学位論文要旨



No 117011
著者(漢字) まいーど もはめど さじゃど
著者(英字) Mayeed Mohammed Sajjad
著者(カナ) マイード モハメド サジャド
標題(和) モンテカルロ法によるカーボン固体表面のPFPE超薄膜のキャラクタライゼーション
標題(洋) Characterization of Ultrathin Liquid Perfluoropolyether Films on Solid Carbon Surfaces by Monte Carlo Simulation
報告番号 117011
報告番号 甲17011
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5152号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 高木,周
 産業技術総合研究所 総括研究員 加藤,孝久
内容要旨 要旨を表示する

 磁気ディスクシステムのヘッドディスクインターフェース(HDI)における摩耗・摩擦は、ディスク表面に塗布されたフッ素系潤滑剤(perfluoropolyether、PFPE)の潤滑膜特性に依存する。しかし、一般にPFPEは数ナノメータの厚さで塗布されるためそのキャラクタライゼーションが非常に困難である。本論文では、PFPE超薄潤滑膜の分子密度分布、回復・流動特性、空気界面での表面粗さおよび固体間流体架橋などを計算することにより、固相炭素表面上のPFPE超薄液膜の潤滑特性を明らかにした。

 本研究では末端に官能基を有さないPFPE Zおよび官能基を有するPFPE Zdolの両者を考え、これをビーズ=スプリングモデルで単純化した上で、非格子点モデル(off-lattice polymer model)およびレプテーションアルゴリズム(蛇行アルゴリズム)を適用し、正準モンテカルロ(MC)法に則って計算を実施する。ここで、ビーズ間および固体表面−ビーズ間にはレナードージョン−ズポテンシャルを適用する。さらに、PFPE Zdolは双極子間の相互作用ポテンシャルを考慮し、そこでは遠距離力を扱うために反力場法(Reaction field method)を使用した。こうして作成したシミュレーションソフトウエアは、磁気ディスク上PFPE薄膜に設けたスクラッチ痕の回復過程の計算を行い、これとエリプソメトリを用いた回復過程に関する実験結果と比較することにより、ソフトウエアの正しさを確認しながら研究を進めた。

 続いて,このような計算手法を用いてPFPE薄膜の特性に関する計算をいくつか行った。まず最初に、滑らかな炭素表面上にPFPE超薄膜の内部の密度分布を調べた。密度低下は高分子潤滑剤の劣化を反映するため、密度分布はトライボロジー特性に影響する。PFPE ZおよびPFPE Zdolの密度は、両者とも表面からの約3nmの位置から表面に向かって減少することが分かった。さらに、表面近傍での密度は、分子量の減少に伴い、および極性基の相互作用によって増加することが分かった。この結果は、X線反射率により求めたPFPE潤滑剤の密度測定結果(Shouji et al., 1998)とよく一致している。

 次に、このような超薄膜潤滑剤の保持力(Retention)および回復(Replenishment)は薄膜の摩耗耐久性において重要である。PFPE Zに設けたストレッチ痕の回復過程を考え、異なった分子量のPFPEに関して、また異なったストレッチ痕幅に関して回復過程の様子および回復速度を求めた。そして、Maら(1999)の実験から得られた拡散係数を用いて拡散方程式を解いた結果との比較を行った。その結果、MCサイクルを回復の実時間と対応させることに成功した。この結果は、拡散過程から測定された拡散係数を使用して、拡散方程式で回復の予測をすることが可能であることを示している。

 磁気ディスクは超高密度記録が要求され、これに伴ってHDIトライボロジー技術は、低摩耗および低スティクションを実現しつつ、ヘッド浮上量低下および潤滑剤の薄膜化を実現することが求められている。しかし、ヘッド浮上量低下によって、ヘッド/ディスク間に突然メニスカス架橋が形成されて、スティクションの険性が高まることが指摘され、また多くの実機による実験結果がそれを示している。そこで、2つの滑らかな炭素表面間に形成された超薄液体膜を伸張させるシミュレーションを行った。まず初期膜厚4nmの膜を作り、これをストレッチさせたところ、2面間距離を約28nm以上離すと流体膜内分子の分布に不連続点(ブレーキング)が見られることが判明した。これによって、流体膜は約7倍まで伸張されるがそこで両者は切断されることがわかる。こうして、2〜30nm以下のヘッド浮上量ではPFPEのメニスカス架橋が形成される危険性を示した。

 最後に、気体界面における液体の表面粗さについての計算を行なった。これは最近最も着目されているテーマであり、0.4nm程度の粗さが液体表面に最終的に残ることが実験的に確認されている。その原因は分子形態(Conformation)および熱励起(Thermal Excitation)であると言われており、このような確率的現象はモンテカルロ法のもっとも得意とするところである。そこで、本計算手法によって予測したところ、超薄膜の自由表面粗さは平均値で上記実験値とほぼ一致した。また、粗さは計算数に関してガウス分布を持つことを示した。なお、表面粗さは膜厚さ、分子量および官能基の存在によって低下することがわかり、これは新しい知見である。

 このように本論文では、モンテカルロ法を用いて固体表面上の数ナノメータ厚さのフッ素系潤滑剤のいくつかのキャラクタライゼーションを行った。そして、それぞれのキャラクタライゼーションで多くの新しい知見を得た。これらはナノスケールの潤滑膜の設計に有用である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Characterization of Ultrathin Liquid Perfluoropolyether Films on Solid Carbon Surfaces by Monte Carlo Simulation(モンテカルロ法によるカーボン固体表面のPFPE超薄膜のキャラクタライゼーション)」と題し、9章からなる.

