学位論文要旨



No 117019
著者(漢字) 山根,克
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,カツ
標題(和) 構造可変リンク系のインタラクティブな実時間動力学計算とそのヒューマンフィギュアの運動生成への応用
標題(洋) Realtime Interactive Dynamics Computation of Structure-Varying Kinematic Chains and Its Application to Motion Generation of Human Figures
報告番号 117019
報告番号 甲17019
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5160号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 講師 岡田,昌史
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 ヒューマノイド研究の進展,人間のキャラクタを含むアニメーションのコンピュータグラフィクス(CG)化の進行などを背景に,人間をリンク機構としてモデル化したヒューマンフィギュアの運動計算・運動生成を効率良く行うことが求められている.しかし,ヒューマンフィギュアは従来から盛んに研究されてきたロボットマニピュレータとは大きく異なった性質を持っているため,従来の手法をそのまま適用することはできない.ヒューマンフィギュア特有の性質として以下のようなものがあげられる.

・ 非常に多くの自由度を持ち,動力学・運動学の計算コストが大きい.また,運動生成においては考慮すべきパラメータが多くなる.

・ 慣性座標系に固定されたリンクがないため,不安定で制御が困難である.

・ 環境との衝突や接触が頻繁に発生するだけでなく,運動によってはそれらの現象を積極的に活用している.

・ リンクの結合状態が時間変化する.本論文ではこのようなリンク系を構造可変リンク系と呼ぶ.

・ ヒューマノイド・CGへの応用ではインタラクティブ性が求められる.

本研究では,このような性質を持つヒューマンフィギュアの動力学計算・運動生成を高速に行うための計算法を確立することを目的として,各種のアルゴリズムを開発・実装した.

 動力学計算においては,特に構造可変リンク系の動力学計算を高速・シームレスに行うことを目指した.また運動生成においては,高速な動力学・運動学計算を利用してインタラクティブな操作を可能とすることを主な目標とした.以下,それぞれの成果をまとめる.

2.ヒューマンフィギュアの動力学計算

 リンク系の動力学計算法の研究はロボットマニピュレータを対象として盛んに行われ,高速なアルゴリズムが多数知られているが,ヒューマンフィギュアのようなリンク系を扱うには必ずしも適していない.本研究では,一般の構造可変リンク系の動力学計算をシームレスに行う計算法およびリンク機構表現法を開発した.このリンク機構表現法は,任意の開リンク・閉リンク機構を表現できるだけでなく,構造を変化させるのに必要な処理が高速であるため,頻繁に構造が変化する場合でもオーバーヘッドが小さい.開発した動力学計算法はリンク構造の内部表現を読み取って任意の開リンク・閉リンク機構の運動方程式をオンラインで構成し,解くことができる.

 これを用いたシミュレーションの例を図1に示す.この例では,ヒューマンフィギュアが初め両手で鉄棒をつかんでいるが,時間の経過とともに右手・左手の順に手を放していく.従来このようなシミュレーションを行うためには,3種類のモデルデータをあらかじめ用意しておき,手を放すたびに切り替える必要があった.しかし,ヒューマンフィギュアのように複雑な運動を行うリンク系では,どのようなモデルが必要になるかを予測するのは難しい.本研究で提案した手法を用いると,基本となるヒューマンフィギュアのモデルさえ用意しておけば,環境や自分自身との結合状態がどのように変化しても,対応する内部データを容易に生成することができる.

 多自由度のリンク系の動力学計算を行う際には,計算量のオーダも問題になる.前節で述べた動力学計算法は,リンク系の自由度数がNのときO(N3)の計算量が必要であるため,多数のヒューマンフィギュアがある系などでは計算時間が非常に長くなると予想される.この問題点を解決するため,計算量がO(N)となるようにアルゴリズムを改良した.このアルゴリズムは,関節の処理順序を変更するだけで任意の数のプロセス上の並列計算に最適化することができるという特徴も持つ.特に,N自由度のリンク系に対してO(N)個のプロセスを使ったときの計算時間はO(logN)となる.

 この計算法によるシミュレーションの例を図2に示す.衝突・接触を含む40自由度のヒューマンフィギュアの動力学シミュレーション,環境との干渉チェック,歩行コントローラの計算を合わせた全体の計算時間は,通常のPC(PentiumIII 1GHz)上で実時間の5-6倍程度であり,ほぼ実時間での動力学シミュレーションが可能である.

