学位論文要旨



No 117018
著者(漢字) 西脇,光一
著者(英字)
著者(カナ) ニシワキ,コウイチ
標題(和) 人間型ロボットの歩行システム構築と動作のオンライン生成制御
標題(洋)
報告番号 117018
報告番号 甲17018
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5159号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 助教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 近年,人間型ロボットは,その形態的特徴から人間の活動する環境での利用に適するロボットとして期待され,研究が進められている.本論文では,実環境で行動する人間型ロボットを実現するための必須機能の1つである二足による自律移動機能に着目した.

 二足による自律移動を知識と環境の観測に基づき,変化する環境内を与えられた目的地まで,移動する問題であると考えると,自律移動システム実現のためには,知識と観測に基づく大局的な経路計画,周辺環境観察による局所的な経路計画,さらには歩容の計画,動力学的安定動作軌道の生成,突然の環境の変化や動作してから検知できる細かな環境観測に対応した動作の変更と,時間的に異なる周期をもつ環境とのインタラクションをオンラインで繰り返すことにより,実時間で動作を生成,制御していく必要がある.このような異なる周期の動作生成制御と動力学等の各種制約の満足を両立するための自律移動システム実現法として,制御周期の異なる環境情報に基づく動作の生成,制御を階層的に積み重ねることにより構成する方法を提案する.特に,歩容計画層,動作軌道生成層,反射的環境適応層の3層について,その実現手法をいくつか考案し,経路が与えられた際に歩行動作を生成,制御するシステムを構築した.

 実時間動作軌道生成の基礎となる動力学的安定動作生成法として,目標ZMP追従運動軌道高速生成法を提案した.本手法はZMPを規範とした動力学的に実現可能,すなわち転倒すること無しに実行可能な動作軌道を生成する方法であり,目標ZMP軌道と初期軌道を与えると,初期軌道の上体の水平位置を変更して目標ZMP軌道に追従する運動軌道を生成する.リンクの運動状態とZMPの関係式は,非線型で,干渉のある2階の微分方程式である.3次元位置座標からみるとリンク同士がその運動を複雑に拘束していること,解は冗長であり,目的とする動作に応じた制約あるいは評価関数を必要とすることとあわせて,目標ZMPを満たすリンクの運動を解析的に求めるのは困難である.そこで,適当な初期軌道から上体の水平位置のみを変更するという方針で,解の冗長性を無くすとともに,微分方程式の近似的な非干渉化を行った.非干渉化により,数値差分を用いて,微分方程式を近似的に高速に解くことを可能とした.図1に前進4歩の歩行軌道を生成した際の,ZMPの前後(x)方向成分を示す.繰り返し計算により,より高精度に目標軌道に追従するようにしている(5回繰り返し後の軌道は,図では,ほぼ目標軌道に重なっている).計算時間は,運動時間と繰り返し回数に比例するが,平均誤差1[mm]以下となる運動軌道を運動時間の2%程度で生成可能である.

 歩容計画層における手法として,上体の目標移動が与えられた際の水平面内での歩容計画法について取り扱い,足部相対位置規定型足跡計画法を提案した.すなわち,1歩毎の上体基準座標系での上体の目標移動量(並進量x,y,旋回角θ)が与えられた際,その移動量を両足間の目標相対位置に変換する.右足着地位置を左足基準座標系で見て,(x,2y-w,θ)に,左足着地位置を右足基準座標系で見て,(x,2y+w,θ)に設定する(但し,wは両足間の標準間隔).これにより,自然で効率の良い歩容計画ができることを示した.

 動作軌道生成層は,目標の歩容や,上体姿勢,腕部の運動等を満たす歩行動作軌道を生成する層であり,この層で,動力学,性能等の制約についても,シミュレートできる範囲で確実に考慮する層であるとした.また,この層では,軌道を生成する際には,常に止まるまでの軌道を生成し,動作継続中は軌道の最後まで実行せずに次の更新するという設計にした.これにより,少なくとも環境が変わらなければ,上位層の指令が滞っても,安全に止まることをこの層で保証できる.動作軌道生成層の実現法として,2つの方法を提案した.1番目は事前に生成した素軌道群のオンラインでの合成と接続により,指定された足跡に追従する歩行を実現する方法である.2番目は目標ZMP追従軌道高速生成法を用いて,指定された足跡に加え,腕部運動,上体姿勢,歩行周期等も満たした歩行運動軌道をオンラインで生成する方法である.

