学位論文要旨



No 117086
著者(漢字) 荻窪,光慈
著者(英字)
著者(カナ) オギクボ,コウジ
標題(和) 量子ビーム照射を用いた格子欠陥形状制御による酸化物高温超伝導体の特性改良
標題(洋)
報告番号 117086
報告番号 甲17086
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5227号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 出町,和之
 東京大学 助教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

 酸化物高温超伝導体内にピニングセンターを導入し臨界電流密度などの超伝導特性を向上させるための手法として、高エネルギー重イオン照射や高速中性子照射などの量子ビーム照射による欠陥導入は非常に有力な手法である。この手法は、不純物元素ドーピングや非超伝導相析出などの他の方法と比べて、試料作製過程とは独立に行えるため材料の種類による制約が小さいこと、また、照射量・照射種・エネルギーなどの照射条件の選択により照射欠陥のサイズや密度を容易に調整できること、などの利点を持つ。高エネルギー重イオン照射については、ピニング力が非常に強い円柱状欠陥が形成される。高速中性子照射については、物質中での透過力が大きいため、試料全体に渡って欠陥クラスターが形成される。また、試料の超伝導特性は試料内部の欠陥構造に大きく依存するため、量子ビーム照射済試料に対して熱アニール処理を施すことにより、試料内に存在する欠陥のサイズや密度の変化が生じ、種々の超伝導特性が大きく向上する可能性がある。

 本研究では、Bi2Sr2CaCu2O8+x(Bi-2212)単結晶に対して、高エネルギー重イオン照射並びに高速中性子照射及び照射後熱アニール処理を行い、臨界電流密度Jc・ピニングポテンシャル〓などの超伝導特性の変化を調べた。これにより、量子ビーム照射と熱アニールによる欠陥形状制御のメカニズムや、試料内部の欠陥構造と磁束ピニングメカニズムの関連を明らかにすることが本研究の目的である。

 Bi2Sr2CaCu2O8+x(Bi-2212)単結晶試料に対する高エネルギー重イオン照射には、日本原子力研究所のサイクロトロン加速器(高崎研究所)並びにタンデム加速器(東海研究所)を用いた。照射イオン種は、200MeV Au, 200MeV Ag, 350MeV Xe, 510MeV Kr並びに180MeV Cuである。これら入射イオンを、室温・真空中にて試料c軸に平行に照射し、イオンの飛跡に沿った円柱状欠陥を導入した。フルエンス範囲は1×1010cm-2〜5×1011cm-2とした。

 Bi-2212単結晶試料に対する高速中性子照射には、日本原子力研究所の材料試験炉JMTR(大洗研究所)を用いた。室温・真空中にて高速中性子(>1MeV)を照射し、等方的に欠陥クラスターを導入した。フルエンス範囲は2×1017cm-2〜5×1018cm-2とした。

 一部の高エネルギー重イオン照射済試料(200MeV Au,200MeV Ag,510MeV Kr)並びに高速中性子照射済試料に対して、空気中にて熱アニール処理を施した。アニール温度は673K,873K並びに1073Kとした。

 照射並びに熱アニールを施した試料に対し、振動試料型磁力計(VSM)を用いて、超伝導特性を測定した。まず、試料c軸に平行な外部磁場中における試料の磁化を測定した。得られた磁気ヒステリシス曲線に拡張Beanモデルを適用して、試料a-b面内の臨界電流密度Jcを求めた。次に、試料c軸に平行な定常外部磁場を印加した状態を保持しつつ、磁化の時間に対する緩和挙動を測定した。得られた磁化緩和曲線にAnderson-Kimモデルを適用して、ピニングポテンシャル〓を求めた。

