学位論文要旨



No 117029
著者(漢字) 荒木,幹也
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ミキヤ
標題(和) 超音速せん断層の二次不安定性励起による混合促進
標題(洋)
報告番号 117029
報告番号 甲17029
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5170号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 次世代宇宙往還機のエンジンとして,スクラムジェット・エンジン(SCRamjet Engine : Supersonic Combustion Ramjet Engine)に注目が集まっている.スクラムジェット・エンジンは,ラムジェット・エンジンの一種であり,大気中の酸素を酸化剤として使用する.このため,ロケット・エンジンのように大量の酸化剤を携行する必要がないという大きな利点をもつ.従来のラムジェット・エンジンでは,吸入した空気を圧縮する際に,これを亜音速まで減速する.しかしながら極超音速飛行を目指す場合,空気流を亜音速まで減速すると,過度な温度上昇をまねき,エンジンは深刻な障害を受ける.スクラムジェット・エンジンでは,空気流の圧縮を超音速にとどめ,この問題を回避する.しかしながら一方で,空気流が超音速であるために生じる問題もある.超音速空気流と燃料流の混合の問題である.圧縮性の増大とともに流れ場の安定性は増大し,乱流混合は極めて進みにくくなる.この結果,燃焼効率は低下し,エンジンの性能は低下する.したがって,スクラムジェット・エンジン開発においては,超音速空気流と燃料流の混合促進が重要な課題となる.

 本研究では,超音速乱流混合の最も単純な場として,超音速せん断層に着目した.平行に流れる二つの流れの間にせん断層が形成される.せん断層の乱流遷移過程は以下のように説明される.(i)流れ場の一次不安定性により,流れ場の中のじょう乱が増幅され,スパン方向に軸を持つ渦が形成される.(ii)その後,流れ場の二次不安定性により,流れ方向の渦が形成される.(iii)渦にエントレインされた流体は,やがて分子レベルで混合する.したがって,渦の発達の促進が,混合促進の重要な鍵となる.つまり,渦の発生の原因である不安定性の増大が,混合促進の重要な鍵となる.

 これまでの研究から,圧縮性の増大とともに一次不安定性は著しく抑制されることが明らかになっている.しかしながら,二次不安定性が圧縮性の影響をどの程度受けるのかは,ほとんど知られていない.そこで本研究では,二次不安定性が,超音速せん断層の発達に及ぼす影響を,実験的および解析的に検討した.

2.実験装置および方法

 本研究の実験は,矩形断面を持つブローダウン方式の超音速風洞で行った.マッハ数1.78の超音速空気流に対して,平行にマッハ数0.29の亜音速空気流を噴射した.超音速空気流と亜音速空気流の間に超音速せん断層が形成される.本研究の実験では,(I)単せん断層および(II)二重せん断層の二種類のせん断層について検討を行った.

 本研究の実験では,二次不安定性すなわち流れ方向渦の発生を励起する方法として,正弦曲線に加工したトレーリング・エッジを用いた.正弦曲線の波長をλ,振幅をAとし,様々な形状のトレーリング・エッジについてその影響を調べた.また,二重せん断層の実験においては,上下のトレーリング・エッジの正弦曲線の位相をそろえたもの(対称型)と,180度位相をずらしたもの(非対称型)を用い,位相の影響も調べた.

 本研究の実験では,(i) Mie散乱法を用いた流れ場の可視化および(ii)ピトー圧分布の測定によるせん断層の厚さの見積もりを行った.Mie散乱法による流れ場の可視化では,粒径約2μmの散乱粒子を亜音速流に加えた.光源には,第二高調波(532nm)のNd-YAGパルスレーザを用いた.レーザ光をシート状にし,流れ場に入射した.レーザ・シートの厚さは1mm以下である.撮影は,イメージ・インテンシファイア内臓CCDカメラで行った.レーザ・シートおよびカメラの位置を様々に変え,せん断層の側面,上面,断面のそれぞれの方向からの可視化を行った.

3.実験結果および考察

 本研究の実験では,各実験条件において,一次不安定性に起因するスパン方向渦,および二次不安定性に起因する流れ方向渦の発達の様子に注目する.また,各実験条件におけるせん断層の成長率に注目する.

3.1.単せん断層

 直線型トレーリング・エッジを用いた場合,Mie散乱像より,スパン方向渦はほとんど形成されていないことが分かった.これは,超音速せん断層の多くの研究において見られる現象で,圧縮性の増大によりスパン方向渦の形成が阻害されているものと考えられる.また,ピトー圧分布,Mie散乱像のいずれからも,せん断層はスパン方向に一様に形成されることが分かった.つまり,流れ方向渦が形成されないことが分かった.