 合成による方法は,リンクの運動とZMPの関係式が,リンクの運動に制約を加えることにより,線形,非干渉と近似できることを利用する.予めサジタル面内での安定性を考慮したサジタル面内運動と,ラテラル面内での安定性を考慮したラテラル面内運動を素軌道群として,作成しておく.それを,オンラインで,まずそれぞれの面内運動間で合成し,その後サジタル面内運動とラテラル面内運動を重ね合わせることにより,目的の足跡に従う歩行運動を生成する.並進及び,並進歩行に接続可能な特定角度の旋回歩行を実現した.並進歩行だけであれば,18の素軌道を事前に準備することにより実現可能である.上体の運動等が事前準備した素軌道により制約されるという欠点があるが,計算量が非常に少ないこと,歩行動作生成手法を選ばないので,特殊な軌道生成を必要とする場面でも適用可能なことなどの利点がある.

 目標ZMP追従軌道生成法に基づく方法では,生成の自由度が高まるので,合成による方法では明示的に考慮する必要のなかった性能面での制約が問題となる.そこで,動作軌道生成においては,関節可動範囲,関節角速度,自己干渉の3点で,性能的に実現可能であることを保証することとした.動力学的安定軌道生成の計算時間は無視できない長さであるので,動力学的安定軌道生成後に,これらの検証を行い実現不可能であると判明しても同じ時刻に接続する軌道を再生成することは,困難である.そこで,動力学的安定軌道生成前に,生成パラメータに対して,経験に基づく制限をかけ,生成後に軌道を検証することにより,多くの場合に実行可能軌道が生成されるようにした.

 反射的環境適応層は,軌道生成周期より速い環境適応が必要な際に,センサ情報に基づき,動作軌道を修正する層である.本論文では,環境及びロボットのモデル化誤差により,運動状態が目標通りにならないことに対応して,3種の制御を実現した.

 1種類目は,目標ZMPへの追従制御である.センサにより計測されたZMPと目標とするZMPとの差に基づき,上体の水平位置軌道を修正した.これにより,目標ZMP軌道への追従性が向上し,安定に歩行が継続可能となった.

 2種類目は,剛性不足による股関節でのロール周りのたわみの補償制御である.離陸のタイミングに基づき,片脚支持期中に,立脚股ロール関節角に過去の運動履歴から決定した補償角を加える一種のフィードフォワード制御により補償を実現した.これにより,股関節がたわんで着地時刻が100[msec]以上予定より早くなるといった現象がなくなり,着地時の衝撃の低下,着地位置が予定と違うことにより,着地後に両足間の内力により足が滑るといった現象の解消がみられた.

 3種類目は,着地,離陸情報に基づく位置制御ゲインのスケジューリングである.着地時に,着地脚の各関節の制御ゲインを低くし,両足支持期を通して着地脚のゲインを増加,新たに遊脚になる脚のゲインを減少させることにより,多少の環境,ロボットのモデル化誤差に対し,衝撃が少なく,安定した接地をする着地となるよう図った.

 実環境行動研究用人間型ロボットとして,「H6」及び,その性能改良モデルである「H7」を開発した.実環境行動可能でかつ,実験しやすいサイズとして,全高1361[mm](「H6」),1468[mm](「H7」)とし,電源を含めケーブル無しでの自立運用可能な構成とした.体内に集中制御型の高性能計算機を搭載することを特徴とし,これにより,上位から下位までの透過的なソフトウエア構成法,実時間歩行軌道生成のための動力学計算,三次元視覚処理等,計算量の大きな処理が可能となり,実環境行動研究に適したシステムとなっている.

 提案した3層の実現法を人間型ロボットシステムに実装し,操縦実験,環境情報に基づく移動行動の制御実験を行った.操縦実験では,外部のPCに接続したジョイスティックより,ロボットの目標並進ベクトル,旋回角,上体の姿勢,歩行周期等のオンラインでの制御を実現した.また,オンラインで動力学モデルを変更することで,重量物の運搬にも対応した(図2).環境情報に基づく移動制御としては,次の3実験を行った.1)触覚による誘導実験では,胴体部の分布型力覚センサへの入力により,ロボットの1歩毎の目標上体移動を決定することで,ロボットを軽く押すことにより,目的の方向にロボットを誘導することに成功した.2)三次元視覚を用いた誘導実験では,ステレオカメラにより得られた3次元情報を用いて,対象物のロボットからの位置を一定に保つよう目標上体移動を決定することで,人間に一定距離で追従するような歩行移動を実現した.3)三次元視覚に基づく障害物回避実験では,3次元視覚により得られる空間情報から3次元平面ハフ変換により床面領域を検出し,床面と認識された範囲内で上体移動を計画することにより,障害物を回避して進む歩行移動を実現した(図3).

