学位論文要旨



No 117028
著者(漢字) 近藤,逸人
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ハヤト
標題(和) 自律型水中ロボットの観測行動に関する研究
標題(洋)
報告番号 117028
報告番号 甲17028
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5169号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 鈴木,英之
 東京大学 助教授 藤井,輝夫
内容要旨 要旨を表示する

 人間の生命や生活と密接な関わりを持つ海洋や湖沼を調査することは非常に重要な意味を持ち,地球科学的に興味深いのと同時に,生命の誕生そのものに関わる神秘を探るロマンを秘めている.近年,自律的に水中を航行しながらこれらの調査活動をおこなえる水中ロボットが世界的に開発されるようになり,海底熱水噴出地帯の長期観測をおこなったり,海底火山の噴火口跡を音響画像装置により観測したりするなど,実用的な科学調査活動にも用いられるようになってきた.自律型水中ロボット(AUV)に関するこれまでの研究開発は,広範囲を長距離にわたって航行することに主眼が置かれており,ある特定の対象物に接近して画像を撮影するなどの詳細な観測行動は実現されていない.港湾のパイルやケーソンなど水中構造物が入り組んだ場所の調査や沈没船等の調査は,索の拘束を受けず自由に行動できる自律型水中ロボットがその長所を発揮できる有望な分野であり,多くのニーズがある.しかし,これまではこのような観測行動に必要となる有効なセンシング手法とナビゲーション手法が確立されていなかったため,実現が困難であった.

 そこで,本研究では画像撮影による対象物の調査を前提として,自律型の水中ロボットが観測対象物を発見して位置推定をおこない,接近,対象物の形状に合わせて姿勢と距離を一定に保持して航行しながら画像撮影をおこなうという,一連の観測行動を可能とするシステムの構築を目標とする.提案する手法の検証は,実際にテストベッドロボットを構築して水槽実験によりおこなう.

 本研究では,観測行動手法MOOD(Method for Object Observation in Detail)を提案する.MOODではセンシングに関してレーザ測距システムを,ナビゲーションに関してナビゲーション基準の切り替えを導入する.MOODの構成は,航法の位置誤差を吸収し,かつ磁針方位の不確実性に対処することでナビゲーションの切り替えを可能とするLIUM(Localization Involving Uncertainty of Magnetic Bearings)と,レーザ測距システムと運動センサの情報を基に対象物の輪郭形状に沿って航行するためのMOST(Method for Object Shape Tracing)からなる.

 水中でのセンシング手法は,超音波センサと光学センサを用いる手法に大別され,それぞれにアクティブとパッシブなセンシング手法がある.超音波センサは,水中構造物での音波の乱反射や分解能の低さから,想定する観測行動に用いることはできない.従来の光学センサを用いる手法としては,レーザを用いたアクティブセンシングとTVカメラの画像処理によるパッシブセンシングがあるが,レーザを用いる装置は小型のAUVにとって巨大であり,TVカメラを用いる方法では,事前に特徴物を設置したり,観測対象物に特徴点がなければならないといった制約があるため,想定する観測行動には向かない.そこで,本研究ではTVカメラとレーザポインタを組み合わせて,軽装な測距システムを構築する.水中では光の減衰が激しく,マリンスノーなど懸濁物の浮遊も想定されるが,対象物を観測するにはTVカメラによる撮影が最も基本的かつ有効な手段であると考えられ,TVカメラで対象物の画像を撮影できる程度の透明度は確保されていることが前提になる.このため,撮影される画像をセンシングに利用することは理にかなっていると考えられ,従来はほとんど超音波センサに頼らなければならなかったために解決が困難であったセンシングの難しさも克服することができるようになる.レーザ測距システムにより,超音波センサでは得られなかったピンポイントの測距が可能となり,測定精度も良好であることから,観測対象物の発見や位置計測,さらに対象物の形状に沿って姿勢をリアルタイムで制御しながら移動するトレース行動などを実現する糸口をつかむことができる.

 ナビゲーションに関しては,水中では電磁波の減衰が激しいためGPSなど電磁波による測位がおこなえない.このため,音響測位装置か慣性航法装置が用いられる.音響測位装置は,構造物が複雑に存在する場所では音波の乱反射により使用することが困難であるため,構造物に接近してナビゲーションをおこなうことはできない.小型の水中ロボットでは,コストや大きさの面から精度の良い慣性航法装置を搭載することは困難であるため,速度センサと磁気方位センサの情報による推測航法を用いることが多い.推測航法は速度を積分することで自機位置を求めるが,時間の経過と共に誤差が積算される問題を孕んでいる.磁気方位センサは環境磁場の歪みから影響を受け易く,磁針方位の不確実性の問題が生じる.これにより自機位置の特定が困難となり,自律的なナビゲーションがおこなえなくなる.このため,従来のナビゲーション手法のみでは,想定する観測行動の実現は困難である.そこで,観測対象物の近辺までは推測航法により航行し,その地点で周辺を探索することにより対象物を発見し,その後はナビゲーションの基準を対象物との相対的位置関係に切り替えて航行することにより観測行動を可能とする.