 曲線型トレーリング・エッジを用いた場合,Mie散乱像より,直線型トレーリング・エッジを用いた場合と同様にスパン方向渦はほとんど形成されないことが分かった.一方,ピトー圧分布,Mie散乱像の双方から,せん断層に,トレーリング・エッジの周期にあわせて流れ方向渦が導入されることが分かった.

 ピトー圧分布より見積もったせん断層厚さの流れ方向変化から,せん断層の成長率を求めた.その結果,直線型,曲線型いずれの場合も成長率はほぼ同じであった.したがって,単せん断層の場合,曲線型トレーリング・エッジの使用は混合促進の効果がないことが分かった.一次不安定性によるスパン方向渦が形成されない場合,二次不安定性の流れ方向渦の成長率はゼロとなることが線形安定性解析より示されている.この実験結果は,一次不安定性によるスパン方向渦が形成されないことによると考えられる.

3.2.二重せん断層

 直線型トレーリング・エッジを用いた場合,Mie散乱像より,カルマン渦状のスパン方向渦が盛んに形成されていることが分かった.これは,他の超音速二重せん断層の研究においても見られる現象で,コアの加速により圧縮性の影響が緩和され,スパン方向渦の形成が盛んになっているためと考えられる.また,ピトー圧分布,Mie散乱像のいずれからも,せん断層はスパン方向に一様に形成されることが分かった.つまり,流れ方向渦が形成されないことが分かった.

 曲線型トレーリング・エッジを用いた場合,Mie散乱像より,直線型トレーリング・エッジを用いた場合と同様に,カルマン渦状のスパン方向渦が盛んに形成されていることが分かった.また,ピトー圧分布,Mie散乱像の双方から,せん断層に,トレーリング・エッジの周期にあわせて流れ方向渦が導入されることが分かった.

 ピトー圧分布より見積もったせん断層厚さの流れ方向変化から,せん断層の成長率を求めた.対称型トレーリング・エッジを用いた場合,せん断層の成長率は,直線型トレーリング・エッジを用いた場合とほぼ同じであった.一方,非対称型トレーリング・エッジを用いた場合,せん断層の成長率は,直線型トレーリング・エッジを用いた場合と比較して最大で約80%増大した.この結果は,(i)二重せん断層においては,一次不安定性によるスパン方向渦が形成されること,(ii)対称型では導入された流れ方向渦が相殺するのに対し非対称型では相殺することなく流れ場にとどまることの二つの理由によるものであると考えられる.

 以上の結果から,曲線型トレーリング・エッジは,超音速二重せん断層においてのみ,かつ非対称型トレーリング・エッジを用いた場合にのみ混合促進効果を発揮することが明らかになった.またその際の混合促進効果は約80%であり,混合促進に非常に有効であることが示された.

4.解析方法

 本研究では,流れ場の不安定性を調べる方法として,線形安定性解析を用いた.これは,安定性を吟味したい基本流れに微小振幅のじょう乱を重ね合わせ,その消長を調べるものである.本研究の解析では,時間発展モデルを採用した.

 まず,流れ場の一次不安定性を調べた.基本流れとして,層流のせん断層を仮定する.せん断層の速度分布は,以下のように与えた.

ただし,Urは速度比である.これに様々な波数のじょう乱を重ね合わせる.じょう乱は以下のように与えた.

ただし,Φ=(u,v,w,p,ρ,T)である.Φは複素振幅を,αは流れ方向波数を,ωは周波数を意味する.添え字1は,一次不安定性を意味する.本研究では,一次不安定性におけるじょう乱は二次元じょう乱として与えた.このじょう乱を流れの基礎方程式(連続式,運動量保存式,エネルギー保存式,状態式)に代入し,じょう乱の二次の項を微小として消去し線形化する.線形安定性解析は,固有値ωおよび固有ベクトルΦを求める固有値問題に帰着される.解法には,スペクトル法を用いた.得られた固有ベクトルから,一次不安定性により形成される流れ場を求めた.これは,スパン方向渦が周期的に並ぶ流れ場となる.

 次に,流れ場の二次不安定性を調べた.基本流れとして,層流のせん断層に一次不安定性で形成されるスパン方向渦が重ねあわされた流れ場を仮定する.そこに様々な波数のじょう乱を重ね合わせる.じょう乱は以下のように与えた.

βはスパン方向波数を意味する.添え字2は,二次不安定性を意味する.本研究では,二次不安定性におけるじょう乱は伝播角度90度として与えた.このじょう乱を,一次不安定性の場合と同様に流れの基礎方程式に代入し,線形化する.そして固有値ωおよび固有ベクトルΦを求めた.

