学位論文要旨



No 117092
著者(漢字) 藤,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) トウ,ケンタロウ
標題(和) 蛍光体と光技術を用いた中性子イメージング検出器の開発研究
標題(洋)
報告番号 117092
報告番号 甲17092
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5233号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 柴田,裕実
 日本原子力研究所 主任研 片桐,政樹
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 近年、構造生命学や物質科学の分野で中性子を利用した研究が盛んになってきたが、現在使用できる中性子源の強度では、知りうる情報量が限られている。そこで、現在計画中の大強度陽子加速器による核破砕パルス中性子源を利用した、中性子科学の研究が注目されている。このような次世代の大強度パルス中性子源の開発計画にはThe Spallation Neutron Source Project(北米)、The European Spallation Source Project(ヨーロッパ)、大強度陽子加速器計画(日本)があり、平均中性子束強度はILL原子炉(フランス)と同程度、ピーク中性子はJRR-3M研究炉(日本)より3桁、ILL原子炉より2桁以上強い中性子強度が期待されている。このように、現在の中性子量よりも数桁多い中性子を利用した研究を行うには、現在使用されている測定装置では不十分である。大強度中性子源から発生するパルス中性子源を用い、かつ飛行時間法(Time of flight)を用いて中性子エネルギー弁別を行う中性子散乱等の中性子2次元イメージングでは、高計数率、高位置分解能、広い検出面積、高時間分解能、高検出効率等の性能を持った検出器が必要とされる。

 このような背景から、下記の検出器の開発研究を行った。

【イメージングプレートの高速読み取り法による中性子イメージング検出器】

 イメージングプレート(IP)は高位置分解能、広いダイナミックレンジ、大有感面積等の特徴を持つが、唯一の欠点として、TOF法を用いたパルス中性子イメージングに不可欠な時間分解能を持たないということがある。そこで、IPを高速に読み取ることにより、時間分解能を持つ中性子イメージング検出器の研究を行った。

【蛍光体と波長シフトファイバを用いた中性子イメージング検出器】

 発光寿命の短い蛍光体(シンチレータ)と波長シフトファイバを用いた中性子イメージング検出器の開発研究を行った。フォトンカウンティング法とコインシデンス法を用いることで中性子情報決定を行い、高計数率化を可能とする。また、蛍光体と波長シフトファイバの配置法を変化させることで、大面積化が可能なものと高位置分解能化が可能なもの提案し、それぞれの開発研究を行った。

2.イメージングプレートの高速読み取り法による中性子イメージング検出器の開発

 IPは輝尽性蛍光体を利用した積分型2次元検出器であるため、大強度放射線の測定に適している。しかし、市販の読み取り装置では20cm×40cmのIPを読み取るには数分間かかっていた。そこで、パルス中性子計測に必要な短時間分解能を実現するために、IPの高速読み取り法の研究を行った。開発研究する高速読み取り装置の概略図を図1に示す。励起光を線状光源とし、それによって発生した輝尽発光(PSL)をIP裏面に並列に配置した波長シフトファイバ束で吸収し、波長シフトファイバ束からの光をストリークカメラでパラレルに読み取ることにより、高速読み取りを実現する。

 5×4cmのIP、0.5mmφの波長シフトファイバを用いて高速読み取り法の予備実験装置を作成した。5mmφのα線源(241Am)を照射したときに得られたイメージを図2に示す。実験より、X軸方向(波長シフトファイバと垂直方向)、Y軸方向(波長シフトファイバと平行方向)の位置分解能はそれぞれ0.8、0.5mmが得られ、5×4cmのイメージを取るのに必要な時間は5msであった。

 通常IPに蓄積された放射線情報は、放射線を照射した側から励起光を照射し同方向からPSLを読み取ることで得られるが、本高速読み取り法では、放射線を照射した側から励起光を照射し、裏側からPSLを読み取る方法を採用している。この読み取り方法を「透過読み取り法」と呼ぶ。透過読み取り法を行う場合に問題となるのは、蛍光体層内でのPSLの減衰である。PSLは蛍光体層内で減衰するため、蛍光体層の厚さによってその強度が変化する。そこで、IP厚さの最適化を行って、最大のPSL発光量を得るようにした。透過読み取りでの発光量Qt、および従来の読み取りでの発光量Qoは次式で得られる。

ここで、L:蛍光体層の厚さ、Sx:表面から距離xで蛍光体層内に蓄積された放射線量、μPSL:中性子反応断面積である。この式を中性子用IP(蛍光体層BaFBr:Eu2+、中性子コンバータGd2O3)に適応し、熱中性子(25meV)に対する最適な厚さを求めた結果を図3に示す。透過読み取りで熱中性子を読み取る場合は、45μmの厚さで最大の発光量を得られることが分かる。

