学位論文要旨



No 117083
著者(漢字) 山田,健郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タケオ
標題(和) 自己組織化分子鋳型法によるメソポーラス材料の合成とガスセンサーへの応用
標題(洋)
報告番号 117083
報告番号 甲17083
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5224号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 浅井,圭介
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

地球上の物質は、大気や海流の循環、地殻変動を通じて、大気・海洋・陸地を移動している。これに生物が加わることで、時間的にも空間的にも様々な規模を持った自然物質循環が構築されている。これに対し、現在の人間活動は、資源やエネルギーの摂取、及び廃棄物や排気ガス等の自然物質循環と異なった人工物質フローで成り立っている。環境問題はこうした自然物質循環と、人工物質フローの歪みの結果として現れている。

自然物質循環と、人工物質フローの歪みから生じる環境問題において、とりわけ大気環境問題は自然物質循環の流れの中で、土壌環境問題や、水質環境問題に派生する環境問題である。

これら大気汚染問題を含んだ環境問題は、かつての産業公害と異なる二つの特徴を有している。一つは社会的被害や因果関係の不確実性であり、もう一つは、広範囲な軽い被害が長い年月にわたり及ぼされることである。

以上のような理由から、環境問題、とりわけ大気汚染問題は、実被害の問題ばかりでなく、社会問題としても非常に深刻なものとなっている。

このような環境問題を改善させるためには、環境負荷低減の新技術開発もさることながら、因果関係を明確にすることが非常に重要である。したがって、現段階では環境モニタリング及び、環境モニタリング技術の確立がきわめて重要な大気汚染への取り組みといえる。

しかしながら、現在の測定系では、時間的空間的に変動する大気汚染ガスのオンサイト調査は困難といえる。その理由として、環境基準の殆どがきわめて低濃度であり、簡易型のセンサーでは測定できない。また、測定可能な分析装置は大型で高価なため、定点観測にしか向かない等がある。この状況を改善させるためには、センサーの高感度化もしくは分析機器の小型低コスト化が必要となる。本研究では、簡便で低コストというオンサイト測定のための条件を満たしている、センサーの高感度化をねらい研究を行った。また、対象ガスとして、大気汚染の中でも、数百キロ程度と比較的狭い地域で汚染が広がり、酸性雨や光化学大気汚染の原因物質となるNOxガスとした。

センサーの高感度化のためには、微量ガス検出技術と感度増幅材料が必要である。そこで、微量ガス検出技術として、Surface Photo Voltage (SPV)法を採用した。この方法は、Metal Insulator Semiconductor構造を構築した半導体の、表面電位を光電流で測定する方法である。そのため、Metal層やInsulator層の変化に敏感に反応する。この性質利用しセンサーとして用いられている。

このような理由から、これらの層に高いガス吸着性能を有する感度増幅材料を用いれば、さらなる高感度化が期待される。これらの、高いガス吸着性能を有する感度増幅用新材料としては、メソポーラス材料等の大比表面積多孔材料があげられる。従来型の焼結酸化物を用いたセンサーにおいては、粒径サイズがμmオーダーであり、比表面積も0.5〜50m2/g程度であった。しかしながら、メソポーラス材料等の多孔材料を用いた場合は、細孔サイズがnmオーダーであり、比表面積も500〜1000m2/g程度のものが作製可能である。この結果、感度増幅用新材料として非常に有望な材料であるといえる。また、加工性においても、デバイスへの加工容易な薄膜携帯に作製可能である。

そこで、本研究においてはセンサーデバイス作製を目的とし、、高感度携帯型NOxセンサーの開発に必要な多孔材料であるメソポーラス材料の開発と、それら新材料のセンサーデバイスへの融合を行った。

