学位論文要旨



No 117002
著者(漢字) セゴンド,ナタリー
著者(英字) SEGOND,Nathalie
著者(カナ) セゴンド,ナタリー
標題(和) 異なる酸化剤を用いた超臨界水酸化プロセスにおけるアンモニアの挙動
標題(洋) BEHAVIOR OF AMMONIA IN A SUPERCRITICAL WATER OXIDATION PROCESS USING DIFFERENT OXIDANTS
報告番号 117002
報告番号 甲17002
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5143号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 大島,義人
 東京大学 助教授 福士,謙介
 広島大学 助教授 松村,幸彦
 ボルドー濃縮化学研究所 総括研 フランソワ,カンセル
内容要旨 要旨を表示する

 排水処理副生成物として生じるNOxやアンモニアの水系あるいは大気への排出が近年大きな懸念となっている。二酸化窒素ガスは地球温暖化に寄与し、一酸化窒素および二酸化窒素は酸性雨の原因の一つとなっており、アンモニアは毒性を持ち直接あるいは間接的に生物に悪影響を及ぼす。多くの排水処理技術の中で、水熱処理、特に超臨界水酸化処理(SCWO)は、排水や汚泥中に含まれる有害物質を無害な最終生成物まで分解する方法をして検討されている。

 SCWOは有機物の酸化分解に非常に有効であるが、酢酸やアンモニアといった難分解性物質の生成がSCWOの大規模処理プロセスとしての適用を制限する原因の一つである。例えば、温度圧力条件が適切でない場合には、含窒素化合物は分解して主にアンモニアを生成する。このため、含窒素化合物を無害な最終生成物まで分解するためには高い反応温度及び圧力が必要となる。しかし適切な触媒を利用することにより反応条件を緩和することも可能と考えられる。SCWO処理の設計と向上や他のプロセスの評価のためには、アンモニアなどの単純な化合物の酸化における反応経路、速度、機構に関する定量的な情報が有用である。しかしながら、これまでの多くの研究では目的物質の分解率のみに重点が置かれてきたため、このような定量的な情報は未だ十分ではない。

 超臨界水中におけるアンモニアの分解では均一系反応と不均一系反応の両方が関与する。超臨界水中ではイオン反応よりラジカル反応が支配的であるとされるが、アンモニアの酸化では液中にイオンが存在するため、ラジカル反応機構とイオン反応機構が両方進行する。従って、アンモニアの分解メカニズムは複雑なものであると考えられる。アンモニアは超臨界水中では難分解性の物質であるから、アンモニアの分解に関する更なる検討は非常に有用なデータをもたらすと考えられる。

 本研究では、まず初めに、異なる表面積一体積比を持った2つの等温等圧プラグフロー反応器を用いて酸素存在下でのアンモニア分解の実験を行い、ステンレス管壁の触媒活性に関して検討を行った。アンモニアは主に窒素ガスに分解され、亜酸化窒素及び硝酸イオンがわずかに生成することが確かめられた。アンモニアは均一系反応と不均一系反応の両方で酸化されるが、不均一系反応が支配的であった。表面積体積比が大きい場合には壁面の触媒効果によって隠されてしまうものの、均一系反応において圧力が重要な影響を持つことが確かめられた。酸素量が過剰の条件で滞留時間を長くとると亜酸化窒素と硝酸イオンの一部が窒素ガスに還元されたことから、これらの物質は中間体であるものと考えられる。管壁がアンモニアの分解に影響を及ぼすことから、アンモニア分解の総括反応速度式を均一系反応速度と不均一系反応速度の和として表し、最小二乗法によりパラメータ値を決定した。このパラメータ値から、圧力が均一系反応に大きく影響することと酸素濃度が不均一系反応に影響しないことが確かめられた。得られた総括反応速度式によるアンモニア分解率は実験値とよく一致し、R2値は0.85であった。

