学位論文要旨



No 117022
著者(漢字) 神田,岳文
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,タケフミ
標題(和) 水熱合成法PZT薄膜を用いた縦振動プローブセンサ
標題(洋)
報告番号 117022
報告番号 甲17022
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5163号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 助教授 川勝,英樹
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
 東京工業大学 助教授 黒澤,実
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 半導体製造技術などの各種加工技術の微細化に伴い、高分解能の表面形状測定システムが必要とされている。既存の測定技術では、AFMのように分解能が高いが測定ストロークが短いこと、あるいは表面粗さ計のように接触圧力が高く、測定対象物に対して損傷を与えることなどの問題があった。本研究では、AFMなどのSPMに準ずるサブナノの分解能を持ち、0.1μN以下と表面粗さ計よりも測定力が低く、数mm角程度の範囲で形状測定を行え、工作機械で加工中の物体や液中の試料等の形状測定が可能な形状測定システムの実現を目指し、このようなシステムを構成するのに必要な、プローブセンサについて、試作、評価を行った。

原理と構造

 センサによる形状測定のイメージをFig.1に示す。センサは縦振動2分の1波長共振させる振動子からなり、この節の部分を支持する。振動子のホーン先端を測定対象へ近づけ、このときの共振状態の変化を測定することにより、近接状態、接触を検出する。

 このセンサでは縦振動の共振状態の変化を接触、近接の検出に用いている。一般に、AFMなどのSPMでは、カンチレバーのたわみ振動が用いられている。これに対し、縦振動子は粘性抵抗の影響が小さく、また共振周波数が高いなどの利点があり、カンチレバーに比べて高分解能・高速走査を実現できると考えられる。

 Fig.2に試作したセンサの振動子の構造を示す。振動子は板状であり、圧電体であるPZTの薄膜が水熱合成法[1, 2]により成膜されている。このPZT薄膜の表面に加振用、振動検出用の電極を設けた。振動子の長さは9.8mmであり、またチタン芯材の厚さは100μm、PZT膜の厚さ10μm、ホーンによる振幅拡大率は3.2である。

 本研究では、圧電体PZTの成膜に、水熱合成法を用い、印加電圧と振動速度、振動振幅について、線形性の高い縦振動子を実現した。Fig.3に水熱合成法によって成膜されたPZT薄膜表面のSEM写真を示す。

振動子の特性と検出分解能の評価

 振動子の振動振幅と検出電圧の関係を測定した。印加電圧は3Vp-pである。また、検出電圧の測定には、プリアンプとして差動増幅回路を用い、Fig.3に示す参照電極と検出電極の間の電位差を測定した測定結果をFig.4に示す。このとき振動振幅は126nmo-p、Q値は705、検出電圧は3.4mVrmsである。

 振動子を試料表面に近づけた時の検出電圧の値Vと振動子先端の変位dの関係を、Fig.5に示す。Fig.5で各部分は、左側から、自由振動時、周期的接触(タッピングモード)時、完全接触時を表すものと考えられる。このとき、周期的接触時のグラフ上での傾斜が急であるほど感度が高いといえる。このことから、感度Pを

 P=δV/δd (1)

と定義する。

 センサの感度から、センサの形状測定時の垂直方向の接触検出分解能を求めることができる。最小検出電圧をVmin、差動増幅回路のノイズレベルをνm、差動増幅回路の増幅率をGとするとき、センサの分解能Rsは、

 Vmin=νm/G (2)

として、

 Rs=Vmin/P (3)

となる。Fig.5の測定結果から、分解能は2.4nmであった。

分解能の向上

分解能を向上する方法

 分解能を向上する方法としては、式(3)から、感度Pの増大と、ノイズレベルνmの減少の二種類の方法が考えられる。感度Pは、圧電定数e31にほぼ比例する。このため、PZT薄膜の圧電特性を向上することによって感度の向上が可能である。また、振動子の小型化・高周波化によっても感度の向上が可能である。

