No | 117052 | |
著者(漢字) | 橘,浩一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タチバナ,コウイチ | |
標題(和) | 窒化物半導体量子ドットの形成と光デバイスへの応用 | |
標題(洋) | Fabrication of Nitride-Based Quantum Dots and Their Application to Optical Devices | |
報告番号 | 117052 | |
報告番号 | 甲17052 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5193号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 可視光から紫外光領域で発光する短波長光デバイスの実現を目指し、窒化物半導体(GaN系)の研究が盛んに行われている。短波長発光素子の応用として、フルカラーフラットディスプレイパネルや光ディスクの記録密度の増大、高精細なレーザプリンタなど、様々な用途が期待されている。現在ではInxGa1-xN量子井戸を活性層に用いた青色、緑色、白色発光ダイオードはすでに製品化されている。またInxGa1-xN量子井戸を活性層に用いたレーザにおいても、光ディスク書き込み用途に必要な出力30mW動作で長寿命のものが作製されている。ただし、しきい値電流密度は数kA/cm2とGaAs系量子井戸レーザに比べると高い。 一方、デバイスの高性能化を図るために量子ドットに関する研究がGaAs系を中心に行われてきた。量子ドット構造は3次元的に電子を閉じ込める究極の閉じ込め構造であり、量子ドット構造をレーザの活性層に導入すると、特性温度T0の向上、低しきい値電流密度など、レーザ特性が飛躍的に向上することが理論的に示されている。近年、GaN系においても量子ドット構造に関する研究が報告されているが、GaN系量子ドットの研究は緒についたばかりである。 本論文では、GaN系量子ドット光デバイス実現に向けて、量子ドット構造の形成過程と光学評価について述べる。 第1に、InxGa1-xN量子ドットの自然形成について調べた。自然形成による量子ドットにおいては、結晶の成長機構のみを用いるので構造の微細化や高密度化が容易であるという利点を持つ。試料の結晶成長には、有機金属気相成長法(Metalorganic Chemical Vapor Deposition, MOCVD)を用いた。成長圧力は1.0×105Paである。基板としては、一般に使用されているAl2O3(0001)を用いた。ただし、Al2O3(0001)を使ってもGaNとの格子定数差は16%あり、いかに高品質なバッファ層を成長できるかがその上に成長させる構造にも影響を与える。本研究では、Al2O3(0001)上に490℃でGaN低温バッファ層を25nm成長させた後、1071℃でGaNを2μm程度成長させる2段階成長法を用いた。Root-mean-square粗度が0.17nmと極めて平坦な表面が得られていることを原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy, AFM)によって確かめた。その後、InxGa1-xNを供給することにより、InxGa1-xN量子ドットを自然形成させる。InxGa1-xN供給量(0.53〜20mono-layer)や成長温度(675〜770℃)を系統的に変化させることにより、InxGa1-xN量子ドットの成長条件に対する振る舞いが、InAs/GaAs系に代表される自然形成量子ドットのそれと類似していることが分かった。ここでIn組成比xは、0.2〜0.4である。図1にInxGa1-xN自然形成量子ドットのAFM像を示す。図1で量子ドットの平均直径と高さはそれぞれ16nmと4nmであり、密度は1.6×1010cm-2である。また、InxGa1-xN自然形成量子ドットの単一ドット分光にも取り組み、線幅が170μeVと非常に狭いフォトルミネッセンス(Photoluminescence, PL)を観測した。これは、量子ドット中の3次元的量子閉じ込めを反映したものであると考えられる。さらに、InxGa1-xN量子ドットを成長方向に積層化することによって、全体の量子ドット密度とPL強度が増加することを見出した。 第2に、InxGa1-xN量子ドットの選択成長について調べた。選択成長による量子ドットの形成では、リソグラフィーによってパターニングした基板上で成長を行うので、量子ドット構造の均一性や位置の制御性で優位である。