 既往の研究により、超臨界水中ではラジカル反応が支配的であり、ヒドロキシルラジカルが強い酸化剤であると言われている。このラジカルの効果を検討するため、過酸化水素存在下でのアンモニアの分解を行った。しかし、過酸化水素は熱分解しやすい物質であり、573K以上の条件では敏速に分解する。そこで、反応器導入部以前での過酸化水素の熱分解を抑えるため、室温に保った過酸化水素を反応器直前で反応温度のアンモニア水溶液と混合した。熱分解による減少を抑えて十分高濃度の過酸化水素を反応器に供給し、かつ十分なアンモニア分解率を得るために(823K以下では分解率が低い)適切な温度範囲を選択して実験を行った。実験の結果、過酸化水素存在下では酸素存在下よりも低いアンモニア分解率が得られた。過酸化水素と生成したヒドロキシルラジカルの量がアンモニア分解を促進するのに十分でなかったものと思われる。その上、過酸化水素から生成した酸素によるアンモニアの分解は阻害もしくは速度を低減されたものと思われる。

 NaOH存在下でのアンモニア分解の検討は、pHだけでなく水酸化物イオンの影響について考慮することとなり興味深い。本研究によりNaOHはアンモニアの分解に影響しないことが確かめられた。それにも関わらず、NaOH供給後の反応器においてアンモニアの酸素による酸化分解が促進されることが確かめられた。NaOH供給後の反応器においてアンモニアは主に窒素ガスに分解され、亜酸化窒素、硝酸イオン及び亜硝酸イオンが少量生成した。また、NaOH供給後の反応器におけるアンモニア分解速度は約3倍となった。窒素ガスと亜酸化窒素は並行して生成されたが、NaOH供給前の反応器を用いた実験では検出されなかった亜硝酸イオンは反応中間体であることが確かめられた。硝酸イオンと亜硝酸イオンの生成は圧力と酸素濃度とに影響された。その上、アンモニア分解率から考えると、NaOH供給後の反応器におけるアンモニア分解は、表面積体積比が10mm-1のNaOH供給前の反応器による分解に相当すると算出された。この反応器の内壁をSEMで観察することにより、管内壁の表面積が増加していることが確かめられた。また、X線分析により、高濃度の鉄酸化物の存在が確認された。

 結論として、アンモニアの分解は管壁の触媒効果と密接に関わっていることが確かめられた。鉄酸化物は経済的かつ環境負荷の小さいアンモニア超臨界水酸化触媒となる可能性があり、この効果に関する更なる検討が求められる。

 超臨界水中でのアンモニア分解を向上するための方法としては、例えばFe2O3のような安価な触媒に関して検討することを薦める。NaOHで処理されたステンレスを使用することは腐食や高濃度でのクロムの溶出などのリスクを伴う。例えば、Fe2O3やステンレス、酸化クロム、酸化ニッケルなどのビーズを充填した、表面積体積比の等しい反応器を用いて反応効率を比較することが望ましい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「BEHAVIOR OF AMMONIA IN A SUPERCRITICAL WATER OXIDATION PROCESS USING DIFFERENT OXIDANTS(異なる酸化剤を用いた超臨界水酸化プロセスにおけるアンモニアの挙動)」と題し、超臨界水酸化による有機性含窒素化合物の分解過程で一般的に律速となるアンモニアの分解過程について、その挙動を実験的に詳らかにし、特に反応速度解析により実用設計に供する工学的基礎情報を提供することを目的とした研究である。

 第1章は「緒論」である。研究の背景を述べた後、本研究の目的と論文の構成を示している。

 第2章「文献レビュー」では、アンモニアについて或いは超臨界流体についてまとめた後、本論文の研究の遂行に必須な速度論的解析や触媒効果を中心として既往の文献をまとめ、その総覧を作成している。