3.蛍光体(シンチレータ)と波長シフトファイバを用いた中性子イメージング検出器の開発

 ここで開発研究する中性子イメージング検出器の中性子入射から入射中性子位置の計測までの過程は、次のようになっている。

1)中性子入射し、中性子捕獲反応により荷電粒子が生成

2)発生した荷電粒子によりシンチレータ内でルミネッセンスが発生

3)ルミネッセンスがシンチレータに接して配置された波長シフトファイバに吸収

4)波長シフトファイバ内で光の波長が変換

5)変換された光が波長シフトファイバ内を伝搬し、光電子増倍管(PMT)で測定

6)PMTからの信号を処理し、入射中性子位置の取得

 ここで蛍光体と波長シフトファイバの配置の方法よって6)の位置決定法が異なってくる。本論文で開発研究を行ったのは、大面積対応型として4コインシデンス法による位置決定法、3コインシデンス法による位置決定法の2種類である。一方、高位置分解能用としては開発研究を行ったのは、多コインシデンス法を用いたクロスファイバー読み取り法である。信号処理にはフォトンカウンティング法を用いた。これによって高計数率化が可能となる。

3.1 4コインシデンス法を用いた中性子イメージング検出法

 シンチレータを縦横のアレイ状に並べ、波長シフトファイバをそれぞれのシンチレータの4側面に配置する。X軸情報およびY軸情報は、シンチレータ両端の波長シフトファイバの信号をそれぞれコインシデンスすることで得られ、そこで得られたX軸情報とY軸情報をコインシデンスすることにより入射位置情報が得られる。シンチレータと波長シフトファイバの配置図、およびその入射中性子位置決定法を図4に示す。

 発光寿命60nsの6Liガラスシンチレータを使用して4×4の検出器を作製し、実験を行った。その結果、32%の検出効率が得られた。また、計数率測定を行った結果、1素子あたりの計数率は3Mcpsであることを確認した。イメージング実験として、1mmφの中性子ビームを用いてスキャンした結果を図5に示す。ここで得られた隣の素子へのクロストークは10%以下であった。

3.2 3コインシデンス法を用いた中性子イメージング検出法

 実際に実験に使用する検出器には、構造の簡素化、作製・メンテナンスの容易性といったことが必要である。そこで、製作・成型加工が容易な有機プラスチックシンチレータを使用した。プラスチックシンチレータに溝を掘って、そこにファイバを埋めてX軸とし、プラスチックシンチレータ背面に波長シフトファイバを並べてY軸とした。プラスチックシンチレータと波長シフトファイバの配置図、およびその入射中性子位置決定法を図6に示す。

 4×4の検出素子を作製し、実験を行った。その結果、54%の検出効率が得られた。1mmφの中性子ビームを用いてスキャンした結果、隣へのクロストークはX軸方向で30%、Y軸方向で40%であった。この結果、3コインシデンス法では、プラスチックシンチレータのγ線感度低下、およびクロストークの改善が重要な課題であることが分かった。

3.3 多コインシデンス法を用いたクロスファイバー読み取りによる中性子イメージング検出器

 蛍光体を塗布したシートの上下に波長シフトファイバを垂直に並べる。この波長シフトファイバで蛍光体の発光を集めると同時に、上下の信号のコインシデンスを取ることにより入射位置を決定する。この方法はクロスファイバー法と呼ばれている。この方法では波長シフトファイバの径によって位置分解能が決定するため、高位置分解能が可能である。また、短発光寿命の蛍光体を使用することで、高計数率での測定が可能である。本研究では、位置決定方法として、上下1本づつのコインシデンスだけでなく、2本、3本によるコインシデンス(シングル、ダブル、トリプルコインシデンス法)について検証を行った(図7参照)。発光寿命30nsのYAP(YAlO3)に中性子コンバータとしてLBO(Li2B4O7)を添加した検出シートを作製し実験を行った。

 シングル、ダブル、トリプルコインシデンス法それぞれの検出効率は50、3、0.15%であった。スキャン結果より、位置分解能はすべての決定法で1mm以下であったが、検出シート上部に配置した波長シフトファイバ方が位置分解能が良いことが分かった。