5.解析結果および考察

 二次不安定性は一次不安定性と比較して圧縮性の影響を受けにくいことが明らかになった.また,一次不安定性によるスパン方向渦の振幅の増大とともに,二次不安定性におけるじょう乱の増幅率が増大することが明らかとなった.この結果は,本研究の実験結果と一致するものである.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)荒木幹也提出の論文は,「超音速せん断層の二次不安定性励起による混合促進」と題し6章から成っている.

 次世代宇宙往還機のエンジンとして,スクラムジェットエンジンが注目されている.これは,ラムジェットエンジンの一種であり,大気中の酸素を酸化剤として使用する.このため,ロケットエンジンのように大量の酸化剤を携行する必要がないという利点を持つ.従来のラムジェットエンジンでは,吸入した空気を圧縮する際に,これを亜音速まで減速する.しかしながら極超音速飛行を目指す場合,空気流を亜音速まで減速すると,過度の温度上昇をまねき,エンジンは深刻な障害を受ける.スクラムジェットエンジンでは,空気流の圧縮を超音速にとどめ,この問題を回避する.一方空気流が超音速の場合,圧縮性の増大とともに流れ場の安定性は増大し,乱流混合が極めて進みにくくなるという問題が生じる.この結果燃焼効率が低下し,エンジンの性能は低下する.したがって,スクラムジェットエンジン開発においては,燃焼器内における超音速空気流と燃料流の混合促進が重要な課題となる.

 一般に,平行に流れる二つの流れの間に形成されるせん断層の乱流遷移過程は,以下のように説明される.まず流れ場の一次不安定性により,流れ場中のじょう乱が増幅され,スパン方向に軸を持つ渦が形成される.その後,流れ場の二次不安定性により,流れ方向の渦が形成される.渦により巻き込まれた流体は,やがて分子レベルで混合する.このように,渦の発生原因である流れの不安定性の増大が,混合促進には重要であると考えられる.

 従来の研究から,圧縮性の増大とともに一次不安定性は著しく抑制されることが明らかになっている.しかしながら,二次不安定性が圧縮性の影響をどの程度受けるのかは,ほとんど知られていない.そこで本研究では,超音速乱流混合の最も単純な場である超音速せん断層における二次不安定性の挙動を把握するとともに,二次不安定性を励起することによる超音速せん断層の混合促進の可能性を探ることを目的としている.

 第1章は序論であり,亜音速せん断層の一次不安定性,二次不安定性について概観している.また,実験的に二次不安定性励起の効果を調べる方法として,曲線型トレーリングエッジを用いることにより,超音速せん断層に流れ方向渦を導入する方法を提案している.さらに,線形安定性解析を用いた二次不安定性解析の目的と意義を明確にしている.

 第2章では,実験装置および方法について述べている.テストセクションおよびそこに形成されるせん断層について説明している.また,曲線型トレーリングエッジの概要について述べるとともに,レーザミー散乱法による流れの可視化およびピトー圧力測定法について説明を加えている.

 第3章では,実験結果について述べている.超音速せん断層に形成される渦構造を,レーザミー散乱法による可視化で明らかにするとともに,曲線型トレーリングエッジにより流れ方向渦がせん断層に導入され,スパン方向渦が変形する様子を確認している.また,ピトー圧力測定により,超音速せん断層の発達の様子を示している.これらの結果から,流れ方向渦の導入による二次不安定性励起により,せん断層の混合が促進されていることを明らかにしている.さらに,スパン方向渦と同程度のスケールの流れ方向渦が導入された場合に,混合促進効果が顕著であることを示している.

 第4章では,解析方法について述べている.流れの支配方程式および線形安定性解析の定式化について説明がなされている.また,数値解法について説明が加えられている.

 第5章では,解析結果について述べている.流れの一次不安定性により,スパン方向渦の形成される様子,および二次不安定性によりスパン方向渦が変形する様子が示されている.また,じょう乱の時間増幅率は一次不安定性と二次不安定のスケール比が約0.7において最大となり,これは亜音速せん断層の場合とほぼ一致することを明らかにしている.さらに,本解析から得られたせん断層の挙動は,実験結果と定性的に一致しており,実験で得られた混合促進効果が流れの二次不安定性によるものであると結論づけている.

 第6章は結論であり,本論文において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,超音速せん断層における二次不安定性に及ぼす圧縮性の影響を明らかにするとともに,二次不安定性を励起させる手法を提案し,それによる超音速せん断層の混合促進効果を,実験的および解析的に明らかにしたものであり,航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク