学位論文要旨



No 117001
著者(漢字) サソノ,ジョコ
著者(英字) Sasono,Djoko
著者(カナ) サソノ,ジョコ
標題(和) ジャカルタ都市圏における自動車指向型開発抑制のための住宅開発政策の評価
標題(洋) Evaluation on Housing Development Policies for Reducing Car-Oriented Developments in Jakarta Metropolitan Area
報告番号 117001
報告番号 甲17001
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5142号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 急激な都市化がジャカルタ都市圏(JMA)において重大な都市問題となっている。避けることが出来ない人口増加圧力の結果、住宅需要の増大につながっている。都市開発は、郊外部(ジャカルタ縁辺部)に幅広く拡大しており、その新規開発地域の主要な土地利用は住居である。明らかに不十分な交通システムの元でのスプロール開発が進展し、深刻な自動車依存型の社会の形成を促進していると同時に、公共交通しか利用できない人に移動困難性の問題を引き起こしている。他方、交通混雑や大気汚染といった深刻な交通・環境問題を引き起こされている。

 これらの状況を生じさせている、いくつかの理由が存在する。その一つは、計画要件を扱う計画政策フレーム新規開発規制システムである。

 いくつかの弱点があることが指摘される。適切な手法で実行されていないというだけでなく、現行の計画要件と規制システムでは、急速な新規開発に対応できないのである。いずれも、アクセシビリティを確保する手段として公共交通サービスを欠いている。このことは、自動車指向型開発削減に向けて、新規住宅開発に向けた追加的な計画要件としての公共交通サービスの供給を通じて、計画要件と計画規制システムに関する新規開発評価について考察することが必要であることを示している。

 これらの背景から、本研究では以下の研究を行うことを目的としている:(1)現在の住宅開発政策をレビューし、自動車指向開発を減らすためのアクセシビリティの確保を目指した新規住宅開発の計画要件に関わる計画フレームを調査すること。(2)分析ツールとしての行動モデルを用いて、通勤トリップの交通手段選択において新規住宅の居住者を吸引する行動要因を特定すること。(3)自動車利用の削減を目指すために、新規住宅開発の追加的計画要件としての公共交通サービスの供給を含めた実現可能性を求めるシナリオを通した政策評価に本研究で開発したモデルを適用すると共に、これをアクセシビリティ供給の際に開発者が貢献できる計画要件として位置付けること。

 最初の研究目的に関して、計画要件と規制システムを精査することによって、自動車指向型開発削減のためには、公共交通サービス供給により現行の物理的要件が実行される必要があることがわかった。他方、規制システムと開発過程からは、マクロレベル及びプロジェクトレベルにおいて現行の計画プロセスと規制システムを達成する必要がある。それゆえ、計画要件の中に公共交通サービス供給を含み、計画プロセスと規制過程とを達成することが、考慮されるべき望ましいやり方である。

 第2の目的に対して、この研究では最近の計画フレームを概観した。そのうえで、BOTABEKの74の新規住宅開発地域を対象として455世帯の世帯調査を行った。その調査を基に交通行動モデルを構築し、シナリオ分析を通じて、政策評価を行った。

 この研究において交通手段選択分析は世帯主の通勤トリップのみに焦点を当てている。293のサンプルのみがモデル作成の必要条件を満たしている。この分析では自動車、自動二輪車、公共交通の交通手段選択ロジットモデルを構築した。手段分担の選択実績割合は、自動車(47.8%)、自動二輪車(39.6%)、公共交通機関(12.6%)である。

 モデルの推計結果は、すべて統計的に有意であり、t値、尤度比ともに良好な値を示した。このモデルでは、車内乗車時間IVTと車外時間OVTと交通費用が3つの主要な政策変数である。

 モデル推定の結果、乗車時間2.44分と乗車外時間1分が等しいという、トレードオフがあることがわかった。また乗車時間価値は182ルピア/分或いは10,894ルピア/時間(1.36[US$/時間]、2000年7月現在、1米$=8000ルピアとして換算)、乗車外時間は442ルピア/分或いは26,548ルピア/時間(3.32[US$/時間])であるということも算出された。これらの値は、他の手法や既存研究の結果で示された範囲に含まれる。

 さらに公共交通機関の平均乗車時間は自動車や自動二輪車に比べて同一距離の移動ではまだかなり長いことから、公共交通機関の乗車時間を自動車や自動二輪車の乗車時間と同レベルにするため公共交通機関の乗車時間削減を検討すべきである。モデルでは機関分担率が自動車45.87%、自動二輪車35.62%、公共交通機関18.51%であると示され、現在の状況がすでに非常に強い自動車志向の開発であることが確認された。

