学位論文要旨



No 117069
著者(漢字) 藏口,雅彦
著者(英字)
著者(カナ) クラグチ,マサヒコ
標題(和) 半導体超格子における磁場中輸送現象の研究
標題(洋)
報告番号 117069
報告番号 甲17069
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5210号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 鹿児島,誠一
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 助教授 初貝,安弘
内容要旨 要旨を表示する

 EsakiとTsuにより、ドーピングもしくは構成原子の組成比を変調することによって、超格子ポテンシャルを人工的に導入することができる、という提案がなさた。このとき、伝導電子はこの周期性に対応し、ミニバンドと呼ばれるバンドを形成する。フェルミエネルギーが第一ミニバンドと第二ミニバンドの間にあるとき、三次元的なバンド構造は、

と表すことができる。このような電子系は、擬二次元電子系と呼ばれ、有機導体や層状酸化物など多くの天然物質が存在し、多くの研究が成されている。そこで、半導体超格子の自在に設計できるという利点を生かし、擬二次元電子系の磁場中での輸送現象を総合的に明かにすることを本論文の目的とする。

 本研究で用いた試料は、全て学内共同利用施設の東京大学先端科学研究センター・プロセスセンター内の分子線エピタキシー装置を使って自ら作製した。作製した超格子試料をフォトリソグラフィーを用いて、ポスト型のデバイスに加工した。測定装置は、13Tまで印加可能な超伝導磁石と3He冷凍機と角度回転機構を組み合わせて、電気伝導測定を行なった.

 本論文において、以下のことを明かにした。

1.層間コヒーレンスと角度依存磁気抵抗効果

 擬二次元電子系において、磁気抵抗の角度効果として、磁気抵抗が磁場の角度に対して振動する角度依存磁気抵抗振動(AMRO)と磁場が伝導面に平行のとき現れる抵抗ピークが知られている。これらの磁気抵抗の角度効果は、三次元的フェルミ面の幾何学的形状と関連付けて説明されてきた。このため、特に有機導体の新物質等のフェルミ面形状の決定手法として広く用いられるようになってきた。ところが、最近、層間トンネル時間が面内散乱時間より長いようなフェルミ面の三次元性が失われた試料においても、AMROは現われるという理論的指摘がなされた。そこで、本研究では、半導体超格子において、様々な層間結合をもつ試料の磁気抵抗の角度依存性を調べた。

 図1の(a)に、結合強度が最も強い試料の磁気抵抗の磁場方位依存性を示す。このように、層間結合が強い試料では、磁場と伝導面が平行(90度)でピーク効果が現れ、また、超格子の設計から求まるAMROのピークの位置(図中点線)に合うようにAMROが現れる。図1において、(b),(c),(d)と層間結合が弱くなるにつれ、ピーク効果は消滅する。しかし、最も層間結合が非コヒーレントな試料においても、AMROは依然として残ることが見て取れる。これにより、角度依存磁気抵抗振動(AMRO)はフェルミ面形状効果ではないことを実験的に実証した。

 また、全体的なバックグラウンドは、通常、電流と磁場が垂直でローレンツ力を最も強く受ける90度で磁気抵抗が最大となる、と期待される。しかし、図1から分かるように、層間結合が弱くなるにつれ、強磁場領域で90°で磁気抵抗が最小になり、バックグラウンドが反転するとことが分かった。また、サイクロトロン運動が超格子周期に一致することろで大きく抵抗が減少することも見出した。

2.電場下における角度依存磁気抵抗効果

2.1.均一電場下

 擬二次元電子系に層間方向に電場と磁場を印加すると、ブロッホ運動に起因したシュタルク・ラダー準位とサイクロトロン運動に対応したランダウ準位が形成される。このランダウ準位間隔とシュタルク・ラダー準位間隔が整合することにより、シュタルク・サイクロトロン共鳴と呼ばれる共鳴が起こり、伝導測定において、電流ピークとして観測される。

