学位論文要旨



No 117003
著者(漢字) 張,天新
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,テンシン
標題(和) 都市周縁部における空間、景観及び都市デザインの方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 117003
報告番号 甲17003
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5144号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 SORENSEN,Andre
 東京大学 教授 大野,秀敏
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は日本の近代都市で形成された有機的特徴を持つ周縁地区を対象とし、周縁部空間の形成の過程、空間の構成、景観の様式を考察した上で、日本の伝統的空間理念と近代都市計画理念とが働きあい、周縁部の形態、生態、機能、社会などの観点から応用できる有機的都市デザインの方法を導き出すことを目的とする。

 本研究では、「都市周縁部」を市街地空間の「キワ」及びその周辺の自然空間であり、境界空間及び境界空間に沿って両側に形成された外縁部と内縁部からなると規定した。内縁部は主に市街地空間であり、外縁部は主に自然空間である。しかし、場所により内縁部自然空間と外縁部市街地空間も境界空間に沿って形成されており、各空間要素が内外縁部自然空間によって結ばれ、複合的な周縁部空間が形成されうる。本研究では、そのようにして形成された複合的周縁部空間を周縁複合体と称し、その中で形成された内縁部市街地空間を周縁街区と呼び、両方を結び付ける内外縁部自然空間を空間文脈とする。

 都市周縁部は都市の人工空間と周辺の自然空間が接触し、交わる場所であり、そこには多様な空間と機能が生じ、空間文脈を通して都市の景観、生態、地域社会の形成に影響を及ぼす。ゆえに、都市空間構造では都心と周縁、そして空間文脈が連動的関係にあると考える。にもかかわらず、都市計画及び都市デザインの分野では都市空間の中での周縁部の位置付けが必ずしも十分認識されておらず、周縁部空間の構造と形態、周縁部における都市デザインの方法についての検討も乏しい。従って、本研究は日本の伝統的都市空間及び空間理念、欧米伝来型の近代都市空間及び計画理念を考察し、その中から「周縁」、「有機論」を取り上げて検討することとした。

 とりわけ、欧米流の計画手法を採用した日本の近代都市計画においては、自然空間及び自然と関わる生活様式を重視し生かすという伝統的な空間理念が生かされず、日本の伝統的都市に形成された活発で多義的な意味を持つ周縁部空間が失われ続けている。しかし、必ずしも近代都市計画は日本で徹底的に施行されたのではなく、むしろ日本の伝統的な空間理念と共存し働きあってきたのである。例えば、近代都市東京の区部の周縁部においても、自然と人工要素は時間をかけて自発的に結びあうことによって、コンパクトな空間、多様な形態、自律な形成過程、混在的地域社会を示し、有機的空間を示す例も見られる。本研究では、東京区部の浮間、水元、六郷の三つの周縁地区を選んで実地調査を行い、その空間構造や示唆する都市デザインの方法を見出すこととした。

 本研究では、「空間文脈」の視点から周縁部空間を分析する方法を採用した。つまり、周縁部における自然空間と人工空間の「図、地」の関係、自然空間と人工空間とを繋ぐ連続的空間文脈(アーバンコリドー)、及び都市空間の各時期の拡大によって形成された断続的空間文脈(空間断層)から、周縁部における自然空間と人工空間との関連性、そして周縁空間と都市空間との関連性を解明できるものと考えた。それらの空間文脈の中で、「表、間、裏」と言う三つの空間理念を都市から街区までの各レベルに用いて、周縁部空間を符号化し、それぞれの空間の組み合わせパターンを分析し、周縁部空間における空間構成と配置パターンを導くこととした。

 本論文は序章、終章及び三つの部で構成されている。序章では本研究の目的や位置付けを述べ、一部では周縁部空間に関する理論的検討、二部では東京区部のケーススタディ、三部では周縁複合体における空間構成の考察を行い、終章では結論を述べている。