 シナリオ分析では、地方政府、開発者、公共交通事業者、公共交通利用者、公共交通非利用住民の5つの関係主体と、以下のシナリオを設定する。S1:基準としての"Do-nothing"シナリオ、S2:公共交通サービスの供給("公共交通戦略I")、S3:自動車利用の抑制、公共交通の優先、駐車場の供給といった政策による公共交通サービスの供給("公共交通戦略II")。シナリオ2,3については、それぞれ楽観的状況SO2、SO3、悲観的状況SP2、SP3の2種類の設定をした。

 第3の目的に対して、シナリオ評価によると、まず、S2、S3の各状況で自動車の分担率が大きく減少した。次に、費用有効度分析、費用便益分析、感度分析の3種類の分析を行った。費用有効度分析からは、全てのシナリオが混雑レベルを大きく減少させる有効な政策であることがわかった。評価の結果、シナリオの中により多くの要素を盛り込むほど混雑または大気汚染の減少効果が大きいことが示された。バスタイプの3つの代替案からは、レギュラーバスがその他の2つのタイプと比較して、全ての局面においてパフォーマンスが高いことがわかった。楽天的シナリオは悲観的シナリオよりもよい状況を与える。

 大気環境にかんしては、トン数あるいは汚染費用で減少が見られたが、その割合は交通混雑水準を低下させたときよりも小さい。自動車利用の代わりに公共交通利用を促進するような試みは汚染と費用を大きく削減するということが、シナリオによって示された。少なくとも、そのような試みをすることで、交通混雑による影響を削減できる可能性があると言える。利用可能な3つの代替手段については、中型、小型のバスよりも、レギュラーバスが良いパフォーマンスを示している。他には、楽観的な状況が悲観的な状況よりも良い状態になる。

 全てのシナリオのバス運営指標が、経済活動としての潜在機会を提供していることを示している。シナリオの要素をより多く含めることがバスの運営によりよいインパクトを与える。楽観シナリオの結果は、悲観的シナリオの結果よりもよりよいインパクトを与える。加えて、レギュラーバスであることは中型あるいは小型バスと比べてバス運営の経済的指標にとってよりよい条件となっている。サービスの利用可能性指標によると、各シナリオの結果において、チマンギスCimanggisとベベランBabelanでは必要となる台数に大きな相違は見られない。シナリオの要素が増えるにしたがって、必要となるバスの台数で表されるような利用可能性の水準は増加するだろう。楽観的な状況では悲観的な状況よりも利用可能性の水準は高くなる。通常タイプのバスであることは他の2タイプよりもより広範なサービスの利用可能性を提供する。居住者の目的規準によると、いくつかの戦略と2地点でのケーススタディーによる2つの状況(楽観的と悲観的)といったシナリオ全てが状況の改善に対し正の影響を示している。またこの分析によってシナリオの要素が多い方がより大きな効果が得られるという知見も得られた。

 シナリオ2と3の費用便益分析では、混雑費用と汚染費用の削減が可能であることが示された。感度分析を通じて、一般的に、各シナリオ同士で同様のパターンが示された。但し、シナリオの影響によるパフォーマンス直線の傾斜又は勾配が異なっている。SO3は最も急勾配を示しており、SP3、SO2、SP2、S1の順で続いている。需要と低下率の変化に関しては、需要に関しては正の傾きを、低下率については負の傾きをもつ直線となった。需要と低下率の変化に応じたバスタイプ間の効果を見てみると、ベベランとチマンギスに対しては、ミニバスは全てのシナリオに対して最も急勾配な直線を示しており、続いて中型バス、レギュラーバスの順となった。割引率と乗用車ライフサイクルの変化の影響は、やや不安定な直線を示した。一般的に、乗用車ライフサイクルに対する傾きは正、割引率に対する傾きは負となる。即ち、割引率増加はNPVを減少させ、乗用車ライフサイクルの増加はNPVを増加させる。いずれの対象地域においても、レギュラーバスは最も良好なパフォーマンスを示しており、中型バスとミニバスがそれに続いている。より豊かなシナリオはNPVに大きな効果を示している。レギュラーバスは他のバスタイプに比べて、財政的に実行可能だと考えられる。いずれのテストでも、ベベランではチマンギスより良好な結果が得られた。

 以上の分析から、以下の点が結論付けられた。まず、自動車指向型開発を抑制するためには、新規開発のための既存計画要件では、公共交通サービス供給と共にアクセシビリティと要件を確保するのには不十分である。次に、マクロ計画と規制システムが、自動車指向型開発を抑制するという要請と一致するべきである。分析モデルでは土地利用パターンやデザイン要素を変数として明示的に含んでいないものの、なお有益でその結果は一般性を持つといえる。ジャカルタ首都圏での住宅開発の現状から、自動車指向型開発が優勢であることが示された。シナリオ分析の結果、公共交通サービスの供給が、環境面から全てのコミュニティに便益をもたらし、財政面でも開発者の便益を減らすことがないことが示された。それゆえ、公共交通サービスの供給は、自動車依存型コミュニティを減らすためにも、新規住宅開発の追加的な計画要件として、また開発者の責任として、望ましいことが示唆された。今後、残された課題に関して、研究を更に深めていく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 発展途上国の大都市交通問題の背景には,急激な都市化、そして経済成長に伴い進展するモータリゼーションに因る道路交通需要の加速的増大がある。ジャカルタはその典型例で、人口の急増に対して民間ディベロッパーによる郊外部での住宅地開発が進んでおり、十分な交通基盤施設を欠いたままでの市街地の拡散はスプロール的開発として自動車依存性を高める結果となっている。本研究は、自動車志向性を抑制した開発に向けた住宅開発政策に関して、開発許可条件(計画要件)での対応に関してジャカルタ都市圏を対象として新たな計画フレームを提案しようとするものである。具体的には研究目的は次の3点である。

