学位論文要旨



No 117050
著者(漢字) 滋賀,秀裕
著者(英字)
著者(カナ) シガ,ヒデヒロ
標題(和) 高温超伝導スイッチングデバイス
標題(洋) High-Tc Superconductive Switching Devices
報告番号 117050
報告番号 甲17050
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5191号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

 半導体の次世代を担う超高速・超低消費電力デバイスの候補のひとつとして、超伝導体デバイスが挙げられる。超伝導コンピュータは従来の半導体コンピュータと比較して処理能力で2桁、低消費電力性で5桁優れているとも言われており、早期実現が望まれている。現段階においてい超伝導体のエレクトロニクス応用方面では特性の安定したジョセフソン素子の作製技術の確立および論理回路合成理論の構築が急速に進んでいる。特に金属系の低温超伝導体分野においてはかなり大規模な集積回路の試作結果が頻繁に報告されるまでになっており、超伝導体コンピュータの実現はそう遠くないものと思われる。

 しかし、ここで問題となるのが既存のコンピュータとの整合性である。半導体回路では、1と0の信号を電圧の違いによって表現しており、その差は1V以上を必要とする。一方、超伝導体回路では1と0の信号を磁束量子の有無によって表現する回路手法が現在の主流となっている。よって、超伝導体回路から半導体回路に信号を伝達するためには、何らかのインターフェイスデバイスを用いて磁束の有無を電位差に変換する必要がある。ジョセフソン素子を2つリング状につないでループにしたdirect coupling superconducting quantum interferencce device(dc-SQUID)というデバイスを用いれば磁束を電圧に変換することは可能であるが、そこで生じる電位差はたかだか1mVである。これを数10段直列に接続して10mV以上の電圧を得、次段にCMOSアンプを接続して所望の電圧まで引き上げることでインターフェイスを構成するという研究も行われているが、かなり大規模な回路になってしまう。超伝導体コンピュータから半導体コンピュータへ向かう信号線の数だけこの回路が必要であることを考えると、インターフェイスが全体に占める割合はかなり大きくなってしまい、あまり現実的な解とは思えない。

 上記の事実を踏まえ、本研究においてはシンプルかつ小型のインターフェイスデバイスを提案する。超伝導体は超伝導状態においては抵抗が0に保たれるが、臨界点以上に温度を上げたり電流を流したりすることにより超伝導状態が破壊され、抵抗を有する常伝導状態に遷移する。この2つの状態間で電気的な特性が大きく異なることを利用し、インターフェイスとしてのスイッチングを行うデバイスの作製を試みた。

 作製したデバイスの模式図を図1に示す。構造としては準粒子注入デバイスと呼はれるものと同様で、超伝導ブリッジの上に電流注入電極を設けた形をとっている。ブリッジの材料には代表的な高温超伝導体であるYBa2Cu3O7-x(YBCO)を用いた。理由としては、より常温に近い温度で使用可能であることに加え、抵抗率が1.5×10-5Ωmと比較的高いことが挙げられる。抵抗率が高ければ単位長さあたりに発生する電圧が大きくなるため、デバイスの小型化が可能となるからである。たとえば低温超伝導体のNbの抵抗率はYBCOよりも2桁も低い1.5×10-7Ωmである。また、注入電極にはAuを用いた。これは、アニーリングによりYBCOとの接触抵抗を非常に小さくすることができるからである。このデバイスは注入電流がある閾値を超えると電圧が発生するので、接触抵抗を小さくすればより微小な入力電圧に対しても応答することが可能となる。

 ブリッジ長100μm、幅5μmのデバイスのスイッチング特性を図2に示す。バイアス電流Idは低めに設定し、非ラッチ動作(IinjをOにするとVdsもOに戻る)を行った。2Vの入力電圧に対し、9Vの出力が得られていることが分かる。応答速度についても測定した結果、立ち上がり、立ち下がり共に10μs〜100μsと非常に遅いデバイスであることが分かった。

 デバイスの動作が熱によって説明できることを確認するため、ならびに優れたデバイス作製の指針を探るため、デバイスシミュレーションを行った。ブリッジの抵抗状態部分での熱の発生と、ブリッジや基板での熱の伝達を計算してデバイス特性を求めたところ、測定結果との一致が見られた。またバイアス電流Idを大きめに設定し、ラッチ動作(IinjをOにしてもVdsはOに戻らない)を行うことで応答速度がnsオーダまで速くなること、また10mV程度の微小な入力電圧で駆動できることが判明した。