 本研究において、このシュタルク・サイクロトロン共鳴を起こしている条件の下、さらに、横磁場を印加すると、シュタルク・サイクロトロン共鳴が横磁場の関数として振動的振る舞いを取ることを見出した。そこで、ボルツマン方程式を用いて半古典計算を行ない、解析を行なった。図2に横軸を磁場の方位、縦軸をブロッホ振動数とサイクロトロン振動数の比として、電流を計算した結果を示す。この図で、緑の線で描かれるようにシュタルク・サイクロトロン共鳴の電流の大きな領域が磁場の垂直成分がシュタルク・サイクロトロン共鳴の条件を満たしながら現われることが分かった。また、赤い線で描かれるように電流のディップが現われることが分かった。これは、零電場極限で、従来のAMROを再現しているが、電圧が大きくなると、電流ディップの位置が高角側にシフトしていくことが分かった。このシフトの量を定量的に見積もるため、電子の平均速度を計算すると、シュタルク・サイクロトロン共鳴条件下でのみ有限で、τ<vz>∝Jδn(ckF tanθ)と求まる。これは、共鳴の共鳴強度を与えるが、ベッセル関数で磁場の方位の関数として振動することが分かた。零電場では従来のAMROに対応する。つまり、電場下で一般に、シュタルク・サイクロトロン共鳴の共鳴強度の振動がAMROであることが新たな知見として明かになった。様々な条件下で測定した結果、擬二次元電子系における電場・任意磁場での磁気抵効果が図2で統一的に理解できることが分かった。

 また、磁場方位が90°の時、Fz/B‖=vFの条件を満たす点において、AMROの集積点として電流ピーク構造が現れることが図2から予想できる。図3がこの磁場配置の元で行なった電流の磁場依存性であるが、矢印で示されるように新たな電流ピーク構造を見出した。この効果は、擬一次元電子系との対応関係を考えると、擬一次元電子系における第三角度効果に対応することが分かった。

2.2 不均一電場下

 半導体超格子では、必ずしも電場が均一にかからず、電場ドメインと呼ばれる構造が現れ、電場が不均一にかかる場合がある。零磁場でドメインを形成する試料の磁場中での電圧・電流特性の測定結果を図4に示す。零磁場では、ドメイン構造をもつときほぼ一定値を示していた電流が、磁場中では赤い矢印に示されたシュタルク・サイクロトロン共鳴条件を満たすところで、階段状に変化することが分かった。このことから、シュタルク・サイクロトロン共鳴以外では、ランダウ準位に対応した電場ドメインを形成することを明かにした。これは、従来量子井戸の閉じ込めによる量子準位に対応したドメインに対し、新しいドメイン構造を見出した、といえる。

3.多層量子ホール系における表面伝導

 半導体超格子は、低温・強磁場下で各々の電子層が量子ホール効果を示し、層間がトンネル結合した多層量子ホール系をなす。このような試料の端面において、端状態が結合したカイラルな性質をもつ特異な二次元電子系が実現し、温度に対してコンダクタンス一定という性質をもつと理論的に予想されていた。しかし、一般に層間伝導には、表面状態の他に試料内部のバルク状態の寄与も存在するため、表面伝導の電気伝導特性を幅広い温度領域で得ることはできなかった。

 そこで、本研究において、断面積が同じで周長を変えることで、表面伝導の垂直伝導に対する寄与を変化させたの試料を作製し、それぞれの試料間のコンダクタンスの差から、表面伝導の伝導特性を幅広い温度領域で分離して求めることを提案し、測定を行なった。

 図5のように、試料が量子ホール状態以外では、磁気抵抗の振舞が一致するが、量子ホール状態以外では異なることから、電気伝導に対する表面状態の寄与が存在することが量子ホール状態だけで存在することが分かった。このような磁気抵抗の差から表面伝導のコンダクタンスの温度・磁場依存性を図6のように求めた。

 量子ホール領域の中心では、低温で理論的予測に沿って、一定値に向かう振舞をとることが明らかになった。また、予想に反し、図6のように、表面伝導は量子ホール領域の境界で増大するという振る舞いを見出した。この表面伝導の増大は、エッジ状態がバルク状態と混成すると考えることで実効的なエッジ状態の長さが増大していると考えることで説明できる。このように、エッジ状態とバルク状態が混成する様子を多層量子ホール系の表面伝導により、観測できることを示した。

図1 磁気抵抗の角度依存性

図2 電流の半古典計算結果

図3 平行磁場下での電流の磁場依存性

図4 零磁場でドメインを形成する試料の磁場中電圧・電流特性

図5層間磁気抵抗の試料の周長依存性

図6表面伝導の温度・磁場依存性

審査要旨 要旨を表示する

 半導体超格子の層間伝導については、Esakiらの先駆的研究以来極めて多くの研究が行われており、現在でも物理工学上の重要な研究主題となっている。本論文は「半導体超格子における磁場中輸送現象の研究」と題し、磁場中における半導体超格子の層間伝導に対する層間コヒーレンス、強電場、量子Hall端状態の効果について研究したものである。

