No | 117005 | |
著者(漢字) | チェッウィッタヤーチャーン,タッサニー | |
著者(英字) | CHETWITTAYACHAN,Tassanee | |
著者(カナ) | チェッウィッタヤーチャーン,タッサニー | |
標題(和) | 都市大気環境における粒子付着多環芳香族炭化水素濃度の経時変化とそのヒトへの曝露可能性によるリスク評価 | |
標題(洋) | Temporal Variation of Particle-bound Polycyclic Aromatic Hydrocarbons (pPAHs) Concentration and Risk Assessment of Their Possible Human Exposure in Urban Air Environments | |
報告番号 | 117005 | |
報告番号 | 甲17005 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5146号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 都市工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 都市大気環境中の粒子付着多環芳香族炭化水素(pPAH)濃度の時系列解析をアジアの大都市である東京とバンコクにおいて行い、相互に比較することにより各都市におけるpPAHの変動特性を解明し、またpPAH連続観測データを用いてヒトへの曝露可能性によるリスク評価を行うことを目的に研究を行った。pPAH sの連続測定には、PAS(Photoelectric Aerosol Sensor)を用いて行った。PASの出力はtotal pPAH濃度を示すものであるが、別にBenzo(a)pyreneを含む11種類の代表的なpPAHのGC/MSによる化学分析結果と比較したところ、それぞれの地域ごとに良い相関が得られた。東京、バンコクともに市街地の大学キャンパス敷地内と隣接する幹線道路脇において約1週間の連続観測を行った。東京においては2000年8月、9月及び2001年1月の夏季と冬季に測定を行った。バンコクにおいては、2001年3月(熱期)及び2001年8月(雨季)に測定を行った。 東京、バンコクにおけるpPAHの日間変動パターンは類似していた。従って、日間変動パターンは一般化し得るものであり、その共通する特徴的変動パターンを抽出すると次のようである。早朝の道路交通の急激な増大に伴い急激にpPAHが増大しピークに達する。その後再び急激にpPAH濃度が減少し、日中のpPAH濃度は相対的に低く保たれる。特に、この変動パターンは、沿道において顕著である。これは、pPAHの光分解の可能性もあるが、その減少速度が種々のpPAHの光分解による半減期に比して速く、主として日中の気温上昇に伴う混合層の拡大による希釈拡散の効果によると考えられる。従って、日中における道路交通量とpPAH濃度との相関は低い。しかし希釈拡散が抑制されている早朝(0時〜8時)においては、特に大型車両交通とpPAH濃度との高い相関が得られた。沿道においては、局所的な風向が沿道建物の形状等に大きく影響され、従って道路から敷地内に輸送されるpPAHフラックスにも大きく影響することがわかった。 東京においては別に2ヶ月にわたるpPAHの連続測定を行ったが、そのスペクトル解析の結果から、有意なピークとして、1d,0.5d,7d,1.2d,2.3d,0.3dの周期が観測された。このうちクロススペクトルの結果から、1d,0.5dの周期には気温等の気象要因の周期変動の影響が大きいことが示され、また1.2dの周期は、局所的風向の1.2d周期と高い相関を示した。残りの7d,2.3d,0.3dについては、交通量との関係があると推定された。 バンコクにおいては、熱期と雨期との測定結果を比較すると、地上におけるpPAHの24時間平均値については同様の値を示したが、建物4階レベルにおいては、熱期の時の値が若干低かった。この時期は風速が比較的に大きく、そのためpPAHの拡散がより大きかったためと考えられる。地上4階レベルでの屋外と屋内(室内発生源はない)のpPAH濃度は高い相関を示し、屋外の発生源からのpPAHが若干の時間遅れを伴って室内に拡散され、屋外のpPAH濃度の上昇が室内の濃度上昇に帰結することが定量的に示された。また、室内の24時間pPAH平均値は、同じレベルでの屋外の87%であった。 道路交通量や気象量を説明変数にした重回帰モデルを作成し、バンコクのケースに適用したところ、交通量や気象条件の限定された範囲の下ではあるが、満足のいくpPAHの時間変動を予測する重回帰モデル式を決定することができた。 