 一部は1章、2章、3章からなり、日本の都市周縁部の空間構造、周縁複合体の結成、周縁街区の形成原理について、主に文献調査によって考察した。

 1章では空間文脈の視点から周縁部空間の理念、構造、形態を明らかにした。周縁に関する言葉の分析や意識調査から周縁の概念を解明し、周辺、郊外などの概念と区別した。さらに、「裏、間、表」など日本の伝統的な空間理念を用いて周縁部での応用を考察し、周縁部の空間の多義な意味と構造を解析した。最後に、周縁部空間の形態を内外縁部自然空間と人工空間との相互関係によって離れるタイプ、接するタイプ、噛み合うタイプ、浸透するタイプに4分類した。これらの考察を通して周縁部が示す多様な空間意味、空間形態が明らかになった。

 2章では都市周縁部における内外縁部自然空間と市街地空間との繋がりによって形成された周縁複合体について考察した。都市周縁部には自然空間と市街地空間が生態、景観、産業、生活などの側面で結ばれ、一体化した周縁複合体として見なされる空間が存在する。この視点に基づいて、日本の伝統的都市における周縁複合体を京都などの古都のパターン、江戸のような近世都市のパターン、横浜のような開港都市のパターン、足助などの地方中小都市(町)のパターンに分けて個別に分析し、それぞれ特徴が異なるが、いずれも外縁部自然空間との繋がりが強い。それに対し、本研究の主対象とする近代都市の東京周辺区部では、内縁部自然空間が発達した「内包的周縁複合体」が形成されていることが分かった。

 3章では、周縁複合体の中にある周縁街区の空間形成原理を考察した。周縁複合体での内外自然と人工空間の多様な繋がりによって、周縁街区では各種の開発の形成過程、規模、土地利用、景観様式が異なり、表、間、裏のイメージが混在していることが分かった。これらの要素は無秩序的に形成されたのではなく、境界空間への対応、空間文脈への順応、生活様式の継承という周縁街区の形成原理によっている。東京区部周縁部の川沿い地区では、地形によって境界河川沿いタイプ、河口型タイプ、池を中心としたタイプ、という三つのタイプの街区空間が見られる。

 二部は4章、5章、6章からなり、東京周辺区部の周縁部のケーススタディを通して、周縁複合体、周縁街区では池の内縁部自然空間及び堤防の境界空間の利用と様式の転換が周縁部空間を有機化する鍵であることを明らかにした。

 4章では、三つの街区における複合体の形成過程を検討した。三つの地区はそれぞれ東京周辺区部の北、東、南に位置し、荒川、小合溜、多摩川の水辺地区にある。いずれも、もともと地区を流れていた河川や水路が、堤防の建設によって外縁の河川との繋がりが分断され、都心市街地側でも完全に埋め立てられて、孤立した池のようになっている。しかし、浮間を除いて、水元と六郷では連絡水路や水門などを通して内縁部自然空間の池は河川空間との繋がりがある程度残されている。外縁部自然空間の河川敷はゴルフ場、公園、またはグランドとして整備されているが、内縁部自然空間は釣り舟の着き場や釣り場、そして都立公園などに利用されている。それらを中心に住工混在的な街区空間が形成されている。近年、親水緑道などの景観整備事業から、堤防や市街地によって失われた原風景を取り戻そうという動きが見られる。以上から、東京の周縁街区では、内縁部自然空間は空間づくりの手がかりとなっていることが分かる。

 5章では、三つの地区における内縁部自然空間の構成と景観様式を分析した。浮間ヶ池が示すように、都市周縁部では、池の自然空間が日本の古典庭園の半自然的様式に回帰していく現象が見られる。その結果、池をめぐって回遊的空間が形成されている。都市周縁部の内縁部自然空間は、自然的様式から半自然、半人工的様式に変わり、近代都市計画理念と日本の伝統的空間理念とが働き合って形成された空間と見なすことができる。二つの空間理念によって形成した人工的空間様式の空間と自然的空間様式の空間は、それぞれ内縁部自然空間の人工的空間極と自然的空間極となり、二つの空間極は内縁部自然空間の中で共存し一体化することによって、「二元型空間核」が形成されている。周縁部空間と景観は、二元型空間核の池の存在と密接に関わっている。

