連続的な壁」である。次に、発話から経路選択に抽出し利用される情報を分類したところ、凸空間型は「端から、近いから」という「空間位置」情報によって、経路を決定することが他のグループより多い。壁伝い型は、連続的な壁という「空間構造」情報をよく利用する。混合型は「目に付いた展示」という「空間表面・形態」情報に目を引かれ、経路を選択する場合が多い。最後に、視線の連続性、空間の明るさなどという空間形態情報、両側の壁の間にある彫刻などという空間要素情報も経路選択に影響することが明らかになった。 ■結果と考察(2)−3次元的空間認知 空間認知と経路選択との相互関係の視点から、歩行実験後の被験者に描画された「天井形状を含むスケッチマップ・天井高の回答」と「実際の平面図・天井高」を比較し、歩行実験中の動線と合わせて検討することによって、場所の定位、床面形状・天井形状・天井高の認知(空間形状の認知)を考察した。 まず、場所の方向的定位は、歩行経路の長さ・曲折、経路選択の行動単位、環境の開放性、展示品の連続性などに影響されている。次に、床面形状の認知は、歩行経路、明るさ、順路方向に垂直な断面の形状、窓の有無に影響されている。次に、天井形状の認知は、経路選択の類型、視線の連続に影響されている。最後に、天井高の認知には、床面・天井の面積、選択移動中のシーン、経路選択の類型に影響されている。 ■結果と考察(3)−経路選択と空間認知の総合的考察 空間のとらえ方(「認知地図」・「認知空間」の構造である。「認知空間」は3次元的「認知地図)、経路選択の類型との関わりを考察した。 まず、スケッチマップの描画順から、「認知地図」の構造を考察したところ、「認知地図」の構造は、主に身体運動依存型と外周枠組依存型と2種が見られた。滞在時間が短く歩行周数が1周の場合、「認知地図」の構造は身体運動依存型が多いのに対して、滞在時間が長いか往復による歩行周数が多い場合、「認知地図」の構造は建物全体の構造を把握した外周枠組依存型が多い。次に、「認知地図」の構造と「天井高・形状の認知」と合わせて、被験者全員の「認知空間」の構造を分類した。さらに、経路選択と空間認知の類型における被験者全員の位置づけという視点から、「認知地図」の構造、天井形状の認知、それぞれ経路選択との関わりを論じ、この3者とも分節単位が一致しているものが見られた。 ■まとめ 「経路選択の類型」と「空間のとらえ方」との関係が明らかになり、本章の初めに提案した経路選択及び空間認知の過程に関する図式は基本的に成立すると言える。 第5章 結論 本研究は、2種の回遊空間における歩行実験などを行い、4章より経路選択・情報抽出・空間認知の関係が明らかになった。 両空間における実験結果を考察することによって、「経路選択の要因」と「空間認知の特性」を、それぞれ以下のようにまとめる。 両空間とも見られた「経路選択の要因」としては、「近い方から、端から」という空間位置的要因、視線の連続性(見通しも含め)である。両空間における実験結果の結果を合わせて考察すると、経路選択に関わる要因は、環境側と主体側に分類することができる。同じ環境でも、それに対応する主体側による特性がいくつかあることが明らかになった。 両空間ともに見られた「空間認知の特性」としては、まず、歩行経路の長さ・曲折が場所への定位に与える影響が見られた。次に、「認知空間」の単純化・対称化が見られた。最後に、「認知地図」における定位については、スタートを下に、対象空間を前方に定位されることが多くの被験者からみられた。 本研究の結果を議論し、「経路選択における主体側の特性」、「経路移動中のシーン」、「移動に伴う『認知空間』の変化」が今後の研究課題である。 経路選択及び空間認知の過程に関する暫定的図式 | |
審査要旨 | 本論文は、回遊空間における経路選択および空間認知のそれぞれの特性と両者の相互関係を解明することを目的としている。 日常生活において経路選択の自由度が高い回遊空間、例えば美術館・展示空間などにおいて、目的が限定されない遊歩的な移動がしばしば体験される。現在、生活の豊かさが求められ、回遊空間の重要性はますます高まると思われる。本論文は、回遊空間においては、経路を選択し移動すると共に空間が認知されていくという過程を重視し、経路選択と空間認知との相互関係を議論する必要性があると考えることに基づいている。 本論文は全5章からなる。 第1章「序」では研究の背景と目的について述べている。 第2章「経路選択の要因−シミュレーション実験的研究」では、複数経路の選択に重点を置き、経路選択に影響を与える要因とそれらが及ぼす影響をCGによる仮想の回遊空間上のシミュレーション歩行実験によって明らかにした。 