学位論文要旨



No 117037
著者(漢字) 小川原,光一
著者(英字)
著者(カナ) オガワラ,コウイチ
標題(和) 注視点に基づく手作業の理解とそのロボットへの実装に関する研究
標題(洋)
報告番号 117037
報告番号 甲17037
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5178号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 要旨を表示する

 近年になり博物館や病院などの施設・家庭といった,人が日常生活をおくる場所で人を直接補助することを目的としたロボットが相次いで研究・開発されてきており、こういったロボットに対して専門家では無い人間が簡単に動作を教示ができる枠組みが求められている。

 本論文では,人間型ロボットに対する日常動作の簡便な教示方法の実現を目的とし,(1)人間の教示作業を観察することでその作業の内容を理解するためのシステムの構成法,(2)理解した内容を再利用性のある形で計算機上での中間表現である作業モデルとして表現する方法を提案し,開発した人間型ロボットを用いて作業の理解と再現を実証することによって提案手法の検証を行った.

 本研究では,事前の知識は最小限のプリミティブ集合に限定し,それによって理解しきれない部分は繰り返し観察を行うことによって情報量を増やしあいまい性を消去していくアプローチを提案する。この時,ある時点において観察データの中で注目する時刻・空間・センサを"注視点"という言葉で表し,注視点の決定と注視点の再観察というループを繰り返すことで作業モデルのあいまい性を低減していく.

 本研究では,図の人間型ロボットプラットフォーム使用して,作業モデルの獲得を次の3つの段階に分けて行う.

 複数回観察に基づく必須相互作用の推定 単一の観察データからでは,教示動作のどの部分が作業に必須の動作であり,どの部分が本来不必要な動作であるのかを確定することは難しい.そこで,本質的には同じ作業を表す教示動作を環境や動作を若干変化させて複数回観察する.これらの教示動作は本質的には同じものであるため,作業に必須の動作は同じ順に発生する.そこで各観測データについて必須動作の候補区間(注視点)を抽出し,複数の観測データから全部に共通する必須動作を抽出する手法を提案した.

 また,検出された相互作用を環境物体座標系における把持物体の相対運動軌跡として作業モデルに局所的に格納することで,器用な動作のモデル化を可能にした.

 段階的なセンサの統合とプリミティブの推定複数のセンサからの入力が利用できる場合,まず少ない処理コストで全作業の概要を知ることが可能なセンサ(データグローブ)に着目し,そのセンサのみを利用して粗い作業のモデルを構築する.次に,この結果からより細かな解析するべき時間・場所(注視点)を決定し,残りのセンサ(ステレオ視覚)を利用して詳細な解析を行う.この時,1段階目の結果を利用して2段階目に解析するべき時空間上の範囲が拘束されるため,効率的な解析を可能にしている.

 また手の動作や対象物体をモデル化する手法として,特定の作業に依存しない最小限の動作プリミティブ・視覚プリミティブを定義した.本研究では動作プリミティブを隠れマルコフモデルを用いてモデル化し,プリミティブ間の可能な遷移を文法として制限することにより,手作業をシンボリックに表現することを可能にした.

 再観察に基づく失敗回避動作の生成作業モデルに従ってロボットが作業の再現を試み,特に参照軌跡に従って把持物体の操作を行う区間において失敗する場合,その要因を(1)観察データの誤差,(2)作業実行時の外乱の2つに限定し,それぞれについて補償を行う方法を提案した.

 観察データの誤差の要因を取り除く方法として,入力センサであるステレオ視覚のズーム比率を段階的に変更する方法を提案した.センサの測定範囲と精度にはトレードオフの関係があり,作業モデル獲得の段階では教示動作が未知であるため測定範囲を広げておく必要がある.しかし,再観察時には教示動作が予測できるため,測定範囲を狭め精度を向上することで観測データの精度を向上させる.

