学位論文要旨



No 117021
著者(漢字) 川地,克明
著者(英字)
著者(カナ) カワチ,カツアキ
標題(和) インタラクティブグラフィクスのための実時間モーション生成手法
標題(洋)
報告番号 117021
報告番号 甲17021
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5162号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 下村,芳樹
内容要旨 要旨を表示する

 計算機を利用した映像制作手法(Computer Graphics, CG)の発達により、物体の形状や質感などを計算機上のモデルとして表現し、高度に写実的な映像を得ることが可能になりつつある。また、映像上の物体や人物を運動させるためには、計算機上の数値シミュレーションや実世界での運動の測定を行うことによって運動を表すパラメータを生成する手法を利用することができる。運動を表すパラメータは物体や人物の位置と姿勢を表す時系列データであり、以下ではこれを単に「モーション」と書く。

 インタラクティブグラフィクスは、ユーザが対話的に映像に介入することを可能にしたCGの一種である。映画などの非対話的な映像作品で利用されるCGでは、ユーザはあらかじめ作成された映像を再生することしかできない。しかし、インタラクティブグラフィクスを用いた映像では、ユーザの意図は計算機に備えられた入力装置を介して映像に反映させることができるので、ユーザの入力に応じて物体のモーションを動的に生成・変更する必要が生じる。これに加えて、インタラクティブグラフィクスでは1秒間に数十回程度の割合で行われる画像の更新に対して物体の位置姿勢を逐次更新する必要がある。このような高頻度でのモーションの更新を行う手法を本研究では実時間モーション生成手法と呼ぶ。実時間モーション生成手法にはモーション生成に要する計算量が少ないことと、モーション生成に要する計算量が時間的に平準であることが必要とされる。本研究ではこのような実時間モーション生成を可能にする手法を開発することを目的とし、CGで表される物体の中でも、特に剛体(機械部品などの変形しない物体)と人体(人間やそれに類する構造を持つ物体)とをモーション生成の対象とする。

 剛体のモーションを生成するためには、CGアニメーションの生成手法の中でもPhysically Based Modelingと呼ばれる運動シミュレーション手法を利用することができる。この手法は、簡略化した力学モデルを用いて物体に働く力を高速に計算するアルゴリズムだが、この手法による運動シミュレーションの速度は、運動方程式を時間積分する際の時間刻みの大きさに大きく影響される。本研究ではある運動状態下では短い間隔で連続して剛体の衝突が起こり、シミュレーションの速度を著しく低下させる場合があることを明らかにし、このようなシミュレーション速度の低下を回避できる運動シミュレーション手法を開発した。

 図1および図2は、シミュレーションの時間を0.005だけ進めるのに何回数値積分が必要だったかを示すグラフであり、横軸は時間t、縦軸は数値積分の回数である。従来の運動シミュレーション手法を用いた場合には、t=0.240からt=0.265にかけて、短い時間間隔での連続した衝突が起こる(図1)。この衝突は、数値演算精度の限界から衝突後の速度が0に丸められて収束しているが、t=0.265ではシミュレーションの時間を0.005だけ進めるのに71回の数値積分を必要としている。これに対し、本研究で開発した手法を用いた場合には、図2に示すように上のような連続した衝突は起こらず、常に1回または2回の数値積分を行うだけでシミュレーションの時間を0.005進めることができ、運動シミュレーションを安定した速度で行うことが可能になっている。

 本研究ではまた、人体のモーション生成を実時間で行う手法を開発した。人間のような複雑な構造をもつ物体を計算機上のキャラクタとして表現し、ユーザの要求に従って動作させることはいまだに難しい作業である(以下では、計算機上に表現された人間をキャラクタと呼ぶ)。特に、インタラクティブグラフィクスを用いた映像では、非対話的なCG映像制作の場合のようにアニメータの介入によって実行時の不自然な動作をあらかじめ検査しておくことができない。そこで、「歩く」「走る」等のキャラクタの動作パターンをあらかじめ基本的なモーションのデータベースとして作成しておき、これらのモーションを組み合わせ、接続することで一連の動作を生成するといった方法が用いられる。従来の実時間モーション生成手法では、モーションを外部条件に合致するように変形したり、他のモーションと混ぜ合わせたりするような編集を行う際には単純な関節角の線形補完を行っていたので、必ずしも自然なモーションが生成されるとは限らなかった。

