学位論文要旨



No 117047
著者(漢字) 五十嵐,浩司
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,コウジ
標題(和) 短尺分散平坦化ファイバにおけるサブ100fs光ソリトンに関する研究
標題(洋)
報告番号 117047
報告番号 甲17047
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5188号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 多久島,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 光の極限性能の一つである「時間軸の超高速性」に関する研究が科学的・応用的関心から注目を集めている。特に、フェムト秒(10-15秒)領域における光パルス発生技術や超高速計測技術等の進展は著しく、「フェムト秒テクノロジー」と称される新分野が活況を呈している。そのフェムト秒テクノロジーにおける主要分野である究極的超短パルス発生、超高速計測技術、そして非線形ファイバ光学の境界・融合領域が本論文の着目領域である。この着目領域の研究対象は、「光ファイバにおけるサブ100fs光ソリトン」に関する研究とも表現できる。これは未解明な領域における物理現象を取り扱うものであるということから、物理学的に意義部会研究対象と言える。それだけではなく、この物理現象を通じてサブ100fs光ソリトンのマニピュレーションの可能性を解明することは応用上興味深い。ここで、このマニピュレーションのキーツールが分散平坦化ファイバ(DFF)である。この様に物理学的かつ工学的に大変意義深い研究対象と言える「短尺分散平坦化ファイバにおけるサブ100fs光ソリトン」に関する新規研究を展開し、その結果をまとめたものが本論文である。本論文の目的を明確化するならば、サブ100fs光ソリトンと短尺DFFの組合せによって発現する物理学的かつ工学的に興味深い現象の分析を通じて、短尺DFFを用いる時間及び周波数領域におけるサブ100fs光ソリトンマニピュレーションの可能性を示すことである。以下に本論文の概要を示す。

 第1章では、本研究の背景としてフェムト秒テクノロジー・分散平坦化ファイバ(dispersion-flattened fiber:DFF)に関して述べ、本論文の位置付けと目的が明確化されている。

 「光ファイバソリトンにおける高次効果及びその複合的発現」と題される第2章では、本論文の基礎的内容として、今まで報告されているサブ100fs領域における光ソリトン理論に関する研究を整理した。特に、高次効果やそれら複合的発現に着目し、それらのモデルについてまとめられている。

 第3章では、step-like dispersion profiled fiber (SDPF)圧縮器に着目し、高性能パルス光源を開発した結果について示されている。市販光ファイバ増幅器と短尺SDPFの組合せからなる圧縮系を用いて半導体レーザパルス圧縮した結果、簡素SDPF圧縮器が20fs級圧縮性能を有することが示された。また、この20fs SDPF作製に対する緻密なファイバ長調整の有効性も示唆された。

 第4章では、サブ100fs光ソリトン伝搬の物理に着目し、その適切なモデルを検討し高次効果を分析した結果が示されている。ここでは、開発したSDPF圧縮器後段の2段DFFにおける100fsから20fsへの光ソリトン圧縮に着目し、その圧縮過程を分析した。幾つかの伝搬モデルによるシミュレーション結果との比較検討を通じて、サブ100fsソリトンDFF伝搬における高次効果の影響解明を試みた。その結果、100fs光ソリトン伝搬に対しては高次効果を含まない簡易なモデルがある程度適用できることが判明した。一方で、30fs光ソリトン伝搬ではパルス伝搬初期の異常なパルス発展が観測された。

 第5章では、高エネルギーパルス注入による17fs光ソリトン圧縮について述べられている。モードロックファイバレーザの出力である高エネルギーサブ100fsパルスをDFFを用いて高次ソリトン圧縮することによって17fs光パルス発生に成功した。これより、DFFは高エネルギーサブ100fsソリトンに対してサブ20fs圧縮性能を有することが示された。また、高エネルギーサブ100fsパルスとDFFの組合せによる10fsパルス発生の展望を論じた。

 第6章では、超短尺異常DFF(anomalous-DFF:ADFF)を用いるスーパーコンティニューム光(SC)発生について論じられている。筆者らは従来常識とは異なる短尺ADFFにおける広帯域・超平坦化SC発生現象を発見し、その特徴分析とメカニズム検討を行った。その結果として、本SCスペクトルの注目すべき特徴としてサブdB平坦度、Sバンドを含む短波長帯域への光スペクトル延伸が確認された。また、本SC発生機構とADFFにおける広帯域光パラメトリック利得発生の関係も暗示された。

 以上の結果をまとめるに、サブ100fs光ソリトンと短尺DFFを組み合わせることによって物理学・工学的に興味深い現象(光パルス圧縮・SC発生)が発現することが判明した。これらを通じて、短尺DFFを用いるサブ100fs光ソリトンの時間・周波数領域におけるマニピュレーションの可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「短尺分散平坦化ファイバにおけるサブ100fs光ソリトンに関する研究」と題し、サブ100fsという極めて短い時間幅を有する光ソリトンに対して光ファイバの非線形性の有効活用によってその時間波形およびスペクトル波形をマニピュレートする手法を対象とし、その潜在力を明らかにしつつ超高速光技術における応用時間領域をサブ100fs領域へ展開する方策の創出とフェムト秒テクノロジーと称される研究分野に新たな知見を付け加えることを目的とするもので、全7章で構成されている。

