学位論文要旨



No 117087
著者(漢字) 沖田,泰良
著者(英字)
著者(カナ) オキタ,タイラ
標題(和) 構造用金属材料照射下挙動の線量率効果に関する研究
標題(洋) Effects of Dose Rate on Irradiation Behavior in Structural Materials
報告番号 117087
報告番号 甲17087
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5228号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 岩田,修一
内容要旨 要旨を表示する

 原子力プラントで使用される材料が他の巨大人工物と比較して、大きく異なる点は、高温・高圧水環境に加えて、放射線環境下で使用されることである。このような複合的極限環境下で使用される炉内構造材料の健全性評価は、原子力プラントの安全性を評価する上で極めて重要な事項である。更に軽水炉高経年化や核融合炉開発には、実証的データのない材料挙動の予測を行う必要がある。

 長期間の照射を受ける構造材料の挙動予測には、材料試験炉や加速器を用いた高線量率(高損傷速度)の照射場を用いた加速試験によりデータが獲得され、主として積算線量によるスケーリングが行われてきた。一方、はじき出し損傷による金属材料のミクロ組織発達過程では線量率(損傷速度)が大きな影響を及ぼすことが知られている。このため、損傷速度の影響をミクロ組織ベースで明らかにし、材料特性変化メカニズムに基づいて、加速照射試験結果から低損傷速度で長期間の照射を受ける材料挙動を予測するモデルの開発が求められる。

 このような懸念にもかかわらず従来、損傷速度の影響についての研究例は、同程度の損傷量で比較を行うために2倍程度の損傷速度の相違での実験したものや、中性子スペクトルや照射履歴に相違がある異なる原子炉での比較したものに限られている。

 本研究の中心となる実験の最大の特徴は、同一の高フラックスの試験炉で二桁以上損傷速度を変えた照射を行ったことである。これにより、損傷速度の影響のみを広い範囲で抽出することが可能となった。対象材料としては、軽水炉高経年化を念頭に置き、炉内構造物として使用されるオーステナイト鋼とし、ミクロ組織発達過程における損傷速度の影響の基礎メカニズムを実験的に評価した。また、格子間原子に対してバイアスを持ったシンクである転位組織発達に対して、損傷速度の影響をミクロメカニズムに基づいて取りこんだモデル化を行った。

 本論文の第1章では、以上のような研究の背景と目的を述べた。第2章以降については、以下で章を追って要約する。

 第2章では、本研究における実験方法についてまとめた。溶体化処理を行ったFe-15Cr-16NiおよびFe-15Cr-16Ni-0.25Tiを米国実験炉FFTF/MOTAの炉心、上部コア、下部コアの7つのキャンスターにおいて、1サイクル及び2サイクルの中性子照射を行った。FFTFは、炉心で最大の損傷速度を有し、炉心からの距離によって損傷速度が低くなる。損傷速度は、8.9×10-9dpa/secから1.7×10-6dpa/secの間であり、これに応じて2サイクルの積算損傷量は0.23dpa〜67.8dpaとなる。照射温度は389℃〜444℃の範囲である。

 また、Fe-15Cr-16Niに関しては、HITを用いた重イオン照射も行った。1.0×10-4dpa/secから1.0×10-3dpa/secの間で3種類の異なる損傷速度で、照射量は0.17〜17dpa、照射温度は300℃,400℃,500℃である。

 これにより、400℃では、〜10-8dpa/secから10-3dpa/secの5桁に及ぶ損傷速度の相違が及ぼすミクロ組織発達の影響について、実験的に評価することが可能となった。

 第3章では、Fe-15Cr-16Niでのミクロ組織発達過程に及ぼす損傷速度の影響についてまとめた。低損傷速度では、転位組織発達が促進される。これは、低損傷速度で、転位ループ成長が促進されたためである。転位ループ数密度は、損傷速度の1/2乗に比例して飽和し、転位ループ径は損傷速度の-1/2乗に比例することがこれまでの研究によって示され、本研究でも比較的低い積算線量でこの傾向が確認された。しかし、高い積算線量では、転位ループがアンフォールトしネットワーク転位となるため、ループ数密度は減少する。長期間の照射で、転位ループが成長・アンフォールトする過程では、総転位密度の損傷速度依存性をモデル化する必要があることが、本実験により評価された。一方、重イオン照射では、損傷速度が非常に高いため、転位ループが十分に成長せずアンフォールトがほとんど起こらない。このような場合には、低い損傷速度で転位ループ形成が促進されることが評価された。

 格子間原子に対してバイアスを持ったシンクである転位組織発達が、低損傷速度で促進されることによって、格子間原子をより多く吸収するシンクが増加する。このため、キャビティ形成及び成長が促進され、低損傷量からスエリングが増加する。しかし、いわゆる定常スエリング率1%/dpaは損傷速度によらないが、定常スエリングに至るまでの潜伏線量は損傷速度の影響が強く、ほぼ1乗に比例して低損傷速度で小さくなることがわかった。