 Fig.1に、各照射イオン種による、Jcのフルエンス依存性を示す。縦軸の臨界電流密度は未照射試料の臨界電流密度値Jc0で規格化された値である。Au, Ag及びXe照射とKr及びCu照射とでは、Jcのフルエンス依存性が異なることが観測された。Au, Ag及びXe照射では、Jcが極大値を取るフルエンス(以下、最適フルエンス)が5×1010cm-2近傍であった。一方、Kr及びCu照射の場合、5×1011cm-2までの範囲において、Jcとフルエンスが単調増加関係にあった。このJcのフルエンス依存性の相違は、各照射イオン種により形成される円柱状欠陥の相違に起因すると考えられる。Fig.2に、Srim96 codeを用いて計算した、各照射イオン種のBi-2212中での電子的阻止能を示す。電子的阻止能の最大値は、Au, Ag及びXe照射において比較的大きく(>22keV/nm)、Kr及びCu照射において小さい(<16keV/nm)という結果が得られた。十分に連続的な円柱状欠陥を形成するための電子的阻止能の基準が16 keV/nm程度とされていることから、Au, Ag及びXe照射においては比較的大きな径の円柱状欠陥が形成されていると考えられるが、Kr及びCu照射においては、円柱状欠陥の径が小さいと考えられる。

 Fig.3に、200MeV Au, 200MeV Ag並びに510MeV Krの各照射済試料における、Jcのアニール時間依存性を示す。アニール温度が673Kの場合、アニール時間の増加に伴う顕著なJcの変化は観測されなかった。これは、円柱状欠陥を構成する原子の多くが、673K程度の温度で安定であるためと考えられる。アニール温度が1073Kの場合をKr照射について測定したが、この場合、1hのアニールでJcが未照射試料程度まで低下した。これは、1073KというBi-2212の融点(1193K)の0.9倍程度の高温のため、欠陥が未照射試料と同程度まで回復したためであると考えられる。

 Au及びKr照射済試料について、ピニングポテンシャル〓のアニール時間依存性をFig.4に示す。Kr照射について、フルエンス5×1011cm-2の場合の〓は、5×1010cm-2の場合より小さい。5×1011cm-2においては、フルエンスが5×1010cm-2の10倍であり円柱状欠陥密度も10倍であると考えられるが、Fig.1においてJc値は5×1010cm-2の場合の10倍以下であることから、5×1011cm-2では円柱状欠陥の重なりなどが生じたことによって、ピニングポテンシャルが低下したと考えられる。

 Fig.5に高速中性子照射によるJcのフルエンス依存性を示す。最適フルエンスは6×1017cm-2近傍であり、より高フルエンス領域ではJcの減少が観測された。最適フルエンスが重イオン照射の場合と比較して相当高いことは、中性子照射により形成される欠陥クラスターのサイズが、重イオン照射により形成される円柱状欠陥のサイズより相当小さいことが原因であると考えられる。

 5×1018cm-2の過剰フルエンス照射済試料に対するJcのアニール時間依存性をFig.6に示す。Jcの回復挙動は、アニール温度により異なり、アニール温度が673Kの場合、Jcは未照射試料の値を超えて増加するが、873Kのアニール温度では、Jcは1hのアニールで極大値に達し、その後減少することが観測された。

 アニール温度によってJcの回復挙動が異なることは、欠陥を形成するBi-2212各構成原子種の移動挙動が、アニール温度によって異なることを示唆している。すなわち673K程度の比較的低いアニール温度では、欠陥の回復が比較的緩やかであり、近接する欠陥クラスター同士がよりピニングに適したサイズの複合欠陥を形成すると考えられる。そのためJcはアニールによって増加したと考えられる。この場合、Bi-2212構成原子のうちO原子は比較的低温でも動き易いことから、O原子の移動が支配的であると考えられる。一方、873K程度の比較的高温では、全ての種類のBi-2212構成原子が移動しやすいと考えられる。したがって欠陥の回復は速く、1hのアニール温度で複合欠陥の形成によりJcが極大になったが、その後は、欠陥の消失が生じたため、Jcが低下したと考えられる。