最初の目標の選択は必ずしも近い方からではないこと、目標の視覚情報、床面の色は経路選択に影響を与えること、求心性と遠心性という歩行特性があること、経路選択の要因には環境からの影響と個人的歩行特性があることが解明された。 第3章「「認知地図」の特性−シミュレーション実験的研究」では、シミュレーション歩行実験後描画したスケッチマップの分析によって、認知地図における方向、空間要素の位置、認知距離の特性と歪みを生み出す要因等を明らかにした。 被験者はスケッチマップでの目標の位置に基づいて4グループに分けられ、目標間の位置が最も簡単な図式である点対称に認知されるケースが最もよく見られたこと、認知地図における対象空間の定位はスタートを手前にし対象空間を前方にしたこと、認知距離の歪みの最も少ないグループは目標の位置関係や内壁の配置なども最も正しく描いたこと、初期の空間認知の歪みの持続が認知地図の歪みを発生する原因の一つであること、歩行経路が空間認知へ及ぼす影響として曲折が多く長い歩行経路の先にある目標への実距離が過大視されること、長時間の歩行によって距離を正確に認知できるようになるとは限らないことが解明された。 第4章「経路選択と空間認知の相互関係−美術館における実験的研究」では、実際の回遊空間として美術館の展示空間において歩行実験を行い、被験者にスケッチマップ描画、指定場所の位置の記入、天井の形状の描画を求め、経路選択と空間認知の相互関係の考察から移動と環境との関わりを解明した。経路選択については主体側による経路選択の類型特性を考察し、空間認知については3次元的な観点から、場所の定位、空間形状の認知、空間のとらえ方を検討している。 経路選択の特性としては、情報抽出により経路が選択されるという図式に基づいて、動線により被験者全員の経路選択類型が「凸空間型」、「壁伝い型」、「混合型」に分類され、それぞれの行動単位は「凸空間」、「連続的な壁」、「凸空間と連続的な壁」であること、経路選択に抽出し利用される情報として、空間位置、空間構造、空間表面、空間形態、空間要素があることが明らかにされた。 3次元的空間認知の特性としては、経路選択との相互関係の視点から、被験者が描画した天井形状を含むスケッチマップ・天井高の回答と実際とを比較し、歩行実験中の動線と合わせて検討して、場所の定位、床面形状・天井形状・天井高の認知(空間形状の認知)を考察した。 場所の方向的定位は歩行経路の長さ・曲折、経路選択の行動単位、環境の開放性、展示品の連続性などに影響されること、床面形状の認知は歩行経路、明るさ、順路方向に垂直な断面の形状、窓の有無に影響されること、天井形状の認知は、経路選択の類型、視線の連続に影響されること、天井高の認知は床面・天井の面積、選択移動中のシーン、経路選択の類型に影響されることが解明された。 経路選択と空間認知を総合的に考察すると、スケッチマップの描画順から認知地図の構造は、主に身体運動依存型と外周枠組依存型の2種があり、滞在時間が短く歩行周数が1周の場合認知地図の構造は身体運動依存型が多く、滞在時間が長いか往復による歩行周数が多い場合認知地図の構造は建物全体の構造を把握した外周枠組依存型が多くなることが解明された。認知地図の構造と天井高・形状の認知と合わせて、被験者全員の「認知空間」の構造を分類し、認知地図の構造、天井形状の認知、経路選択との関わりが検討された。 第5章「結論」では、経路選択・情報抽出・空間認知の関係をまとめた。 経路選択の要因としては、空間位置的要因、視線の連続性があること、経路選択に関わる要因は、環境側と主体側に分類することができ、同じ環境でも、それに対応する主体側による特性がいくつかあることが見出された。 空間認知の特性としては、歩行経路の長さ・曲折が場所への定位に与える影響があること、「認知空間」の単純化・対称化が見られること、認知地図における定位はスタートを下に、対象空間を前方に定位することが多いことが明らかにされた。 以上のように本論文では、回遊空間における経路選択および空間認知の特性と両者の相互関係が解明された。経路選択の要因、環境側だけでなく主体側の経路選択の特性、空間認知と経路選択との関係を探ることに成功した。特に、空間認知に関しては従来平面図だけの検討が多かったが、ここでは天井形態を含めた3次元的な空間認知の解明を試み、解明への手がかりを得た。またシミュレーション歩行実験、実際の空間での歩行実験、各種スケッチマップ描画等の調査方法の可能性についても確かめることができた。このような研究は、人々の日常生活行動を中心に考えた環境づくり、人々が豊かさを実感できる生活の質の向上につなげるためのものと位置づけられ、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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