東京とバンコクを比較すると、道路脇においては、バンコクの方が東京よりpPAH平均濃度が測定期間全体にわたって有意に高かった。一方、敷地内の一般環境においては、逆に東京における測定結果の方が平均値として高かった。これは、バンコク市街地における道路率が,東京都区部の道路率に比して約1オーダー低いため、道路交通が幹線道路に集中する結果、沿道環境のpPAH濃度がより高くなったためと推定される。逆に東京都区部においては、道路発生源がバンコクに比して線源というより面源に近い形となり、それだけ面的に薄く広がる結果、敷地内一般環境において逆にバンコクより高い結果を与えたと考えられる。すなわち、バンコクにおいては交通起源の大気汚染は沿道環境により集中し、従って、曝露評価においても、沿道環境により長く滞在する可能性のある人々を重点的に考慮する必要がある。沿道環境においては、pPAH濃度は局所的風速に大きく影響され、局所風速が東京では1ms-1以下、バンコクでは0.4ms-1以下の場合に、高いpPAH濃度が頻繁に観測された。 PAS出力と7種類の発癌性が疑われるpPAHを用いたPEF(Potency Equivalent Factor)合計値との間には、十分な相関が認められ、その関係を用いてpPAH曝露によるリスク評価を行った。早朝にpPAHの顕著なピークが生じるが、それを含む午前(4時〜12時)の時間帯におけるpPAH曝露による発癌リスクは、全体の40〜50%を占めていた。敷地内一般環境におけるpPAH濃度をバックグランドとみなし、沿道環境における濃度の増加分が加法的にリスクの増分になるとして局所的道路交通の影響を評価した。バックグランドリスクは、東京においては3.3×10-7、バンコクにおいては5.4×10-7であった。それに対する局所交通による増加リスクは、バンコク沿道の地上レベルでは1.2×10-6、建物4階レベルでは7.2×10-7であった。東京においては、沿道地上レベルで、夏期2.5×10-7、冬期1.0×10-6であった。また、バンコクにおいては特に低所得者層の沿道環境滞在期間は長いと考えられ、また路上生活者の存在することから、リスク管理に当たってはその点を十分考慮した施策が望ましい。本研究はそのための基礎データを提供するものである。 | |
審査要旨 | 本論文は、「Temporal Variation of Particle-bound Polycyclic Aromatic Hydrocarbon (pPAHs) Concentration and Risk Assessment of Their Possible Human Exposure in Urban Air Environments(都市大気環境における粒子付着多環芳香族炭化水素濃度の経時変化とそのヒトへの曝露可能性によるリスク評価)」と題し、アジアの大都市である東京とバンコクにおける大気環境中のpPAHの連続測定による濃度の変動特性を解明し、またオンラインモニタリングと化学分析によるオフラインモニタリングを組み合わせて、発癌リスクが既知の代表的pPAH濃度に換算することにより、特に沿道環境におけるpPAHの追加的曝露によるリスクを定量的に評価した研究である。 第1章は「緒論」である。研究の背景を述べた後、本研究の目的と論文の構成を示している。 第2章「文献レビュー」では、多環芳香族炭化水素(PAH)の大気中の挙動に関する広範な文献調査とともに、PAHの健康影響や発癌性や既往のリスク評価指標に関する情報をまとめている。 第3章「実験の方法」では、本研究における主要な測定装置であるPAS (Photoelectric Aerosol Sensor)について、その測定原理と測定方法を記述し、また大気捕集装置や化学分析方法及びサンプリングの位置と時期、測定項目など、現場調査の方法の詳細を記述している。 第4章「東京における道路近辺のpPAH濃度の経時変化」及び第5章「バンコクにおける道路近辺のpPAH濃度の経時変化」では、まず、それぞれのpPAHの日間変動特性を明らかにしている。東京、バンコクにおけるpPAHの日間変動パターンは類似していた。従って、日間変動パターンは一般化し得るものであり、その共通する特徴的変動パターンを抽出し、次の共通点を明らかにしている。早朝の道路交通の急激な増大に伴い急激にpPAHが増大しピークに達する。その後再び急激にpPAH濃度が減少し、日中のpPAH濃度は相対的に低く保たれる。特に、この変動パターンは、沿道において顕著である。これは、pPAHの光分解の可能性もあるが、その減少速度が種々のpPAHの光分解による半減期に比して速く、主として日中の気温上昇に伴う混合層の拡大による希釈拡散の効果によると考えられる。従って、日中における道路交通量とpPAH濃度との相関は低い。