3.ヒューマンフィギュアの運動生成

 ヒューマンフィギュアの運動生成は,考慮すべきパラメータの多さ,機構の不安定さなどから,オフラインで行われることがほとんどであった.しかし,ヒューマンフィギュアの応用分野を考慮すると,運動生成中に任意に入力を与えることのできるインタラクティブ性が不可欠である.本研究では,前節で述べた高速な動力学計算法を応用して,インタラクティブ性を持った運動生成法を開発した.

 ヒューマンフィギュアの人間らしい運動を生成する方法として考えられるのがモーションキャプチャデータをもとにする方法である.このとき,被験者とヒューマンフィギュアの力学特性が異なるために,キャプチャされたデータが対象とするヒューマンフィギュアに対して必ずしも力学的に実現可能であるとは限らない.また,実際にキャプチャされた運動だけでなく,それらを組み合わせて多様な運動を生成する必要がある.

 そこで本研究では,与えられた参照運動を対象とするヒューマンフィギュアに対して力学的に実現可能な運動に変換するための"力学フィルタ"の概念を提案し,プロトタイプを実装した.力学フィルタは,現在の状態と参照運動をもとにコントローラが計算した目標運動を運動方程式に基づく最適化により修正し,力学的に正しい運動を生成する.その特徴は,参照運動全体の情報を使わないため,参照運動をオンラインで随時入力できることである.これにより,あらかじめ決められた運動ではなく,ユーザからの入力に応じて生成された運動を力学的に実現可能な運動に変換でき,インタラクティブな運動生成が可能となる.

 図3に力学フィルタにより生成された運動の例を示す.直進歩行運動をキャプチャしたのち,腰の軌道のみを右へ30度旋回するように変更し,力学フィルタに入力した結果出力された運動である.この例では腰の軌道変更をオフラインで行ったが,ジョイスティックなどのからの入力によりインタラクティブに軌道を決定し,力学フィルタに入力することも可能である.しかし,現状では簡単なコントローラを使っているため,さまざまな運動に適用するためにはパラメータを高精度に調整する必要がある.

 モーションキャプチャは高価な設備を必要とし,必要なデータを手軽に取得できるわけではない.また,高度な技術を必要とする運動や,人間以外の生物の運動をキャプチャするのは難しい.本研究では,運動学的な拘束条件を考慮することにより,ピン/ドラッグインタフェースと呼ぶ直感的なインタフェースでヒューマンフィギュアの全身運動を生成できる方法を開発した.このインタフェースのイメージを図4に示す.特定のリンクをピン止めする拘束のほか,関節可動域,目標関節値の拘束条件が考慮された運動をリアルタイムで生成することができる.また,特異姿勢をとったり,拘束条件間に矛盾が生じたりした場合でも極端に高速な運動を出力しない工夫がなされている.

 生成された運動の例を図5に示す.この例では,両つま先・かかと,左手にピンを設定し,右手をドラッグすることにより,床からものを拾うような運動を生成している.このように,モーションキャプチャデータを使うことなく簡単な操作で全身の運動を生成できる.また,関節可動域を考慮することにより,ある程度人間らしい運動が実現されている.

4. おわりに

 動力学・運動学の基礎的な計算法の効率は,さまざまなアプリケーションにおける機構設計,制御アルゴリズムの開発,運動生成などの効率を左右するため,本研究で開発した高速な計算法はヒューマノイド・CGアニメーションの両分野における開発ツールとして有用である.実際,本論文の後半ではこれらの動力学計算法に基づくヒューマンフィギュアの運動生成法を提案している.

 ヒューマンフィギュアの全身運動の生成に関する研究をインタラクティブ性と力学的な実現性の両方の観点から扱った研究は少ない.本研究で提案した力学フィルタの概念は,コントローラの作成法に課題が残っているが,インタラクティブに実現可能な運動を生成するための枠組みを提案したという意味で重要である.

