学位論文要旨



No 116995
著者(漢字) 野澤(藤本),千絵
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ(フジモト),チエ
標題(和) 阪神・淡路大震災復興過程における住宅再建支援施策の効果と居住環境整備上の課題
標題(洋)
報告番号 116995
報告番号 甲16995
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5136号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、敷地の狭小性や接道条件の不良性等によって、現行の建築基準法等の元では、個別再建が困難、あるいは、従前よりも建築面積や延べ床面積等が減少し、各世帯が最低限必要とする居住スペースの確保が困難である等の問題を抱えた敷地(以下、建替困難敷地)における再建が危惧された。建替困難敷地に対する住宅再建支援施策の役割としては、「建替困難性の軽減」による住宅再建や住宅供給のスピードやその量が望まれる一方で、再建支援を通じた細街路空間の改善やオープンスペース創出、建物不燃化の促進、街並み形成などの「居住環境の質の向上」を誘導するという観点も重要である。既往研究では、建替困難敷地における建替に対して常に問題視されていたが、その実態や建替支援施策の効果を実証的な観点から明らかにされていない。震災復興では、早期の市街地復興と生活再建の促進のために、建替困難敷地に対し、様々な住宅再建支援施策が展開され、短期間に多数の住宅再建活動が行われたため、住宅再建支援施策の効果やその居住環境整備上の課題を明快に把握することが可能である。これは、近未来に予期せざるを得ない大震災からの復興における住宅再建支援施策の充実を図るだけでなく、密集市街地の早急な建替の促進を図ることにも共通する普遍的な課題である。

 そこで、本研究では、神戸市における灰色・白地地域を対象に、主として建替困難敷地に再建に着目し、(1)震災復興における住宅再建支援施策の展開上の特徴と課題を把握し、(2)建替困難敷地において支援を利用した住宅再建の実態から、各種再建支援による「建替困難性の軽減」「新規住宅供給」「居住環境の質の向上」に対する効果と限界を明らかにし、住宅再建支援施策を通じた居住環境整備上の課題を考察することを目的とする。

 論文は9章で構成されている。序章では研究の目的と構成、1章では震災復興における市街地整備の枠組み、2章では住宅再建の動向を整理し、3章では神戸市の住宅再建支援施策の概要とその展開の特徴を明らかにすると共に、住宅再建支援施策の効果に関する具体的な評価の枠組みを整理した。4章〜7章では、建替困難敷地における住宅再建支援施策別に、住宅再建の実態調査と再建支援施策の効果を分析し、結章では、震災復興における住宅再建支援施策の効果とその居住環境整備上の課題を考察した。

 第1章では、震災復興における市街地整備の枠組みの特徴を整理し、本論文で着目する灰色・白地地域における民間の住宅再建に対する支援施策が、市街地復興上重要な役割があることを導き出した。

 第2章では、震災復興における住宅再建の動向を整理した。住宅再建活動のピーク期は震災後2年間であること、2年間の復旧率は、灰色地域81%、白地地域では既に100%を超えているが、長田区等の一部地域では、復旧率が依然低く、住宅再建の進捗状況に地域格差が拡大していた。更に、接道不良敷地の再建実態調査として、芦屋市の白地地域(10街区)を対象に、再建に伴う2項セットバックの実効性に関する実態調査を行い、門塀等の工作物が設置された不完全セットバック44%、非セットバック4%と、震災復興過程でも2項セットバックの実効性が上がっていないことを明らかにした。

 第3章では、神戸市の民間住宅の再建支援施策の創設経緯と概要等を、建替困難敷地における再建時の利用可能性の側面から整理した。建替困難敷地に対しては、震災直後、共同化・協調化に対する支援が重点的に展開されたが、震災から2年後以降には、「機動的な施策への転換」「居住環境の向上と連携した住宅再建支援の充実」が行われたこと、しかしこれら後発の支援施策は、利用実績も低く、施策展開の時期と住宅再建ピーク期との時間的なずれが生じたこと等を述べた。更に、灰色・白地地域では、黒地地域に比べ、地区計画策定がほとんど進まなかったこと、震災後の地区計画策定地区は、震災前から既に積極的なまちづくり活動が行われていた限られた地区であったことを述べた。以上をふまえ、住宅再建支援施策の効果に関して評価すべき枠組みとして、「建替困難性の軽減」については、再建資金の軽減と建築面積・居住床面積・建物間口の増加、「新規住宅供給」については、新規住宅戸数・低廉な賃貸住宅の増加、「居住環境の質の向上」については、建物の不燃化促進、細街路空間の改善、敷地内オープンスペースの創出、街並み形成、日照・圧迫感に着目して、再建実態、及び各住宅再建支援施策の支援内容・要件を分析すること等を述べた。

