学位論文要旨



No 117034
著者(漢字) 楊,中平
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,ゾンピン
標題(和) リアルタイムの乗客行動把握と個別誘導案内を活用した鉄道ネットワークスケジューリング法
標題(洋)
報告番号 117034
報告番号 甲17034
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5175号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

 21世紀における交通システムには一層の安全性と環境性の改善、という大きな課題がある。現存の交通機関の中、鉄道は自動車と飛行機などの交通機関に比べ、安全性、環境性、定時性といった特長を持っているにもかかわらず、現状は乗客需要が鉄道離れ、飛行機、自動車に偏る傾向が顕著である。このため、安全性と環境性からみた社会的コストの増大が問題となっている。社会的コストの増大を抑制するために、モーダルシフト、つまり自動車、飛行機から、化石燃料の使用量が少ない鉄道へ、21世紀における交通輸送機関の移行が世界各国共通の課題である。需要が飛行機、自動車に偏る現象を改善するために、より品質の高い鉄道サービスが求められている。車両や路線の増設などのハードウェア面によるサービスの改善に加え、適切な列車スケジュールによるソフト面の改善も短期間、低コストで容易に実現できるという特長を有し重要である。

 近年、大都市の通勤・通学事情を改善するために単一路線における高速・高密度列車スケジューリング法が多くなされ、大きな成果をあげてきた。しかし、鉄道ネットワークにおけるスケジューリング法の理論的研究は未だに初歩的段階にとどまっている。そこで、本論文ではこの問題に着目し、次の事項を目的として研究を進めた。

 ・モバイル情報端末のリアルタイムの乗客行動把握と個別誘導案内を活用した鉄道ネットワークスケジューリング法の提唱

 ・スケジューリング案を定量的に評価するための鉄道ネットワークにおける乗客流の推定手法の提案

 ・乗換損失時間の短縮を考慮した鉄道ネットワークスケジューリング法の提案

 ・選択停車を用いた運転再開直後の再スケジューリング案の自動生成法の提案

 ・鉄道ネットワークにおける異常時の乗客個別誘導案内法の提案

 論文では、情報化時代における新しいスケジューリングの可能性を述べた後、モバイル情報端末の導入を前提として、モバイル情報端末のリアルタイムの乗客行動把握と個別誘導案内機能を活用した平常時のスケジューリング法と異常時の最スケジューリング法の提案および解析結果を述べている。以下に、その概要を示す。

 まず、本論文の議論前提となるモバイル情報端末の全貌をまとめた。具体的には、現在の乗客の利用手続きの簡略化を目的とする非接触ICカードシステムと、利用者の快適な移動を補助する情報提供案内システムの研究開発・応用事情を中心に説明をおこなった。そして、現有の非接触ICカードシステムと情報提供案内システムを発展した形として、現有のICカードのチップを携帯電話や腕時計などのモバイル端末に組み込んで、

 ・ゲートレス運賃徴収

 ・リアルタイムの乗客行動把握

 ・リアルタイムの個別案内

という3つの機能を備えたモバイル情報端末の将来像を描いた。また、モバイル情報端末のリアルタイムの乗客行動把握・個別誘導案内機能を活用した列車スケジューリングの可能性を示し、モバイル情報端末の導入を前提とした情報化時代における鉄道ネットワークスケジューリング法の検討を提唱した。

 次に、列車スケジューリング案を定量的に評価するための乗客流の推定手法を提案し、定量的な解析を行った。乗客による経路の選択行動に関わる要素として、所要時間と混雑不効用の二つを挙げ、それらを評価して乗客行動を決定するモデルを構築した。それに基づいて、モバイル情報端末の列車運行情報の乗客に完全提供機能により、現在道路交通分野で応用されている利用者均衡分析理論を鉄道システムに適用することを提案した。

