学位論文要旨



No 117051
著者(漢字) 清水,大雅
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヒロマサ
標題(和) 半導体・磁性体複合構造の作製、磁気光学特性、及び磁気光学デバイスへの応用
標題(洋) Fabrication and magneto-optical properties of semiconductor / magnetic hybrid structures and their application to magneto-optical devices
報告番号 117051
報告番号 甲17051
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5192号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は半導体GaAs/磁性体Mnの複合構造について特に磁気光学効果に焦点を当てて研究を行ったものである。半導体と磁性体を融合させた研究、「半導体スピンエレクトロニクス」は近年注目を集め、進展が著しい研究分野である。我々は序論で「半導体スピンエレクトロニクス」の現状を概説し、この研究分野の目指すべき重要な方向の一つは半導体単独もしくは磁性体単独では得ることが困難な機能、デバイスの実現であると考え、半導体/磁性体複合構造の磁気光学効果に焦点を当てた。磁気光学効果の測定は半導体/磁性体複合構造のバンド構造を調べるのに強力な手段であるとともに、光アイソレータ等、磁気光学デバイスへの応用の観点からも重要であるからである。

 はじめに我々はIII-V族ベース強磁性半導体(GaMn)As、及び、(GaMn)As/AlAs超格子の磁気光学効果(磁気円二色性,Magnetic circular dichroism : MCD)を測定し、そのバンド構造について考察を行った。(GaMn)AsとAlAsの極薄膜ヘテロ構造において、(GaMn)Asの膜厚が5nm以下でMCDスペクトルの明確なブルーシフトを観測し、量子井戸状態が形成されることを明らかにした。さらにMCDの磁場依存性の測定から(GaMn)Asの膜厚が2nm以上で強磁性秩序が形成されることを明らかにした。(GaMn)Asにおいて強磁性量子井戸状態が形成されることを観測したことは(GaMn)Asベースの量子効果デバイス、例えば共鳴トンネルダイオード構造を取り入れた強磁性トンネル接合デバイスの作製等、従来、磁性体のみ、半導体のみでは実現することが不可能であったデバイスの作製に道を拓くものである。

 次に我々は半導体であるGaAs中に強磁性金属であるMnAsのナノクラスターを埋め込んだ複合構造(以下、GaAs : MnAs)の作製を行い、その構造評価、磁気特性、光学特性、磁気光学特性について調べた。MnAsナノクラスターは(GaMn)Asを熱処理する際に相分離によって自己組織的に形成されるが、数nmからなる[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入によってMnAsクラスターのサイズを制御することができることが明らかになった。また、GaAs:MnAsの磁化、及び磁気光学効果が(GaMn)As成長中のSiのドーピングによって増強されることを見出し、MnAsナノクラスターの形成に関わるMnイオンの割合が1×1018cm-3のSiのドーピングによって77%から99%と高まることを磁化測定により明らかにした。磁気光学デバイスへの応用のためには大きな磁気光学効果を得ると同時に高い透過率を得る必要があるが、[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入によって大きな磁気光学効果と高い透過率を同時に得られることがわかった。また長距離光通信に重要な波長である1.55μm帯における透過率、磁気光学効果を測定し、GaAsバンド端波長である0.87μm付近と比較して透過率が上昇することが明らかになった。またGaAs:MnAsの光学損失、磁気光学効果の起源について考察を行った。(GaMn)Asは強磁性転移温度が最高110Kで低温において強磁性を示し、室温では常磁性を示す混晶半導体、GaAs:MnAsは室温で超常磁性を示す強磁性金属と半導体の複合構造であるが、この2つの材料の室温における光吸収測定、磁気光学測定の結果を比較し、双方の利害得失について論じた。室温における磁気光学デバイスへの応用という観点からは、(GaMn)AsよりもGaAs:MnAsの方が有利であると結論付けた。