 第4章では、無接道敷地における住宅再建に併せて通路を位置指定道路に指定する場合や2項道セットバックを行う場合に、その整備費等の助成を行う住宅再建型道路整備助成を受けた全事例27件を対象に、その再建実態と支援施策の効果を分析した。その結果、「建替困難性の軽減」については、再建に際し擁壁復旧工事が必要な場合以外の建替困難性の軽減効果がないこと、「居住環境の質の向上」の誘導については、確実な2項セットバックを誘導しうるものの、利用実績が少なく、位置指定道路新設の場合も、元々通路幅員4m前後ある場合の利用のみであり、細街路空間の改善の誘導効果としては限定的であったこと等を明らかにした。

 第5章では、協調化による再建実態とその支援施策の効果を、助成を受けた全事例6地区(黒地地域含む)を対象に分析した。その結果、「建替困難性の軽減」については、協調化助成利用敷地は、全て狭小な間口を持つ狭小敷地であったが、利用実績も少なく、設計費の助成、建物間口の増加以外に明確な効果がないこと、「居住環境の質の向上」の誘導に関しては、協調化に参加した敷地を同じ設計者が同時期に設計しているため、建物高さや壁面の位置が協調されることによる街並み形成の誘導効果があった。

 第6章では、共同化による再建実態とその支援施策の効果を、H11年6月末時点で竣工済みの全47地区を対象に分析した。その結果、「建替困難性の軽減」については、助成と保留床創出による再建資金の軽減に寄与し、希望の間取り・フラットな合理的居住空間の確保を可能とした。「新規住宅供給」については、共同化により約700戸の新規住宅供給や約400戸の公的賃貸住宅供給効果があった。「居住環境の質の向上」の誘導については、建物不燃化の促進が図られたが、共同化による高層化・高容積化により、副作用として、街並み形成や周辺の日照変化・圧迫感の軽減を誘導する効果は低かった。また、共同化に伴う公開性・共用性のある空地としてのオープンスペースの創出に関しては、共同化により廃道した街区内のネットワーク状細街路部分の面積から減少している事例もあるなど、その効果は限定的であった。一方で、震災復興では、保留床を生み出さず自己用の住宅再建のためにの小規模な共同化も実現した。これら小規模な共同化は、新規住宅供給やオープンスペース創出効果は少ないが、建物不燃化の促進が図れ、建物高さや周辺の日照等に大きな変化を与えずに、建替困難敷地における再建を可能としていた。

 第7章では、街並み誘導型地区計画・インナー長屋改善制度による建ぺい率・道路斜線・容積率の緩和が適用された野田北部地区における建替事例47件(地区計画策定後4年間)を対象に、建築規制緩和の利用実態、地区計画の適用効果を分析した。その結果、「建替困難性の軽減」に関しては、元々建ぺい率90%程度の戦前長屋等が密集した地区であるため、建ぺい率・道路斜線の緩和は、現行法の元での継続居住のために再建する際の建築面積・居住床面積の極端な減少の緩和に寄与していた。しかし、2方向が2項道路に面した狭小な角地では、建ぺい率の更なる緩和はないため、地区整備計画に基づく道路境界線から50cm後退の規制により、建築面積の確保が困難となる等の問題を指摘した。「居住環境の質の向上」の誘導に関しては、建築規制緩和の適用要件による建物の不燃化促進や地区整備計画による街並み形成の誘導効果があるが、地区整備計画で定められた道路境界線から50cm後退部分の工作物の設置制限については、建築規制緩和を利用した建替の半数弱で、塀等の工作物設置や建物自体のせり出しがあるという実態であり、地区計画に基づく規制による細街路空間の改善や敷地内オープンスペース創出の実効性の問題を指摘した。