図1 構造可変リンク系のシミュレーション例

図2 高速動力学計算による歩行のシミュレーションの例

図3 力学フィルタにより生成された運動の例

図4 ピン/ドラッグインタフェースのイメージ

図5 ピン/ドラッグインタフェースにより生成された運動の例

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Realtime Interactive Dynamics Computation of Structure-Varying Kinematic Chains and Its Application to Motion Generation of Human Figures」(構造可変リンク系のインターラクティブな実時間動力学計算とそのヒューマンフィギュアの運動生成への応用)と題し、11章からなっている。

 ヒューマンフィギュアとは人間型のヒューマノイドロボットやコンピュータグラフィックスやアニメーション製作の中で使われる人間のモデルを表している。ヒューマノイドロボットの機構・制御系設計および動作設計において力学的シミュレーションの必要性が高まっている。ここでは従来の汎用の機構解析ソフトウェアでは出せなかった計算の高速性が重要な技術課題となっている。実時間計算が可能になれば、設計者がインターラクティブに運動を評価しながら機構や制御系や動作の設計を行うことができるため、現在よりも効率的でさらに高次な設計が可能になる。アニメーションの人間の運動生成においても力学シミュレーションによって力学的に整合性のある運動を作ることができれば、アニメーション製作者を支援することができ、その生産性を高めることができる。本論文はこのような技術課題に対して重要ないくつかの計算法を新たに開発し、それを実装して有効性を実証したものである。

 本論文の第1章は序論で、動力学計算法についての従来の研究と、ヒューマノイドロボットなどで求められている動力学シミュレーションについて述べている。さらに運動のインターラクティブな生成の重要性を指摘して、この論文の目指す方向、ならびに内容と特徴を概説している。

 第2章では、開リンク閉リンクを問わず一般的なリンク系の連鎖条件を計算する方法を提案し、それを用いた順逆動力学計算法について述べている。従来の機構解析ソフトウェアで採用されているアルゴリズムのように高次元で運動を表現し拘束を計算時に評価して解くのではなく、連鎖条件を用いて運動を低次元に落とした上で計算することができるため効率性の高い計算法となっている。

 第3章では、運動中にリンク構造が変化するリンク系の動力学計算法について述べている。ヒューマノイドロボットが両足で立つとき、片足で立つとき、手すりを持つとき、ジャンプするときなどでは、構造が変化するリンク系として計算することが、計算の効率性から望ましい。本章では、このような問題にリンク系の結合解析計算を必要としない動力学計算法を展開している。

 第4章は新たな順動力学計算法を提案した章となっている。これは単一の処理装置ではリンク数に比例した計算量(0(N))をもち、処理装置をリンク数Nに比例した数だけ並列に接続すれば、計算時間がリンク数の対数に比例する(0(logN))までになるという特徴をもつアルゴリズムである。

 第5章、および第6章では接触運動の計算法を扱っている。第5章ではヒューマノイドロボットの足と地面の接触時の運動を、剛体接触モデルに基づいて、運動量保存則と反発計数を用いることによって効率的に計算する方法を提案している。また、第6章では、接触運動をバネ質量モデルを仮定して計算する方法を議論している。このモデルでは接触力の時間変化が激しいため従来は積分時間刻みを極端に短くすることが必要であった。ここでは陰積分方を用いることで積分時間を比較的長く取ることができる計算法を開発している。

 第7章では、第2章で展開した動力学計算法を6自由度のパラレルマニピュレータの制御系に実装した結果について述べている。加速度パターンの再現を目的とした実験を行い、動力学の実時間計算を利用した制御系の有効性を確認している。

 第8章では、順動力学の高速計算の応用として、時系列的に与えられた必ずしも動力学的に正しくない目標運動パターンを動力学的な整合性をもつ運動パターンに変換する方法を論じている。

 第9章と第10章は特にコンピュータグラフィックス上の人間のアニメーションの動作生成法を開発したものである。第2章、第3章で論じた運動拘束の表現法を利用して、アニメーション製作者が運動拘束を自由に追加・削除できるインターフェイスを開発し、過拘束や特異点問題を緩和する計算法を採用することで、生産性の高いアニメーション製作環境を実現している。

 第11章は結論であり以上の研究を要約したものである。

 以上を要するに、本論文は、複雑なリンク系の拘束や動力学の計算を効率的に行う計算法を確立し、それを用いてヒューマノイドロボットやコンピュータグラフィックスの人間の運動生成などに応用したものであり、機械工学ならびにロボティクスに寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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