 以上の半導体/磁性体複合構造の基本的な光学特性、磁気光学特性の評価を基に、光アイソレータへの応用のための2つのアプローチを試みた。現在光アイソレータにおけるファラデー回転子に用いられている材料は希土類置換鉄ガーネットやII-VI族希薄磁性半導体のCdMnHgTeであるが、これらの材料はバルク材料であり、膜厚が1mm以上と厚く、III-V族化合物半導体との整合性がよくないという問題点からIII-V族化合物半導体光電子デバイスとの集積化が困難である。III-V族光電子デバイスと磁気光学デバイスの集積化のためにはIII-V族ベースで、かつ薄膜で大きな磁気光学効果を示す材料が求められている。そこで我々は一つめのアプローチとしてGaAs:MnAsをGaAs/AlAsの分布ブラッグ反射鏡(Distributed Bragg Reflector:DBR)で挟み込んだ多層構造(1次元半導体ベース磁性フォトニック結晶)を作製し、光の多重反射を利用して薄膜で大きな磁気光学効果を得ようと試みた。動作波長をλ=0.98μmとし、膜厚139nm(λ/2n, n:屈折率)のGaAs:MnAsを10周期のGaAs/AlAs DBR(膜厚λ/4n)で挟んだ図1のような多層構造において単層のGaAs:MnAsに比べて7倍の磁気光学効果の増大(図2)に成功した。またこの多層膜の磁気光学効果はGaAs:MnAsの超常磁性を反映して0.1〜0.2Tの低磁場で飽和する特性を示す。このことは光アイソレータの小型化に寄与すると考えられる。さらに、多層構造の磁気光学特性を理論的に解析し、光アイソレータへの応用に必要な45'のファラデー回転角の実現に必要な条件について議論し、デバイス応用のために重要なGaAs:MnAsの光学損失低減のための3つの取り組み、[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入、Siのカウンタードーピング、動作波長の長波長化について論じた。半導体/磁性体複合構造はエピタキシャル成長によって薄膜でしか得られず、10μmを超える厚膜を作製するのは困難である。そのため半導体ベース磁性フォトニック結晶というアプローチは半導体/磁性体複合構造を光アイソレータに応用するために有効な手段であると考えられる。

 半導体/磁性体複合構造を用いた光アイソレータへの応用の2つめのアプローチはMnAsクラスターの横磁気カー効果を用いた損失補償型の導波路型光アイソレータである。損失補償型の導波路型光アイソレータは磁気光学層を含む半導体光増幅器における磁気光学効果による非相反な損失/利得を利用したものである。MnAsクラスターは図1に示したようにGaAs/AlAs等の非磁性のヘテロ構造との整合性に優れる。この特長を活かしてMnAsクラスターを用いた導波路型光アイソレータの設計を行った。Maxwell方程式による解析の結果、TMモード光に対して120dB/cmの消光比が得られることが明らかになった。また従来の損失補償型の導波路型光アイソレータではTEモードに対して動作しないことが問題の一つになっていたが、本研究ではTEモード光に対してもアイソレータ動作が実現可能なデバイス構造を提案し、理論計算によりTEモード光に対して36dB/cmの消光比が得られることを明らかにした。TEモードとTMモードに対して同時にアイソレータ動作を実現することにより、偏波無依存型の導波路型光アイソレータを実現することができると考えられる。MnAsクラスターは良質な半導体ヘテロ構造の再成長が可能であることから、より柔軟なデバイス構造の設計が可能になる点が本研究で提案した導波路型光アイソレータの特長であると考えられる。

 「半導体スピンエレクトロニクス」の研究はまだ歴史が浅いため、GaAsベースの半導体/磁性体複合構造では実用デバイスへ応用された例はない。磁気光学デバイスは半導体/磁性体複合構造を応用する有用で興味深いデバイスの一つである。半導体/磁性体複合構造の磁気光学効果を基にした1次元半導体ベース磁性フォトニック結晶、及び導波路型光アイソレータは半導体ベースの磁気光学デバイス実現のための有効な手法であり、本研究はデバイス実現のために、半導体/磁性体複合構造の基本的な磁気光学特性を評価したこと、及び、この評価を基にした2つのタイプのデバイス提案を行ったところに意義があると考えられる。

図1. 1次元半導体ベース磁性フォトニック結晶(10[GaAs/AlAs]DBR/GaAs:MnAs/10[GaAs/AlAs]DBR)の断面走査性電子顕微鏡写真

図2.(右)1次元半導体ベース磁性フォトニック結晶(図1)の(a)透過率、(b)ファラデー楕円率ηF、(c)ファラデー回転角スペクトルθF(実線)。

測定は室温で行い、磁気光学効果の測定は1Tの磁場下で行った。細線で200nm厚の単層のGaAs:MnAsの測定結果、点線で理論計算結果を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Fabrication and Magneto-optical Properties of Semiconductor/Magnetic Hybrid Structures and Their Application to Magneto-Optical Devices」(半導体・磁性体複合構造の作製、磁気光学特性、及び磁気光学デバイスへの応用)と題し、英文で書かれている。本論文は、半導体/磁性体複合構造の磁気光学物性とその応用を中心に包括的な研究成果を記述しており、全6章から成る。