 Fig.7に、測定温度20Kにおける、ピニングポテンシャル〓のアニール時間依存性を示す。アニール温度673Kの場合、アニール時間の増加に伴う〓の増加が観測された。一方、アニール温度1073Kの場合、アニール時間3hにおいて〓が極大値を取った後、〓はアニール時間の増加とともに減少することが観測された。

 これまでの結果を考慮して、高エネルギー重イオン照射並びに高速中性子照射及び照射後熱アニールによる欠陥形状の変化に関するモデルをFig.8並びにFig.9に示す。

 高エネルギー重イオン照射(Fig.8)については、Kr, Cu照射によって形成される円柱状欠陥は、Au, Ag及びXe照射によって形成される円柱状欠陥と比べると個々の欠陥の径が小さいが、Au及びAg照射での最適フルエンスよりも大きい適当なフルエンスでの照射を行うことにより、Au, Ag及びXe照射の場合と同等のJcの向上が可能であることが明らかになった。照射後熱アニール処理を行った場合、アニール温度が673Kでは、Jcに顕著な変化が見られず、欠陥が比較的安定な構造を持つことが示唆された。

 高速中性子照射(Fig.9)については、過剰フルエンス(5×1018cm-2)を照射した場合、欠陥の重なりや広範囲の結晶乱れが生ずるため、Jcは照射前よりも低下する。アニールを行うと大幅なJcの向上が見られるが、これは、アニールによる欠陥の移動の過程で、近接する欠陥クラスター同士から、比較的高温でも有効に機能するピニングセンターとして適切なサイズの複合欠陥が生成されたためであると考えられる。

Fig.1 Fluence dependence of Jc due to heavy-ion irradiation

Fig.2 Electronic stopping power of incident heavy-ion species in Bi-2212

Fig.3 Annealing time dependence of Jc after heavy-ion irradiation

Fig.4 Annealing time dependence of 〓 due to heavy-ion irradiation

Fig.5 Fluence dependence of Jc due to neutron irradiation

Fig.6 Annealing time dependence of Jc after neutron irradiation

Fig.7 Annealing time dependence of 〓

Fig.8 Schematic drawing of defect structure due to heavy-ion irradiation and annealing

Fig.9 Schematic drawing of defect structure due to neutron irradiation and annealing

審査要旨 要旨を表示する

 酸化物高温超伝導体はその臨界温度の高さから、次世代の超伝導材料としての期待が持たれているが、実用化のためには使用温度における臨界電流密度の向上が重要な課題である。酸化物高温超伝導体内にピンニングセンターを導入し臨界電流密度などの超伝導特性を向上させるための手法として、高エネルギー重イオン照射や高速中性子照射などの量子ビーム照射による欠陥導入が非常に有力な手法として知られている。この手法は、不純物元素ドーピングや非超伝導相析出などの他の方法と比べて、試料作製過程とは独立に行えるため材料の種類による制約が小さいこと、また、照射量・照射種・エネルギーなどの照射条件の選択により照射欠陥のサイズや密度を容易に調整できること、などの利点を持つ。本論文は、Bi2Sr2CaCu2O8+x(Bi-2212)単結晶に対して、高エネルギー重イオン照射並びに高速中性子照射と照射後熱アニール処理を行い、その際の臨界電流密度Jc・ピンニングポテンシャルなどの超伝導特性の変化を調べるとともに、それらの結果をもとに、量子ビーム照射と熱アニールによる欠陥形状制御のメカニズムや、試料内部の欠陥構造と磁束ピンニングメカニズムとの関連を明らかにすることを目的として行った研究成果をとりまとめたものであり、全体は6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章は、本研究で用いた実験方法について述べており、試料の作成方法、臨界電流密度やピンニングポテンシャルの測定手法について解説している。