 このようなモーションの編集を行うためには、CGアニメーションの生成手法の中でもモーションの人間的な動きの成分を保存しつつ目的に応じて編集するMotion Editingと呼ばれる手法を利用することができる。この手法を用いたモーションの編集は計算に時間がかかるため、本研究では計算量の少ない簡単なMotion Editing手法を開発した。また、このようなモーションの編集を行って多様な外部条件に対応する実時間モーション生成を行うための計算機上でのキャラクタの表現形式と、データベースとなるモーションの格納手法についても開発を行った。

 図3, 4, 5, 6は、本研究で開発した人体のモーション生成手法を用いてデータベース内の歩行のモーションを様々に編集し、一連のモーションを生成した結果を表している。ここで用いる歩行のモーションはモーションキャプチャによって得た歩行のデータのうち、右足を軸として一歩踏み出す部分である。図3はこの一歩踏み出すモーションを左右反転したデータを作成し、これを並べて連続した歩行ループ運動の生成を行った結果を示している。図4は、歩行ループ運動の生成で用いたデータに拘束条件を与え、しだいに歩幅が狭くなるような編集操作を行った結果を示している。本研究のモーション生成手法では、モーションのおおまかな特徴を表すデータと細かな特徴を表すデータを重ね合わせることでモーションの生成を行っているため、このようなモーションのおおまかな編集操作を簡単に行うことができる。同様に、図5は歩行モーションを別の体格に割り当てた例、図6は歩行モーションを段差を降りるモーションに重ね合わせて接続し、一連のモーションを生成した例を示す。このように、本研究では開発したキャラクタのモーション生成手法はさまざまな拘束条件に柔軟に対応した運動を実時間で生成することを可能にした。

図1:連続した衝突による速度低下

図2:速度低下の回避

図3:歩行ループ運動の生成

図4:歩幅の変更

図5:体格の変更

図6:段差降り

審査要旨 要旨を表示する

 川地克明(かわちかつあき)提出の本論文は「インタラクティブグラフィクスのための実時間モーション生成手法」と題し,全10章よりなり,計算機を利用した映像制作(Computer Graphics, CG)において物体の運動を生成する問題を扱っている.

 第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.インタラクティブグラフィクスはユーザが映像に対話的に介入することを可能にしたCGの一種であり,ユーザの入力によって映像中の物体の運動を変化させることが可能となっている.しかしユーザの入力によって物体の周囲の状態が様々に変化するため,インタラクティブグラフィクスでは何らかのアルゴリズムで物体の運動(モーション)を動的に生成してやる手法が必要がある.本

研究では,このようなモーション生成手法に必要な条件として,(1)周囲の状況に応じた動的なモーション生成手法であること,(2)生成されるモーションが自然なものであること,(3)モーション生成が高速で安定していること,の3つを定め,このような条件を満たすモーション生成手法の開発を行った.本研究でのモーション生成では,接触や衝突を伴う運動をする剛体と,ある意図を持って行動する人体(キャラクタ)とをモーション生成の対象とした.

 第2章では,接触や衝突を伴う剛体のモーション生成を行う手法として提案された物理法則に基づく運動シミュレーション手法について,物体に働く力のモデル化方法という観点から分類して手法について述べ,本研究で利用する接触力と撃力による運動シミュレーション手法の詳細と,本研究と従来の手法との差異について述べて手法の位置づけを行った.

 第3章では,接触状態の変化する剛体の運動シミュレーションで,同時に多数の点で衝突する物体の間に働く撃力とこれに伴う摩擦力について定式化を行っている.また,この定式化では摩擦を伴う撃力は線形相補性問題を解く手法を拡張して解くことができることを示し,この定式化による撃力と摩擦力を計算する手法について詳述した.

