学位論文要旨



No 116991
著者(漢字) タイラ アロンソ ジン ハビエル
著者(英字)
著者(カナ) タイラ アロンソ ジン ハビエル
標題(和) 東京の[再]定義
標題(洋) [re] TOKYO
報告番号 116991
報告番号 甲16991
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5132号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

本論文「再」東京は、「再」定義の概念を東京に適用し、発展させたものである。

本論は大きく「再」定義と「再」東京の2部に分かれている。

「再」定義の部は、「再」導入・「再」理論・「再」目録の3章からなる。

「再」東京の部は、「再」東京データ・「再」東京目録の2章からなる。

A−「再」定義

 A.1−「再」導入

 この章では、1999年度の東京大学修士課程論文'「再」定義'において発表した、「再」定義の概念についての説明を行う。

 0−「再」定義 定義

 語義の探索。

 1−どこで

 「再」定義は世界のあらゆる場所で見られる現象である。

 2−いつ

 「再」定義は世界のあらゆる時代で見られる現象である。

 3−なぜ

 変化を誘発する原因は以下の6つの概念で説明される。

 定義:全てのものは自らをある実体として定義づけようとする傾向がある。

 時間:全てのものは時間的な持続性の中で枠取られ、かつあらゆる瞬間に変化している。

 切望:物事は何らかの差異や新しさが求められるだけで変化し得る。

 効率性:物事は技術的または経済的発展の結果、変化し得る。

 独自性:物事はある存在を識別した結果、変化し得る。

 適応:物事はおかれた環境に適応した結果、変化し得る。

 A.2−「再」理論

 本章では、変化の主体(「再」定義体)、変化の客体(被「再」定義体)、および「再」定義それ自体について述べる。

 0−操作

 主体が客体に与える変化、つまり「再」定義における基本的な操作手法の説明。

 1−誰が

 「再」定義体は、変化を生み出す主体である。変化の過程とその主体の関係性は、3つの段階に識別できる。

 概念:意識的あるいは無意識的な、変化を生み出そうとする主体の意図

 定義:どのような変化を生み出すか、主体の意図の計画

 具現化:主体の意図の実現

 2−何を

 被「再」定義体は変化する客体であり、それゆえ「再」定義の過程把握を目指す研究の主題となる。

 3−いかに

 「再」定義は、本論文の中心である。ある物体は、それ以前に存在していた物体の結果として理解できる。それらは全て時系列的に秩序付けられている。あらゆるものは、以前の状態に加えられた変化を足し合わせたものである。つまりあらゆる事象は、原初の状態にこれまでに作用した「再」定義の総和を加えた結果である。

 A.3−「再」目録

 本章では、「再」定義の過程を表現する道具として階層的な構造秩序を持つ目録について述べる。

 0−「再」定義 目録

 ここでは歴史上の例をいくつか取り上げ、物事の変化を理解するメカニズムとしての目録の仕組みについて、説明する。それぞれに異なる目的と戦略のもとに、各目録はデータ収集の概念を発展させている。

 類推分類:機能上の性格が類似しているものを収集:Durand (1801)

 進化論者:進化論に基づいて体系化されたものを収集:Pitt Rivers (1874)

 装飾:進化の樹に基づく建築様式を収集:Fletcher (1896)

 プロダクトデザイン:デザイン製品を年代順に収集:Loewy (1934)

 徹底収集:与えられた主題におけるあらゆる進化の道筋を収集:Jenks (1990)

 市場:大量市場生産品およびその分岐市場を収集:SONY (2001)

 1−構造

 新たな目録の構築には、主題となる対象を秩序立てるメカニズムを見つける必要がある。本論は、3千年前に記された儒学思想の古典である八卦(もしくは変化の書)に編まれた中国哲学から数霊術的な教示を得ている。儒学思想と中国の地勢占いは江戸−東京の都市計画に影響を与えたものであり、その変化のありように秩序を与える道具として利用できる。

 1:中国哲学において、あるひとつの存在(道)になる零がある

 2:陰陽は零から道を生みだす相反する作用力である

 4/8:Fu Xl (3322 B.C.)が、HE-TUの伝説に基づき八象を示した。八象の8つの図像は本論における8つの属性に対応している:

 乾(創)・坤(受)・坎(消)・離(啓)・艮(静)・兌(嬉)・巽(能)・震(動)