 金属を含む構造物の周辺では磁場が歪むため,自機位置の特定に必要な磁気方位センサの計測値に誤差が生じる.この誤差は,ロボットの運動自由度としてはヨーに関係している.このため,サージまたはスウェイの方向に運動が生じると自機位置に大きなずれが生じる.ロボットが観測対象物を発見するための行動から,対象物に接近して観測行動に移るまでは測位のずれを生じさせてはならない.このことから,ロボットは観測対象物を発見するために,まずある一点に留まってヨー運動のみをおこなう.同時にレーザ測距システムを用いて周辺に存在する観測対象物をロボット内部の地球固定座標系マップにマッピングする.このとき磁場の歪みにより生じる磁気方位センサデータの不確実性を内包したままマッピングがおこなわれる.得られるマップ情報は,実際の位置と大きく異なっていることもあり得る.しかし,ロボットが定点に留まってヨーのみを運動させていることから,1つの観測対象物をマッピングし終わったとき,ロボットの中心座標から発見された観測対象物の中心座標に向けたベクトルを求めることができる.このベクトル方位は誤差を含めたまま信頼することができ,これを目標として,同じく定点に留まったままヨー運動のみをおこなえば,実際の観測対象物に向けて方位を制御できる.この手法をLIUMと称する.LIUMにより,磁場の歪んだ環境下でも対象物を発見して,その位置を特定することができ,航法の位置誤差を吸収して,ナビゲーション基準の切り替えをおこなうことができる.

 観測対象物を発見した後には,接近して輪郭形状をトレースしながらTVカメラによる観測をおこなう.このための手法にもレーザ測距システムを用いる.ロボットの頭部左右に2本設置したレーザポインタから照射されるレーザビームの反射点をTVカメラでとらえ,三角測量の手法によりそれぞれの反射点までの距離を測定する.レーザ光軸間の距離が既知であることから,対象物に対して向かい合う角度も計算できる.以上の情報をもとに,ロボットの各運動自由度を独立して制御する.距離情報からサージの速度制御を,向かい合う角度情報からヨーの角速度制御をおこない,スウェイは速度一定制御,ヒーブは深度一定制御をおこなうことで,水平面内におけるトレース航行を実現する.この手法をMOSTと称する.

 自律型水中ロボットは,海流外乱などの未知の環境に出くわすことが多く,流体の挙動により受ける運動への影響も予想が難しいため,実際にロボットを構築して水中で行動させることにより,システムの有効性を検証することが非常に重要である.このような観点に立ち,実験に必要となるテストベッドロボットとしてTri-Dog 1を設計,製作する(Fig.1).観測行動手法の適用を前提に,運動制御のしやすさに配慮してスラスタを6基搭載することとし,かつできるだけ連成の影響を少なくするように配置する.運動計測のためのセンサも運動の解析を容易にするためにヨー回転軸上に配置する.テストベッドとしての役割を考慮して,ハードウェア構成,ソフトウェア構成共に汎用性と実験効率の良さを念頭にシステム構築をおこなう.ソフトウェアシステムは,自律型水中ロボットのテストベッドが持つべき機能を役割ごとに分類して分散システムとし,汎用性と変更の容易さ,およびインタフェースとの整合性の良さを併せ持つシステムを構築する.

 開発したTri-Dog 1のシステムにMOODを適用して水槽実験をおこなう.基礎実験としてMOSTのみを適用し,(1)平面状壁面のトレース,(2)曲面を持つ壁面のトレース,(3)パイル状構造物のトレース,の3項目をおこなった.実験の結果からMOSTと開発したTri-Dog 1の全体システムが良好に機能することを確認した.

 基礎実験の結果を受けて,MOOD全体を適用した総合実験をおこなう.実際の港湾のパイル配置を模擬して,3本のパイル状構造物を設置した水槽で観測行動実験をおこなった.この結果,磁場の歪みがある環境下でも3本のパイルを次々に発見し,観測することに成功した(Fig.2).これらの実験結果から,提案した観測行動手法MOODとTri-Dog 1のシステムの有効性を確認した.

 本論文の成果により,港湾のパイル等を対象とした自律型水中ロボットによる自動観測が可能になるものと期待される.

Fig.1 Autonomous underwater vehicle "Tri-Dog 1."

Fig.2 Trajectory of the Tri-Dog 1 plotting on the actual position of the test tank arrangement.