 第1章は「Introduction」(序論)であり、本研究の背景、位置付け、目的を示している。半導体と磁性体(スピン)の機能を融合させエレクトロニクスに生かそうとする研究、「半導体スピンエレクトロニクス」は近年注目を集め、進展が著しい研究分野であるが、筆者は、この研究分野が目指すべき方向は、半導体単独もしくは磁性体単独では得ることが困難な機能とデバイスの実現であり、本論文の目的は、III-V族化合物半導体とMnを含む磁性体から成る複合構造を作製し、その物性を磁気光学効果を中心に明らかにし、さらに磁気光学デバイスへの応用を示すことである、としている。

 第2章は「Epitaxial growth, magnetic and magneto-optical properties of (GaMn)As and its quantum heterostructures」((GaMn)Asとその量子ヘテロ構造のエピタキシャル成長、磁性、磁気光学特性)と題し、III-V族ベース強磁性半導体(GaMn)As薄膜とその量子ヘテロ構造、特に(GaMn)As/AlAs超格子について、それらの磁気光学効果を磁気円二色性(Magnetic circular dichroism : MCD)を測定することによって明らかにし、そのバンド構造について考察している。(GaMn)AsとAlAsから成る極薄膜ヘテロ構造(数nm周期の超格子)においては、(GaMn)Asの膜厚が5nm以下で透過MCDスペクトルのブルーシフトにより、量子井戸状態が形成されることを明瞭に観測し、さらにMCDの磁場依存性から(GaMn)Asの膜厚が2nm以上では強磁性秩序が形成されることを明らかにしている。このように、(GaMn)As超薄膜において強磁性量子井戸状態の形成を観測したことは、(GaMn)Asベースの量子効果デバイス、例えば強磁性共鳴トンネル接合デバイスの作製等、従来磁性体あるいは半導体単独では実現することが不可能であったデバイスの実現につながるものであるとしている。

 第3章は「Fabrication, structural, optical and magneto-optical properties of MnAs nanoclusters embedded in a GaAs matrix」(GaAs中に埋め込まれたMnAsナノクラスター構造の作製、構造、光物性および磁気光学特性)と題し、半導体GaAs中に強磁性金属MnAsのナノクラスターを埋め込んだ複合構造(以下、GaAs:MnAsと称す)の作製を行い、その構造評価、磁気特性、光学特性、磁気光学特性について記述している。まず、MnAsナノクラスターは(GaMn)Asを熱処理する際に相分離によってGaAs中に自己組織的に形成されること、形成されたGaAs:MnAsは単結晶でIII-V族ヘテロ構造と整合性が良いことなどを示している。さらに、数nm周期の[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入によってMnAsクラスターのサイズを制御できること、GaAs:MnAsの磁化及び磁気光学効果が(GaMn)As成長中のSiのドーピングによって増強されること、MnAsナノクラスターの形成に寄与するMnイオンの割合が1×1018cm-3のSiのドーピングによって77%から99%と高まることを明らかにしている。磁気光学デバイスへの応用のためには大きな磁気光学効果を得ると同時に高い透過率を得る必要があるが、[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入によってこれらを同時に得られること、また長距離光通信に重要な波長1.55μm帯における透過率と磁気光学効果を測定し、GaAsバンド端波長である0.87μm付近と比較して透過率が上昇することを示し、GaAs:MnAsの光学損失と磁気光学効果の起源について考察を行っている。(GaMn)Asは低温において強磁性を示し室温では常磁性を示す混晶半導体、GaAs:MnAsは室温で超常磁性を示す強磁性金属と半導体の複合構造であるが、本章の最後では、この2つの材料の室温における光吸収測定、磁気光学測定の結果を比較し、双方の利害得失について論じ、室温における磁気光学デバイスへの応用という観点からは、(GaMn)AsよりもGaAs:MnAsの方が有利であると結論付けている。