SiO2/GaN/Al2O3基板上に、フォトリソグラフィーによって4μm周期で1辺が2μmの正方形のパターンを描画する。成長温度945℃でGaNを成長した場合に、GaN六角錐構造が形成されることを走査電子線顕微鏡(Scanning Electron Microscop, SEM)を用いて見出した。その後に、In0.2Ga0.8N/In0.02Ga0.98N多重量子井戸構造を3周期成長させる。膜厚は全面成長でIn0.2Ga0.8N量子井戸2.4nm、In0.02Ga0.98Nバリア層4.1nmに相当する。GaAs系選択成長の類推より材料は頂上付近に集まりやすいと考えられ、図2(a)のように六角錐構造の頂上部分にInxGa1-xN量子ドットが形成されると考えられる。図2(b)は実際の試料のSEM鳥瞰像である。均一な六角錐構造が形成されていることが確認できる。試料の断面像より、六角錐構造の先端の曲率半径は30nm以下であり、先鋭な構造であることが分かる。量子ドットの横方向の大きさも、先端の曲率半径と同じ程度であると考えられる。室温においてPL評価を行ったところ、ピーク波長430nmにおいてInxGa1-xN量子ドットからの明瞭な発光を観測した。発光位置を特定するために、150〜200nmという非常に高い空間分解能を有する顕微PLによって発光像を調べた。図3(a)は顕微PLによる反射像であり、均一な六角錐構造を明瞭に見ることができる。これより、高空間分解能が達成できていることが分かる。一方、図3(b)の430nmの発光像では、頂上部分でしか発光が観測されなかった。発光の空間的な半値幅は330nmであり、顕微PLの空間分解能と同程度である。このことより、六角錐構造の頂上にInxGa1-xN量子ドットが形成されていると言える。 第3に、GaN量子ドットの選択成長について調べた。GaNはInxGa1-xNと比較して大きなバンドギャップエネルギーを有するので、紫外光領域で発光するデバイスを作製する上で適している。またInxGa1-xN量子ドットと比較して、混晶ではないため考察や解析を行いやすくなる。SiO2/GaN/Al2O3基板上に上述と同様に、GaN六角錐構造を形成する。その後に、GaN/Al0.2Ga0.8N多重量子井戸構造を20周期成長する。膜厚は全面成長でGaN量子井戸1.4nm、Al0.2Ga0.8Nバリア層3.2nmに相当する。選択成長によるInxGa1-xN量子ドットの場合と同様に六角錐構造の頂上部分にGaN量子ドット構造が形成されると考えられる。SEM断面像より先端の曲率半径は10nm以下であった。このことから、非常に先鋭な構造であることが分かる。GaN量子ドットの横方向の大きさは、この曲率半径と同程度であると考えられる。 第4に、これまでの知見で得られたGaN系量子ドット構造を、光デバイスに応用することを試みた。10層積層化したInxGa1-xN自然形成量子ドットを活性層に有するリッジ型レーザ構造を作製し、室温において光励起によって評価を行った。明確なしきい値が観測されたことや、発振後のスペクトル線幅が分解能以下まで細くなったことから、GaN系量子ドットレーザを初めて実現したと言える。 以上をまとめると、本論文では、GaN系において量子ドット構造の形成を行い、その光学特性を明らかにした。また、GaN系量子ドット構造を活性層に有するレーザ構造を作製し、室温においてレーザ発振を確認した。 図1 : InxGa1-xN自然形成量子ドットのAFM像 図2:(a)選択成長によるInxGa1-xN量子ドットの模式図、(b)実際の試料のSEM鳥瞰像 図3 : (a)顕微PLによる反射像、(b)波長430nmの発光像 | |
審査要旨 | 本論文は「Fabrication of Nitride-Based Quantum Dots and Their Application to Optical Devices」(窒化物半導体量子ドットの形成と光デバイスへの応用)と題し、英文で書かれており6章からなる。量子ドットは、情報通信技術用デバイスの性能を大幅に向上させるナノ構造として広く期待されている。本研究は、量子ドット構造を導入した窒化物ガリウム半導体(以下GaN系と呼ぶ)光デバイスの実現をめざして、量子ドットの形成技術の確立、光学評価、デバイス試作について論じている。 第1章は序論であって、研究の背景、動機、目的と、論文の構成について述べている。特に、GaN系量子ドットの形成技術やレーザ素子への応用の研究は、まだ始まったばかりであり、未開拓な部分が多く残されていることを指摘するとともに,GaN系などワイドバンドギャップ系半導体においては、閾値電流の低減に於いて、量子ドットの役割が例えばガリウム砒素系より一層重要であることを、理論的立場から指摘している。 