 磁気ディスクシステムのヘッドディスクインターフェース(HDI)における摩擦・摩耗は、ディスク表面に塗布されたフッ素系潤滑剤(perfluoropolyether、PFPE)の潤滑特性に依存する。現在PFPE潤滑膜は数ナノメータの厚さでディスク表面に塗布されており、また超高密度化の要求からさらに薄膜化が進んでいるため、このような超薄膜のキャラクタライゼーション法を確立することが緊急の課題となっている。このような現状認識から、本研究はカーボン表面に塗布されたPFPE潤滑膜に関する種々のコンピュータシミュレーションを行い、その物理的性質を明らかにすると同時にキャラクタライゼーション法を確立することを目的として行われたものである。

 第1章ではこの研究の目的および本論文の構成を述べている.また、PFPE潤滑膜のキャラクタライゼーションの重要性、HDI(ヘッドディスクインターフェース)における関連する問題点などを述べている。

 第2章はシミュレーションの詳細について述べている。まずPFPE高分子のビーズモデルによるモデル化について述べ、続いてビーズ間に働くポテンシャル、ビーズ/固体表面間のポテンシャル、高分子鎖の動きに関するルール(レピュテーションアルゴリズム)、モンテカルロ法の適用手法、初期・境界条件、そして高分子鎖の末端官能基の取り扱い方について述べている。さらに、固体表面上のPFPE潤滑膜の流動に関しては簡便法として拡散方程式が適用できる場合があり、本研究ではモンテカルロ法と拡散方程式による方法とを比較しているため、拡散方程式の導出、解析方法について述べている。

 第3章は第一のモンテカルロ法適用としてPFPEの構造(形状)が薄膜化に伴ってどのように変化するか計算している。そして、薄膜化に伴って分子慣性半径に異方性が生じ、膜厚が10ナノメータ程度の時にはほぼ等方(球形)であった分子も、2ナノメータの膜厚では長径/短径比が約2に増加することを示している。このことはPFPEを1分子層だけ敷きつめるときの膜厚を見積もるのに重要である。

 第4章はPFPE潤滑膜内の密度分布を計算してその結果を示している。潤滑膜内では固体表面に近づくに伴ってビーズの(すなわち原子の)密度が低下することを示し、従来の実験結果と定性的に一致することを示している。また低下の仕方はPFPEの分子量、末端基種類、膜厚によって異なることを示している。この結果は固体表面での摩擦、熱伝達などの制御に関連付けることができるという点で重要である。

 第5章はPFPE超薄膜のスクラッチ痕の回復過程を計算している。厚さ数ナノメータで幅10ナノメータ程度のスクラッチ痕が回復する過程を計算しているが、さらにモンテカルロ法のステップ数を実時間と関連付ける方法を提案した。これによって計算結果から回復に要する時間が計算できることになり、本計算手法を実用レベルまで価値を高めた。

 第6章はPFPE超薄膜のスクラッチ痕の回復過程に関する実験を行った結果を述べている。マイクロエリプソメータを用いてスクラッチ痕が回復する過程を観察し、これと計算とを比較することにより、超平滑固体面上の回復は拡散方程式を用いて簡便に予測できることを示した。ただし、表面粗さが大きい、あるいは構造物を有する固体平面上の超薄膜の回復に関しては、拡散係数を求めることが極めて困難であり、モンテカルロ法によらなくてはならない。

 第7章は2固体面に介在するPFPE潤滑膜を引伸ばすことを仮定して計算を行った。その結果、ある限界をすぎると潤滑膜内に空洞ができ超薄膜が引きちぎられることがシミュレーション結果から明らかになった。これは、PFPE潤滑剤の固体間の移着に関連する現象であり、磁気ディスク上をヘッドが間欠接触する場合に問題となる潤滑剤移着(これはヘッドの汚れとなるため避ける方法が模索されている)の機構解明に役立つ。

 第8章はPFPE潤滑膜表面上に形成される固有粗さに関するシミュレーションについて述べている。この粗さは原子の熱振動および表面波に起因するものとされているが、平均約4オングストローム程度の粗さが報告されている。このような小さな粗さでも磁気ディスク浮上量が10ナノメータ以下になると、安定浮上に影響する。本研究によってほぼこの固有粗さが予測できることを示した。また、この固有粗さは、PFPE分子の分子量、末端基の影響を受けることがわかり、今後超薄膜潤滑剤を設計・選定する上で重要なパラメータである。

 第9章は結論であり、上で述べた計算の結果を総括している。

 以上要するに、本研究は磁気ディスク用潤滑剤として用いられ、また今後その薄膜化が求められているPFPE超薄膜の静的・動的特性に関してモンテカルロ法を用いた予測手法を開発したものであり、超薄膜潤滑のキャラクタライゼーションにきわめて不可欠なツールを提供したと考えられる。また、本研究によってPFPE超薄膜に関する多くの新しい知見が得られ、これらは超薄膜の選定、設計に役立てられ、機械工学およびトライボロジーに寄与するところが大きい。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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