学位論文要旨



No 117013
著者(漢字) 藤田,光伸
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ミツノブ
標題(和) 機械を操作する際の技能に関する研究
標題(洋)
報告番号 117013
報告番号 甲17013
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5154号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 中尾,政之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,人間が機械を操作して作業を行う際の能力の中で,主に実際の作業中において即時的に必要とされる能力を定量的に解明することを試みて,人間が機械を操作する際の能力に対する工学的アプローチ法の基礎を構築することを目的としている.これにより,人間が操作を行うさまざまな機械作業について効果的な作業レベルの向上,更には作業効率や安全性の向上へとつながる操作支援や訓練などへの応用が期待できる.

 本論文は以下に示す5つの章で構成されている.

 第1章「序論」では,本論文における研究の背景を示し,また人間の行動モデルや機械作業における熟練技能,操作支援などに関連する過去の研究例について検討を行って,本論文の位置付けおよび目的を明確にした.

 第2章「人間の機械作業能力」では,人間が機械を使用して作業を行う際の作業成績の要因となる能力および機械操作時の人間の内的過程を,本論文の目的において扱いやすいように整理し,本論文で議論を行う部分を明確化した.

 具体的には,人間が機械を使用して行う作業に関する能力は,「段取り能力」と「実作業能力」という2つの能力からなると捉えることとした.更に「段取り能力」を「認知能力」と「判断能力」という2つの能力に分けて捉え,「実作業能力」についても「認知能力」,「判断能力」および「操作能力」という3つの能力に分けて捉えることとした.また,人間は「実作業能力」の「認知能力」,「判断能力」,「操作能力」に対応する「認知」,「判断」,「操作」という3つの内的過程をたどって,機械操作を行っていると捉えることとした.

 そして,「段取り能力」や「実作業能力」における「判断能力」に関しては過去に多くの研究例が存在していることから,本論文においては過去に研究例がほとんどみられない「実作業能力」における「認知能力」および「操作能力」を対象とした熟練技能の解明と,その操作支援や訓練への応用についての検討を行うこととした.

 第3章「認知能力に関する熟練技能の解明とその応用」では,作業者が達成する作業成績に対して各情報が寄与する程度を表す指標として,ある情報をなくした場合の成績低下率と定数との積により得られる情報依存度という値を定義することにより,人間が機械を操作する際の認知状態を定量的に抽出することを可能とした.そして,油圧ショベル操作を対象とした操作者の認知状態の定量化を情報依存度を用いて行い,熟練認知技能の明確化および操作支援や訓練への応用についての検討を行った.

 まず,熟練操作者に対して熟練認知技能に関する口頭アンケートを行った.それにより,熟練操作者は作業時には視覚・聴覚・力覚への情報を基にして作業を行っており,揺れ・振動といった体性感覚への情報からは悪影響を受けている,また熟練操作者と非熟練操作者との間にはそれらの有効利用できる情報の種類や量に差があるという仮説を立てた.

 次に,油圧ショベルシミュレータでの見えない場所でのバケットと障害物との垂直方向の接触を知覚するという作業を対象とし,熟練操作者2名(被験者A,B)および非熟練操作者3名(被験者C,D,E)の情報依存度を調べたところ図1のような結果が得られ,熟練操作者は視覚・聴覚・力覚への情報をすべて有効に利用して作業を行っているのに対し,非熟練操作者は視覚への情報のみに頼って作業を行っていることが確認された.このことから,有効利用できる取得情報数の多さが熟練認知技能を構成する要素のひとつであるという知見が得られた.また,被験者Bを対象とし,同じ作業において複合情報への情報依存度を調べた.すると,複合情報への情報依存度が単一情報への情報依存度の和に比べて同程度もしくは最大で約50%増加した値をとっていることが判明した.それに対し,非熟練操作者は複数情報の存在下において視覚情報への情報依存度のみが正の値をとっているにも関わらず,視覚情報をなくした場合にもある一定の成績を残すことができていた.即ち,熟練操作者は複数存在する有用情報を,単一の情報として得た時に有効利用できる程度と同程度以上に有効利用しているのに対し,非熟練操作者は単一情報としては有効利用できる情報でも,複数情報の存在下では相互に悪影響を与え,有効に利用できていない場合があるということが分かり,この違いも熟練認知技能を構成する要素のひとつであるという知見が得られた.

 そして,明らかとなった操作者の認知状態を基に効果的な操作支援を実現するための検討を行った.具体的には,上記と同じ作業を対象とし,操作者に対する視覚・聴覚・力覚それぞれの情報を用いて操作支援を行った場合の効果を,同一の被験者5名について調査した.すると,各被験者の各操作支援条件における成績向上率は図2に示すようになった.またその他,十分な視覚情報が得られていない作業および並列の認知処理を伴う作業についても,被験者Bを対象として同様に操作支援の効果を調査したところ,主作業における情報依存度が低い情報による操作支援を行うことで良好な効果が得られた.これらにより,熟練操作者に対しては情報依存度が高くない情報による操作支援が有効であるのに対し,非熟練操作者に対しては視覚情報により操作支援を行うことが有効である場合が多いという知見が得られた.