 6章では、三つの街区における土地利用、空間配置と人工空間の様式を考察した。周縁部の空間や景観は内縁部自然空間及び境界空間に対応して形成されてきた。内縁部自然空間の両側、両端では、それぞれが異なる空間構成を有し、表の都心側と裏の境界側、そしてハレの岸とケの岸に分けられることが分かった。このように、池、そして堤防の境界空間の存在によって、周縁街区の空間が異質共存的な空間であることが分かった。そして外来の利用者のための専用施設が設けられることによって、地域社会が多様化するとともに、街区内部に「裏」、「間」空間が形成される。さらに、堤防などの境界空間に沿って家並みは境界空間に対応して分層化、両面化、さらに複合化し、景観様式が自己形成され、多様性と柔軟性を示す。

 三部は7章、8章、9章からなり、二部の東京のケーススタディに基づいて、二元型空間核、回転型街区空間構成、共用型複合体の形成パターンを理論的に分析し、それが示す有機的都市計画理念へと展開した。これらの空間は共存しつつ、互いに内包し、呼応し、全体として協働的に機能する、という複層的な空間構造を見せている。

 7章では回遊的二元型空間核の形成、構造、内外縁部自然空間の繋がり方を検討した。内縁部自然空間は周縁街区の空間核となっている。この空間核は外縁部と都心部の両側に対応して、自然的空間極と人工的空間極に分けられ、「二元型空間核」を成す。二つの空間極は、それぞれ「表」と「裏」であり、互いに直線的「軸」ではなく、曲線的「軸」で繋がったり、池などの内縁部自然空間を「間」空間として、それをめぐって二つの空間極を結びつけるように回遊的空間動線が形成されたりする。この「回遊式二元型空間核」は空間文脈の一部分として、二つの極を通して外縁部自然空間と都心市街地空間とを多様に結びつけ、都市の人工空間と自然空間との転換、繋がり、様式の変形を実現させる。さらに二元型空間核が形成されることによって、多様な活動も集約的に発生し、多様な視点場と視野が形成され、活発で異質共存的な街区空間となっている。

 8章では空間核を中心とした周縁街区空間の形成、構造を検討した。空間核の回遊に従って、周縁街区には「回転型空間構成」が形成される。回転型空間の中にある各空間単位はそれぞれ規模、形成、形態、利用によって「表、間、裏」空間に分けられ、空間は「三分化」されるのである。その結果、内縁部自然空間の両側の空間はそれぞれ「表、裏」となり、非対称的な空間構成を示す。また、都心側の空間と境界側の空間もそれぞれ「表、裏」となり、奥行きのある空間を示す。横と縦の両方向でともに三分化する結果、周縁街区空間の全体は九分化することができる。三分化、九分化することによって、空間が複雑化されるとともに、再組織化されることが可能となる。このように形成した周縁街区空間は、回遊的空間核をめぐって、回転的空間構成を示す。その回転する方向に従って、三つの周縁街区空間では異なる空間のリズムが見られる。

 9章では周縁複合体のレベルで内外縁部自然空間の利用パターン、地域社会、境界空間への影響を検討した。周縁複合体は内外縁部自然空間の配置、利用のパターンから見れば、近代都市計画のゾーニングと異なる空間構成のパターンを示す。つまり、都市計画の理念である「近隣公園」などの専用的空間配置パターンが単純で静態的な街区空間を作り出すのに対して、周縁複合体では内縁部自然空間を地区の住民と外来者とが共用することによって、混在的地域社会空間を作り出している。これによって、地域の活性化、自然空間の維持と保護が実現できる。このような共用型空間利用と配置パターンは日本の伝統的周縁部空間の伝統的パターンを受け継いだものと考える。

 終章では各章の内容をまとめ、結論として次の三点が挙げられた。

 1、日本の都市周縁部は自然空間文脈と人工空間文脈の中に位置し、両方が生態、景観、産業、生活の面で複合することによって形成されており、「表、間、裏」などの異質空間が共存した空間構成を示し、都市空間の中で市民生活の「中心」的な空間機能を担う。

