学位論文要旨



No 117033
著者(漢字) 三田,信
著者(英字)
著者(カナ) ミタ,マコト
標題(和) 半導体マイクロマシンツールを用いた局所高電界場観測に関する研究
標題(洋)
報告番号 117033
報告番号 甲17033
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5174号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 高橋,琢二
 東京大学 講師 年吉,洋
内容要旨 要旨を表示する

 走査型トンネル顕微鏡(STM)は発明以来、科学的発見に貢献してきた。また、原子間力顕微鏡などに代表される走査型プローブ顕微鏡の発明のきっかけとなった。理学的立場から見た場合、STMは原子オーダーの局所場を観察するツールとしての役割は大きい。また、近年トンネルギャップ中で起こっている現象そのものにも注目が集まっている。この様な局所高電場観測を行う場合ではSTMを超高真空の透過型電子顕微鏡内に入れるため、その限られた空間で動くSTMが必要となる。そのため、試料チャンバーに入れるサンプルの大きさは、数mmと極めて小さくしなければならない。そこで、半導体マイクロマシン技術により高性能・高機能の1チップマイクロマシンSTMを実現する必要がある。わずか2.5mm角程度の大きさのデバイスで、トンネルギャップを0.1nmの精度で動かし、原子オーダーの現象や電界を制御する。この方法により、STMのtipの先で何が起こっているか観測でき、STMによる原子や分子の操作も実時間で精度良く観測できる。

 しかし、顕微鏡内は超高真空であるため、空気のダンピング効果によるSTM機構の機械的制御が不足し、その動作が不安定になりやすい等の問題点がある。この不安定性の原因として構造の剛性が数N/mと低く、原子間引力による影響が大きく出てしまったためであると従来の研究で分かっている。

 図1にマイクロSTMの構造を示す。接地電極と駆動電極間に電圧を加え、くし歯型アクチュエータを駆動することによりtipと試料間隔を制御する。この制御はトンネル電流が一定(tip−試料間距離が一定)になるように駆動電圧をコントロールすることによって行う。

 図2に作製したマイクロSTMのSEM(走査型電子顕微鏡)写真を示す。サスペンションの長さは800μm、幅は10μmであった。

 STMの要とも言えるtipの作製であるが、シリコン高アスペクトエッチングのプロファイルが完全な垂直ではなくパターンが細くなることを利用してアクチュエータ部分と同時に作製した。以下にその過程を述べる。(1)表面から、ICP-RIEを行い、アクチュエータ構造を作製すると同時に探針部分のナノ構造ができる。図3に示すように、実際のICP-RIEによるエッチング断面の形状にテーパ状で、これを利用するとパターンで細い部分はくびれたブリッジのようになる。(2)Si表面を酸化して、HFで酸化膜を除去すると、ブリッジ部分を細らせることができる。これを用いて対向針を作製する。

 図4に作製したナノブリッジのSEM像を示す。太さ約200nmのワイヤーが200nm程度の距離を隔てて対向しているのが分かる。

 以上のように作製したトンネルtipがトンネル電流を検出できるかどうかが大きな疑問になる。そもそも、トンネル電流による観察(STM観察)が一般に行なわれる理由は、原子分解能が得られるからである。このことは裏を返せば、「原子像が得られれば流れているのはトンネル電流である。」と言うことができる。

 これを確認するため、市販のSTM制御装置を用いてカーボングラファイトの原子像の観測を行なった。図5のように専用のトンネルtipの代わりに今回作製したトンネルtipを取り付けた。くし歯型アクチュエータは動く状態であるが、駆動電極は可動部と同じ電位にしているため動作しない。

 この状態で観察した結果が図6である。ノイズが多くて判別しにくいが、粒状の像が見える。この図の断面プロファイルを図7に示す。カーボングラファイトの原子間隔は約0.25nmである。これらから得られた間隔は0.256nmであるため、この像はカーボングラファイトの原子像であることが結論づけられる。この結果から今回作製したトンネルtipは、トンネル電流を検出できることが証明された。

 また、くし歯アクチュエータ構造もリリースされていたにもかかわらず、カーボン原子の周期を観測できたことから、原子間力に影響を受けない高い剛性を持っていると考えられる。

 しかし、得られた像はまだまだ明瞭なものとはいえない。この理由として、tipの先端半径が大きいこととtipの材質、トンネルギャップに対してトランスバース方向のバネ剛性に問題があると考察される。