(1) 現在のインドネシアの住宅開発政策をレビューし、自動車志向型開発抑制の視点から計画要件を中心に計画政策フレームを検証すること

(2) 交通行動モデルを用いて新住宅地居住者の通勤交通手段選択行動に関する諸要因を確認すること

(3) 公共交通サービスを含むアクセシビリティ要件を新規住宅地開発の計画要件に課す計画フレームについて、そのフィージビリティを検証すること

 研究の枠組みとしては上記の3目的に関し、まず供給サイドより計画政策フレームを分析し、次に、需要サイドの分析として独自にデータ収集を行い通勤交通行動モデルを開発し、最後にシナリオ分析により計画フレームを検討している。

 新規住宅開発に関する計画政策フレームについては、現在のインドネシアにおける国と地方の開発政策、開発許可手続と土地所有権確認手続、新規開発地に対する計画要件、インフラおよび交通アクセシビリティに関する計画要件の分析に基づき、自動車依存性抑制に向けた意識は低く、公共交通志向型開発を促進する具体的内容がマクロ計画フレームにも開発許可システムにも欠けていることを明らかにしている。また、交通インフラに関する物理的計画要件はあるものの不十分で、移動需要増大に対処するためのサービス要件が必要であるとしている。

 次に、分析の中心となる交通行動分析に関しては、ジャカルタ都市圏(BOTABEK)の34の新開発地域の中から74ヶ所の新規住宅開発地を選定して、455世帯について世帯調査を行い、通勤交通などについての独自のデータを収集して、293件の有効サンプルによりモデルを作成している。通勤交通手段選択行動モデルは、自動車、オートバイ、公共交通の3手段を対象としており、乗車時間IVT、車外時間OVT、交通費用を主要変数とするロジットモデルで、式、パラメータは統計的に有意であった。モデルのパラメータの分析より、平均トリップ長(28.95km)の通勤交通について乗車時間1分は車外時間2.44分相当の非効用に等しいこと、また、時間価値では乗車時間は1.36USドル/時、車外時間は3.32USドル/時であること、など興味深い知見が得られた。このことは、公共交通利用について車外時間短縮の効果が大きいことを示唆している。

 計画政策フレームについてのシナリオ分析においては、地方政府、ディベロッパー、公共交通(バス)事業者、居住者、コミュニティの5者を主要関係者として位置付け分析を進めている。具体的な事例分析対象地として、公共交通と道路のアクセス条件の異なるBabelanとCimanggisの2地区を選定し前述の交通行動モデルを適用して定量的なシナリオ分析を行っている。主要シナリオは3種で、在来型開発をベースシナリオS1として、最小限の公共交通サービス要件のみを求める弱い公共交通戦略をシナリオS2、自動車利用の抑制(都心部での厳しい駐車政策、料金、規制による抑制等)と公共交通の一層の改善(バスレーンの設定等)を求める強い公共交通戦略をシナリオS3としている。さらに、S2とS3については楽観的状況と悲観的状況の2つのレベルについて分析を行っている。分析では、主要評価要素としては、居住者については公共交通手段分担率、所要時間、一般化費用等、ディベロッパーと公共交通事業者については、財務分析、地方自治体とコミュニティについては渋滞と大気汚染を取り上げて分析し、合わせて費用便益分析を行い、一部の変数について感度分析を行っている。シナリオ分析の結果は、公共交通サービスの改善は自動車分担率を削減する可能性があること、特に、公共交通改善と自動車利用抑制を組み合わせた強い公共交通戦略の費用対効果がおおきいこと等が示され、新規住宅地開発に対する計画要件に公共交通サービス要件を加えることが、自動車交通依存を抑制して渋滞、環境問題の改善(事前防止)において効果的な政策であることを明らかにして、ディベロッパーの責務としての公共交通サービス要件の制度的導入を提案している。

 以上、本研究は都市化とモータリゼーションが急激に進展している発展途上国の大都市について、開発許可条件として従来の物理的インフラ要件だけでなく、公共交通サービス要件の導入の効果が大きいことをジャカルタ都市圏を例に実証的に分析して提案したものであり、都市計画上有用な知見を与えるものとして高く評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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