学位論文要旨



No 117030
著者(漢字) 岡本,光司
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,コウジ
標題(和) ウェーブロータ内部の波動流れに関する研究 : ガスタービン要素への応用
標題(洋)
報告番号 117030
報告番号 甲17030
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5171号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学(航空) 教授 長島,利夫
 東京大学(航空) 教授 森下,悦生
 東京大学(航空) 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学(航空) 講師 寺本,進
 東京大学(新領域) 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学(機械) 助教授 金子,成彦
内容要旨 要旨を表示する

 ウェーブロータは、ガスタービンと組み合わせて用いることによって、その性能を飛躍的に向上させることが期待されている回転機械である。その構造は、セルと呼ばれるチューブを円筒状に並べたロータと、セルに空気と燃焼ガスを給排気するためのポートから構成されており、セル内部に発生する衝撃波の非定常運動を利用して空気を圧縮する(Fig.1)。そのため、従来の翼列機械に比べて圧力比や耐熱等の面でいくつかの有利な点を有しているが、各ポートの形状とセル内部を伝播する衝撃波がセルの端に到達するタイミングを調和させる必要があるため、その設計は非常に難しく、ガスタービンヘの適用は未だ研究段階である。そこで本研究では、ウェーブロータの内部流動構造、ならびに空気圧縮を行う衝撃波について、実験及び2次元数値解析の両面から解明することを目的とした。特に、過去の研究において、相対運動するポートとセルとのクリアランスとセル幅が性能に大きく影響を与えるという報告がなされていることから、これらが内部流動に対してどのように影響を与えるのかについて解析を行った。さらに、ウェーブロータの設計を行う際に必要となる衝撃波の伝播速度と強度を予測するための1次元全体解析モデルを構築し、ウェーブロータ全体の波動流れをシミュレートするのに役立たせることも目標とした。

 本研究で新たに工夫した点としては、まず、空気圧縮の担い手である衝撃波を観測するために、本来回転しているロータを固定し、逆に給排気ポートを回転させるような実験装置を独自に考案し、これを用いてシュリーレン法による衝撃波の可視化及び壁静圧測定を行った(Fig.2)。なお、ここではGas High Pressure Portがセルに対して開くことによって発生する衝撃波をPrimary Shock Wave、その反射衝撃波をSecondary Shock Waveと呼ぶこととし、これらの衝撃波によってセル内部の空気は圧縮される。

 次に、ロータ平均径面における2次元数値解析を行った。ここで、クリアランスを介して外部へ漏れ出る流れを考慮した場合と考慮しない場合の解析を行ったところ、クリアランスを考慮した場合の結果が実験結果と良く一致しているのが確認できた。

 さらに、セル幅を1.5倍及び2倍にして解析を行った。これは、ポートはセルに対して徐々に開閉するため、ロータ回転数が同じでセル幅が2倍になると、あるポートがセルに対して全閉の状態から全開の状態になるのに2倍の時間がかかることになり、セル内部流動の2次元性が増すことを意味する。Fig.3に、セル中央部での壁静圧の時間履歴についてセル幅を変えた場合の数値解析結果の比較を示す。このグラフからセル幅の影響は、Primary Shock Waveの集積、Secondary Shock Wave後流の静圧、に影響が現れているのが分かる。そして、これらの影響は、実験結果にも現れているのが確認された。

 一方、クリアランスの影響について考えると、クリアランス部の流れはロータ半径方向と円周方向に分けて考えることができる。ロータ半径方向の流れは、外部への漏れ流れであるが、ロータ円周方向の流れは隣り合うセルとの干渉という形で現れると考えられる。そこで、3本のセルを同時に解析し、セルが1本の場合とどのような相違点があるかを調べた。その結果、隣のセルにおける衝撃波反射の際にクリアランス部を通って干渉波が発生すること、及び、流入ガスの迎角が大きく変わることが分かった(Fig.4,5:密度分布とベクトル図)。また、クリアランスの大きさを変えることによって、Secondary Shock Waveの強度に影響が現れ、特にクリアランスが大きい場合にはSecondary Shock Waveと干渉波の強度が同程度になる場合があることを解析と実験の双方から確認した。

 最後に、ウェーブロータをガスタービン要素として応用する実用性の面に言及する。前述の内部流動解析結果を元に、全体解析を行うための1次元全体解析モデルを構築したところ、干渉波を含めた圧力波の伝播に関して2次元解析結果と非常によく一致することが確認された。そこで、この1次元全体解析モデルを用いて、NASA Glenn Research Centerがガスタービン用に設計したウェーブロータを対象に解析を行った。まず、設計点において解析を行ったところ、内部流動の面から見ても確かに設計点状態で作動していることが確認された。次に、修正回転数を変化させた場合の設計点外作動を解析したところ(Fig.7)、修正回転数が遅い場合にはSecondary Shock WaveがGas High Pressure Portへ入射してしまうが、それ以外については非常に安定して作動することが判明した。一方、修正回転数が速い場合には、Primary Shock WaveがAir high Pressure Portへ抜け出てしまい、Secondary Shock Waveが発生しない状態も懸念されるが、燃焼器温度を上昇させることによってある程度までは回避できることが分かった。ただし、燃焼器温度には上限があるため、修正回転数が速い側の方が遅い側に比べて制限が厳しいと考えられる。さらに、修正流量を変化させた場合の解析を行った(Fig.8)。修正流量が少ない場合、Primary Shock Waveがセル端に到達するタイミングが多少早くなること以外は、ほとんど設計点状態と同じ状態である。一方、修正流量が多い場合は、Secondary Shock Waveがセル端に到達するタイミングが遅くなることによって、内部流動の状態が複雑になっていることが分かった。以上のとおり、構築した1次元全体解析モデルはガスタービン要素としてウェーブロータを応用する際の実用的な指針を得るのに非常に有効であることが結論づけられた。