第4章では、Tiを添加したオーステナイト鋼における損傷速度の影響をまとめた。〜10-8dpa/secから〜10-6dpa/secの低損傷速度でも、Ti添加によりキャビティ形成が抑制されることが本研究により評価された。一方で、低損傷速度ではキャビティ成長が促進されることで、スエリングが促進される。

 同一損傷速度で比較すると、Tiを添加することでキャビティ数密度は減少し、径は増加する。このように、ミクロ組織発達過程ではTi添加は大きな影響を及ぼすが、400℃付近におけるスエリングに対しては、影響が無い。またTiを添加しても、スエリング潜伏線量は損傷速度のほぼ1乗に比例し、低損傷速度で短くなることがわかった。

第5章では、損傷速度の影響を考慮したモデル構築の際、最も重要なメカニズムについて評価した。1サイクル照射後と2サイクル照射後のキャビティサイズ分布を比較することで、第2サイクルの照射で生成したキャビティと成長したキャビティに分離し、キャビティ成長率の損傷速度依存性を求めた。キャビティに流入する点欠陥流速は、単位時間あたり損傷速度の1/2乗に比例し、単位損傷量あたり損傷速度の-1/2乗に比例する。

これは、10-7dpa/sec以下の低損傷速度でも、点欠陥消滅の支配機構が再結合であることを示す。低損傷速度での再結合は、フレンケル対の3次元的ランダム拡散によるものではなく、カスケードから形成された格子間原子集合体の最密方向への非常に速い1次元拡散運動により、実効的な再結合体積が増加したと考えられる。

また、同一損傷速度で比較しても、キャビティへの点欠陥流速には、サイズ依存性があり、キャビティサイズが大きいほど点欠陥流速が高いことがわかった。これは、照射誘起偏析によるものであると考えられる。

第6章では、転位ループがアンフォールトしネットワーク転位化する過程、ネットワーク転位が上昇運動により増殖する過程、さらに消滅する過程での損傷速度の影響をとりいれた転位組織発達モデルを構築した。

 本モデルでは、実験から得られた結果より、以下の妥当と考えられる条件を決定した。(1) 2つの格子間原子からなる格子間原子集合体が転位ループ形成の核となる。(2) 転位ループが成長する過程で、他の転位と接触することによりアンフォールする。(3) ネットワーク転位密度の時間変化は、アンフォールトによって生成する項、上昇運動により増殖する項、対消滅によって減少する項の3つで示される。(4) 転位は上昇運動の際、主として他の転位にピンニングされて増殖する。(5) 逆符号のバーガースベクトルを持った転位は対消滅する。

 上記の仮定をもとに計算した結果、転位ループのアンフォールトが最も起こりやすい損傷量は、損傷速度の1/2乗に比例して低損傷速度で高く、また、アンフォールトによって生成するネットワーク転位密度は、損傷速度の-1/2乗に比例して低損傷速度で高いことがわかった。低損傷速度で、転位ループのアンフォールトが促進されることでネットワーク転位組織発達が促進され、他の転位上昇運動の障害物とすることにより、損傷速度の影響を取り入れることができた。

 しかし、低損傷速度では、モデル計算よりも高い転位密度増加率を示した。これは、転位ループが他の転位に接触せずにアンフォールする、「自己アンフォールト」に起因すると考えられる。低損傷速度では、転位ループの成長速度が大きいため、ネットワーク転位発達モデルを構築する際に、自己アンフォールトが重要な機構であることがわかった。

第7章では、本研究の主な結論を述べた。すなわち、

(1) キャビティへの点欠陥流速は、損傷速度の1/2乗に比例する。これは、点欠陥の主な消滅機構が再結合によることを示唆している。カスケードにより直接形成された格子間原子集合体の1次元方向への非常に速い拡散により、再結合率が増加したためであると考えられる。これが、ミクロ組織発達に及ぼす損傷速度の影響の最も支配的な機構である。これにより、低損傷速度では転位ループ成長、アンフォールトが促進され、比較的低い損傷量からネットワーク転位を形成する。

(2) 格子間原子に対してバイアスを持ったシンクである転位組織発達が、低損傷速度で促進されることによって、キャビティ形成及び成長が促進され、低損傷量からスエリングが増加する。スエリングの潜伏線量は、損傷速度の1乗に比例する。この傾向は、Tiを添加しても変わらない。

(3) カスケード損傷を伴う中性子照射下で、損傷速度の影響を取り入れた転位組織発達モデルを構築した。転位上昇運動の障害物を他の転位と仮定することで、損傷速度の影響を取り入れることが可能となった。