 これらの属性は、2つの相反する概念を組み合わせた4つの主題に「再」解釈・還元される。

 「再」物質化:創と消

 「再」配置:動と静

 「再」作用:能と受

 「再」意味:啓と嬉

 動詞と属性:全ての変化は、動詞と属性からなる形態に定義・還元され得る。

 2−現象

 いかにして対象物が(動詞と属性からなる)言葉に還元されるか、性格の異なる3つの対象を例に挙げて分析する:コカコーラ、BMW車、バチカンのサン・ピエトロ寺院

 3−目録

 「再」定義に関する本論文の意図は、物ではなく概念の収集に基づいた目録の構築にある。どのように物事は変容し、またこの先どう変化し得るかを理解するために、変化のメカニズムとしての動詞と属性を収集・整理する。八卦の考え方に基づいて構築された目録がどういったものになるか、図像編を例として示した。

B−「再」東京

 B.1−「再」東京 データ

 本章は東京に関する32の主題からなる。最初と最後の項目では、都内の一地域についてより具体的に扱っている。取りあげた主題は年代順の資料と共に'データカード'に収められている。「再」定義の要旨・説明文・周辺地図・写真・図表そして「再」定義単位−東京の変化の目録を構成する動詞と属性を黒い矩形内に編集したもの−が、各主題に収録されている。

 0−起源

 江戸−東京に入る前に、東京と八卦及び中国の智を結びつける概念について触れる必要がある。

 儒学思想・仏教と神道の関係;日本における長さと面積の測量単位の起源;日本の都市計画の起源;江戸を据えた場所の起源;本研究の時間的枠組みと、論文で用いている基礎的な語彙

 1−土地

 江戸の領域における土壌の変化;江戸城を囲う運河網の形態;河川の変化;東京湾の埋め立て事業

 2−道路

 日本橋を基点とする幹線道路の建設;武士・僧侶・家臣・町人の身分別土地区画;関東大震災と第2次大戦後の土地の「再」適応;東京オリンピックに備えた高速道路網の整備;環状・同心状道路網の発展と周辺地域との連結性の向上

 3−住居

 将軍の城から庶民の倹しい住宅まで同一の畳寸法の適用;明治維新に始まる西洋風の生活様式と類型の導入;新しい間取り・設備・素材を導入した同潤会の住宅実験;戦後の建設ブームと法規制の必要性;類型の画一化とプレファブリケーションシステム;高層分譲マンション等の新たな多様性の現れ

 4−消去

 江戸の花(火事)・暴動・洪水・疫病・津波・戦などの頻繁な都市災害について

 5−娯楽

 都市の歓楽街の局地化;吉原遊郭が公認の歓楽地区として初めて人形町に設立され、明暦の大火(1657年)後に郊外へ「再」移動;遊郭はやがて文化の中心地ともなり、1957年の売春禁止法成立後、姿を消す

 6−歌舞伎

 1624年に新しい娯楽の見世物として歌舞伎を導入;歌舞伎劇場の「再」配置;舞台の発展と劇場の類型変化;一座の消滅と劇場の観光名所化

 7−インフラ

 都市設立以来の水道システムによる給水;分水道の整備;ダムと貯水池の建設;近年の下水道および設備プラントの発展

 8−防火

 頻繁な江戸の火事に備えた、防火壁と避難経路の設置;関東大震災後、幅員の広い道路と広場が付随した橋を建設;米軍の空襲を防ぐための取り壊し;都市部の緊急避難場所の確立

 9−デパート

 江戸時代、日本橋周辺に百貨店が支店を建設;百貨店における洋風販売方式の変遷;幅広い品揃えや建物の設備革新・娯楽サービスをめぐる店舗間の競争;副都心部への支店の拡がり;異なる販売戦略による新たな店舗の導入

 10−人口

 設立から1200万人の居住人口を有する大都市になるまでの東京エリアの人口の変遷;日中・夜間における人口現象と、打開策が見えない人口問題の現状

 11−大使館

 都市南部の郊外の寺院に、初めて外国公使館を設置;築地の外国人居留地に公使館を包含;皇居周辺に大使館を「再」配置;関東大震災後の南西部への拡がり;土地不足による、複数大使館の建物の共有利用