 超伝導体−半導体回路間のインターフェイスデバイスとして動作するためには、入力電圧は1mV以下であることが望ましい。また、GHzオーダの信号伝送を想定するならば、応答速度に関しても1nsを切る必要がある。これらの条件を満たすためにはデバイスの微細化とプロセスの安定が不可欠である。

図1 デバイスの模式図

図2 デバイス動作

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「High-Tc Superconductive Switching Devices(和訳:高温超伝導スイッチングデバイス)」と題し、超伝導回路と半導体回路間のインターフェイスとなるデバイスの実現を目指し、高温超伝導三端子スイッチングデバイスの試作、特性測定、特性解析を行い、その結果からデバイスの性能を評価したものであり、6章から構成されている。

 第1章は「Introduction(序論)」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要と構成について述べている。超伝導回路から半導体回路に信号を伝達するためにはmV程度の電圧を半導体でセンス可能なレベルにまで昇圧する必要があり、それを実現する手段として準粒子注入デバイスの利用を提案している。

 第2章は「Device structure and fabrication process(デバイス構造と作製プロセス)」と題し、本研究でとりあげるスイッチングデバイスの構造と作製プロセスについて説明している。基本的な構造は準粒子注入デバイスと同様であるが、高い電圧利得を得るためゲートをソース電極付近に配置した。また、より大きな電流を注入するためにはゲート電極とブリッジとの間の接触抵抗低減が不可欠であるが、ゲート電極材料であるAuをin-situ堆積し、さらに適切なアニーリング処理を行うことにより低い接触抵抗を実現している。

 第3章は「Fundamental device characteristics(デバイスの基本特性)」と題し、デバイスの基本特性を示している。超伝導体YBaCuOの臨界温度は80K程度と良好な値が得られた。超伝導ブリッジの電流−電圧特性は、電圧状態においてほぼ一定の電流値となる独特の振る舞いを見せることが分かった。また、電流注入による電流利得は1から1.5と低い値を示した。これは、ゲートーブリッジ間の接触抵抗を小さくしたことにより準粒子注入効果が薄れたためであると考えられる。

 第4章は「Simulation for device analysis(デバイス特性解析シミュレーション)」と題し、デバイスの熱的な解析およびそれを用いたデバイス特性シミュレーションを行っている。本デバイスの振る舞いは温度によって決定されるという考えに基づき、熱の発生と伝導とからデバイス各部の温度を算出しデバイス特性を予測した。実際の測定結果からパラメタを抽出し、上記のシミュレーションを行った結果、電流−電圧特性を再現することができた。このときのデバイス温度分布から、ブリッジ内に超伝導部分と常伝導部分が共存することが判明した。

 第5章は「Switching characteristics(スイッチング特性)」と題し、デバイスのスイッチング特性について、測定結果とシミュレーション結果について比較し、これらがほぼ一致することを確認している。まずはノンラッチ動作を試してみたが、立ち上がり・立ち下がり共に10μs以上と低速であり、また電圧利得も2程度と非常に小さいため実用に供することは不可能であると判断した。次にラッチ動作について調べてみたところ、試作したデバイス(幅4μm、厚さ100nm)の場合、立ち上がりについては1V/ns近い値が得られるが、リセット動作(ブリッジの冷却)にμsオーダの時間がかかってしまい、高速動作は望めないことが分かった。そこでデバイスのスケーリングを進めた場合に特性がどのように改善されるかを予測し、ブリッジ断面積を小さくすることで冷却時間は大幅に短縮でき、幅1μm、厚さ10nmのデバイスでは数nsにまで抑えられるという計算結果が得ている。

 第6章は「Conclusion(結論)」であり、本研究の成果を要約して述べている。

 以上のように、本論文は高温超伝導三端子スイッチングデバイスについて、デバイス作製、そのスイッチング特性の実験による評価を行ない、さらにまた、これが準粒子注入に起因する高温領域の伝播によることを理論的に解析し、実験とのよい整合を行なったもので、超伝導エレクトロニクス分野への貢献は少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1902