 最後に,明らかとなった熟練認知技能を基にした効果的な訓練手法を実現するための検討を行った.具体的には,油圧ショベルシミュレータにおける作業において,既に得られている熟練認知技能に関する知見を基に,非熟練操作者に対して熟練操作者の認知状態を擬似的に体験させることで,非熟練操作者の認知能力を効果的に向上させることができるのではないかと考え,その効果を検証したところ,良好な習熟効果が得られることが確認された.

 第4章「操作能力に関する熟練技能の解明とその応用」では,油圧ショベルの操作を対象とし,熟練操作技能を明確にするための検討を行った.また,明らかとなった熟練操作技能を基にした効果的な操作支援や訓練手法の実現のための検討を行い,その際の効果について操作者の認知状態の観点から,情報依存度を用いた議論を行った.

 まず,熟練操作技能を解明する第一段階として,実機作業における熟練操作者と非熟練操作者の操作の観察および操作履歴の比較を行ったところ,

 1)非熟練操作者は熟練操作者に比べて操作レバーを細かく動かして位置の微調整を行うことが多い.

 2)熟練操作者は非熟練操作者に比べて操作レバーの複数の自由度を同時操作する頻度が高い.

 3)熟練操作者は非熟練操作者に比べて操作レバーを一度に倒す量が大きい傾向がある.

 という差が明らかとなった.この結果から,非熟練操作者は単一自由度の操作について思い通りに動作させる能力である単一制御能力と,実移動空間と油圧ショベルの移動空間の対応付けを行う能力である空間対応能力の2つの能力の両方もしくはどちらか一方劣っていることから生じる自信のなさが原因となり,1),2),3)のような操作の差が生じているという仮説を立てた.

 次に,油圧ショベルのシミュレータを用いて熟練操作者1名(被験者α)と非熟練操作者3名(被験者β,γ,δ)との単一制御能力および空間対応能力の比較を行った.すると,単一制御能力に関しては熟練操作者と非熟練操作者との間に大きな能力差はみられず,空間対応能力に関しては熟練操作者と非熟練操作者との間に大きな能力差がみられた.このことから,空間対応能力が熟練操作技能を構成する要素のひとつであるという知見が得られた.

 そして,油圧ショベル操作において空間対応能力を補助することで,非熟練操作者の操作能力を効果的に支援することができるのではないかと考え,その効果を検証した.すると,空間対応能力の補助による操作支援は非熟練操作者の操作能力に対して非常に有効な支援手段となり得ることが示された.しかしながら,操作支援の効果がみられなかった場合もあったため,それについて操作者の認知状態を支援情報への情報依存度を算出することにより定量的に解析した.すると,支援情報への情報依存度が零であるという結果が得られた.つまり,支援情報が与えられても情報量過多のために有用であるはずの情報を有効に利用できていないことが判明した.

 最後に,空間対応能力を補助する条件での試行を訓練に導入することにより,操作能力を必要とする作業における作業成績の効果的な向上につながるのではないかと考え,その訓練方法(D)による習熟過程と,通常の試行の繰り返しのみによる訓練(C)を行った場合の習熟過程とを,非熟練操作者3名ずつ計6名((C):被験者S,T,U,(D):被験者V,W,X)について水平引き・水平押し出し作業を対象として比較した.すると,操作能力について非熟練操作者が熟練操作者に比べて特に劣っている能力を補助する条件での試行を訓練に導入することによる有効性が示された.また,補助情報がある場合と無い場合の成績差の推移に注目することで,補助情報への情報依存度の習熟に伴う推移の算出が可能となり,空間対応能力の向上効果の有無や習熟の度合を知ることが可能となった.具体的には,訓練(D)を行った被験者について訓練に伴う補助情報への情報依存度の推移を算出したところ,図3のようになった.つまり,被験者Wの場合には補助情報に頼った操作を行うようになるという訓練による逆効果が確認され,被験者V,Xの場合には空間対応能力の向上効果はおおよそ時間0.7の時点で飽和したことが判明した.

 第5章「結論」では,本論文の総括を述べ,また得られた成果を示した.

図1:各被験者の各情報に関する情報依存度(A,B:熟練操作者,C,D,E:非熟練操作者)

図2:各被験者の各情報による成績向上率(A,B:熟練操作者,C,D,E:非熟練操作者)

図3:補助情報への情報依存度の訓練による推移

審査要旨 要旨を表示する

 藤田光伸提出の論文は,「機械を操作する際の技能に関する研究」と題し,人間が機械を操作する際に必要とされる能力を解明する手法を提案し,またその結果を効果的に応用する手法を提案することで,人間が機械を操作する際の能力に対する工学的アプローチ法の基礎を構築することを目的としている.