 12−行政庁

 江戸の行政府の局地化;西洋を手本とした行政庁の導入;丸の内への配置と敷地移動と、複合行政施設;新宿副都心への最終的な「再」配置と、空地に東京国際フォーラム建設

 13−市場

 日本橋に魚市場を設立、後に築地へ「再」配置;戦後の闇市の拡がりと消滅;現在都内各所で見られる、自然発生的なフリーマーケット

 14−交通

 初めての一般的な交通手段である力車の考案;都市内の各地域を結ぶ馬車の導入と、それに代わる路面電車の出現および消滅;都市内部の電車と地下鉄システムの確立

 15−公園

 明治維新以降、公園として寺院の敷地が変化;西洋風公園づくり;重点的な'都市のグリーンベルト'計画;東京の緑化システム導入

 16−工場

 産業革命による工場の東京出現;工場の「再」配置;汚染問題;工業地帯が工場を包含

 17−様式

 桃山様式から江戸様式への変容;凝洋風の日本式解釈;J. Conderによる近代的洋風建築の導入;A. RaymondとLe Corbusierの日本人の弟子達によるモダニズム運動;丹下健三とメタボリズム;ポストモダニズムと現在の潮流

 18−スラム

 'もうひとつの都市'の配置;スラムクリアランス計画;駅・公園等の制御不可能な場所で依然と生き残るスラム

 19−計画

 江戸の町の建設から、明治維新に始まる西洋の都市パターンの導入を経て、現在の都市部の将来的な戦略を考慮した計画制御法の採用まで、東京の都市計画の見直し

 20−境界

 目的によって境界が異なり境界の定義が曖昧な江戸の町;明治維新からの地理的境界の導入;多摩地域と小笠原諸島が都の管轄下に入る;領域分割の変化;領域の位置づけの変遷

 21−郊外

 関東大震災後の郊外の発展;西洋型の郊外のコンセプト導入;都市中心部と繋がったニュータウンの建設

 22−空港

 空軍施設の導入;羽田に「再」配置され、民間施設に変換;他施設の発展と建設;戦後の連合軍による占領;50年代における飛行場の部分的移動;成田新国際空港の建設;飛行場施設の発展計画

 23−軍隊

 都市の領域の68%を占める武家町;幕府−大名の形態から、皇居周辺の西洋型軍隊設備へ;第二次大戦後の軍用地没収と自衛隊への変換;近年の自衛隊施設の郊外への「再」配置

 24−中心

 右回りの螺旋状の堀に囲われた、行政の中心としての江戸城の「再」建設;宗教的中心である仏教寺院、交流の中心である日本橋、歓楽の中心である吉原遊郭の確立;西洋式の中心地が銀座に誕生;赤坂離宮による皇居の一時的な非中心化;副都心の成長;多核的構造を持つ都市の確立

 25−教育

 江戸時代における、大名屋敷街内に存在した中心となる教育施設と庶民の私塾;明治維新による、私立および公立の小・中・高校と大学キャンパスの建設を含んだ西洋の教育システムの導入;土地不足による教育施設の郊外への「再」配置;筑波大学の設立(東京北部)

 26−相撲

 神社および路上での見世物相撲;初めての常設施設を両国に建設;連合軍が施設を運動競技施設とするよう要請;1954年に隅田川の対岸に常設の相撲競技場を建設;1984年に新たな競技場を先の敷地に建設

 27−行商

 不十分な住宅インフラに代わり、行商人と露店が出現;行商人の消滅と自動販売機の出現、および露天の屋台への発展

 28−刑務所

 社会身分構造に基づいて組織立てられた都市部の刑務所の確立;強制労働刑務所と非強制労働刑務所のシステム導入;刑務所を「再」配置し、罪人を郊外に移す

 29−橋

 木造の橋と都市の運河網を横断する門橋の建設;革新技術の導入;高速道路と東京湾を横切るトンネル橋の混在

 30−図書館

 大名屋敷町の書庫の合併;東京で初めての公立図書館を1872年に建設、後に上野公園へ「再」配置;アメリカをモデルとした国立図書館と中央図書館の建設;地域図書館と教育施設の図書館システムの確立

 31−風呂

 庶民の住居における風呂場の不在による公衆浴場の出現

 32−地標

 地理学的な地標として都市を囲う山々;都市内部における江戸城と寺院の建設;エレベーターを有する初めての摩天楼としての12階建て建物;1963年の高さ規制廃止による高層地域の出現;都心および副都心において高層ビルが地標となる

 33−寺院

 江戸の宗教施設の分布;東京における最古の寺院である浅草寺の発展について

 B.2−「再」東京 目録

 本最終章では、本論文の主たる目的の要約と、東京の分析から抽出されたデータをもとに組織立てた目録について述べる。

 0−「再」東京 八卦

 中国のHE-TU・LUO-SHUと、東京の都市計画の繋がりについてのまとめ。八卦(あるいは変化の書)を大都市の分析に応用して、「再」定義したものとしての「再」東京の理解。

 1−「再」東京 データ

 東京の分析から得られた「再」定義データカードをどのように扱って、東京の変化の目録を構築するための正確なデータを得るかについての説明。

 2−「再」東京 目録

 得られたデータの動詞と属性という形態への編集と組織立て。

 3−「再」東京 目録 用途

 分析・デザイン理論・製品のデザイン戦略および東京の都市計画の分野でいかに目録が活用され得るかについて、目録の利用用途の提案。

 4−「再」結び

 データ・時間および場所の制限についての考慮。本研究は、都市の建設と変化なるものを理解するための普遍的な概念に向かう幅広い精察となり得る。「再」の本質を知る者が、おそらくこの先の変化を知る者である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は都市・建築空間の変遷を[re] DEFINITION(再定義)という概念を用いて、記述、分析する方法論について論じたものである。あらゆる都市・建築空間は、時代と共に変化してゆくが、そこに働く為政者、計画者、使用者等の意図を、空間を変遷させる力と変化する様相の観点から見た場合に、それらは一連の動詞(verb)と属性(attribute)に還元できる。それらをリストアップし、類型化することにより、カタログ化することができるが、このカタログを用いることにより空間的な変遷を説明、あるいは予想することが可能になる。本論文は、[re] DEFINITIONの概念を明確にし、この概念の基に江戸から東京への変遷を分析することにより、その方法論的な可能性を検討すると共に、その有効性を検証することを目的とする。

 論文は[re] DEFINITIONを扱ったメインの部分と、その応用である[re] TOKYOのふたつの部分から成る。前者は、[re] INTRO、[re] THEORY、[re] CATALOGの3章から成り、後者は[re] TOKYO DATAと[re] TOKYO CATALOGの2章から成る。

 先ず、前半部分の概要を解説する。[re] INTROでは、[re] DEFINITIONの概念はあらゆる時空間に現れるが、その変化の源を定義、時間、希求、効率、実存、適応6つの概念により説明している。

 [re] THEORYでは、変化を起こすもの、変化するもの、変化の再定義そのものについて考察している。現存するものは、それ以前に存在していたものが変化したものとして認識されるが、ここでは誰が、何を、いかに変化させたかという観点が基本となる。

 [re] CATALOGでは基本的な再定義の過程を、階層化したカタログとして表現している。カタログ化するためには、ものを組織化するメカニズムとなる構造が必要であるが、ここでは中国の易教からインスピレーションを得ている。その理由は、江戸の形成に際して、儒教と風水が大きな影響を与えたことによる。そして陰陽道に基づく八卦に対する考察を行い、あらゆる変遷は動詞と属性の形に還元され得ることを見い出している。

 次に、後半部分についてであるが、[re] TOKYO DATAでは、江戸から東京への変遷過程における様々な特性を34のテーマのもとに分析している。これらのテーマは年代順にデータカードとして表現されている。記述してあるのは、再定義の要旨、周辺地図、写真、図表等で、そこには東京のカタログに記載されるべき動詞と属性が明示されている。テーマとして選ばれたのは以下の事象である。起源、土地、道路、居住、削除、歓楽、歌舞伎、インフラ、火災、デパート、人口、大使館、官庁、市場、交通、公園、工場、様式、スラム、計画、境界、郊外、空港、軍隊、中心、教育、相撲、行商、刑務所、橋梁、図書館、浴場、ランドマーク、寺院。これらの内で、特に最後の寺院の項では、浅草の寺院についての詳細な変遷過程が述べられている。

 [re] TOKYO CATALOGでは、先の分析で得られた動詞と属性に対して、八卦の分類手法を援用して、江戸から東京への変化の有様をカタログ化し、それを一覧表として提示している。このカタログの意義として、単なる分析だけではなく、デザイン理論や都市計画の手法としても用いられることが挙げられ、普遍的な都市論へと展開してゆくことが可能なものと結論づけている。

 以上要するに、本論文は空間の変遷の様相を[re]+動詞およびその属性の集積として捉え、その系譜を分析することにより、変化の過程が説明できるという主張で極めてユニークな空間論になっている。この手法の有効性を検証するために、江戸から東京への様々なテーマに対して適用しているが、その結果から判断して、ものごとの変遷を統一的に語る文法のひとつが成立したものと判断される。この手法を用いることにより、従来はその時代、場所に固有の概念で説明されていた空間的な変容が、統合的な文脈の基に語りうることが示されたといえる。これは都市・建築の計画学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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