 2、周縁部空間では境界空間に対応し、空間文脈に順応し、生活様式を継承することによって、二元型空間核、回転型街区、共用型複合体が形成された。

 3、周縁部空間は日本の伝統的空間理念と近代都市計画と働きあって形成され、「境界、文脈、様式」が都市デザインの言語として生かされており、曖昧性、混在性、柔軟性を持ち、自己完結、自己組織、自己形成という有機的空間形成のパターンを示す。

 周縁部空間は日本の伝統的空間理念と近代都市計画理念の統合、従来的都市デザインと本論で導いた有機的都市デザインの統合、部門や地域を越えた各分野の都市デザインの統合を要請している。都市周縁の空間論の展開、さらに周縁からの都市空間論への展開がこれからの研究課題と方向性として挙げられる。

図1結論:周縁部における空間理念、構造と都市デザインの言語

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本の近代としにおいて形成されてきた都市周縁地区を対象として、周縁部空間の形成過程、空間構成、景観様式を考察し、日本の伝統的空間理念と近代都市計画理念とがいかに働きあい、周縁部の特徴的な有機的都市デザインの方法が生成してきたかを導き出すことを目的としている。

 論文は序章と結章のほか、主要部分は3部から成っている。

 研究の目的や位置づけを述べた序章に続く第1部は、周辺部空間に関する理論研究であり、第1章において周縁に関する用語の分析及び意識調査から内縁と外縁の関係のパターン分類をおこない、「裏、間、表」という日本古来の概念を用いて周縁部空間の多義的意味と構造を解析している。続く第2章では、都市の性格別に周縁部空間のパターンを4分類して考察し、東京において内包的周縁複合体が形成していることを示している。第3章では、周縁街区の形成プロセスを境界河川沿い、河口、池をそれぞれ中心とした3タイプに分類することができることを示している。

 第2部は4,5,6章の3つの章から成り、東京周辺区部の周縁部を3箇所取り上げて、周縁複合体の形成過程を詳細に論じている。第4章では、浮間、水元、六郷の3地区を比較しつつ空間形成の歴史を追っている。それぞれ荒川、小合溜、多摩川の水辺地区にある。いずれも活発な活動を有していた河川や水路が分断された残滓を有しており、これが特徴ある周縁部の複合的な空間を形成することに寄与していることを示している。第5章では、これら水辺空間が日本の古典庭園に見られる半自然的様式を受け容れつつ内縁部自然空間の人工的空間核と自然的空間核の二元型空間核を有する景観構造を持っていることを示している。第6章では、第5章の考察を主として土地利用を中心に振り返り、空間構成の特徴を再び明示している。

 第3部は第2部のケーススタディに基づいて、周縁部の空間構造パターンを二元的空間核(第7章)、回転型街区空間構成(第8章)、ならびに共用型複合体(第9章)という3つの概念を用いて理論的に分析し、それらによって生成される有機的都市計画原理を明らかにしている。

 結章において、各省のまとめをおこない、結論として以下の3点を列挙している。

 第一に、日本の都市周縁部は、自然空間文脈と人口空間文脈の中に位置し、双方が生態、景観、産業、生活の面で複合することによって形成されており、「表、間、裏」の異質空間が共存した構成を示していること。

 第二に、周縁部空間では境界空間に対応し、空間文脈に順応し、生活様式を継承することによって二元的空間核、回転型街区、共用型複合体が形成していること。

 第三に、周縁部空間は日本の伝統的空間理念と近代都市計画とが相互に作用しあって形成された特徴的な空間であり、「境界、文脈、様式」が都市デザインの言語として活かされており、曖昧性・混在性・柔軟性を有し、自己完結、自己組織、自己形成という有機的な空間形成のパターンを明確に示していること。

 本論文は、これまで都心部や農村部と比較して見過ごされてきたそれらの境界領域に積極的な意義を見出し、ケーススタディを通じて都心部を中心に展開されてきた近代的都市計画の技法や理念とは異なる空間原理が現在に至るまで生起してきており、今も残されていることを明らかにし、これらを通して日本的な有機的都市計画原理のあり方に大きな示唆を与えるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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