学位論文要旨



No 116990
著者(漢字) 宋,斗三
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ドウサム
標題(和) 自然通風併用型放射冷房方式に関する研究 : 自然の環境調整能力と人間の熱的適応性を生かしたアダプティブ冷房システム
標題(洋)
報告番号 116990
報告番号 甲16990
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5131号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、環境負荷低減型の新たな室内環境調節システムの提案を目的とする。その原型となるシステムとして、自然の環境調整能力と人間の熱的適応性を生かしたアダプティブ冷房システムを提案し、その有効性を検討している。

 COP3において、日本は2008〜2010年にかけCO2ガスの総排出量を1990年に比べ6%削減を約束している。その削減目標の遂行に当たって、産業全般に渡りCO2ガスの排出の抑制を意図した技術開発が進められている。建築関連産業のCO2ガス排出量は国内総排出量の約3分の1(その中で空調エネルギーが占める割合は50%程度となる)を占めると推計され、COP3の削減目標を達成するためにも建築分野が果たすべき役割は非常に大きいと考えられる。

 このような背景からCOP3ではCO2ガス削減対策の一つとして、室内設定温度を夏季26℃から28℃への変更を推奨しているが、この数値目標には工学的根拠が何らないばかりか、現状の空調システムで単に空調設定温度を変更するだけでは、大きな温冷感ストレスが免れ得ない。高い労働生産性を確保するための温冷感ストレスの最小化は、多少のエネルギーコストが許容される民間の一般オフィスや商業ビルにおいては、これらの数値目標が直ちに実施可能とは考えられない。この対策を達成するためには現状の室内空調目標をより緩和し、冷暖房用エネルギーを相当量削減しても快適となるオフィスの新たな室内環境制御方式の開発が求められる。

 次に、自然通風などの自然エネルギーの利用とともに人が自ら行う熱的適応行動は現在の環境制御目標値の削減に大きく寄与すると思われる。本来、人体の温熱感覚は、日常的に屋外環境、季節などの様々な要因に影響を受けるため、室内環境制御の水準を自然通風などを行うことによりある程度屋外環境に対応させて緩和、変更しても、着衣量の変更をはじめとする自発的な熱的適応行動により、不快感を感ずることなくその環境に順応する特性がある。現状の空調制御はこのような人体の特性を全く考慮していないが、この特性を空調制御に考慮することにより、例えば、室温が多少高くても人の温冷感に不快感をもたらすことなく労働生産性を保ちつつ、省エネルギーにも大きく寄与することができると考えられる。

 従って、本研究で提案している自然通風併用型放射冷房システムは、このような人の熱的適応性を前提とし、外気環境が良好な時期には、通風により屋外環境を室内に導入して最大限、自然の力で室内の環境調整を行う。また、屋外が高温となり、通風により室内を冷却することが困難な場合でも、室内低部の居住域を余り乱すことなく、室内で発生する熱や汚染質を室内上部から効率よく室外に排出する。更に、居住域は放射冷房より効率的に(省エネルギー的に)局所冷房を行うものである。

 本論文では、これらの人の熱的適応性を実測により解明し、更にCFD解析により自然通風併用型放射冷房システムの有効性を確認することを目的としている。

 本論文は以下の9章により構成される。

 序章では、序論として新たな室内環境調節システムの開発の必要性と本論文の目的、構成などを述べた。

 第1章では、本研究の基礎となる流体数値シミュレーション手法に関して概説し、また、放射熱伝達の数値シミュレーション手法を紹介している。

 第2章では、第1章の流体と放射の両シミュレーション手法を本研究で適用するために必要となる連成シミュレーション手法を提示し、また、CFD解析より室内空気の拡散場と換気効率を解析する手法の解説を行っている。

 第3章では、現在の熱快適基準(ASHRAE Standard 55 1992, ISO Standard 7730 1994)である熱平衡と人の温熱環境変化に対する適応能力に着目したアダプティブモデルに関する概念を考察し、アダプティブモデルを制御論理として用いるアダプティブシステムの概念を示している。

 第4章では、第3章のアダプティブモデルの概念に基づき、空間移動に伴う人が体験する日常の温熱環境と適応行動を把握し、その構造を実測により解明している。

 第5章から8章まではPART2「自然の環境調整能力による室内温熱環境の調節」編として、本研究で提案している自然通風併用型放射冷房システムの概説とその有効性を検討した結果を示している。

 第5章では主に既往の自然換気システム及び自然換気と機械空調を併用したハイブリッド空調に関して考察し、本研究で提案した自然通風併用型放射冷房システムの概説、制御原理などを説明している。

 第6章では自然通風による換気特性及び冷房負荷削減効果の検討として、熱・換気回路網解析により縦穴ボイドを有するビルの換気特性及び冷房負荷削減効果などを検討している。

 第7章では、本研究で目指している自然通風併用型放射冷房システムの有効性をCFD解析により検討したもので、主に中間期に対して自然通風併用放射冷房システムが通常の空調方式や、自然通風と床吹出し空調を併用した冷房システムと比べ、どの程度快適かつ省エネルギーであるかを比較・検討した結果を示している。また、厳しい外気条件(夏、冬)下での適用可能性を検討している。

 第8章では、7章で検討した真夏(高温多湿時)の解析結果に基づき、自然通風併用型放射冷房システムを高温多湿気候に適用するために種々の検討(室形状の変化及び放射冷房パネルの設置位置(壁面、床面、天井面等)、高さ等を変更)を行っている。また、窓部に冷却パイプを付加し、室内上昇流及び外気の下降流に積極的に対応するとともに放射冷房パネルを組み合わせ、制御、システム面で多様な検討を行っている。更に、極暑気候(34℃、80%)下での自然通風併用型放射冷房システムの適用可能性を試している。

 第9章では、全体の総括を行うと共に、今後の課題について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「自然通風併用型放射冷房方式に関する研究−自然の環境調整能力と人間の熱的適応性を生かしたアダプティブ冷房システム」と題し、現状の室内環境調節目標をより緩和し、冷房用エネルギーを相当量削減しても快適となるオフィスの新たな室内環境制御方式の開発を最終目的とするものである。また、その原型となるシステムとして、自然の環境調整能力と人間の熱的適応性を生かした自然通風併用型放射冷房システムを提案し、その有効性について検討を行う。

 まず序章では、COP3でのCO2ガス削減対策を達成するための新たな室内環境調節システムの開発の必要性及びその原型となるシステムとして、自然通風併用型放射冷房システムの概念などを述べている。

 第1章では、本研究において設計ツールとなる数値流体力学のシミュレーション手法と放射熱伝達の数値シミュレーション手法を紹介している。

 第2章では、第1章の流体と放射の両シミュレーション手法を本研究で適用するために必要となる連成シミュレーション手法を提示し、また、CFD解析より室内空気の拡散場と換気効率を解析する手法の解説を行っている。

 第3章では、現在の熱快適基準である熱平衡モデルと人の温熱環境変化に対する適応能力に着目したアダプティブモデルに関する概念を考察し、アダプティブモデルを制御論理として用いるアダプティブシステムの概念を示している。

 第4章では、第3章のアダプティブモデルの概念に基づき、空間移動に伴う人が体験する日常の温熱環境と適応行動を把握し、その構造を実測により解明している。これらの結果より、人の熱的適応行動は室内環境調節目標を緩和するのに効果があり、これを室内環境制御論理として考慮すべきであることを述べている。

 第5章では主に既往の自然換気システム及び自然換気と機械空調を併用したハイブリッド空調に関して考察し、本研究で提案した自然通風併用型放射冷房システムの概説、制御原理などを説明している。

 第6章では熱・換気回路網解析に基づいて縦穴ボイドを有するビルの自然通風による換気特性及び冷房負荷削減効果を検討し、自然通風を行うことにより年間冷房負荷(顕熱)を約30%削減可能であることを示している。

 第7章では、本研究で目指している自然通風併用型放射冷房システムの有効性をCFD解析により検討したもので、主に中間期に対して自然通風併用放射冷房システムが通常の空調方式や、自然通風と床吹出し空調を併用した冷房システムと比べ、より快適かつ省エネルギーであることを示している。また、厳しい外気条件(夏、冬)下での適用可能性を検討した結果を示している。

 第8章では、7章で検討した真夏(高温多湿時)の解析結果に基づき、自然通風併用型放射冷房システムを高温多湿気候に適用するために種々の検討(室形状の変化及び放射冷房パネルの設置位置(壁面、床面、天井面)、高さを変更、通風流入開口直下への除湿兼空気冷却パイプの付加など)を行っている。まず天井高及び放射パネルを高くすることにより浮力効果が顕著となり、局所冷房がよく達成されることを確認している。また、室内上昇流により室上部の暖気と室下部の冷気が混合されることを明らかにし、その対策として通風流入開口直下への除湿兼空気冷却パイプを設置することにより、効率的に室内を冷房することが可能であることを示している。更に、本システムは極暑気候(34℃、80%)下においても十分適用可能である結果を得ている。

 以上を要約するに、本論文は省エネルギー冷房システムとして自然通風併用型放射冷房システムを提案し、その有効性(温熱環境改善効果、省エネルギー効果)を熱・換気回路網解析及びCFD解析手法によって検討を行っている。また、自然通風併用型冷房システムを高温多湿気候下へ適用するのに有効な知見を数多く提示している。このシステムは今後予想されるアジア地域の冷房普及の増加に伴うエネルギー・環境問題を改善するのに寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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