 第3章「実験装置と方法」では、連続反応槽超臨界水酸化反応装置について、その構造や温度特性等を記述し、分析方法やサンプリング方法をまとめている。

 第4章は「2種類のよく知られた酸化剤、酸素と過酸化水素についての検討」である。成果は以下のように要約される。まず初めに、異なる表面積−体積比を持った2つの等温等圧プラグフロー反応器を用いて酸素存在下でのアンモニア分解の実験を行い、ステンレス管壁の触媒活性に関して検討を行った。アンモニアは主に窒素ガスに分解され、亜酸化窒素及び硝酸イオンがわずかに生成することが確かめられた。アンモニアは均一系反応と不均一系反応の両方で酸化されるが、不均一系反応が支配的であった。表面積体積比が大きい場合には壁面の触媒効果によって隠されてしまうものの、均一系反応において圧力が重要な影響を持つことが確かめられた。酸素量が過剰の条件で滞留時間を長くとると亜酸化窒素と硝酸イオンの一部が窒素ガスに還元されたことから、これらの物質は中間体であるものと考えられる。管壁がアンモニアの分解に影響を及ぼすことから、アンモニア分解の総括反応速度式を均一系反応速度と不均一系反応速度の和として表し、最小二乗法によりパラメータ値を決定した。このパラメータ値から、圧力が均一系反応に大きく影響することと酸素濃度が不均一系反応に影響しないことが確かめられた。得られた総括反応速度式によるアンモニア分解率は実験値とよく一致し、R2値は0.85であった。次に、既往の研究により、超臨界水中ではラジカル反応が支配的であり、ヒドロキシルラジカルが強い酸化剤であると言われている。このラジカルの効果を検討するため、過酸化水素存在下でのアンモニアの分解を行った。しかし、過酸化水素は熱分解しやすい物質であり、573K以上の条件では敏速に分解する。そこで、反応器導入部以前での過酸化水素の熱分解を抑えるため、室温に保った過酸化水素を反応器直前で反応温度のアンモニア水溶液と混合した。熱分解による減少を抑えて十分高濃度の過酸化水素を反応器に供給し、かつ十分なアンモニア分解率を得るために(823K以下では分解率が低い)適切な温度範囲を選択して実験を行った。実験の結果、過酸化水素存在下では酸素存在下よりも低いアンモニア分解率が得られた。過酸化水素と生成したヒドロキシルラジカルの量がアンモニア分解を促進するのに十分でなかったものと思われる。その上、過酸化水素から生成した酸素によるアンモニアの分解は阻害もしくは速度を低減されたものと思われる。

 第5章は「水酸化ナトリウムのアンモニア分解への効果及び管壁への影響」である。ステンレス製の管材料ならではの極めて興味深い結果を得ている。成果は以下のように要約される。NaOH存在下でのアンモニア分解の検討は、pHだけでなく水酸化物イオンの影響について考慮することとなり興味深い。本研究によりNaOHはアンモニアの分解に影響しないことが確かめられた。それにも関わらず、NaOH供給後の反応器においてアンモニアの酸素による酸化分解が促進されることが確かめられた。NaOH供給後の反応器においてアンモニアは主に窒素ガスに分解され、亜酸化窒素、硝酸イオン及び亜硝酸イオンが少量生成した。また、NaOH供給後の反応器におけるアンモニア分解速度は約3倍となった。窒素ガスと亜酸化窒素は並行して生成されたが、NaOH供給前の反応器を用いた実験では検出されなかった亜硝酸イオンは反応中間体であることが確かめられた。硝酸イオンと亜硝酸イオンの生成は圧力と酸素濃度とに影響された。その上、アンモニア分解率から考えると、NaOH供給後の反応器におけるアンモニア分解は、表面積体積比が10mm-1のNaOH供給前の反応器による分解に相当すると算出された。この反応器の内壁をSEMで観察することにより、管内壁の表面積が増加していることが確かめられた。また、X線分析により、高濃度の鉄酸化物の存在が確認された。

 結論として、アンモニアの分解は管壁の触媒効果と密接に関わっていることが確かめられた。鉄酸化物は経済的かつ環境負荷の小さいアンモニア超臨界水酸化触媒となる可能性があり、この効果に関する更なる検討が求められる。超臨界水中でのアンモニア分解を向上するための方法としては、例えばFe2O3のような安価な触媒に関して検討することを薦める。NaOHで処理されたステンレスを使用することは腐食や高濃度でのクロムの溶出などのリスクを伴う。例えば、Fe2O3やステンレス、酸化クロム、酸化ニッケルなどのビーズを充填した、表面積体積比の等しい反応器を用いて反応効率を比較することが望ましい。

 第6章は「結論及び今後の課題」である。

 以上要するに、超臨界水酸化において難分解であるアンモニアの分解過程について、その挙動を実験的に明かにし、特に反応速度解析により実用設計に供する工学的基礎情報を提供している。また、ステンレス製管壁の腐食による触媒効果によりアンモニアの分解が極めて促進されることを示し、今後の工学的プロセスへの応用にとって貴重な知見を与えている。従って、本論文により得られた知見は都市環境工学の学術の進展に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク