学位論文要旨



No 117015
著者(漢字) 但馬,竜介
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,リョウスケ
標題(和) 全身型多自由度拮抗腱駆動ロボットシステムの研究
標題(洋)
報告番号 117015
報告番号 甲17015
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5156号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 助教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 次世代のロボットに求められるのは,人間が生活する環境の中で動作し,ユーザの指示に従ってタスクを遂行したり,ユーザとともにタスクをこなす能力である.しかし従来のロボットでは,(1)環境と状況を認識し,人間の意思を理解する等の知能(ソフトウェア),(2)実環境でロバストに動作し,人間や環境に対する安全性を持った身体(ハードウェア),の2点において,困難な問題に直面している.

 知能(ソフトウェア)は身体(ハードウェア)に密接に依存している.そのため,まず実環境でロバストに動く身体を開発し,その上での知能の研究を行なうアプローチが有効であると考えられる.

 近年,高速な二足歩行可能な人間型ロボット,動物型アミューズメントロボットなど,実環境に近い環境での動作するロボットが開発,販売されるようになった.しかし,やはりその動作は限定されており,人間や動物のように活動できるわけではない.ロボットの身体を動物や人間と比較した際の問題点として,(1)ロボットの自由度が少なく,姿勢の多様性が少ない,(2)ロボットの関節駆動は剛性が高く,柔らかな動きができない,という2点が挙げられる.これらが「ロボットのような」と形容される動きの原因であり,実環境での動作に支障をきたす原因でもある.

 (1),(2)の問題点を解決できると考えられている機構に腱駆動機構がある.これは,関節を拮抗するワイヤで牽引して駆動するもので,多自由度化と剛性調節が可能である.この機構は多くの基礎研究があり,位置制御,力制御,剛性制御等の研究がなされている.しかし,生物的な機構を模倣したこれらの機構にもかかわらず,少数の関節のマニピュレータ等の固定型のロボットについての研究がほとんどであり,多自由度な全身型のロボットを実現した例は少ない.

 本研究の目的は,腱駆動を用いた全身型のロボットを実現するために必要なシステムを機構,制御,ソフトウェアの点から提案し,全身型腱駆動ロボットを実際に実現してその有用性を示すことである.本研究の成果として,(a)目的とするロボットに必要な要素技術を明かにした上でその開発を行なった点(b)回転3自由度に球面関節と腱駆動を用いた構成にすることで限られた空間で非常に多自由度な人間型ロボットを実現した点,(c)従来研究例の少ない腱駆動を応用した二足歩行ロボットを実現した点,が挙げられる.

 本論文は全7章から構成される.以下に各章の概要について述べる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べる.

 第2章「腱駆動ロボットの機構と制御」では,ロボット工学の中での腱駆動機構の位置づけとその特徴について述べる.従来研究から腱駆動ロボットを特徴づける要素について比較,分類を行なう.また,腱駆動ロボットの制御法についても基本的な手法の考察を行なっておく.

 腱駆動は古くから多指ロボットハンドやマニピュレータへ応用されてきた.腱駆動機構は文字どおり,内骨格動物の筋肉(腱)−骨格系の構造から着想を得ている.動力伝達にワイヤを用いることは,(1)アクチュエータを被駆動リンクから離して配置できる,(2)リンクの軽量化,多自由度化が可能になる,(3)拮抗腱駆動により関節剛性を調節できる,等の利点がある.反面,(1)機構と制御が複雑になる(2)ワイヤ内力が過大になることを防止する機能が必要(3)関節よりも多いアクチュエータが必要になる,等の不利点も存在する.

 制御方式として,ワイヤ長によるオープンループ制御,関節角度によるフィードバック制御,張力制御によるトルク計算などの方法についてまとめる.

 第3章「全身型腱駆動ロボットのシステム構成」では,本研究での実現を目指す全身型腱駆動ロボットについて述べ,必要な要素技術について(1)機構,アクチュエータ,センサ,(2)計算機,電装系の実装,(3)ソフトウェア構成,の点から明らかにする.

 実環境で動作するロボットは,動物型,人間型といった一つの完結したシステムを構成する全身型のロボットの形態が必要である.腱駆動型の全身型ロボットの実現には,多様な姿勢がとれる多自由度な機構,腱駆動のセンサ情報,アクチュエータ情報を処理するための電装系システム,そしてそれらを制御するソフトウェアが必要となる.