PZTの成膜プロセスの改善

 センサの感度は圧電定数e31に比例し、分解能は感度に反比例する。測定から、水熱合成法によって成膜されたPZT薄膜の圧電定数e31は、PZTのバルク材料の4.3%に過ぎないことがわかった。またd31は−34.2pC/Nである。この値はバルク材料での圧電定数d31の値−93.6pC/N[3]の37%である。圧電定数e31はd31と弾性スティフネスの積に依存する。したがって、水熱合成法による薄膜のヤング率の値を増大させることによって圧電定数e31が改善され、感度が向上する。

ノイズレベルの低減

 ノイズレベルνmは、回路における雑音と、振動子での雑音の振幅値の二乗和の平方根をとったものに相当する。振動子において、発生する雑音は、電気的な雑音源によるものと機械的なものとがある。機械的なものとしては、振動子の熱振動による雑音があげられる。

 センサに用いる縦振動子について、ノイズ分に相当する振動振幅の値を計算した。熱振動ノイズに比ベジョンソンノイズによる振幅が50倍以上大きく、支配的であるといえる。回路、伝送線路における雑音発生がないものとして、振動子において発生するノイズの値から、センサの理論分解能を求めると35pmとなった。

 上記のように、振動子のノイズできまる分解能は35pmであるが、プリアンプ回路出力から求められる分解能は2.4nmである。すなわち、振動子におけるノイズレベルよりも、プリアンプ回路内部で発生するノイズレベルのほうが支配的であることがわかる。今回、使用したオペアンプLF356の仕様から、増幅回路において発生する雑音を求めと、プリアンプ(差動増幅)回路において内部で、発生するノイズレベルは、0.45mVとなり、測定値とほぼ等しい。

振動子の小型化

 センサの分解能を高め、さらに応答周波数を高くするためには、小型化による高周波化を進めることが有効である。

 Fig.8に示すように、より小型のセンサの試作を行い、振動振幅の測定を行った。振動子の構造は従来と同様である。振動子の長さは3.0mmであり、先端の幅は0.1mm、反対側の幅は0.3mmである。また、振動子の厚さは0.1mmである。縦振動速度、縦振動振幅、共振周波数、振動のQ値は、それぞれ2.4×10-2m/s、4.1nmo-p、937kHz、394となった。試作した振動子について感度を求めると、1.0×10-1mV/nmとなり、従来の振動子の感度2.0×10-2mV/nmの5.0倍となって感度は向上した。

まとめ

 水熱合成法PZT薄膜を用いた縦振動プローブ接触センサについて、試作を行い、感度、分解能の評価を行った。線形性に優れた振動子を実現し、ナノメートルオーダーで垂直方向の分解能は確認できたが、サブナノメートルオーダーの分解能での測定のためには、さらに改良が必要である。これには、PZTの圧電定数の向上、振動子の小型・高周波化が有効であり、ノイズレベルの低下が必要である。

参考文献.

[1] K.Shimomura et al., Jpn. J. Appl. Phys, Vol.30, 9B, p2174-2177, 1991.

[2] T.Morita et al., Jpn. J. Appl. Phys., No.36 5B, pp.2998-2999, 1997.

[3] B.Jaffe et al : "Piezoelectric Ceramics", Academic Press, London, 1971.

Fig.1 プローブセンサによる表面形状の測定

Fig.2 試作したセンサの構造

Fig.3 水熱合成法によって成膜されたPZT薄膜表面のSEM写真

Fig.4 振動子先端での振動振幅と検出電圧の関係

Fig.5測定対象物表面への接近時の検出電圧の変化

Fig.6 小型化した振動子

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「水熱合成法PZT薄膜を用いた縦振動プローブセンサ」と題し、水熱合成法によるPZT薄膜を用いた縦振動プローブセンサの開発に取り組んだ研究成果を纏めたものである.本論文は、全7章から構成されている.

 第1章「序論」では、AFMなどのプローブ顕微鏡等の超精密表面形状測定器の現状を示し、本研究の技術分野の背景について述べている.AFMなどのプローブ顕微鏡や、超精密表面粗さ計では測定が難しい範囲の表面形状測定システムを実現することを目的とし、具体的にはプローブとして用いる振動形接触・近接検出センサの開発、およびこれに用いるPZT薄膜の成膜および評価に取り組むことを述べている.