特に、SPVのInsulator層に組み込むために、シリカをフレームとしたメソポーラスシリカをかんど増幅材料として用いた。メソポーラスシリカは、上述したようにnmオーダーの細孔(メソ孔)を有するシリカの多孔体であり、非常に大きな比表面積を持つ。この点が大いに注目を集め、作製法や物性に関する様々な研究が展開されてきた。最近10年間における特筆すべき成果は、界面活性剤等が溶液中で形成するミセル構造を超分子鋳型とする合成法の開発である。これは、ゾルゲル重合法によって、ミセル構造に沿った形でシリカを生成させた後、この鋳型を除去する事により細孔を得る、いわゆるテンプレート法である。この手法により、均一サイズを有する細孔が、規則的に整列した(即ち、メソ構造を有した)メソポーラスシリカの作製が可能となった。この整列構造の達成が、メソポーラスシリカの応用性をさらに高め、実用化研究を大いに促している。現在のところ、吸着剤、分離剤、細孔内への吸着や機能性分子の担持を利用したセンサー、高機能性触媒等の開発研究が展開されている。しかし、界面活性剤を超分子鋳型として用いる手法には、大きな欠点がある。アルキル鎖を有するイオン性界面活性剤を用いる(MCM-41に代表されるような)メソポーラスシリカの孔径は、アルキル鎖長に依存するため、その上限が約3nm-5nm程度に抑えられてしまうのである。これは、細孔中を通過させたり、そこに吸着させたりすることが可能な分子の大きさを制限し、メソポーラスシリカの機能性材料としての利用範囲を狭めてしまう。この問題を解決するためには、より大きな領域での孔径制御を達成する必要がある。この要求に応えた大孔径化が試みられる中で、大きな成功例として挙げられるのが、エチレンオキサイド(EO)のブロックとプロピレンオキサイド(PO)のブロックから成るEOn-POm-EOnの構造を持つ非イオン性界面活性剤のトリブロックコポリマーを超分子鋳型として用いる方法である。本研究では、この手法を基礎として、大きな領域での孔径制御を可能とするメソポーラスシリカの合成手法を開発することを第一の目的とした。そして、トリブロックコポリマーを用いHexagonal構造(六方晶型に細孔が整列した構造)とCubic構造(立法晶型に細孔が整列した構造)を有するメソポーラスシリカの作製に成功し、それら構造中での孔径制御の達成を確認するとともに、孔の詳細な状態解析を行った。さらに、第二の目標として、それぞれの構造について薄膜化を行い、メソポーラスシリカの大比表面積に起因する吸着特性を活かしたガスセンサーへの応用を試みた。そして、メソポーラス薄膜とSPV型センサーを融合し、新規センサーデバイスの作製を試み、その特性評価を行った。この研究を通し、学術的には、ナノ材料の一つであるメソポーラス材料と、ガスセンサーの一つであるSPV型センサーを融合し、新学術領域の開拓を行った。この新領域において、最終的に「メソポーラス材料を利用した新規センサー材料及びセンサーデバイスの開発」を行ってきた。本論文では、この目的により各章を互いに結びつけている。

メソポーラス材料は、上述したように、その構造性からくる種々の特性から、近年種々の応用に向け活発に研究がなされている材料である。しかしながら、未だその構造性や、特性が有効に活用された実用応用は現れていない。そのような背景を通じ、第2章において、既存のメソポーラス材料であるイオン性界面活性剤を分子鋳型に用いたメソポーラス材料ではなく、今後幅広い応用が考えられる、ブロックコポリマーを分子鋳型としたメソポーラス材料の作製、開発、及び基礎データの解明を行ってきた。本研究において、このメソポーラス材料が、既存のメソポーラス材料より大きな細孔径を有し、メソ構造の種類により、それら細孔径をポリマー特性により制御可能とすることを解明した。また、このメソポーラス材料の特徴として、窒素吸脱着等温線の詳細な解析から、メソ孔の他に2nm以下のマイクロ孔を有していることも明らかにした。さらに、大孔径メソ孔にもかかわらず大比表面積を有している原因が、マイクロ孔であることも解明した。第2章で作製、開発、及び基礎データの解明を行ってきたメソポーラス材料は、粉末状態であり、応用性には乏しく、本研究で目的とするガスセンサー等のデバイス応用のためには、その形態では応用不可能である。そのため、第3章において、薄膜状態のメソポーラス材料について開発を行い、それに成功した。粉末状態のメソポーラス材料同様、薄膜状態においても、それらの構造を継承させることに成功した。

第4章では、メソポーラス薄膜材料作成法を応用し、センサーデバイス用基板上にメソポーラス薄膜を作製することに成功した。これを用い、SPV型センサーデバイスの作製を試み、それに成功した。

センサー特性については、100ppm-100sccm NOや50ppm-100sccm NO2の条件で暴露実験をしたところ、センサー感度を示し、それらは構造によりセンシング性能が異なることを発見した。さらに、1ppm-800sccm NO2においてもセンサー感度を示し、高感度化への期待を持つことができた。

本研究では、メソポーラス膜を応用し高感度センサーの開発を行った。それにより、メソポーラス材料を用いたSPV型センサーの開発に成功した。この研究によって、メソポーラス材料の新たな可能性と、SPV型センサーの新しい展望を相互に開拓することができた。