 論文における平常時のネットワークスケジューリング法の提案として、乗換時間の短縮を重視したネットワークスケジューリング法をまとめた。乗客所要時間の短縮および乗客の利便性を図るという観点から、乗換問題は、公共交通としての列車による輸送という商品の重要なサービス要素である。まず、全乗客の乗換時間の総和を、乗換時間の短縮を重視したネットワークスケジューリング案の評価関数として確立した。また、最適なスケジューリング案を決定するために、全数探索では計算機負荷の観点から現実的に小さな問題しか解くことができないため、遺伝的アルゴリズムによる準最適スケジュールの探索を提案した。提案した手法の有効性を確認するために、シミュレーションモデルを構築して検証した。乗換時間の短縮を特に考慮しない場合の典型的なネットワークスケジュール作成法の一つとして、各路線の1周期内の列車を等時間間隔に配置することを挙げられる。図1は提案手法と従来手法による乗換時間と乗換乗客人数の関係を示すグラフである。提案手法で得られたスケジュールにおいて、82%の乗換乗客の乗換所要時間は0〜4分であるのに対して、従来手法の場合では、0〜4分乗換時間帯の乗換乗客人数は23%しか占めていない。また、乗換時間帯における乗換乗客人数の分布傾向として、提案手法の方は主に0〜4分に集中しているのに対して、従来手法の方は0〜19分に集中している。両手法で得られたスケジュールの総乗換損失時間を比較すると、提案手法の方は従来手法の39.7%まで削減できた。したがって、本論文で提案した手法が乗換時間の短縮に寄与できるという結果を得た。

 鉄道ネットワークスケジューリング法提案の二つ目として、異常時の高速・自動再スケジューリング法をまとめた。本論文では、再スケジューリングの思想として、列車運行スケジュールへの早期復帰という従来思想と全く異なる乗客流の制御という思想への転換を提唱した。また、モバイル情報端末のリアルタイムの乗客行動把握・個別誘導案内を活用することにより、乗客流の制御という思想に基づいた再スケジューリングの可能性を示した。異常時の列車運行乱れは小規模なものから大規模なものまであるが、本論文では、事故や故障などで全路線あるいは路線の一部が数十分から1、2時間程度の不通になった運行乱れに関する再スケジューリング問題を検討の対象とし、具体的には、

 1.運転再開直後の事故路線の再スケジューリング法

 2.ネットワークの迂回ルートを活用した乗客個別誘導案内法

について検討を行った。

 現状の運転再開直後の再スケジューリング法の問題点として、急行列車から普通列車への変更といった列車種別の格下げを事業者に容認しているが、その逆に普通列車から急行列車への変更といった列車種別の格上げが認められていないため、この手法では駅停車による乗客の損失時間が大きく、また運転再開直後の最初の列車に乗客が集中するため、特定の列車への過度な混雑を招く欠点があることを指摘した。これらの欠点を回避するために、選択停車を用いた運転再開直後の再スケジューリング案の自動生成法を提案した。提案方法は、長時間不通による事故路線の各駅に溜まった乗客を捌くための複数の列車を「対象列車群」と定義し、乗客損失時間最小化の観点から、対象列車群の運行スケジュールの評価方法を確立してから、焼きなまし法による対象列車群の最適再スケジューリング案の探索を行うことにした。典型的な通勤・通学路線をモデルにして、提案手法の有効性を検証した。図2のように、提案した手法は現状の方法に比較して、乗客の総損失時間を低減するのみならず、特定の列車への過度な混雑の回避にも寄与できることが分かった。

 ネットワークの迂回ルートを活用した乗客個別誘導案内法については、本論文では、モバイル情報端末の個別誘導案内機能を活用したネットワークにおける乗客誘導案内法として、利用者均衡分析法を適用するのを提案した。まず、事故によるネットワークのある路線の一部あるいは全線不通になった際に、現状のシステム側の対応法の問題点として、乗客に振替票を配るだけなので、乗客の所要時間の増大や特定の列車への過度な混雑を招くことを指摘した。次に、モバイル情報端末の普及程度による効果を定量的に分析するために、全乗客のうちモバイル情報端末を持つ乗客を占める割合をモバイル情報端末所有率と定義した。また、乗客個別誘導案内の評価方法として、運行乱れを生じた場合と平常時のネットワーク内の乗客の所要時間の差で評価することにした。さらに、提案手法の有効性を確認するために、シミュレーションモデルを構築して検証した。全乗客に列車運行情報の伝達タイミングやモバイル情報端末を持っていない乗客に対する情報伝達内容によって、複数の検討ケースがあることを示したが、本論文のシミュレーションでは、モバイル情報端末非所有の乗客に対する情報伝達内容によって2つの検討ケースを分けて定量的な検討を行った。図3は事故発生した直後に、全乗客に運転再開時刻、再開後の運行スケジュール、運転復帰時刻などの情報を伝達するという前提で計算した結果を示している。図3の結果から、モバイル情報端末が普及すればするほど、適切な誘導案内を行うことにより、乗客の損失時間を低減することができる結果を得た。また、モバイル端末所有率毎に個別誘導案内を行った場合と行わなかった場合との乗客損失時間の差も定量的に示した。