審査要旨 要旨を表示する

 今日、海洋が地球システムに及ぼす影響の大きさが計り知れないものであることが分かっているにもかかわらず、海に関する観測態勢は陸上あるいは空中に比べると極めて貧弱である。これは、海中を観測することが技術的に容易でないことによる。近年、自律的に水中を航行しながら調査活動をおこなえる水中ロボットが世界的に開発されるようになり、実用的な科学調査活動にも用いられるようになってきた。しかし、陸上のロボットのように、マニピュレーションを含む高度な行動はできていない。それは、海中環境中の対象物をセンシングし、それを行動にフィードバックすることが困難であるからである。本論文では、このような困難を克服するための手法を論じ、画像撮影による対象物の調査を前提として自律型水中ロボットに自律的に観測させる新しい手法を確立して、新しい水中観測の手法を提案している。

 観測行動手法の研究開発において重要な部分は、ロボット周囲の状況と対象物のセンシングとそれに基づいた航法の開発である。本論文では、そこに焦点を当てて、水中での新しいセンシング手法を導入して、新しい航法を開発している。

 観測行動の目的を画像撮影による対象物の調査と位置づけることで、センシングの手法としてレーザを用いた測距システムを開発している。水中では光の減衰も激しく、マリンスノーなどの懸濁物もあるため、画像ベースのナビゲーションには否定的な考えを持つ向きもある。しかし、対象物を観測する際には、TVカメラによる撮影が水中で最も基本的かつ有効な手段である。これに着目し、その画像をナビゲーションにも利用することは理にかなっていると判断している。開発したレーザ測距システムにより、超音波センサでは得られなかったピンポイントの測距が可能となり、測定精度も良好であることから、観測対象物の発見や位置計測、さらに対象物の形状に沿って、姿勢をリアルタイムで制御しながら移動するトレース行動などを実現することができた。これまでほとんど超音波センサに頼らなければならなかったために解決が困難であった高解像度高精度のセンシングを可能にしている。

 また、新しい航法として、磁場の歪からくる磁針方位の不確実性の問題を克服し、対象物との相対位置を検出することにより、補正する総合的な手法を開発している。まず、観測対象物が存在する領域に関しては、あらかじめ大まかな位置情報をロボットに持たせ、推測航法によりその領域まで航行させる。この時点で、測位の誤差により位置決めの信頼性はすでに低下している。観測領域に到達したら、ヨー運動のみで周辺の探索をおこない、レーザ測距システムを用いて周辺に存在する観測対象物を、ロボット内部の地球固定座標系マップにマッピングする。得られるマップ情報は、ロボットが定点に留まってヨーのみを運動させていることから、1つの観測対象物に関し、ロボットの中心座標から、発見された観測対象物の中心座標に向けたベクトルを求めることができる。このベクトル方位により、磁場の歪を補正することができる。これをLIUM(Localization Involving Uncertainty of Magnetic bearings)と名づけている。

 観測対象物を発見した後は、それに接近して形状をトレースしながらカメラによる観測をおこなう。対象物の形状をトレースする手法にも、レーザ測距システムを用いることを提案している。すなわち、ロボットの頭部に3本設置したレーザポインタから照射されるレーザビームの反射点をCCDカメラでとらえ、対象物の距離と角度を求めることができる。これらの情報をもとに、ロボット運動を制御することで、対象物の形状をトレースする行動を可能とした。この手法をMOST(Method for Object Shape Tracing)と名づけている。また、以上の観測行動手法を総称してMOOD(Method for Object Observation in Detail)と名づけている。

 こうした新しいロボット行動システムを実ロボットに搭載して実験的に検証あるいは実際の観測をおこなって観測現場で検証するために、高機能のテストベッドロボット「Tri-Dog 1」を研究開発している。ハードウェア構成、ソフトウェア構成共に汎用性と実験効率の良さを念頭に世界的にも最新鋭の水中ロボットシステムの製作をおこなっている。ソフトウェアシステムの構築では、分散アーキテクチャを開発することで、システムの改良とインタフェースの作成を容易にしている。

 開発した「Tri-Dog 1」にMOODを搭載し、(1)平面状壁面のトレース、(2)曲面を持つ壁面のトレース、および(3)パイル状構造物のトレース、の基礎実験を実施し、MOSTと開発したTri-Dog 1の全体システムが壁面観測に適していることを確認した。

 基礎実験の結果を受けて、総合実験としてMOOD全体を適用し、橋脚を模擬した3本のパイル状構造物が存在する領域における観測行動実験をおこなった。この結果、磁場の歪みがある環境下でも3本のパイルを次々に発見し、観測することに成功している。これらの実験結果から、提案したMOODとTri-Dog 1のシステムの有効性を確認した。

 以上のように、新しい観測行動手法MOODの適用により、自律型水中ロボットはこれまでには実行できなかったような総合的な調査活動を可能とし、さらに、自律機ばかりでなく遠隔操縦機にも広く適用することが可能であることを示した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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