しかし希釈拡散が抑制されている早朝(0時〜8時)においては、特に大型車両交通とpPAH濃度との高い相関が得られた。沿道においては、局所的な風向が沿道建物の形状等に大きく影響され、従って道路から敷地内に輸送されるpPAHフラックスにも大きく影響するといえる。 また東京における2ヶ月にわたるpPAHの連続測定とそのスペクトル解析の結果から、有意なピークとして、1d,0.5d,7d,1.2d,2.3d,0.3dの周期を観測し、このうちクロススペクトルの結果から、1d,0.5dの周期には気温等の気象要因の周期変動の影響が大きいことが示している。また1.2dの周期は、局所的風向の1.2d周期と高い相関を示し、残りの7d,2.3d,0.3dについては、交通量との関係があると推定している。 バンコクにおいては、熱期と雨期との測定結果を比較し、地上におけるpPAHの24時間平均値については同様の値を示したが、建物4階レベルにおいては、熱期の時の値が若干低く、これは、この時期は風速が比較的に大きく、そのためpPAHの拡散がより大きかったためとしている。また、地上4階レベルでの屋外と屋内(室内発生源はない)のpPAH濃度は高い相関を示し、屋外の発生源からのpPAHが若干の時間遅れを伴って室内に拡散され、屋外のpPAH濃度の上昇が室内の濃度上昇に帰結することが定量的に示している。また、室内の24時間pPAH平均値は、同じレベルでの屋外の87%であり、これは室内滞在中における曝露も考慮したリスク評価が定量可能であることを示すものである。さらに、道路交通量や気象量を説明変数にした重回帰モデルを作成し、バンコクのケースに適用し、交通量や気象条件の限定された範囲の下ではあるが、満足のいくpPAHの時間変動を予測する重回帰モデル式の作成に成功している。従って、ある変動範囲内であれば、交通量制御によるリスク削減効果の予測を行うことが可能となった。 第6章「東京とバンコクにおけるpPAH濃度の経時変化の比較」では、第4章と第5章の測定結果を踏まえ、相互比較を詳細に行い以下のような結果を得ている。東京とバンコクを比較すると、道路脇においては、バンコクの方が東京よりpPAH平均濃度が測定期間全体にわたって有意に高かった。一方、敷地内の一般環境においては、逆に東京における測定結果の方が平均値として高かった。これは、バンコク市街地における道路率が,東京都区部の道路率に比して約1オーダー低いため、道路交通が幹線道路に集中する結果、沿道環境のpPAH濃度がより高くなったためと推定される。逆に東京都区部においては、道路発生源がバンコクに比して線源というより面源に近い形となり、それだけ面的に薄く広がる結果、敷地内一般環境において逆にバンコクより高い結果を与えたと考えられる。すなわち、バンコクにおいては交通起源の大気汚染は沿道環境により集中し、従って、曝露評価においても、沿道環境により長く滞在する可能性のある人々を重点的に考慮する必要がある。沿道環境においては、pPAH濃度は局所的風速に大きく影響され、局所風速が東京では1ms-1以下、バンコクでは0.4ms-1以下の場合に、高いpPAH濃度が頻繁に観測された。 第7章は「pPAHのヒトへの曝露可能性によるリスク評価」である。PAS出力と7種類の発癌性が疑われるpPAHを用いたPEF(Potency Equivalent Factor)合計値との間には、十分な相関が認められ、その関係を用いてpPAH曝露によるリスク評価を行っている。敷地内一般環境におけるpPAH濃度をバックグランドとみなし、沿道環境における濃度の増加分が加法的にリスクの増分になるとして局所的道路交通の影響を評価している。バックグランドリスクは、東京においては3.3×10-7、バンコクにおいては5.4×10-7であった。それに対する局所交通による増加リスクは、バンコク沿道の地上レベルでは1.2×10-6、建物4階レベルでは7.2×10-7であった。東京においては、沿道地上レベルで、夏期2.5×10-7、冬期1.0×10-6であった。これらの定量評価結果は、リスク管理に当たって、そのための基礎データを提供するものである。 第8章は「結論及び今後の課題」である。 以上要するに、アジアの大都市である東京とバンコクにおける大気環境中のpPAHの連続測定による濃度の変動特性を解明し、沿道環境におけるpPAHの追加的曝露によるリスクを定量化したものであり、今後の大気汚染リスク管理に貴重な基礎情報を提供している。従って、本論文により得られた知見は都市環境工学の学術の進展に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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