学位論文要旨



No 117004
著者(漢字) 朴,宰亨
著者(英字)
著者(カナ) パク,ゼヒョン
標題(和) 生物ろ過前処理による精密ろ過膜ファウリングの制御
標題(洋)
報告番号 117004
報告番号 甲17004
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5145号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 国包,章一
 東京大学 助教授 酒井,康行
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 膜ろ過は高い除濁、除菌性能のため将来の浄水処理プロセスとして注目されている。膜ろ過システムにおける大きい課題の一つが膜汚染によるファウリングの問題である。膜ファウリングによる膜ろ過性能の低下は、膜の薬品洗浄や交換頻度が増加するなどプロセスの維持管理面で重要な制限になる。膜ファウリングの程度や発生機構は原水及びプロセスの運転条件などによって異なるため、実原水での実証実験が重要な要件となる。

 本研究は精密ろ過における膜ファウリング低減の目的で、高速生物ろ過による前処理効果を長期間のパイロットプラント実験を通じて実証した結果である。生物ろ過は、ろ過塔に充填した担体表面に微生物が付着し、その働きによって水処理を行う生物膜プロセスの一つである。また、担体により原水中の懸濁物が捕獲・除去される物理的なろ過作用も濁室の除去に重要な機能である。生物ろ過はろ過速度300m/d以上の高速度でも安定的な除濁効果が得られるため、濁度が高い原水条件での前処理プロセスとして用いられる。また、原水中に存在する様々な微生物の働きにより、アンモニア性窒素や陰イオン界面活性剤、マンガンや鉄など対する幅広い除去効果を持っている。

 本研究では、生物ろ過による除濁効果と除マンガン、除鉄効果に注目した。膜ろ過におけるファウリングの原因物質は原水によって様々であるが、生物ろ過の除濁効果によって後段の膜ろ過への負荷を低減することが予測される。一般に自然水で存在しているマンガンや鉄は、その酸化物の付着により水道配管への障害や膜ファウリングを引き起こす原因として報告されている。マンガンや鉄の対策として、担体表面に酸化マンガンを被覆させ触媒作用により除去する接触ろ過法が知られている。この場合、酸化反応を促進するため、塩素剤や過マンガン酸カリウムなどを添加することが多い。一方、このプロセスによる膜ファウリングの低減効果は、マンガンや鉄の濃度が高い地下水条件で既に実証されている。

 本研究では、河川水のようにマンガンや鉄の濃度が低い場合でも、生物ろ過によって膜ファウリングを低減出来るかどうかを実証したものである。また、本研究で行った生物ろ過は、酸化剤を使わずに原水を高速でろ過した。

 実験装置は、東京都水道局玉川浄水場内の実験プラントに設置した生物ろ過−膜ろ過システムを用いた。生物ろ過による効果を実証するために、前処理なしの原水系(MF系列)と生物ろ過前処理を有する生物ろ過系(BF/MF系列)とを同じに運転、比較した。

 生物ろ過槽は円筒型ポリプロピレン担体を充填しており、ろ過速度は320m/d、水理学的滞留時間は約6.3分であった。また、ろ層の目詰まりによる閉塞の防止のため週1回の頻度でろ過層の洗浄を行った。

 膜ろ過には、公称孔径0.1μmの中空糸精密ろ過膜を用い、吸引による全量ろ過を行った。膜ろ過流束(filtration flux)は0.5m/dであり、30分間ろ過を行った後空気泡及び逆洗水による物理洗浄を行うろ過周期で運転した。また、逆洗水に塩素を添加し、膜表面における微生物の増殖を抑制した。

 2000年4月から12月まで約9ヶ月間の連続実験を通じて、生物ろ過による膜ファウリング低減効果が実証された。生物ろ過前処理なしの原水系列が9ヶ月後にファウリングの進行でろ過が出来なくなった一方、生物ろ過系列は膜差圧28kPa以下で安定的にろ過が行われた。