図1 乗換時間帯と乗換乗客人数

図2 提案手法と従来手法による再スケジューリング

図3 モバイル情報端末の導入による個別誘導案内の効果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「リアルタイムの乗客行動把握と個別誘導案内を活用した鉄道ネットワークスケジューリング法」と題し、リアルタイムの乗客行動の把握と、個別誘導案内の機能を持つモバイル情報端末の普及を前提に、この機能を鉄道ネットワークに導入して、新しい旅客輸送サービスの質的向上と、そのための車両群および乗客流制御手法の研究成果をまとめたもので、全体で8章からなる。

 第1章は「序論」と題して、情報技術が物理的移動手段である交通システムの能力を高めるために大きく貢献するという視点を示している。特に、軌道系公共交通の増強のための、スケジューリングによる旅客輸送サービスの質的向上の重要性と、情報化時代のネットワークスケジューリングという新しい考え方の可能性、情報通信技術の交通分野への応用の現状、および技術的課題について論じている。そして、本論文の目的と構成を述べている。

 第2章は「提案する旅客鉄道システムの情報化とその機能の定義」と題し、乗客の利用手続きを簡略化するとともに、利用者の快適な移動を補助する案内情報提供システムに求められる機能を論じている。そして、これらの発展形としてのモバイル情報端末導入の将来像を描き、その主要な機能を、自動運賃徴収、リアルタイム乗客行動把握、個別案内機能の3つと定義している。そして、これらの機能と列車スケジューリングとの関係を定性的に論じ、続く個々の検討事項の目的を明確化している。

 第3章は「鉄道ネットワークにおける乗客流推定方法」と題して、列車スケジューリング案を定量評価するための乗客流推定手法を提示し、その解析例を示している。列車をラインとしてモデル化するライン・グラフモデル、最短乗車時間経路探索の手法、経路選択行動の支配的要素となる所要時間と混雑不効用、そして乗客行動として経路選択を求め、列車区間別乗車人数を推定するための利用者均衡分析理論の適用など、本研究遂行に不可欠な数学的手法・理論をまとめている。

 第4章は「乗換時間の短縮を重視したネットワークスケジューリング」と題して、第3章で述べたネットワークにおける乗客流推定法を応用し、乗換時間総和を最小にするネットワークスケジューリングを、遺伝的アルゴリズムを用いて最適化している。

 第5章は「高速・自動再スケジューリング」と題し、事故などによる運行乱れを生じた際の高速・自動再スケジューリング法を論じている。情報化時代には、再スケジューリングの基本思想を、平常時列車運転計画への早期回復ではなく、乗客流を制御するという考え方に転換すべきだという著者独自の思想が明確化されている。そして、この思想を具体的にスケジューリングに反映させるため、引き続く6章から7章で、事故当該路線の運転再開直後の再スケジューリング法と、個別迂回経路誘導案内を前提とした線路ネットワークの有効活用法を扱うことを説明している。

 第6章は、「事故当該路線の再スケジューリング法の提案」と題し、前章までの議論をふまえ、事故により特定路線の一部あるいは全線が一時的に運行を中止した後運転を再開した直後の、当該路線の再スケジューリングを、焼きなまし法を応用して準最適化する方法を論じている。

 第7章は、「ネットワークを活用する個別誘導案内を行う場合の再スケジューリング」と題し、迂回経路を積極的に活用するために、利用者均衡配分に基づき経路の誘導案内をモバイル情報端末によって行う際の、再スケジューリング方法とその評価を論じている。特に、モバイル端末所有率を情報化指標として、提案するネットワーク再スケジューリングの有効性を等価所要時間の差分で評価し、モバイル端末の初期導入効果が大きいという結論も得ている。

 第8章は「まとめ」であり、本研究で得られた成果をまとめると共に、将来の展望について述べている。

 以上を要するに、本論文は、情報化時代の軌道系公共交通が、リアルタイム乗客行動把握・個別誘導案内に立脚し、代替経路を含む交通ネットワークを有効活動することで、平常時はもとより事故などによる異常が発生した場合でも、旅客輸送のサービスの質を向上できることを定量的に示し、そのようなシステムの基本思想を明確化するとともに、複雑な再スケジューリングの準最適化、代替経路を有する場合の乗客流配分の数理的手法およびその結果の定量評価手法を体系化したものであり、今後の電気工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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