 第3章では、高エネルギー重イオン照射実験の結果について述べると共に、その結果についての考察を行っている。180〜510 MeVのCu,Kr,Xe,Ag,Au等の高エネルギー重イオンを1×1010〜5×1011cm-2のフルエンスでBi-2212単結晶試料に照射したときの臨界電流密度と不可逆磁場のフルエンス依存性を測定したところ、Au,Ag及びXeイオン照射とKr及びCuイオン照射とでは、Jcのフルエンス依存性が異なり、前者では、Jcが極大値を取るフルエンス(以下、最適フルエンス)が5×1011cm-2近傍であったが、後者では上記のフルエンス範囲において、Jcとフルエンスは単調増加関係にあった。このJcのフルエンス依存性の相違は、各照射イオン種により形成される円柱状欠陥のサイズの相違に起因し、前者では比較的大きな径の円柱状欠陥が形成されていると考えられるが、後者では、形成される円柱状欠陥の径が小さいと考えられ、高フルエンス照射時の円柱状欠陥の重なりの程度の相違にその差違を求めることにより説明を行っている。

 第4章では、200MeV Au,200MeV Ag並びに510MeV Krイオンで照射した各試料における、アニールによるJc変化の時間依存性についての検討を行っている。アニール温度が673Kの場合、アニール時間の増加に伴う顕著なJcの変化は観測されなかった。これは、円柱状欠陥を構成する原子の多くが、673K程度の温度で安定であるためと考えられる。また、アニール温度が1073Kの場合では、1hのアニールでJcが未照射試料程度まで低下したが、これは、1073Kというアニール温度がBi-2212の融点(1193K)の0.9倍程度の高温のため、欠陥が未照射試料と同程度まで回復したためであると考察している。

 第5章では、5×1018cm-2という高速中性子過剰フルエンス照射済試料に対するJcのアニールによる変化を測定している。この場合にも、Jcの回復挙動はアニール温度により異なり、アニール温度が673Kの場合にJcは未照射試料の値を超えて増加するが、873Kのアニール温度では、Jcは1hのアニールで極大値に達し、その後減少した。アニール温度によってJcの回復挙動が異なることは、欠陥を形成するBi-2212各構成原子種の移動挙動が、アニール温度によって異なることを示唆するとしている。すなわち673K程度の比較的低いアニール温度では、欠陥の回復が比較的緩やかであり、近接する欠陥クラスター同士がよりピンニングに適したサイズの複合欠陥を形成すると考えられ、そのためJcはアニールによって増加したと考えられる。この場合には、Bi-2212構成原子のうちO原子は比較的低温でも動き易いことから、O原子の移動が支配的であると考えられる。一方、873K程度の比較的高温では、全ての種類のBi-2212構成原子が移動しやすいと考えられることから、欠陥の回復は速く、1hのアニール温度で複合欠陥の形成によりJcが極大になるが、その後は欠陥の消失が生じるため、Jcが低下したと考察している。なお、ピンニングポテンシャルにおいても同様の熱アニール条件依存性が観測された。

 これらの結果をもとに、高エネルギー重イオン照射、高速中性子照射、照射後熱アニールの各場合における欠陥形状の変化に関するモデルを提案している。

 第6章は結論であり、以上の結果を総合して、高エネルギー重イオン照射および高速中性子照射、あるいは、照射後の熱アニールにより欠陥の形状を制御することが可能であること、そのことにより比較的高温でも有効に機能するピンニングセンターとして適切なサイズの複合欠陥が生成し、臨界電流密度の著しい向上をもたらすことが可能であると結論し、本手法の有効性を述べている。

 以上を要約すると、本論文は、高温酸化物超伝導体の改質手法として量子ビーム照射法および照射後熱アニール法を取り上げ、Bi2Sr2CaCu2O8+x(Bi-2212)単結晶に対して、高エネルギー重イオンおよび高速中性子の照射と照射後熱アニール処理を行い、臨界電流密度Jc・ピニングポテンシャルなどの超伝導特性の変化を調べるとともに、それらの結果をもとに、量子ビーム照射と熱アニールによる欠陥形状制御のメカニズムや試料内部の欠陥構造と磁束ピニングメカニズムの関連を明らかにし、さらに本手法が高温酸化物超伝導体の改質手法として有効であることを結論したものであり、システム量子工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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