 上述の実験により,少なくとも今回取り扱った3階層については,このような階層型のアプローチにより,オンラインで動作を生成制御するシステムが有効に機能することが示された.今後は,非平面での歩容計画に必要なロボット周辺の3次元地形情報の認識など上位層への展開も重要であるが,これらの階層についても,1)現在は動作の結果として環境情報からしか上位層は認識しない下位層の動作修正結果を上位層に直接伝え,動作計画に反映させる層間情報伝達の双方向化,2)下位層に対し,動作修正の許容範囲や制約条件の優先度等の情報を与えられるようにする層間伝達情報の高度化が,システムの性能向上のためには重要であると考える.

図1:目標ZMP追従運動軌道生成におけるZMP軌跡

図2:ジョイスティックによる操縦実験

図3:環境情報に基づく移動行動制御実験(左:触覚による誘導 中央:三次元視覚による誘導 右:三次元視覚による障害物回避)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「人間型ロボットの歩行システム構築と動作のオンライン生成制御」と題し、8章からなっている.人間型ロボットの自律的な2足歩行は、歩行経路計画から環境への反射的適応に至るまでの様々な時間周期の環境適応を、動力学やロボット性能をはじめとする種々の制約条件を考慮して並列制御しなければならない.本論文は、その自律制御システムを、1)目標移動経路からの歩容の計画、2)動力学的・性能的に実現可能な歩行軌道の生成、3)歩行中の環境への反射的適応、の3層の階層構造で実現して並列制御することを提案し、独自に開発したフルスケールの人間型ロボットおよび自律歩行システムを構築するとともに種々の動作をオンライン生成し制御する実験を行って、この方式の有用性を実証した研究をまとめたものである.

 第1章「序論」では、本研究の背景、目的、研究の概要および本論文の構成について述べている.

 第2章「自律歩行と実時間動作生成制御」では、人間型ロボットの自律歩行を実現するための課題、本研究でのアプローチ、本研究に関連する従来研究について述べ、人間型ロボットの自律歩行を、時間周期の異なるフィードバックを階層的に積み上げて並列実行させるシステムによって実現することを提案している.そして、このような歩容計画、動作生成、環境適応制御に関する従来研究との関係について言及している.

 第3章「実環境行動人間型ロボットシステムの設計」では、人間型ロボットの実環境行動を研究するためのロボットシステムの設計要件について論じ、開発した2体のロボットシステム「H6」と「H7」のハードウエアの詳細についてについて述べている.ソフトウエア環境としては、実時間性と大規模ソフトウエアの開発環境が両立できるRT-LinuxをOSとして採用し、動力学計算ルーチンを実時間層にもつロボット制御システムを構築している.

 第4章「動力学的制約を満たす動作軌道生成」では、実時間での動力学的安定軌道生成の基礎として、動力学モデルを用いたZMP規範型軌道生成法について述べる.動力学シミュレーション環境についてふれた後に、目標ZMP軌道追従軌道の高速生成法について述べるとともに、歩行軌道生成システムの構成についても詳細を示している.

 第5章「動力学を考慮した実時間歩行動作軌道生成」では、オンラインで動力学的、性能的に実現可能な歩行軌道を生成する方法と、上体の目標移動ベクトルが与えられた際に、歩容を計画する方法について述べ、これらの手法を用いて構築したジョイスティックによる操縦システムについて述べている、

 第6章「センサ情報に基づく環境適応制御」では、歩行中の環境への反射的適応に当たる階層として、環境のモデル化誤差、ロボットのモデル化誤差に対応して、足部のカセンサ、姿勢角センサの情報を用いて歩行を安定化する方法について述べている.1)上体の位置軌道を修正することにより、カセンサの情報より計算されるZMPを目標ZMPに近づけるZMP追従制御、2)股関節付近の剛性不足により生じる上体のロール周りの傾きを、股ロール関節により補償する股関節のたわみ補償制御、3)着地を感知し、位置制御ゲインを適応的に変化するサーボゲインスケジューリングの3つの制御について詳述している.

 第7章「環境情報に基づく移動行動制御」では、前章までで述べた実時間歩行制御の各階層を統合したシステムとしての構成法について述べた後、視覚、触覚センサから得られた環境情報に基づく指令を入力した場合の実験、即ち、三次元視覚や分布触覚を用いたロボットの誘導実験、三次元視覚に基づく障害物回避行動実験等について述べている.

 第8章「結論」では本研究で得られた結論と考察をまとめている.

 以上要するに、本論文は、人間型ロボットの自律歩行を実現するための歩行制御システムの構築と動作のオンライン生成制御法についての研究をまとめたものであって、機械情報工学の発展に寄与するところ少なくない.

 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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