(4) 損傷速度を取り入れた指標として、「単位損傷量あたりの点欠陥流速」が優れたものである。

審査要旨 要旨を表示する

 放射線環境に置かれる構造用材料の特性変化を示す指標として、放射線から移行したエネルギー量あるいは積算線量が用いられている。固体物質のはじき出し損傷が形成される場合には、格子欠陥はマトリックス中において拡散し相互作用するため、積算線量のみではなく、照射時間あるいは線量率(損傷速度)を含めて材料特性変化を評価する必要が生ずる。また、構造用金属材料における損傷速度の影響を解明することは、長期間の中性子照射を受ける原子力プラント構造材料の健全性評価を行う上でも極めて重要な事象である。実証的データのない材料挙動予測には、材料試験炉など高損傷速度の照射場を用いた加速試験によりデータが獲得され、主として積算線量によるスケーリングが行われてきたが、ミクロ組織発達過程では損傷速度の影響が大きいため、損傷速度の影響をミクロ組織ベースで明らかにし、加速試験結果から低損傷速度での材料挙動を予測するモデル開発が求められている。本論文は、このような背景のもとに、1) 同一の高フラックスの試験炉で二桁以上損傷速度を変えた照射試験に基づいて、損傷速度の相違がミクロ組織発達過程に及ぼす影響の評価を行い、2) 損傷速度の影響を取り入れたモデル化のためのミクロ因子を抽出して、3) 損傷速度の影響を取り入れたミクロ組織発達モデルの構築を行っている。

 本論文の第1章では、以上のような研究の背景と目的を述べている。

 第2章では、本研究における実験方法についてまとめている。特にオーステナイト鋼モデル合金を用意し、米国の高速実験炉FFTFの炉心中心とその上部および下部の7つのキャニスターにおいて、1及び2サイクルの中性子照射を行うことによって、損傷速度が8.9×10-9から1.7×10-6 dpa/secの間での試験をデザインしている。

 第3章では、基本的なモデル合金のミクロ組織発達過程に及ぼす損傷速度の影響について、膨大な実験成果をまとめている。低損傷速度では格子原子型積層欠陥ループの成長が促進され、比較的低損傷量からアンフォールトが起こり、ネットワーク転位を形成することを明らかにした。さらに格子間原子をより多く吸収するシンクとしての転位密度が、低損傷速度で促進されることを定量的に示している。また低損傷速度では、キャビティ形成及び成長が促進され、低損傷量からスエリングが促進されることを明らかにした。以上から、定常スエリングに至るまでの潜伏線量は損傷速度の影響が非常に強く、ほぼ1乗に比例して低損傷速度で短くなることを見出している。

 第4章では、Tiを添加したオーステナイト鋼モデル合金における損傷速度の影響をまとめている。低損傷速度ではキャビティ成長が促進され、スエリングが低損傷量から増加するが、定常スエリング率1%/dpaは、損傷速度によらず一定であることを示している。また、同一損傷速度で比較すると、Tiを添加することでキャビティ数密度は大きく減少しキャビティ径は増加するなど、ミクロ組織発達過程では大きな相違が観察されるが、Tiを添加してもスエリング潜伏線量は損傷速度のほぼ1乗に比例し、低損傷速度で短くなることを示している。

 第5章では、損傷速度の影響を考慮したモデル構築に重要なメカニズムを取り上げて検討している。キャビティ成長率の損傷速度依存性を実験的に評価することによって、モデル合金におけるキャビティに流入する点欠陥流束は、損傷速度の1/2乗に比例することを明らかにした。これから、点欠陥消滅の主な機構が再結合であることを解明し、点欠陥のランダムな3次元拡散による再結合ではなく、高速中性子によるカスケード損傷から直接形成された格子間原子集合体の非常に速い1次元拡散に起因すると結論づけている。またキャビティへの点欠陥流束を評価し、キャビティにもサイズに依存するバイアス因子が存在することを明らかにした。さらに、単位損傷量あたりの点欠陥流束が損傷速度の-1/2乗に比例することを見出し、損傷速度を取り入れた指標として、点欠陥流束が優れたものであることを示している。

 第6章では、損傷速度の影響をとりいれた転位組織発達モデルを構築している。特に、低損傷速度において転位ループのアンフォールトが促進されることでネットワーク転位組織発達が促進され、他の転位上昇運動の障害物となる現象を取り入れたモデル構築に成功し、転位ループのアンフォールトが最も起こりやすい損傷量は損傷速度の1/2乗に比例して低損傷速度で低く、また、アンフォールトによって生成するネットワーク転位密度は損傷速度の-1/2乗に比例して低損傷速度で高いことを示した。さらに、極低損傷速度でのモデル計算と実験値の比較により、転位ループが他の転位に接触せずにアンフォールする自己アンフォールト機構の重要性を指摘している。

 第7章では、本論文の主要な結論をまとめている。

 以上を要するに、長期間の材料特性変化評価モデル構築のためのミクロメカニズムを、線量率効果の観点から実験的に明らかにして定量モデルを構築することに成功しており、システム量子工学研究並びに高経年化システム保全工学研究に寄与するところが多大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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