 生物ろ過による膜ファウリングの低減効果は、実験期間中行った水質分析からマンガンや鉄、アルミニウムなどの3金属の除去効果によるものと推測された。生物ろ過は有機物の除去効果が殆どなかったが、金属類についてはマンガン89%、鉄69%、アルミニウム64%の高い除去率を示した。生物ろ過によるこれら3金属の主要な除去メカニズムとしては、3金属の多くが0.1μm以上の懸濁態だったことから、物理的な抑留効果が考えられる。これら3金属は膜によっても多く除去されており、各プロセス段階別における金属類の濃度から求めた物質収支からMF系列の3金属の付着量がBF/MF系列よりも多かった。

 使用した両系列の汚染膜に対し更に薬品洗浄による抽出実験を行った。その結果、MF系列に多く付着していた膜汚染物質は、TOC成分とマンガン、鉄、シリカ、アルミニウム、カルシウムであった。これにより、生物ろ過によるマンガンや鉄、アルミニウムの除去が膜ファウリング低減に重要な役割を果たしていたことが実証された。

 本研究のように、金属酸化物の付着が多い汚染膜に対し薬品洗浄効果を調べるために、両系列の使用膜から小型モジュールを製作した。製作したモジュールをそれぞれの薬品洗浄条件で実験した結果、薬品洗浄によるろ過性能の回復は付着物質に対する薬品の抽出効果によるものと判断された。6種類の薬品の中で、最も洗浄効果が高かったのはクエン酸とEDTAによる洗浄であり、これらの薬品はキーレート効果により金属類の除去効果が高かった。薬品の洗浄温度や洗浄時間、濃度の増加により洗浄効果が上昇する傾向であった。しかし、これら洗浄条件の変更によっても塩酸や過酸化水素などによるろ過流束の回復は低く、薬品洗浄においては洗浄薬品の選定が重要であると思われる。

 一方、薬品の組合せによる洗浄実験結果、MF系列の膜とBF/MF系列の膜における洗浄効果が異なることが分かった。MF系列では最初のクエン酸洗浄により8割近くのろ過流束が回復した一方、BF/MF系列では薬品洗浄順により徐々に回復する傾向がみられた。これは、膜ファウリング物質を構成している金属類の付着量と成分割合が異なっているためであった。MF系列での高い初期洗浄効果は、付着量が多いマンガンや鉄などがクエン酸により効果的に除去されたためであった。BF/MF系列では、マンガンや鉄などの膜汚染物質量が少ないためクエン酸による洗浄効果は高くなかった。

 一方、小型膜モジュールの薬品洗浄前のろ過流束については、連続実験時のU字型膜モジュールの内側から製作したものは、外側の膜より純水流束が高かった。しかし、各膜エレメントごとに分析した汚染物の付着量は、むしろ流束が高い内側の膜に多く、流束の小さい外側の膜に少なかった。このことから、膜ファウリングによるろ過抵抗の低下は、付着物質の量だけではなくその結合関係などが影響していると推察された。

 一方、生物ろ過による除去効果が低かった有機物成分やカルシウム、シリカ成分などについては、膜への付着機構やろ過性能への影響などに関して更なる研究が必要であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 精密ろ過や限外ろ過などの膜ろ過浄水プロセスは、高い除濁・除菌性能を有する新しい浄水処理プロセスである。膜ろ過浄水プロセスにおける課題の一つに膜ファウリングの問題がある。膜ファウリングによる膜ろ過性能の低下は、膜の薬品洗浄や交換頻度が増加するなどプロセスの維持管理面で重要な制限になる。そこで、朴宰亨君は精密ろ過における膜ファウリングを低減するため、高速生物ろ過による前処理効果を長期間のパイロットプラント実験により実証した。生物ろ過は、ろ過塔に充填した担体により原水中の懸濁物を物理的に捕獲・除去するとともに、担体表面に微生物が付着し、その働きによって水処理を行う生物膜プロセスの一つである。本研究で用いた生物ろ過は、ろ過速度300m/d以上の高速度でも安定した除濁効果が得られるため、高濁度原水の前処理プロセスとして用いられる。また、担体に付着した微生物の働きにより、アンモニア性窒素や陰イオン界面活性剤、マンガンや鉄などの除去が期待できる。