4.結言

 大強度中性子源に適応した2次元中性子イメージング検出器の開発ため、イメージングプレートの高速読み取り法による中性子イメージング検出器、4コインシデンス法を用いた中性子イメージング検出器、3コインシデンス法を用いた中性子イメージング検出器、および多コインシデンス法を用いたクロスファイバー読み取りによる中性子イメージング検出器の開発研究を行った。実験により得られた結果を以下にまとめる。

図1 イメージングプレートの高速読み取り法のの概略図

図2 イメージングプレートの高速読み取り実験結果

図3 中性子用IPの厚さによる発光量の変化(熱中性子)

図4 4コインシデンス法の検出素子及び位置決定法

図5 1mmφ中性子ビームによるスキャン結果

図6 3コインシデンス法の検出素子及び位置決定法

図7 シングル、ダブル、トリプルコインシデンス法による位置決定法

審査要旨 要旨を表示する

 日本原子力研究所と高エネルギー加速器研究機構(KEK)で計画している大強度陽子加速器による一連の中性子科学実験は、構造生物学の研究から、物性物理研究、中性子ラジオグラフィーや使用済み核燃料の核変換処理研究に至るまで、今後の原子力研究の1つの方向を示すものとして誠に重要な分野である。このような中性子科学研究を進めるために、研究用装置としての中性子検出器が必須であり、従来以上に中性子イメージング技術にすぐれた高い計数率が可能な測定器の開発が要請されている。

 本論文は、この要請に答えるため主として、光技術を用いた中性子検出器の開発研究を行なったものであり、5章から構成されている。

 第1章は序論であり、研究背景、目的等につき、その概要を述べている。

 第2章は中性子イメージングについて現状の技術レベルの解説をしており、今回目的とする測定には、基本的に従来の方法では原理的に無理があることを説明している。又、今回の中性子利用は1マイクロ秒巾のパルス中性子である点に特徴があり、40mミリ秒毎に1回発生するものであるので特に高計数率の測定可能性が必要であることなどを述べている。また最終的に必要とされる中性子検出器の性能をまとめており、主仕様である位置分解能や計数率が目的によって変わること、例えば代表的な単結晶散乱実験では、1mm以下の位置分解能で106cps程度の高計数率が必要とされていると示している。

 第3章は、今回開発した方法の1つである「イメージングプレートの高速読み取り法による中性子イメージング検出器」について説明している。これは、従来、画像の読み取りに数分間を要しており、時間分解能の存在しなかったイメージングプレート(IP)を高速の画像読み取り法により数ミリ秒で画像を読み取ろうとする方式に挑戦した結果をまとめている。今まで、画像読み取りに用いていた点状レーザー光を線状レーザー光に置き換え、光電子増倍管も従来方式から変えて、波長シフト光ファイバー群とストリークカメラで読み取り、その出力をCCDカメラにて画像化する方法に変更している。この方式自身は、大よそ成功しており、5cm×4cmのIP板を数ミリ秒で読み取ることに成功している。このとき、画像のピクセルサイズは、0.8×0.5mm2であった。

 また、IP板からの光読み取りの際に、従来はレーザー光を照射した面から反射してくる信号光を読んでいたが、実験上の都合から反対側から透過光を読み取る方式を「透過読み取り法」と本論文では名付け、この「透過読み取り法」を用いたときのIP板の厚さについての最適化も行っている。この厚さの最適化については、実際の中性子エネルギー分布に応じて決める必要があるとしている。

 第4章は次に開発した方法として「蛍光体と波長シフトファイバーを用いた中性子イメージング検出器」の開発について述べている。この場合、蛍光体に対し、そのような蛍光を測定するための蛍光性光ファイバーをどのように配置してイメージング検出器にするかに応じて、いろいろな方式が考えられる。実際に試みた方法は、(1)蛍光性光ファイバーをバンドル状にして、X-Y方向に配置する方式や、(2)蛍光体自身のX-Y方向に溝をあけて、その溝の中に蛍光性光ファイバーを走らせる方式などについて試作した結果として、検出効率と位置分解能、あるいは必要なコインシデンス回路数などについてまとめている。これらは、中性子科学実験の多くの用途に利用する際にいろいろな性能の中性子検出器が多種類必要とされるが、今回のいろいろな検出器としての性能の結果はそれぞれに対応するものでもあると考えられる。

 第5章は、結論と今後の課題についてまとめている。今回、開発した多種類の測定器が実際に適用され得る実験分野についても個別的に性能に応じてまとめている。今後の課題としては、IP自身の素材の改良と検出効率の改善としている。

 本論文は、この大強度陽子加速器用の中性子検出器の開発研究を通してシステム量子工学の研究に多くの貢献をしていると判断されるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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