 まず、先端形状をさらに細くするため図8に示す製作方法によりトンネルtipを作製した。(1)最初にシリコン窒化膜を堆積し、パターニングする。(2)次に、アクチュエータを含む構造をICP-RIEにより作製する。(3)その後LOCOSプロセスにより、シリコン窒化膜の下以外の部分を酸化する。(4)シリコン窒化膜を除去し、(5)KOHにより異方性エッチングを施すと、酸化された部分はエッチングされないので、tipの部分のみがエッチングされtipが形成される。しかも、できあがった2本のTipは自己整合的に位置があっているというプロセス上の利点がある。

 図9に、先鋭化したトンネル探針のSEM写真を示す。このトンネル探針の先端半径は数十nmほどに尖っていることが確認できる。

 このデバイスを用いて、トンネルギャップを制御する実験を行った。同一チップ上に駆動電極とトンネル電流を検出する電極があるため、アクチュエータを駆動する駆動信号が寄生容量によりトンネル検出回路にリークしてしまう。その結果、トンネル電流がノイズに埋もれ計測できなくなってしまう問題がある。

 そこで、極めて基本的ではあるが、対向電極の周りに十分なグランド電極パターンを配置しリークによるノイズの低減を図った。また、チップへの配線にも十分にシールドを施すことにより、数十mV(トンネル電流換算で数nA)であったノイズを1mV(同0.1nA)以下に抑えることができ、実際に行なった実験では、制御電圧と共に安定した状態で制御することができた。

 さらに、作製した対向電極を持つチップをTEMの中に入れ、トンネル電流による制御を試みた。10-5Paから10-4Pa程度の真空度ではあるが、トンネル電流、制御電圧とも安定した状態(±5%以下の揺らぎ)で制御することに成功した。すなわち、兼ねてからの懸案であった真空中での不安定現象を解決したことになる。

 従来のマイクロマシン研究では、微動機構と粗動機構を同一のアクチュエータで行う例が多くあった。ところが、一つのアクチュエータで制御する場合、コントローラが十分な性能(広いダイナミクスレンジ、高い位置決め精度)を持っていないと原子レベルでの制御は難しい。そのため、高精度な位置決めを行なうには粗動と微動を分けたほうが良い。また、粗動用アクチュエータは駆動距離が大きく、位置決め精度の高いものが必要となる。

 以下では、Micro-STMシステム用に開発された粗動機構であるインパクト駆動型アクチュエータについて述べる。弾性支持梁により支持された可動マスを静電引力により加速し、ストッパーに衝突させる。この時の衝撃力によりアクチュエータ全体を動かすというのが基本原理である。

 図11にアクチュエータの構造を示す。

 今回は配線の容易さなどを考え、プロトタイプとして蓋なしのアクチュエータを製作した。図12にその電子顕微鏡写真を示す。

 駆動実験を行うため、可動マスと駆動電極に金線でワイヤボンディングし、周波数200Hz、印加電圧110Vを供給した。このときの自走速度は、約2.7μm/sであり、一回の衝突による移動距離はは約13.5nmであった(図13)。

 本研究では、動作の理論的解析を行った。簡単のため一定の電圧を与えた場合を考える。この場合、このモデルの系は保存場となるのでエネルギー保存則で運動を解析することができる。静電エネルギーは可動マスの運動エネルギーに変換され、さらに、アクチュエータの運動エネルギーに変換される。そして、その運動エネルギーが床面との摩擦によりすべて消費されるまで進む。

 このような計算で得られた一ステップ当たりの移動量は数μmであったが、実際のデバイスを用いた実験では数十nmであり大きな開きがあった。そこで、ストッパーや駆動電極と可動マスの間に働くsqueezed filmダンピング効果を考慮した計算を行なった。その結果得られた移動距離は10〜15nmと実験結果に極めて近い値となった。このことから、このアクチュエータの運動においてsqueezed filmダンピング効果が大きな影響を与えていることが確認された。

 以上のように本研究ではマイクロSTMシステムの中で重要な要素となる、マイクロSTMのtip微動・粗動機構の製作と理論的検証を行って来た。マイクロSTMの構成材料として厚いシリコン構造を採用することで、tip先端を試料間における原子間力に打ち勝つことのできる高剛性の構造と大きな発生力が得られた。さらに、マイクロSTM用粗動機構を提案し製作および評価を行ない、粗動機構として使えることが分かった。これらの結果から本研究で提案している粗動機構を有したマイクロSTMシステムが実現可能であることが分かった。