 実験装置は、東京都水道局玉川浄水場内の高度浄水実験施設に設置した生物ろ過−膜ろ過システムを用いた。生物ろ過による効果を実証するために、前処理なしの原水系(MF系列)と生物ろ過前処理を有する生物ろ過系(BF/MF系列)とを同時に運転し、比較した。

 生物ろ過槽は円筒型ポリプロピレン担体を充填しており、ろ過速度は320m/d、水理学的滞留時間は約6.3分であった。また、ろ層の目詰まりによる閉塞の防止のため週1回の頻度でろ過層の洗浄を行った。

 膜ろ過には、公称孔径0.1μmの中空糸精密ろ過膜を用い、吸引による全量ろ過を行った。膜ろ過流束(filtration flux)は0.5m/dであり、30分間ろ過を行った後空気泡及び逆洗水による物理洗浄を行うろ過周期で運転した。また、逆洗水に塩素を添加し、膜表面における微生物の増殖を抑制した。

 2000年4月から12月まで約9ヶ月間の連続実験を通じて、生物ろ過前処理なしの原水系列が9ヶ月後にファウリングの進行でろ過が出来なくなった一方、生物ろ過系列は膜差圧28kPa以下で安定的にろ過が行われた。この結果から、生物ろ過前処理による膜ファウリング低減効果が実証された。

 生物ろ過による膜ファウリングの低減効果は、実験期間中行った水質分析からマンガンや鉄、アルミニウムなどの3金属の除去効果によるものと推測された。生物ろ過は有機物の除去効果が殆どなかったが、金属類についてはマンガン89%、鉄69%、アルミニウム64%の高い除去率を示した。生物ろ過によるこれら3金属の主要な除去メカニズムとしては、3金属の多くが0.1μm以上の懸濁態だったことから、物理的な抑留効果が考えられる。各プロセスにおける金属類濃度から求めた物質収支により、MF系列ではこれら3金属の膜付着量がBF/MF系列よりも多かった。

 ろ過実験終了後、使用した両系列の汚染膜を用いて、薬品洗浄による抽出実験を行った。その結果、MF系列に多く付着していた膜汚染物質は、TOCとマンガン、鉄、シリカ、アルミニウム、カルシウムであった。これにより、生物ろ過によるマンガンや鉄、アルミニウムの除去が膜ファウリング低減に重要な役割を果たしていたことが実証された。

 膜汚染の薬品洗浄効果を調べるために、両系列の使用済み汚染膜から小型モジュールを製作した。製作したモジュールを6種類の薬品洗浄条件で洗浄した結果、最も洗浄効果が高かったのはクエン酸とEDTAによる洗浄であり、これらの薬品はキーレート効果により金属類の除去をおこなうため洗浄効果が高いものと推定された。薬品の洗浄温度や洗浄時間、濃度の増加により洗浄効果が上昇する傾向であった。しかし、これら洗浄条件の変更によっても塩酸や過酸化水素などによるろ過流束の回復は低く、薬品洗浄においては洗浄薬品の選定が重要であると思われる。

 また、MF系列では最初のクエン酸洗浄により8割近くのろ過流束が回復した一方、BF/MF系列では薬品洗浄順により徐々に回復する傾向がみられた。これは、膜ファウリング物質を構成している金属類の付着量と成分割合が異なっており、MF系列での高い初期洗浄効果は、付着量が多いマンガンや鉄などがクエン酸により効果的に除去されたためであった。一方、BF/MF系列では、TOCやシリカの付着量が多いために、アルカリによる洗浄効果が高かった。

 連続実験時のU字型膜モジュールの内側から製作した小型膜モジュールは、外側の膜より純水流束が高かった。しかし、各膜エレメントごとに分析した汚染物の付着量は、むしろ流束が高い内側の膜に多く、流束の小さい外側の膜に少なかった。このことから、膜ファウリングによるろ過抵抗の低下は、付着物質の量だけではなくその結合関係などが影響していると推察された。

 これらの研究から得られた知見は、膜ろ過浄水処理の膜ファウリング制御に大きく貢献すると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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