 機構としては従来の関節軸にプーリを用いる設計ではなく,より筋−骨格動物に近い機構を用いることにした.これは,機構の設計の制約となるプーリを排することでシンプルな機構を目指すこと,モデル化の困難な部分をいかに処理するかが新たな研究課題となると考えるからである.また,多数の腱によってロボットを駆動する場合に必要となるアクチュエータやセンサについても,より小型で全身型ロボットを構成可能なものを開発した.また,それらの情報を処理するための電装系システムについても,性能の向上と省配線化を目指して分散配置できるインテリジェントなモータドライバを開発した.ソフトウェアは,既存のロボットシステムソフトウェアに腱駆動用のパラメータを追加することで,ロボットモデル上にワイヤの経路情報を実現している.

 第4章「球面関節による多自由度ロボット構成手法の提案」では,球面関節を用いたロボット構成の手法と,その実現のために必要な球面関節角度計測センサについて述べる.

 本研究で新たに提案するこの球面関節は内骨格動物の骨格構造を模倣し,3自由度の関節を1つの球面関節で実現し,それを4本の腱によって駆動する機構である.この球面関節をロボットの肩,手首,股,足首などに用いることで,従来の回転関節を用いる方法よりも単純な構造で直交3軸関節を実現できる.

 実際に球面関節をロボット制御に用いるには,その関節の3軸角度をリアルタイムに計測する必要がある.ここでは,角度を測定するためのセンサを新たに開発した.開発したセンサは,球面関節部品に組みこんだ4つの磁気コイルを用い,それぞれコイルに発生する起電力の強度から3つの角度を決定するものである.磁場を用いた非接触な角度測定を行なっているので球面ジョイントのリンク間に余分な拘束や摩擦が生じない利点がある.また球面ジョイントに組みこまれた形になっているため,ロボットに実装しやすいものになっている.周辺回路の構成と駆動方法ついて3つの手法を試行した結果,非常に小型な周辺回路で最大±5[deg.]程度の絶対誤差での球面関節の3軸角度が計測可能になった.

 第5章「多自由度な全身腱駆動ロボットの実現」では,50に及ぶ可動関節を持つ腱駆動ヒューマノイドロボット「腱太」(図1左)について述べる.肩,手首,股,足首関節には,第4章で述べた球面関節を用いることで,多自由度な四肢を実現している.また,人体の構造を模倣した脊柱構造と首の構造を取りいれ,従来のロボットに無い多様な姿勢を実現できるようになった.

 腱太のシステムは第3章での議論を基に,分散配置した電装系により多数の腱が駆動できるデザインになっており,全身で94本もの腱の駆動が可能になった(図1右).張力や腱長の状態を一括して処理できる拡張可能なソフトウェアシステムにより,全体のシステムを稼働させて,多自由度を活かした全身動作の実験を行なった.

 第6章「腱駆動機構の二足歩行ロボットへの応用」では,拮抗腱駆動機構を用いた二足歩行ロボットについて述べている.二足歩行ロボットに拮抗腱駆動方式を応用することで,安定な歩行動作の障害となる脚質量の増加を解決している.拮抗腱駆動方式を二足歩行ロボットに応用する例は少なく,腱駆動による脚の構成法という新たな知見が得られた.

 WMH(Wire Muscle Humanoid)と名付けられたこのロボットは,片足6自由度の2足ロボットである(図2左).アクチュエータには直動ネジ機構によるワイヤ駆動を採用した.股関節ロール,ピッチ関節を3本のワイヤで,膝関節と足首関節を4本のワイヤで駆動している.WMHのシステムは,電源供給以外をロボット体内に内蔵しており,腱駆動で問題となる計算量の増加は,近年性能の飛躍著しいパーソナルコンピュータをベースにしたシステムにより補っている.

 近年の歩行のアルゴリズム研究の成果を基に,動力学的に安定な歩行軌道の生成を行ない,ZMP(Zero Moment Point)を規範とした安定化制御を行なうことで歩行動作を実現した.WMHを用いた基本的な性能(サーボ精度,剛性調節機能)の実験と,これらの手法を用いた歩行実験(図2右)について述べる.