 本論文は以下に示す5つの章で構成されている.

 第1章「序論」では,本論文における研究の背景を示し,また人間の行動モデルや機械作業における熟練技能,操作支援などに関連する過去の研究例について検討を行って,本論文の位置付けおよび目的を明確化している.

 第2章「人間の機械作業能力」では,人間が機械を使用して作業を行う際の作業成績の要因となる能力および機械操作時の人間の内的過程を,本論文の目的において扱いやすいように整理し,本論文で議論を行う部分を明確にしている.具体的には,人間が機械を操作する際の能力を,認知能力,判断能力および操作能力という3つの能力に分けて捉えることとし,それぞれの能力に対応する認知・判断・操作という3つの内的過程をたどって,機械操作を行っていると捉えることとしている.そして,認知能力および操作能力を対象とした熟練技能の解明と,その操作支援や訓練への応用についての検討を行っている.

 第3章「認知能力に関する熟練技能の解明とその応用」では,作業者が達成する作業成績に対して各情報が寄与する程度を表す指標として,ある情報をなくした場合の成績低下率と定数との積により得られる情報依存度という値を定義することにより,人間が機械を操作する際の認知状態の定量的な抽出,および操作支援や訓練への応用を可能としている.

 まず,熟練操作者に対して熟練認知技能に関する口頭アンケートを行い,熟練操作者と非熟練操作者との間には有効利用できる情報の種類や量に差があるという仮説を立てた.

 次に,油圧ショベルにおいて見えない場所での接触を知覚するという作業を対象とし,5名の被験者の情報依存度を調べたところ,長期の実機操作経験のある被験者と実機操作経験のない被験者との間で情報依存度に異なる傾向がみられた.このことから,有効利用できる取得情報数の多さが熟練認知技能を構成する要素のひとつであるという知見が得られた.

 そして,明らかとなった操作者の認知状態を基に効果的な操作支援を実現するための検討を行った.具体的には,操作者に対して視覚・聴覚・力覚それぞれの情報を用いて操作支援を行った場合の効果を調査した.これにより,熟練操作者と非熟練操作者では効果的な操作支援手法が異なるという知見が得られた.

 最後に,明らかとなった熟練認知技能を基にした効果的な訓練手法を実現するための検討を行った.具体的には,非熟練操作者に対して熟練操作者の認知状態を擬似的に体験させることで,非熟練操作者の認知能力を効果的に向上させることができるのではないかと考え,その効果を検証したところ,良好な習熟効果が得られることが確認された.

 第4章「操作能力に関する熟練技能の解明とその応用」では,油圧ショベルの操作を対象とし,熟練操作技能を明確にするための検討を行っている.また,明らかとなった熟練操作技能を基にした効果的な操作支援や訓練手法の実現のための検討を行い,その際の効果について操作者の認知状態の観点から,情報依存度を用いた議論を行っている.

 まず,さまざまな熟練度の操作者の実機操作の観察,および操作履歴の比較を行った.それにより,単一自由度の操作について思い通りに動作させる能力である単一制御能力と,実移動空間と油圧ショベルの移動空間の対応付けを行う能力である空間対応能力の2つの能力の両方もしくはどちらか一方の能力に差があることで,操作の差が生じているという仮説を立てた.

 次に,4名の被験者に対して単一制御能力および空間対応能力の比較を行った.それにより,空間対応能力が熟練操作技能を構成する要素のひとつであるという知見が得られた.

 そして,油圧ショベル操作において空間対応能力を補助することで,非熟練操作者の操作能力を効果的に支援することができるのではないかと考え,その効果を検証した.すると,非常に有効な支援手段となり得ることが示された.しかしながら,情報依存度を算出することにより,支援情報が与えられても情報量過多のために有用であるはずの情報を有効に利用できていない被験者もいることが判明した.

 最後に,空間対応能力を補助する条件での試行を訓練に導入することにより,作業成績の効果的な向上につながるのではないかと考え,その効果を検証した.すると,その有効性が示された.また,補助情報がある場合と無い場合の成績差の推移に注目することで,補助情報への情報依存度の習熟に伴う推移の算出が可能となり,空間対応能力の向上効果の有無や習熟の度合を知ることが可能となった.

 第5章「結論」では,本論文の総括を述べ,また得られた成果を示している.

 以上を要するに,本論文は,人間が機械を操作する際に必要とされる能力を解明する手法を提案し,またその結果を効果的に応用する手法を提案することで,人間が機械を操作する際の能力に対する工学的アプローチ法の基礎を構築したものであり,工学上寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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