学位論文要旨



No 117090
著者(漢字) 菅野,太郎
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,タロウ
標題(和) チーム意図推論手法に関する研究
標題(洋) A Study on Team Intention Inference Method
報告番号 117090
報告番号 甲17090
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5231号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 中田,圭一
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言 より良い人間−機械協調を実現するために人間の振る舞いの観察から操作者の意図を機械に理解させる試みがいくつかなされており、インタフェースや支援ツールヘの応用が試されている[1][2]。しかしながら従来の研究は一人の操作者の意図を対象としたもので、航空機や発電プラントといったチームで運転操作されるシステムを視野に入れていない。そこでは他のメンバーの意図との相互作用が内在し、チームに特有な意図形成のメカニズムが存在するため[3][4][5]、従来の意図推論手法を適用することはできない。本論文ではチーム協調行動における意図形成のメカニズムを考慮したチーム意図推論手法の枠組みを開発することを目的とする。また開発手法の応用例として意図齟齬検出手法を紹介する。

2.提案手法 本研究ではチーム意図およびチーム内における構成員の意図、意図関係を積極的に扱うため個人の意図と相互信念からボトムアップにチーム意図を定義し、手法の開発を行った。チーム意図推論とは、第三者が構成員A、Bの振る舞いを観察し、その背後にある構成員A、Bの意図および相手に対する信念を推論し、それぞれの心的状態のうち(BoXa=BoBbXa)∧(BoXb=BoBaXb)という関係を満たしている組み合わせを同定することと定義し、これらの心的状態の整合性のある組み合わせの探索によってチーム意図を推論する手法を提案する。ここでBoXa/BoXbとは観察者の推論したA/Bの意図、BoBaXb/BoBbXaとは観察者の推論したA/Bの相手(B/A)の意図に対する信念を表している。このとき上述の組み合わせが一義的に推論できる保証はないので構成員個々の意図推論結果順位に基づいて優先順位を決めた。図1に提案するチーム意図推論手法の概要を示す。

意図推論:構成員個々の意図推論は先行研究で開発した手法に基づいており[6]、図1の太線および実線で示される。まず推論システムは現在のシステム状態から操作が必要と思われるタスク候補を挙げる。次にこれらのタスク目標の達成に必要な操作手順をプランライブラリから導出する。ライブラリ内にはタスク解析によって得られたプランが格納されている。こうして導出されたプラン候補を実際に入力された操作と比較することによって操作者が採用したプランを操作者の意図として同定する。複数の意図候補に対してはヒュ−リスティクスを用いて順位付けをおこなった。

信念推論:本論文では第三者がある構成員の相手に対する信念を推論するということを、その構成員の意図を推論し、得られた意図候補からの期待を元に相手の振る舞いを解釈することと定義する。信念推論では前述の意図推論過程に加えてその時点の対象者の意図から派生した期待に基づいて相手の手順候補の追加・除外、並び替えを行う。図1の太線および破線で示された部分が信念推論手順にあたる。本研究では表1に示すような一般的な期待を定義し、それらを信念推論に用いた。

3.実験1 プラントシミュレータ(DURESS、図2)の二人組による運転操作履歴に提案手法を適用し、得られた推論結果と、運転チームの真の意図および観察者の推論結果との比較を行った。被験者は運転者2人、観察者1人で工学系大学院生を用いた。運転者には2系統それぞれの出口流量、温度を目標値に一致させること、および各タンク水位を20%から80%の範囲に維持することを課した。実験中のシステム状態、操作履歴を記録し、さらにビデオ録画、マイク録音によって行動を記録した。シナリオ終了後、意図をアンケートで抽出した。観察者にはシナリオ対応中の運転者二人の操作を目標、操作手順の観点から口述してもらい、これを観察者の推論結果とした。結果に示したシナリオは定常状態後、突然タンクA入り口パイプで漏洩が起こるというもので、運転員Aにバルブ0、2、4、5ポンプA、ヒーターAを、その他の機器を運転員Bに担当させている。