第2章は「InGaN Quantum Dots by Self-Assembled Growth(自然形成によるInGaN量子ドット)」と題し、InGa1N量子ドットの自然形成技術について明らかにしている。自然形成による量子ドットにおいては、結晶の成長機構のみを用いるので構造の微細化や高密度化が容易であるという利点を持つ。有機金属気相成長法を用いて、常圧においてAl2O3(0001)上に結晶成長を行った。まず、2段階成長法という手法により、格子定数差が16%あるAl2O3(0001)基板上に、Root-mean-square粗度が0.17nmと極めて平坦なGaN表面が得ることに成功した。その後、InGaNを供給しその供給量や成長温度(675〜770℃)を系統的に変化させることにより、InGaN量子ドットを自然形成させて、量子ドットの平均直径と高さがそれぞれ16nmと4nm、ドット密度が1.6×1010cm-2という構造を実現した。また、InGaN自然形成量子ドットの単一ドット分光を行い、個々の量子ドットのからの発光と考えられる線幅が170μeVと非常に狭い蛍光スペクトルが得られた。さらに、InGaN量子ドットを成長方向に積層化することによって、全体の量子ドット密度と蛍光強度が増加することを見出した。 第3章は「InGaN Quantum Dots by Selective Growth(選択成長によるInGaN量子ドット)」と題し、InGaN量子ドットの選択成長について論じている。選択成長による量子ドットの形成では、電子線描画法によりパターニングした基板上で成長を行うので、量子ドット構造の均一性や位置の制御性で優位である。SiO2/GaN/Al2O3基板上に、フォトリソグラフィーによって正方形のパターンを描画し、適切な成長条件下ではGaN六角錐構造が形成されることを示すことが出来た。その後に、InGaN多重量子井戸構造を3周期成長させることにより、六角錐構造の頂上部分にInGaN量子ドットが形成され。均一な六角錐構造が形成されていることを確認した。試料の断面SEM像より、六角錐構造の先端の曲率半径は30nm以下であり、先鋭な構造であることが明らかになった。量子ドットの横方向の大きさも、先端の曲率半径と同じ程度であると考えられ、ピーク波長430nmにおいてInGaN量子ドットからの明瞭な蛍光を観測することができた。150〜200nmという非常に高い空間分解能を有する顕微蛍光分光法を用いて発光位置を特定し、六角錐構造の頂上にInGaN量子ドットが形成されていることを明瞭に示すことが出来た。 第4章は「GaN Quantum Dots by Selective Growth(選択成長によるGaN量子ドット)」と題し、GaN量子ドットの選択成長について調べた。GaNはInGaNと比較して大きなバンドギャップエネルギーを有するので、紫外光領域で発光するデバイスを作製する上で適している。またInGaN量子ドットと比較して、混晶ではないため考察や解析を行い易いという特徴を有している。SiO2/GaN/Al2O3基板上に第3章と同様に、GaN六角錐構造を形成し、その後に、GaN/AlGaN多重量子井戸構造を20周期成長して、六角錐構造の頂上部分にGaN量子ドット構造を形成した。SEM断面像より先端の曲率半径は10nm以下であった。このことから、非常に先鋭な構造であることが分かる。GaN量子ドットの横方向の大きさは、この曲率半径と同程度であると考えられる。 第5章は「Application of GaN-Based Quantum Dots to Optical Devices(GaN系量子ドットの光デバイスへの応用)」と題し、これまでの知見で得られたGaN系量子ドット構造を、光デバイスに応用することを試みた。10層積層化したInGaN自然形成量子ドットを活性層に有するリッジ型レーザ構造を作製し、室温において光励起によって評価を行った。明確なしきい値や、発振後の分解能以下まで細くなったスペクトル線幅により、GaN系量子ドットレーザの室温における初めての発振を示すことが出来た。 第6章は結論であって、本研究で得られた成果を総括している。 以上、本論文は、GaN系半導体量子ドット構造の形成技術の確立をめざして、結晶成長条件の最適化をはかるともに、それらの光学特性を明らかにし、さらに、GaN系量子ドット構造を活性層に有する青色レーザ構造を作製し、室温においてレーザ発振(光励起)を初めて実現したものであり、電子工学の発展に貢献するところが少なくない。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/1904 |