 また作業実行時の外乱については,予期せぬ接触などによって把持が崩れた場合の保障方法を提案した.この手法では,ロボットの腕の3次元幾何モデルを視覚データ中に投影し,キャリブレーション誤差を推定する.次に把持物体の3次元幾何モデルを,上記の誤差を補正した上で視覚データ中の予想位置に投影し,把持の崩れの基づく把持物体の移動量を推定する.最後に,この移動量をキャンセルするように腕を漸近的に駆動することで,握り直すこと無く把持の崩れの補償を行うことが可能になった.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「注視点に基づく手作業の理解とそのロボットヘの実装に関する研究」と題し、人間型ロボットの動作を拡張する簡便な方法として人間の行う動作の実演教示を観察に基づきロボットが自動獲得するための手法を提案するとともに、開発した人間型ロボットを用い手作業の獲得、認識、及び再現実験を行うことにより提案手法の有効性を評価した研究をまとめたものであり、6章で構成されている。

 第1章「はじめに」では、研究の目的が把持物体と環境物体との連続的な相互作用によって記述可能な手作業の獲得にあることを示すとともに、ロボットヘの動作教示法に関する従来の研究について紹介し、多くが設計者による作業に固有の知識の埋め込みと単一の観察結果の解析に基づき作業のモデルを生成しているため、本研究で目的とする新規の作業の獲得にはそぐわない点を論じている。そのため本研究では、事前の知識は普遍性のある最小限のプリミティブ集合に限定し,基本プリミティブにより動作の概略を抽象化して,その情報からでは一意に解釈できない作業については繰り返し観察を行い情報量を増やすことによりあいまい性を解消する手法を提案している。同時に,作業に固有のプリミティブを自動的に獲得することで認識システム自体を対象とする作業ドメインに適応させる手法の提案を行っている。

 また、提案する作業獲得の手順が、(1)作業の概略の推定、(2)作業に固有のプリミティブの推定、(3)動作の再観察の3段階で構成されることを述べ、ある時点においてシステムのセンサ入力のうちどの部分に注視して解析するべきかを規定する注視戦略によって効率よく未知の作業を獲得する方法を提案している。

 第2章は「基本プリミティブに基づく作業の概略の認識」と題し、手作業に普遍性のある基本プリミティブとして把持の分類・腕の動作の分類・物体の色及び幾何形状の分類を設計し、基本プリミティブの同定に必要となる、隠れマルコフモデルに基づく確率的な変動に強い動作のモデル化手法、3次元視覚を利用したノイズに対して頑健な対象物体の同定法について述べている。さらに、複数の入力センサの特性に応じて注視戦略を設定し、あるセンサを解析した結果を用いて他のセンサの解析範囲を拘束する段階的な解析法によって決定された各解析範囲に対応する基本プリミティブを順次同定することで、効率よく作業の概略を推定する手法について述べている。

 第3章は「複数回観察に基づく作業に固有のプリミティブの推定」と題し、第2章の方法では作業の遂行に必須の物体同士の相互作用を確定することが困難であることを論じ、その原因が単一の観察に起因するあいまい性にあることを指摘するとともに、本質的には同一の作業を表す複数の教示動作を観察し、それらを多次元DP Matchingの手法を用いて統合することにより必須の相互作用を検出する方法について述べている。また、検出された相互作用が、その作業ドメインを記述するための新たなプリミティブとなり動作に模倣と認識の双方に利用可能であることを示し、これをモデル化する方法について述べている。

 第4章は「再観察に基づく失敗回避動作の生成」と題し、上述の手法に従って構築された作業のモデルに基づきロボットが教示作業の再現を行う際に作業に失敗する要因を2つ取り上げ、それぞれについて(1)人間が明示的に失敗個所を指定し、センサのパラメータを変更して該当する動作の再教示をオフラインで行う方法と、(2)ロボットが自身の動作を注視することで,作業モデルから予想される動作と実際の動作との差をオンラインでフィードバックすることにより失敗の回避を行う方法の2種類の失敗回避手法について述べている。

 第5章は「人間型ロボットプラットフォームを用いた実験例」と題し、ここまでの章で提案された手法を検証するために開発された人間型ロボットプラットフォームについて説明しており、またこれを用いて手作業の獲得、認識、再現を行った一連の実験について結果とそれに対する考察を述べている。

 第6章は「結論」であり、本論文の成果を要約するとともに今後の課題が示されている。

 以上これを要するに、本論文では、現在ハード面から見た場合に研究・開発の著しい人間型ロボットに対して、見まねに基づく簡便な動作生成手法を提案し実証することでソフト面からの取り組みがなされており、動作生成手法として提案された(1)基本プリミティブに基づく作業の概略の認識、(2)複数回観察に基づく作業に固有のプリミティブの推定、(3)再観察に基づく失敗回避動作の生成の手法は、今後人間型ロボットが日常生活に進出し人間を積極的に支援する際に必要となる技術の基盤となることが期待され、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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