図1:Micro-STMの構造

図2:Micro-STMのSEM像

図3:トンネルtipの製作方法

図4:トンネルtipのSEM像

図5:カーボングラファイト観測実験

図6:カーボングラファイト像

図7:カーボングラファイト像

図8:異方性エッチングを用いたtipの作製

図9:Close-up SEM view of the tunneling tip

図10:トンネル電流制御方法

図11:Structure of impact actuator

図12:SEM view of the actuator

図13:Displacemnt

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「半導体マイクロマシンツールを用いた局所高電界場観測に関する研究」と題し、マイクロマシン技術で用いた真空トンネルギャップ制御用のデバイスを論じたものであり、10章より構成されている。

 第1章は「序論」であって、研究の背景、動機、研究課題と目的と、論文の構成が述べられている。真空トンネル電流の流れるギャップ中では、原子オーダの寸法領域に、極めて高い電界が加わり、集中した電流が流れる。このような局所高電界場での原子や分子ふるまいを透過電子顕微鏡で可視化観測するため、数mm角のシリコンチップ上に、真空トンネルギャップを制御するデバイスを実現する必要がある。本研究の目的は、高剛性のマイクロアクチュエータと原子レベルの先端曲率を持つナノ探針を、シリコン微細加工技術で一体製作することである。

 第2章は「マイクロSTMの設計指針」であって、真空トンネルデバイスの設計に関して論じている。探針に働く原子間力に打勝つだけの高剛性を持った構造とそれを精密に動かす静電くし歯アクチュエータの設計指針を示している。

 第3章は「マイクロSTMの製作」であって、真空トンネルデバイスの製作法に関して、ナノ探針の製作法、高剛性アクチュエータの異方性ドライエッチングによる加工法、両者のモノリシック集積化手法などを示している。

 第4章は「製作したマイクロSTMの機械的特性」であって、デバイスの機械特性の測定結果について述べている。デバイスの共振周波数、電圧対変位特性を実験的に測定し、設計値と比較して、その差が生じた原因を論じている。

 第5章は「トンネル電流の計測」であって、デバイスを用いたトンネル電流の測定結果について述べている。まず、マイクロマシン加工した探針が十分に鋭く、トンネル電流の検出に利用できることを示すため、探針を市販のSTM装置に取り付け、グラファイト原子像を得ることで、利用可能なことを示している。さらに、チップ内で駆動電圧と分けて微小なトンネル電流を測る手法を開発し、実際に真空トンネル電流が安定に制御できることを実証している。

 第6章は「透過電子顕微鏡中での動作実験と可視化観測」であって、透過電子顕微鏡内でデバイスを動作させた結果について述べている。顕微鏡内でのトンネル電流制御には成功したが、対になっている探針が、観察方向からは重なった状態でギャップが形成されたため、トンネルギャップの可視化観測ができなかった。

 第7章は「垂直方向駆動アクチュエータ」であって、探針の一方を垂直方向に動かすアクチュエータに関して論じている。針先の重なりの問題を解決するため、ギャップ間隔を制御するアクチュエータに加え、対になった針先端の高さを一致させるアクチュエータを組み込むことを提案している。このアクチュエータの構造を設計し、単体での動作を確認している。

 第8章は「高剛性構造と高出力アクチュエータの設計と製作」であって、可動構造の剛性の向上を論じている。実験上得られた知見に基づいて更に安定な動作を実現するための高剛性構造を提案し、アクチュエータとしての動作を確認している。

 第9章は「マイクロSTMの試料粗動用アクチュエータ」であって、トンネル電流制御デバイスで種々の試料表面を観察することを目標にした、試料粗動機構用アクチュエータについて述べている。可動質量の対向面への衝突時に発生する撃力を利用して、小さなステップで試料を移動するアクチュエータを新たに考案し、動作の確認と理論解析を行っている。

 第10章は「結論」であって、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上を要するに、本論文は真空トンネルギャップ中の物理現象を透過電子顕微鏡中で可視化観測するために、マイクロマシン技術を用いて数mm角のチップ上にトンネルギャップを制御するデバイスを実現することを目的とし、そのデバイスの設計、製作プロセスの開発、特性評価に基づく改良を行い、トンネル電流制御が可能なことを実証するとともに、将来針端のアライメントや試料交換も可能にするためのアクチュエータも新たに実現したもので、マイクロメカトロニクスの分野において貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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