4.結果と考察1 図3に上述シナリオに対する操作履歴を示す。時間軸の上側が運転員Aの行った操作、下側が運転員Bの行った操作をそれぞれ表している。また推論システムへの情報入力(操作入力、ゴール達成等)のタイミングによって推論区分を分割している(P1〜P3)。アンケートから運転チームは漏洩に伴いバルブ5出口温度が上昇し要求温度を超えたためバルブ1,3の開度を増し、かつヒーターAのパワーを減少させ、バルブ5出口温度を下げることを意図したことが分かっている。

真の意図との比較:表2はそれぞれの推論時点における推論システムによる推論結果、および観察者の推論結果と真の意図との比較を示す。推論システムの挙げたチーム意図候補数、および真のチーム意図の順位、運転員A、B個人の意図候補順位、観察者の挙げたチーム意図候補数およびそのうち真のチーム意図の順位を示してある。推論システムは真のチーム意図を高い順位に挙げている。複数操作からなる手順の部分一致も正解に含めると全ての推論時点において真のチーム意図を候補第1位に挙げている。また全体的に個別の意図推論順位よりもチーム意図推論順位がより好成績である。これは信念推論で用いた期待が有効に働いているためであると考えられる。

観察者の推論結果との比較:表3に観察者による推論候補との比較を示す。P1では観察者は4つのチーム意図候補を挙げておりそれぞれ観察者の推論したチーム意図候補1位から4位はそれぞれ推論システムのチーム意図候補1位、4位、3位、2位と一致していることを表している。全体的に推論システムの推論結果と観察者の推論結果は一致しているといえる。

5.齟齬検出手法 チーム意図推論手法の枠組みにおいて信念を得る期待の代わりに、信念に反する相手意図候補を選別するネガティブな期待を定義し、期待にそぐわない手順集合(不信念集合:Undesired procedures)を得、図4に示したそれぞれの構成員の心的状態の組み合わせを探索することによって意図齟齬候補が得られる。暫定的に表7に示すネガティブな期待を定義し、これら用いて不信念集合を得た。また同時にこれらのネガティブな期待別に齟齬の分類を行った。複数齟齬候補に対してはチーム意図推論同様に個々の意図推論順位によって順位付けを行った。

6.実験2 設定、手順はチーム意図推論評価の実験と同じだが齟齬検出評価では意図的に齟齬を生じさせる被験者を一人用意し、もう一人の運転者および観察者を騙すことによって齟齬を発生させ、その齟齬に対する運転者、観察者の解釈と推論システムの齟齬検出結果とを比較した。

7.結果と考察2 上述のシナリオにおいて担当機器を換えて行った実験(運転員A:バルブ0、1、2、5、ポンプB、ヒーターB)に対する結果を示す。操作履歴を図5に示す。ここではP4において運転員Bがバルブ5出口温度を下げるために必要な操作になかなか気づかないタイプ1の齟齬が起きている。P4における齟齬検出の結果を表5に示す。実験中に運転員Aの気付いた齟齬が1、2、3位に、観察者の気付いた齟齬が2、3位にそれぞれ挙げられており正しく齟齬検出が行われていることが分かる。

8.まとめ チーム意図形成モデルに基づいたチーム意図推論手法を開発した。二人組みによるプラントシミュレータの運転履歴に適用しチーム意図が正しく推論されることが確認された。また推論の傾向は人間の観察者に似通っていることが確認された。またチーム意図推論の枠組みに基づき意図齟齬検出手法の開発を行った。齟齬の生じている運転履歴に適用し意図齟齬が検出できることが確認された。これらの手法によってより包括的なチーム協調活動の理解に基づく知的インタフェース、支援システムヘの実現が期待できる。

参考文献

[1] Hollnagel E. : Reliability Eng. And System Safety, Vol.36, pp231/237(1992)

[2] 小山ら:計測自動制御学会論文集, Vol.34, No.12, pp201/206(1998)

[3] Conte R. : Operational Research and the Social Sciences, pp201/206(1989)

[4] Bratman M.E. : The Philosophical Review, Vol.101, No.2, pp327/341(1992)