 第4章は「Enhancement of the magneto-optical effect in multilayer structures composed of the semiconductor/magnetic hybrid structure GaAs:MnAs and GaAs/AlAs DBR」(半導体/磁性体複合構造GaAs:MnAsとGaAs/AlAs分布ブラッグ反射鏡から成る多層構造における磁気光学効果の増大)と題し、前章までの半導体/磁性体複合構造の基本物性の評価を基に、光アイソレータ応用を視野に入れた多層膜における磁気光学効果の研究成果を述べている。現在、光アイソレータのファラデー回転子に用いられている材料はバルク材料であり、III-V族化合物半導体との整合性が悪いという問題点からIII-V族半導体光電子デバイスとの集積化は困難である。磁気光学デバイスのモノリシック集積化のためには、III-V族ベースの薄膜でかつ大きな磁気光学効果を示す材料が求められる。本章ではGaAs:MnAsをGaAs/AlAs周期構造から成る分布ブラッグ反射鏡(DBR)で挟み込んだ多層構造(一次元半導体ベース磁性フォトニック結晶)を作製し、光の多重反射を利用して薄膜で大きな磁気光学効果を得ることに成功した。動作波長をλ=0.98μmとし、膜厚139nm(λ/2n, n:屈折率)のGaAs:MnAsを10周期のGaAs/AlAs DBR(膜厚λ/4n)で挟んだ多層構造において、単層のGaAs:MnAsに比べて7倍の磁気光学効果の増大を室温で観測した。この多層膜の磁気光学効果はGaAs:MnAsの超常磁性を反映して0.1〜0.2Tの低磁場で飽和する特性を示すが、この低磁場動作は光アイソレータの小型化に寄与すると考えられる。さらに、多層構造の磁気光学特性を理論的に解析し、光アイソレータへの応用に必要な45'のファラデー回転角の実現に必要な条件を明らかにしている。さらに、実用デバイスに向けて最大の課題であるGaAs:MnAsの光学損失低減のために、1)[GaAs:MnAs]/AlAs超格子構造の導入、2)Siのカウンタードーピング、3)動作波長の長波長化、の3つの試みを行いある程度の有効性を示している。最後に、この半導体/磁性体複合構造は、エピタキシャル成長で作製される薄膜をベースとしており10μmを超える厚膜やバルクとは異なる磁気光学材料であるため、本章で述べた多層膜を利用した半導体ベース磁性フォトニック結晶というアプローチが磁気光学デバイス応用のための有効な手段であると結論している。

 第5章は「Design of semiconductor-waveguide-type optical isolators using the non-reciprocal refractive index change in the magneto-optical waveguides having MnAs clusters」(MnAsクラスターを含む磁気光学導波路の非相反屈折率変化を利用した半導体導波路型光アイソレータ)と題し、半導体/磁性体複合構造を用いた光アイソレータへの応用として、MnAsクラスターの横磁気カー効果を用いた損失補償型の導波路型光アイソレータの提案と解析を行っている。損失補償型の導波路型光アイソレータは磁気光学層を含む半導体光増幅器における磁気光学効果による非相反な損失/利得を利用したものである。GaAs/AlAsなど非磁性III-V族ヘテロ構造との整合性に優れるというMnAsクラスター構造の特長を活かして、MnAsクラスターを含む磁気光学導波路の非相反屈折率変化を利用した光アイソレータの設計を行い、Maxwell方程式による解析の結果、TMモード光に対して120dB/cmの消光比が得られることを明らかしている。また従来の損失補償型の導波路型光アイソレータではTEモードに対して動作しないことが問題の一つになっていたが、本研究ではTEモード光に対してもアイソレータ動作が実現可能なデバイス構造を提案し、理論計算によりTEモード光に対して36dB/cmの消光比が得られることを明らかにし、TEモードとTMモードに対して同時にアイソレータ動作を実現することにより、偏波無依存型の導波路型光アイソレータを実現できると予測している。本章の最後に、MnAsクラスターは良質な半導体ヘテロ構造の再成長が可能であることから、より柔軟な磁気光学デバイス構造の設計が可能であることを指摘し、本研究で提案した導波路型光アイソレータの特長を挙げている。

 第6章は「Concluding Remarks」(結論)であり、本論文全体の成果を総括するとともに、その意義を述べている。「半導体スピンエレクトロニクス」の研究はまだ歴史が浅いため、III-V族ベースの半導体/磁性体複合構造では実用デバイスへ応用された例はない。本研究で対象とした半導体/磁性体複合構造の磁気光学効果を利用した一次元半導体ベース磁性フォトニック結晶および導波路型光アイソレータは、半導体をベースとした磁気光学デバイス実現のための有効な手法であり、本研究は、半導体/磁性体複合構造の基本的な磁気光学特性を明らかにし磁気光学デバイス応用への指針を示したこと、その知見を基にデバイス提案・解析を行ったところに意義があるとしている。

 以上のように、本論文は、半導体/磁性体複合構造という新しい材料の作製法を開発し、その磁気光学効果を中心とする物性を明らかにした。さらに、半導体/磁性体複合構造を含む多層膜を設計・試作し磁気光学デバイス応用の指針を示し、導波路型光アイソレータの提案・解析を行ったものであり、電子工学、材料工学、デバイス工学上、寄与するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1903