 第1章「序論」では、本論文の背景、目的、構成について述べられている。

 第2章「背景と実験方法」では、擬2次元電子系(多層系)、角度依存磁気抵抗効果、StarkラダーとStarkサイクロトロン共鳴、電場ドメイン、多層系の量子Hall効果など本研究の背景となる半導体超格子の物性概念が簡潔に説明されている。また分子線エピタキシー法によるGaAs/AlGaAs系超格子の結晶成長や低温強磁場環境下での電気的測定など、本研究で用いられた実験技術について説明がなされている。

 第3章「層間コヒーレンスと角度依存磁気抵抗効果」では、層間結合がインコヒーレントな超格子における角度依存磁気抵抗振動について述べられている。半導体超格子などの層状物質の層間磁気抵抗が磁場方位の関数として示す角度依存磁気抵抗振動(AMRO)現象は、擬2次元系の柱状Fermi面の形状効果として半古典輸送理論により説明されてきた。しかし層間トンネル時間が層内散乱時間より長く、電子が層内散乱なしには隣接層に移動できないインコヒーレントな層間結合を持つ系では、Fermi面が定義できない。本論文では層間結合がコヒーレントな系とインコヒーレントな系を半導体超格子で作製し、両者の磁気抵抗の角度依存性を調べ、Fermi面の有無との関連を議論している。AMROがFermi面が存在しないインコヒーレント系でも現れることを示し、Fermi面の存在がAMRO発現の必要条件ではないことを実証している。また両系で磁気抵抗の角度依存性の概形が異なることも報告している。

 第4章「電場下における角度依存磁気抵抗効果」では、前半の4.1節で電場が超格子に均一にかかる場合の磁場中層間伝導について述べられている。まず電場下で磁場方位を傾けた場合に層間電流が磁場方位の関数として振動することを実験的に示し、これが零電場極限で見られるAMROを有限電場に拡張した現象であることを指摘している。次に傾斜磁場下における層間伝導のStarkサイクロトロン共鳴を半古典的に考察することにより、観測された振動現象がStarkサイクロトロン共鳴の共鳴強度の振動に起因していることを明らかにしている。このモデルは均一層間電場下での任意磁場方位における層間伝導を一般的に記述するものであり、これを用いて予測された平行磁場配置での新たな共鳴現象の観測にも成功している。

 後半の4.2節では、電場の異なる複数の電場ドメインが形成される場合について議論されている。垂直磁場はドメイン形成に影響せず、平行磁場はドメイン形成を抑制することが従来知られている。これに対し傾斜磁場の電場ドメインに対する影響を実験的に調べた結果、ドメイン形成による電流−電圧特性の平坦部が、Starkサイクロトロン共鳴条件を満たす電圧で複数の平坦部に分割されることを見出している。この結果を各伝導層のLandau準位が共鳴した新しいクラスの電場ドメインの形成として説明している。またFermi準位がLandau準位中央付近にある場合は、Landau準位間の共鳴が強く電場ドメイン形成が助長されることも示されている。

 第5章「多層量子ホール系における表面伝導」では、量子Hall領域における超格子の層間伝導についての研究結果が述べられている。超格子のような多層系の量子Hall状態では、各層のエッジ状態が結合したカイラル表面状態が形成され、温度依存性などに特異な伝導特性が現れることが理論的に議論されている。本論文では多層量子Hall系の表面状態による伝導の温度磁場依存性を広い領域で実験的に調べることを企図している。表面伝導を調べるためには、測定された層間伝導からバルク伝導の寄与を除かねばならない。そのために表面伝導を強調するよう設計された異なる形状を持つ複数の試料を作製し、バルク伝導の寄与をキャンセルするようデータ処理を行っている。その結果、温度磁場空間において表面伝導は量子Hall領域の縁で増大することを見出している。そしてその起源を表面状態とバルク状態の混成により説明している。

 第6章「総括」では、以上の研究の概要がまとめられている。

 以上を要約すると、本研究は半導体超格子の磁場中層間伝導の諸問題を総括的に整理・解明したもので、多くの新しい知見を見出しており、物理工学、物性物理学の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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