[5] Tuomela R. et al. : Philosophical Studies, Vol.53, pp367/389(1988)

[6] 古田ら:Human Interface, Vol.12, pp486/490(1997)

図1:チーム意図推論の概要

図2 : DURESS (Dual Reservoir System Simulation)

表1:相手への期待

図3:操作履歴

表2:真のチーム意図との比較

表3:観察者の推論結果との比較

図4:意図齟齬

表4 ネガティブな期待

図5:操作ログ

表5:齟齬検出結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、チーム意図の理論的研究に基づいたチーム意図推論手法、およびその応用としての齟齬検出手法を開発し、前者では真のチームの意図および人間の観察者の推論と比較例を、また後者に関しては運転者と観察者の齟齬検出結果を示すことによってその有効性を示す研究を取りまとめているもので、全8章から構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景を述べている。

 第2章は、本論文で提案するチーム意図推論手法を議論する上で必要となる、チーム協調活動のおけるチーム意図に関する理論的研究および工学的応用例の現状を紹介している。

 第3章は、提案手法の説明を行っている。提案手法は、構成員個々の意図と相互信念からなるチーム意図の定義に基づき、構成員の意図および相手の意図に対する信念をそれぞれ独立に推論し、チーム意図の定義に整合性のある意図−信念の組み合わせを探索することによってチーム意図を推論するものである。個人の意図推論ではゴールスタック作成、プランライブラリからの手順導出、入力操作との比較、ヒューリスティクスによる候補の並び替えによって意図を推論する一般的なプラン認識手法を利用している。また相手の意図に対する信念を、当事者の意図から派生する期待を元に相手の振る舞いを解釈したものと定義し、個人の意図推論手順に付け加えて、期待の観点からのタスク候補の追加、手順の追加、削除、並び替えを行う信念推論手法の提案を行っている。

 第4章は、推論システムの構成およびDual Reservoir System Simulation (DURESS)と呼ばれる熱水系プラントシミュレータを対象とした提案手法の実装について説明を行っている。推論システムは推論エンジンと知識ベースから構成されており、知識ベースには対象プラントの機構操作知識、プラン、チームに関する知識が格納されている。

 第5章は、DURESSの二人組のチームによる運転操作履歴に対して提案手法を適用した際の推論結果の報告を行っている。推論結果の評価として、アンケートで得られた真のチーム意図、および人間の観察者が推論したチーム意図との比較を行っている。提案手法は人間の観察者と同程度以上の推論精度によって真のチーム意図の同定が可能であることが示されている。また推論結果の内容の傾向は人間のチーム意図推論と似通っていることが示されている。

 第6章は、チーム意図推論手法の応用例として構成員間の意図齟齬検出手法の説明を行っている。チーム意図推論の枠組みでは意図齟齬は個人の意図と相手の意図に反する不信念の組み合わせによって定義され、そのような組み合わせを探索することによって意図齟齬を検出する手法の提案を行っている。また不信念推論では、個人の意図推論手順に付け加えて、期待の対義であるネガティブな期待の観点からのタスク候補の追加、手順の追加、削除、並び替えを行う手法の提案を行っている。

 第7章は、DURESSの二人組のチームによる運転操作履歴に対して齟齬検出手法を適用した際の推論結果の報告を行っている。運転操作中に生じた齟齬にたいして運転員が気付いた齟齬、および観察者が解釈した齟齬と推論結果を比較することによって提案手法の検証を試みている。任意の推論時点において、潜在する齟齬を適応したネガティブな期待を元に分類された齟齬のタイプ別にリストアップ可能であることが示されている。また、実際に齟齬が生じたときに、運転員、観察者が気付いた齟齬を高い順位に同定可能であることが示されている。

 第8章は結論である。

 以上を要するに、本論文はチームで運転操作される人間−機械系におけるチーム−意図協調を支える基礎技術を創出してその有効性を示すなど、工学システムの安全性、信頼性確保の工学に関する新たな知見を得ており、システム量子工学の発展に寄与することが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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