 第2章「振動形プローブセンサの原理」では、振動形プローブセンサの原理について論じ、センサに用いる振動子を設計する際の指針を明らかにしている.

 プローブが表面に接触したことを検出する振幅電圧変調感度を、縦振動子とたわみ振動子について解析し、AFMなどでのカンチレバーのたわみ振動を用いた場合と比較して、縦振動を用いることによって高い感度が得られる可能性があることを導いている.

 また、縦振動子をプローブとして用いる場合について、プローブセンサの先端が対象物に接触する際の先端の挙動を解析し、感度および測定力の変化の様子を明らかにしている.そして、センサに用いる振動子を設計する際の指針を示している.

 第3章「水熱合成法によるPZT薄膜の成膜」では、センサの製作に用いる、PZT薄膜の水熱合成法による成膜、およびその評価について論じている.

 まず、PZT膜の成膜方法の現状についてまとめ、各種成膜法の特徴を述べ、各々の特性の比較を行っている.そして、目標とする縦振動子の励振とセンシングに必要なPZT薄膜を製作する方法としては、水熱合成法が最も適していると判断している.しかし、従来の水熱合成法によるPZT薄膜では、バルクのPZTに比べてやわらかく、変位、発生力が小さいなど特性が良くなかった.そこで、特に重要であるヤング率等を向上するよう、結晶の成長を図る方法を探索した.そして、成膜回数を増やすことによって膜厚と結晶粒径の増大が得られることを見出し、15回成膜を繰り返して、バイモルフ振動子片面あたり、30μmの膜厚を得ることに成功している.多数回成膜によって得られたこれらの振動子の最大の振動速度は、2.24m/sとなり、バルクの振動子の場合と比較して数倍の値を達成している.このように改良した水熱合成法によって成膜されたPZT薄膜を用いた縦振動子は、振動を利用するセンサやアクチュエータに用いられる振動子として優れていることを明らかにしている.

 第4章「センサの製作・振動子特性の評価」では、本研究で試作したセンサの構造、製作方法、および振動子としての特性の評価について詳細に論じている.まず、予備実験として、円柱状の振動子によるセンサを試作し、測定原理の確認を行い、励振および振動検出が可能であり、また、検出電圧の測定によって、接触の検出に成功している.そして、PZT薄膜のチタン材に対する割合を高めるため、円柱状から板状の構造とした.また、検出電圧に対する誘導による影響を抑えるため、検出に用いる電極の組み合わせ、および検出回路について種々の工夫を行っている.そして、製作した厚さが100μmの振動子について、共振周波数305kHzにおいて126nmo-pの振動振幅を得ている.このときのたわみ方向の振動振幅は36pmときわめて小さくすることに成功している.

 第5章「センサの小型化・高周波化」では、第4章で試作した振動子の小型化・高周波化によるセンサの改良について論じている.

 まず、振動子の小型化による、センサの性能への影響について詳しく検討している.振動子は小型化により有利な特性が得られることを理論的に明らかにした.そして、4分の1波長部の長さが1mmの振動子を試作し、第4章の振動子の6.3倍の感度を得ることに成功している.

 第6章「接触検出と形状測定」では、試作したプローブセンサを用いて接触検出、および形状測定実験を行っている.プローブ先端に取り付ける端子に形成にてこずり、期待された高分解能の測定はできていないが、先端を先鋭化させない状態で、AFMでのカンチレバーのかわりに開発した縦振動センサを用いて、走査による形状測定を試み、500nm間隔の凹凸の画像を得ることに成功しており、研究開発した諸技術の有効性の確認を行えている.

 第7章[結言]は本論文の結論であり、本研究で得られた成果についての総括を行い、さらに今度の展望について述べている.

 このように、本論文では、水熱合成法という新しいPZTの薄膜形成技術の改良を行い、薄板に形成し縦振動センサーを試作し、表面微細形状の計測が可能であることを明らかにしており、精密機械工学及び精密機械工業の発展に大きく貢献するものと言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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