 第7章「結論」では,各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,全身型腱駆動ロボットの今後の展開について述べる.

図1 : Tendon driven humanoid robot "Kenta"(left) and its on-body-LAN system(right).

図2 : Walking tendon driven biped robot "WMH"(right) and its structure(left).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「全身型多自由度拮抗腱駆動ロボットシステムの研究」と題し、多数の拮抗する腱によって駆動される方式の全身型のロボットを実現するために必要な機構・制御・ソフトウェアに関する要素技術の開発と、全身型腱駆動ロボットの構成法についてまとめたものであり、7章からなる。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章「腱駆動ロボットの機構と制御」では、ロボット工学の中での腱駆動機構の位置づけとその特徴について述べている。腱駆動機構は文字どおり、内骨格動物の筋肉(腱)−骨格系の構造から着想を得たものであり、動力伝達にワイヤを用いることにより、1)アクチュエータを被駆動リンクから離して配置できる、2)リンクの軽量化、多自由度化が可能になる、3)拮抗腱駆動により関節剛性を調節できる、等の利点があるとしている。また、多数本のワイヤ干渉系を制御するためのトルク計算と張力制御についての検討をまとめている。

 第3章「全身型腱駆動ロボットのシステム構成」では、本研究での実現を目指す全身型腱駆動ロボットの設計について述べ、1)機構・アクチュエータ・センサ、2)計算機・電装系の実装、3)ソフトウェア構成、の観点から必要な要素技術を明らかにしている。機構としては従来の関節軸にプーリを用いる設計ではなく、より筋−骨格動物に近い機構を採用し、アクチュエータやセンサについても、より小型で全身型ロボットを構成可能なものを開発した。さらに、それらの情報を処理するための電装系システムについても、性能の向上と省配線化を目指して分散配置できるインテリジェントなモータドライバを開発した。ソフトウェアは、既存のロボットシステムソフトウェアに腱駆動用のパラメータを追加することで、ロボットモデル上にワイヤの経路情報を実現している。

 第4章「球面関節による多自由度ロボット構成手法の提案」では、球面関節を用いたロボット構成の手法と、その実現のために必要な球面関節角度計測センサについて述べている。本研究で新たに提案するこの球面関節は内骨格動物の骨格構造を模倣し、3自由度の関節を1つの球面関節で実現し、それを4本の腱によって駆動する機構である。この球面関節をロボットの肩、手首、股、足首などに用いることで、従来の回転関節を用いる方法よりも単純な構造で直交3軸関節を実現できる。また、球面関節の3軸角度を測定するためのセンサとして、球面関節部品に組みこんだ4つの磁気コイルを用いそれぞれコイルに発生する起電力の強度から3つの角度を決定する複合センサを開発した。

 第5章「多自由度な全身腱駆動ロボットの実現」では、50に及ぶ可動関節を持つ腱駆動ヒューマノイドロボット「腱太」のハードウエア構成法について述べている。肩、手首、股、足首関節には、第4章で述べた球面関節を用いることで、多自由度な四肢を実現している。また、人体の構造を模倣した脊柱構造と首の構造を取りいれ、従来のロボットに無い多様な姿勢を実現できるようになった。腱太のシステムは第3章での議論を基に、分散配置した電装系により多数の腱が駆動できるデザインになっており、全身で94本もの腱の駆動が可能になった。張力や腱長の状態を一括して処理できる拡張可能なソフトウェアシステムにより、全体のシステムを稼働させて、多自由度をいかした全身動作の実験を行なった。

 第6章「腱駆動機構の二足歩行ロボットへの応用」では、拮抗腱駆動機構を用いた二足歩行ロボットについて述べている。二足歩行ロボットに拮抗腱駆動方式を応用することで、安定な歩行動作の障害となる脚質量の増加を解決している。拮抗腱駆動方式を二足歩行ロボットに応用する例は少なく、腱駆動による脚の構成法という新たな知見が得られた。

 第7章「結論」では、各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し、全身型腱駆動ロボットの今後の展開について述べる。

 以上要するに、本論文は、多数の拮抗する腱によって駆動される全身型ロボットを実現するために必要な要素技術の開発と、全身型腱駆動ロボットの構成法についての研究をまとめたものであって、機械情報工学の発展に寄与するところ少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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