 第1章「序論」では、本論文における研究の背景として位置付けられるフェムト秒テクノロジーに関し、その概念や意義、および歴史的経緯が述べられると共に、研究対象である半導体レーザパルスのソリトン圧縮、サブ100fs光ソリトンの物理、そして分散平坦化ファイバ(DFF)について、それぞれの最新の研究動向が概述されている。また、筆者がこれらを研究対象として選択した動機や研究目的も明記されている。

 第2章は「光ソリトン伝搬における高次効果とそれらの複合的発現」と題し、本論文を理解する上で基礎となる知識、即ち、サブ100fs光ソリトンの理論的取り扱い方法やモデル化に関する既報の知識が整理・記述されている。標準的な非線形シュレディンガー方程式を基本としながらも、高次の非線形効果や高次の分散効果に焦点を当て、さらにはそれらが複合的に発現する場合についても着目している。更に、他グループから提案されている高次効果を扱うためのモデルの複数を丁寧に解説すると共に、比較検討を行っている。

 第3章は「DFF-SDPFを用いる20fs半導体レーザパルス圧縮」と題し、簡素化と高性能化に優れた光パルス圧縮器の開発を目標とする立場から、実験的研究を実施した結果が記されている。より具体的には、群速度分散値の異なる複数の光ファイバを縦続接続することによって構成されるstep-like dispersion profiled fiber (SDPF)高次ソリトン圧縮器を取り上げ、分散プロファイル設計手法を提示しつつその圧縮性能を実験的に検討している。2種類のDFFの活用により極めて短尺な圧縮系が構成され得ること、それを用いた半導体レーザパルスの圧縮実験では20fs級の圧縮性能が確認されたこと、などが記されている。後者の半導体レーザパルスの20fs圧縮実験の結果は光ソリトン時間幅としては世界最短記録に相当することに注目すべきであると思われる。

 第4章は「サブ100fs光ソリトンDFF伝搬における高次効果の分析」と題し、サブ100fs光ソリトンのDFF伝搬に影響を及ぼすと予想される高次効果を実験的および理論的手法により詳細分析した結果が記されている。30fs程度以上の時間領域までは高次効果を考慮しない従来型非線形シュレディンガー方程式が、限定された条件下ではあるが、適用可能であるとする一方で、従来は微かな効果として知られていた4次分散(FOD)効果がスペクトル領域において発現し、その結果として離調度の高い光パラメトリック利得の生成とそれを介する光スペクトル成分の発生が起り得る証左が示されている。

 第5章は「高エネルギーパルス注入による16fs光ソリトン圧縮と10fs圧縮への展望」と題し、より高いエネルギーを有する光パルスを入力として用いてソリトン次数の増大を通じて光パルス圧縮率の増大を図る試みと、それが与え得る諸効果、更には最短光パルス幅を制限する要因について、実験的および理論的な検討を行った結果が述べられている。モード同期ファイバレーザ出力の高エネルギーサブ100fsパルスをDFFに入力させた場合には、サブ20fs(16fs)圧縮が実現されることを示すと共に、その時間幅制限要因の一つはDFFのFOD値と2次分散値から決定される異常分散帯域幅であること、更なる圧縮にはDFFのFOD値抑圧が重要であること、また、サブ20fs圧縮にはDFF分散プロファイルの微調整が重要となること、などが議論の結論としてまとめられている。

 第6章は「短尺異常DFFを用いる超平坦化・広帯域スーパーコンティニューム光(SC)発生」と題し、超短尺異常DFF(anomalous-DFF:ADFF)を用いるSC発生の可能性の検討とその実験的検証について論じられている。そこで発見されたものとして、従来常識とは異なる「超短尺ADFFにおける広帯域・超平坦化SC発生現象」、発生スペクトルのサブdB平坦度、Sバンドを含む短波長帯域への光スペクトル延伸特性、などが列挙されている。加えて、SC発生メカニズムの解明とモデルの検討とを理論的・実験的に行っている。具体的には、FOD効果が重要な役割を担う広帯域光パラメトリック利得発生機構に着目し、これをSC発生の主要メカニズムとする仮説を提案、その妥当性を検討しほぼ証明を完遂している。FOD効果を積極的に活用した初めての報告例と位置付けられる点で、新規性に富む成果と見なせる。

 第7章は結論であって、以上の研究結果を総括し、結論を述べている。抜粋すると、フェムト秒テクノロジーの応用時間領域をサブ100fs領域へ展開する上で必要不可欠である光ファイバ非線形性の活用に着目し、サブ20fs光ソリトンパルスの生成に成功するなどの成果を挙げると共に、サブ100fs領域でのFOD効果の著しい発現の例を実験的に証左している。また、FOD効果はサブ20fsパルス圧縮の制限要因となる一方で、それを積極的に活用することによってマルチキャリア光源に利用され得る光スペクトル延伸の駆動力ともなり得ることを指摘し、サブ100fs領域においては光ファイバのFODマネージメントが重要となると結論している。

 以上本論文は、サブ100fsという超短時間領域の開拓を目途として行った一連の研究の成果を中心にまとめられ、そのような究極的時間領域における光ソリトンが分散平坦化ファイバを伝搬する際に重要となる性質(4次分散効果)の詳細解明に成功すると共にサブ20fs光パルス発生や超平坦SC発生などの具体例を示すなどの興味深い内容を包含し、サブ100fs時間領域を開拓する上で重要となる新たな知見を獲得したことを示すものであって、電子工学の発展に寄与するところを多とする。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1899