Fig.1 ウェーブロータ

Fig.2 シュリーレン写真

Fig.3 壁静圧[セル幅比較]

Fig.4 ガス流入角の違い

Fig.5 干渉波の発生

Fig.6 全温分布(設計点)

Fig.7 全温分布(修正回転数)

Fig.8 全温分布(修正流量)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)岡本光司の提出論文は、「ウェーブロータ内部の波動流れに関する研究−ガスタービン要素への応用−」と題し、本文4章から構成される。

 ウェーブロータは、従来の圧縮機やタービンなど回転機械における翼仕事に替わり、衝撃波や膨張波を介したガス仕事を利用する。構造の点では、セルと呼ばれるチューブを回転軸まわりに束ね配列した格好のロータ及びその両端面にわずかな隙間(クリアランス)で接する給排気用ポートから構成される。ウェーブロータはすでに自動車用ディーゼルエンジンの過給器としての製品が市場に供されており、作動原理も新しいところでない。然し、実用化とは裏腹に、セル内部の波動伝播と流動現象の詳細な解明は遅れ、単純な特性線理論をベースに豊富な経験則を積み重ねるという設計手法に頼っており、いざ他の用途にこれを設計しようと試みる際に職人的な技術のため応用が効かず普及しない現状にある。ウェーブロータを航空用エンジンに搭載する試みは、最近になって漸く米国NASAを中心に始まり、熱力学サイクル上の検討結果によれば、出力と熱効率の両方に著しい優位性をもたらすとの結論に至っている。また、実機ガスタービンエンジンと組み合わせた試験運転もなされた模様であるが、試験結果は未公表のままである。このようにウェーブロータに関しては、数多い経験則の蓄積が自動車エンジン分野にある一方、優れた特性を活かせる可能性に満ちたガスタービンエンジン分野への波及が進まない現状があり、この矛盾を解消することが求められている。その鍵は、ウェーブロータ内部の複雑な波動流れの基本的かつ詳細な把握とその解析結果に基づく簡明な設計指針およびエンジンシステム全体との適合統一化に役立つ柔軟な設計支援ツールの構築にかかっている。

 著者は、本論文において、ウェーブロータ内部流動構造ならびに衝撃波による圧縮過程を実験及び数値流体解析の両面から解明することを試みている。即ち、実験装置に新たな工夫を施し、相対運動するロータとポートを反転することでセル内部の衝撃波伝播の可視化に成功した。また、ロータを平均回転半径位置で2次元平面に展開し、ナビエストークス運動方程式に則り、ポートとの相対運動と隙間の存在を適切に考慮した実験境界条件の下にセル内部流動解析を行い、計測されたセル壁面静圧変動に象徴される非線形的な波動集積現象など実験観察との良好な一致を見た。さらに、得られたセル内部流動に関する知見を基に、ウェーブロータにとり作動のかなめである衝撃波伝播とポート開閉タイミングの影響を正確に捉えながら、束ねたセル全周分を互いの干渉効果を考慮しつつ同時解析できる低計算負荷の1次元全体解析モデルの構築に成功した。後者モデルに基づく設計支援計算コードは、これからガスタービンエンジンに搭載するウェーブロータの特性予測を行う上で貴重な役割を果たすものと期待される。

 本論文は、第1章から第4章までの構成となっている。

 第1章では、本研究の目的と特色を論じ、ウェーブロータの作動原理やガスタービンエンジンサイクルに関連する従来研究を紹介している。

 第2章は、内部流動に関する実験ならびに数値解析の詳細を記述し、その結果につき考察を加えている。実験では、初めてセル内部の衝撃波伝播の可視化画像が示され、対応する壁面静圧変動の記録が分析された。数値解析では、2次元非定常ナビエストークス方程式に基づく離散化手法やポートとセル間を横切る流束を適切に処理する境界条件に言及し、実験に対応する圧力変動を算出し良好な一致を検証するとともに、実験では測定困難なポート開口過程や隙間近傍における非定常流動との相関を考察した。これにより、隣接するセル同士の隙間洩れを考慮することが反射衝撃波の伝播を正確に捉えるため大事であると指摘している。

 第3章は、前章で得られた内部流動に関する知見を基に、ウェーブロータの作動に影響を与える因子とされる有限開口時間、壁面摩擦そして隙間洩れの3つを取り上げ、特に波動伝播に効く要素を効果的に組み入れた1次元全体解析モデルにつき説明している。構築された計算プログラムは2次元コードに比べ波動伝播に関して良好な一致を与え、しかも低計算負荷を達成でき、全周に配列された多数セルの同時解析を実現できる。これを、唯一公表されたNASAの実機ガスタービンエンジン搭載試験計画の仕様に適用したところ、設計点におけるウェーブロータ作動状況の妥当性が確認され、また設計点を外れた回転数や流量での作動予測も可能で、エンジンシステム全体の特性を設計段階で把握するのに非常に役立つことが示された。

 最後の第4章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上要するに、本論文は、実験と数値解析を通じてウェーブロータの内部波動流動を解析的に明らかにし、従来の経験則に基づく設計手法を乗り越え、新たに柔軟な設計支援ツール構築の可能性を明示したものであり、その結果は航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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