 結章では、住宅再建支援施策の効果と限界をまとめ、居住環境整備上の課題を論じ、本論文の結論とした。震災復興における住宅再建支援施策は、全体で900敷地に利用され、その68%が狭小敷地(50m2未満)、62%が接道不良敷地であることから、建替困難敷地の再建に貢献したこと、特に全支援利用敷地の93%が共同化に対する支援利用であることから、共同化が建替困難敷地の再建支援として有効であったこと等を明らかにした。しかし、支援施策を利用して再建した無接道敷地は、被災した全無接道敷地の約1割、未再建敷地は約半数を占めているという試算結果から、灰色・白地地域における被災した建替困難敷地全体からみた場合、震災復興における住宅再建支援の効果は、特に被災した無接道敷地に関し、限定的であり、更なる「建替困難性の軽減」が必要性等を指摘した。居住環境整備上の課題として、(1)小規模型・居住環境改善型の共同化に対する支援の拡充、(2)簡易的・機動的な地区計画制度の展開、(3)地域特性に応じた目指すべき住環境水準の設定手法の確立を指摘した。最後に、本研究で得られた知見から、震災復興における住宅再建支援施策には、建替困難敷地において再建を行おうとする側から見た、再建手段・支援の「選択肢の拡大」を視点とする必要性等を示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の復興過程における、各種住宅再建支援施策の実態を詳細に分析し、その住宅再建支援上および居住環境整備上の効果を評価し、各種制度の得失を検討し、今後の事前防災整備や復興支援施策のあり方に新規・有用な知見を明らかにしたものである。

 本論文では、まず、第1章で当該震災復興における市街地整備および本論文の研究対象地域である灰色・白地地域における民間の住宅再建に対する支援施策の枠組みの特徴を整理し、第2章で震災復興における住宅再建の実態を分析し、住宅再建活動のピーク期は震災後2年間であること、2年間の復旧率は、灰色地域で81%、白地地域で100%を超えている一方、長田区等の一部地域では、復旧率が依然低く、住宅再建の進捗状況に地域格差が大きいこと等を明らかにし、第3章では、神戸市の民間住宅の再建支援施策の創設経緯と概要等を、建替困難敷地における再建時の利用可能性の側面から整理した上で、「建替困難性の軽減」については再建資金の軽減と建築面積・居住床面積・建物間口の増加、「新規住宅供給」については新規住宅戸数・低廉な賃貸住宅の増加、「居住環境の質の向上」については建物の不燃化促進、細街路空間の改善、敷地内オープンスペースの創出、街並み形成、日照・圧迫感を分析評価の視点として抽出し、本論文全体を通じた住宅再建支援施策の評価枠組みとすることを提示している。

 第4章では、位置指定道路新設や2項道路後退を行う場合に、その整備費等の助成を行う「住宅再建型道路整備助成」を取り上げ、全事例調査を踏まえ、細街路空間の改善の誘導効果としては限定的であったこと等を明らかにし、第5章では協調化支援施策を取り上げ、全数調査を踏まえ、事例は少ないものの一定の街並み形成の誘導効果があったことを明らかにし、第6章では、共同化支援施策を取り上げ、全数調査を踏まえ、「建替困難性の軽減」「新規住宅供給」の面では有効であった反面、「居住環境の質の向上」については、建物不燃化促進効果はあったものの高層化・高容積化による居住環境上の問題の派生も見られ、細街路網や公共的オープンスペースの面でも効果は限定的であることを明らかにしている。第7章では、街並み誘導型地区計画を取り上げ、計画地区内の建替全数調査、アンケート調査を踏まえ、「建替困難性の軽減」に関し居住継続のために一定の効果があったこと、「居住環境の質の向上」に関しては地区計画規制の実効性に問題があることを明らかにしている。

 以上の分析を踏まえ、結章では、震災復興における住宅再建支援施策は、建替困難敷地の再建に貢献したこと、特に共同化が建替困難敷地の再建支援として有効であったこと、一方、支援施策を利用した無接道敷地は被災無接道敷地の約1割に過ぎず、約半数は未再建敷地であることを推計した上で、灰色・白地地域における被災した建替困難敷地全体にとっての再建支援施策の効果は、特に被災無接道敷地に関し限定的であったこと、更なる「建替困難性の軽減」施策が必要であること等を指摘している。また、居住環境整備上の課題としては、(1)小規模型・居住環境改善型の共同化に対する支援の拡充、(2)簡易的・機動的な地区計画制度の展開、(3)地域特性に応じた目指すべき住環境水準の設定手法の確立を指摘している。さらに、本研究で得られた知見から、震災復興における住宅再建支援施策には、建替困難敷地において再建を行おうとする側から見た、再建手段・支援の「選択肢の拡大」をの必要性を指摘している。

 以上、本論文は、阪神・淡路大震災の復興過程における住宅再建支援施策について、膨大なデータの分析を踏まえ、きわめて実証的に、その効果と限界、副作用を明らかにし、今後の居住環境整備促進施策、事前防災性向上施策、復興支援施策のシステムの構築に、新規・有用な知見を提供し、わが国の都市計画研究に大いに貢献するものであるといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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