 第4章では,インタラクティブグラフィクスでのモーション生成手法として剛体の運動シミュレーションを行う場合に,対話性を損なう原因とその解決方法について示している.まず,運動シミュレーションの速度が時間積分の大きさに依存していることを示し,物体同士が特定の力学的状態で衝突した場合には衝突の間隔が等比級数的に小さくなって運動シミュレーションの進行速度が限りなく0に近づく条件について明らかにした.また,このような状態を発

生させないために,接触状態にある剛体間の相対速度の条件を緩和する手法を示し,その効果を実際のシミュレータでの実験によって検証した.さらに,単純な最短距離を用いた接触判定手法では力学的に不自然に見えるモーションが生成されることを示し,このような不自然な方向に力を働かせない接触判定を行うために物体のオフセットを取った形状による接触領域を用いて接触方向の決定を行う手法を提案した.

 第5章では,ここまでで提案したモーション生成手法によって実際に剛体の運動シミュレータを実装し,機械機構の運動シミュレーションとアニメーションの生成を行って,複雑な機構モデルについてもユーザの操作によるインタラクティブなモーション生成が可能であることを示した.また,本研究での衝突時の摩擦モデルによるモーションが,精密な摩擦モデルである撃力ベース手法によるモーションとよく一致することを明らかにし,この摩擦モデルの有効性

を示した.さらに,本研究で提案した剛体のモーション生成手法に関して総括し,インタラクティブグラフィクスでの剛体のモーション生成手法としての有効性を確認した.

 第6章では,キャラクタのモーション生成手法について先行する研究の手法を分類し,本研究での手法の位置づけを行う.本研究では生成されるモーションが制御しやすいという点と,もとになるモーションの特徴を生かした自然なモーションが生成できるという性質から,モーションデータベースを用いてモーションの生成を行う手法を利用する.

 第7章では,制御点からキャラクタの姿勢を再計算する手法について述べる.本研究では,関節角の代りにキャラクタ上の特徴点を用いてモーションを表わし,外部の拘束を満たすために編集された特徴点をキャラクタにあてはめて姿勢を再計算する.このとき,特徴点は一つ一つ独立に軌道を編集を行うため,全ての特徴点を矛盾なくキャラクタにあてはめられない場合がある.本研究では無限に硬いばねで繋がれた質点系を用いた逆運動学の手法を用い、優先順

位を付けた特徴点間の幾何的な拘束を満足させることで姿勢の計算を行う.また,モーションキャプチャによって得た位置センサの測定値からキャラクタのモーションを再計算する場合にこの手順を使用し,ノイズや矛盾を含む特徴点のデータに対して手法が有効であることを実証した.

 第8章では,周囲の状況に応じてモーションを表わす特徴点の軌道を編集する手法について述べている.このような編集を行う手法としては非インタラクティブな映像制作に用いられるMotion Editingとよばれる手法が挙げられるが,編集に要する計算時間が長く,インタラクティブグラフィクスでそのまま利用することはできない.そこで,本研究では特徴点の軌道に与えることができる拘束条件を簡単なものに限定し,終端点の位置と速度を拘束するモーショ

ンの編集を行える計算量の少ない手法を提案した.また,実際にこの手法でモーションの編集の実験を行った結果から速度が小さくなる点で編集結果が不自然になることを示し,このような不自然な変形を起こさないように改良したモーション編集手法を示した.

 第9章では,前章までで述べた手法を利用してキャラクタのモーション生成を行う手法について述べている.本研究で姿勢の再計算とモーションの編集を行う手法はいずれも簡単な計算によるものであり,モーションキャプチャによって作成したデータベースから一連のモーションを生成する場合でも非常に少ない計算量しか要しないことを示した.また,歩行の歩幅の変更や異なる体格のキャラクタへのモーションの当てはめといったモーション生成を行い,動的なキャラクタのモーション生成が可能であることを実証した.

 第10章では,結論を述べている.本論文においてインタラクティブグラフィクスでのモーション生成に必要な条件として示した条件が実現されたことが、本研究で実装した剛体とキャラクタのモーション生成システムによってそれぞれ示された.

 以上を要約するに,本研究により,インタラクティブグラフィクスでのモーション生成手法に必要な条件が明らかにされ,映像上で運動を行う基本的な単位である剛体とキャラクタとについて,それぞれのモーション生成手法に関して大きな貢献をしたと言える.このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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