審査要旨 要旨を表示する

 今日、環境問題は、地球的な規模で非常に深刻なものとなっている。この解決のためには、環境負荷低減の新技術開発もさることながら、環境汚染の因果関係を明確にすることが非常に重要である。即ち、信頼性の高い環境モニタリング技術の確立が必要不可欠である。しかし、既存の測定系では、時間的・空間的に変動する汚染物質のオンサイト調査は困難である。これは、環境基準の殆どが極めて低濃度のレベルに設定されており、既存の簡易型センサーでは対応できないからである。環境基準レベルの測定能力をもつ分析装置は大型でかつ高価であり、機動性が要求されるその場観測には向かないのが現状である。この状況を改善するためには、簡易型センサーの高感度化、もしくは分析機器の小型低コスト化が必要となる。本研究は前者の達成を目指したものである。即ち、使用方法が簡便で、かつ低コストという、オンサイト測定のための当然の条件を見たしつつ、センサーの高感度化を達成することを目的とするものである。検知対象としては、数ある汚染物質の中でも、数百キロ程度と比較的狭い地域で汚染が広がり、酸性雨や光化学大気汚染の原因物質となるNOxガスが選択された。

 センサーの高感度化のためには、微量ガス検出技術と感度増幅材料が必要である。微量ガス検出技術としては、Surface Photo Voltage (SPV)法が採用された。これは、Metal Insulator Semiconductor (MIS)構造を構築した半導体の表面電位を、光電流で測定する方法である。この光電流は、Metal層やInsulator層の変化を鋭敏に反映する。本研究では、この性質がガスセンシングに利用されている。上述のMIS構造体中に、高いガス吸着性能を有する感度増幅材料を導入することによって、ガスセンシングの高感度化が目指された。このような感度増幅用新材料として、大比表面積多孔材料としてのメソポーラス材料が選択された。従来型の焼結酸化物を用いたセンサーにおいては、センシング機能を持つ構造体の粒径サイズがμmオーダーと大きく、比表面積が0.5 50m2/g程度にとどまっていた。これに対し、メソポーラス材料においては、細孔サイズがnmオーダーであり、比表面積が500 1000m2/g程度にまで至るものが作製可能である。従って、上述の感度増幅用新材料として非常に有望な材料である。また、加工性においても優れていることが分かっている。

 これらを踏まえ、本研究は、高感度携帯型NOxセンサーの適した多孔構造を有するメソポーラス材料の開発と、この材料を用いたSPV特性の評価を行っている。

 本論文の第1章には、以上のような研究の背景と目的が述べられている。

 第2章は、ブロックコポリマーを用いたメソポーラス材料の作製と微細構造制御を扱っている。この材料は、既存の、イオン性界面活性剤を分子鋳型に用いたメソポーラス材料よりも、大きな細孔径を有する。ここでは、ポリマー特性の操作により、この細孔径を制御することに成功している。また、窒素吸脱着等温線の詳細な解析によって、この材料が、メソ孔の他に、更に微細なマイクロ孔を有していることが明らかにされた。さらに、このマイクロ孔は、当該材料が、メソ孔の大孔径化に際しても大比表面積を維持することに寄与していることも突き止められている。

 第3章は、第2章で取り上げられた材料を、ガスセンサーに組み込むための薄膜化に関する一連の研究について述べたものである。ここでは、当該材料に、前章に記述された粉末状態で有する諸性質を、薄膜状態においても、そのまま保持させることに成功している。

 第4章は、メソポーラス薄膜を用いたSPV型ガスセンサーの作製とNOxセンシング性能の評価を取り扱っている。センサー特性が詳細に調べられ、濃度が100ppm-100sccmのNO、及び50ppm-100sccmのNO2に対する暴露実験において、顕著なセンサー感度が得られている。また、センサー構造によるセンシング性能の相違が確認されている。さらには、より低濃度の領域(1ppm-800sccm)においてもセンシング性が認められ、さらなる高感度化への重要な指針が得られている。

 第5章には、本論文の研究成果と意義が総括されている。

 以上を要するに、本研究の成果は、メソポーラス材料の微細構造の特性を利用して、当該材料の新規な応用分野を開拓したものであり、既存のSPV型センサーに全く新しい実用デバイスとしての利用価値を与えるものである。これは、ミクロな構造体の持つ諸機能を統合的に扱い、実用システムを組み上げていくシステム量子工学の発展に寄与するところが大である。さらに、この成果は、冒頭に述べた環境問題への重要な取り組みの一つとして高く評価されるに足るものであり、環境科学のみならず、他の分野、ことに高機能性材料化学の領域への多大な波及効果を有する。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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